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第七話:種屋の静観―前編―

 未だに少し信じられない。

 ―― ……自分が唯一人に執着し手に入れることを望むなんて……。


 学生を続けたいというマシロの願いを聞き、週末だけ戻ってくる彼女が心地良さそうに眠るのを眺めているだけでほんのり暖かい気持ちになる。自分にこんな感情があることにも驚く。


 自分が感情など不要だと痛感したのは前店主の種を飲み下したその瞬間からだ。


 


「っく、あっ……ああっ!」


 両膝を真っ赤に染まった絨毯の上に落とし片手を付き突っ伏すのだけは堪える。

 空いた手で体内を駆け巡る力の暴走を抑えるのと脳に直接叩き込まれる何代と続く店主たちの黒い記憶。

 種を飲むのに苦痛が伴う、とは聞いていなかった。

 目を覆うような惨劇が目前に迫る記憶も一度や二度ではなくて、いっそ気を失ってしまえば楽なのにと頭の片隅でちらりとよぎる。


 その願いと共に、暫く意識を失くしていたようだ。


 窓の外に見える月の位置は変わらない。今も夜だ。


 しかし、頬に当たる血の感触は既に乾いていたし浴びた返り血も動けばはらはらと乾いて落ちた。


 先代は屋敷に人を置いていた。

 美しい娘ばかり何人も……。


 疼くこめかみをぐっと押さえて部屋から出ると、偶然かそれとも中の様子を窺っていたのか使用人と出くわした。


「て、店主様は……」


 震える声で訪ねてきた使用人の言葉は、主を心配したものではないだろう。ただ、己のこれからの安否が気になっている。そんなところだ。


「今は何日ですか」

「二十七日です」


 二日も寝ていたのか。

 どうりで身体の節々も軋む。

 返り血もそのままの私を怯えたように見詰めている使用人に口角を引き上げると告げた。


「種屋は代替わりをしました。私が次代の店主。私に貴方たちは必要ない、解放します」


 私の言葉に使用人は胸の前で合わせ組んでいた両手にきゅっと力を込めて安堵したようだった。

 その様子を感慨深く思うこともなく、コツッと足を進め、擦れ違う瞬間先代を貫いた刃で使用人の命を絶った。


「解放、されましたよね?」


 どさりと重たい肉体が床にひれ伏す音もない。


 ―― ……もう返り血など浴びる必要もなかった。


 種屋になるということはこういうことだ。

 血など見ることなく命を搾取できる。

 手の中に残った小さな種を握り潰しその場に捨てた。


 命なんてくだらない。


 生など固執する価値もない。



 屋敷に居たものは逃げ出す暇も与えずに一掃し、屋敷には火を放った。

 先代が使っていたものなど何一つ必要ない。大体こんな街中に権力を誇示する為といわんばかりの豪邸、愚かしい。


 


 次代の種屋の残忍さは直ぐに世間に広まったようで、その類の依頼ばかり暫くは引っ切り無しに届いた。

 面倒ごとを減らそうと、銃器を扱うようになった。国ではあまり使わないが飛び道具はそこそこ利用価値がある。

 今日もその手入れをぼんやりと行いながら、自分と対立する貴族の命を奪って欲しいという内容で私腹を肥やし自らも肥え太った男が依頼に来ていた。金なら幾らでも出すそうだ。


「店主殿、如何でしょうか?」

「構いませんよ。構いませんが、その程度の怨恨で他者を消して良いのですか?」


 かちゃりとリボルバーを納めて、そう問い掛けると依頼主は厭らしい笑みを浮かべた。


「闇猫とも呼ばれる貴方がそんなことをおっしゃるとは思いませんでしたな?」

「……私を何と呼ぼうと構いませんが、私は貴方の依頼を受けます。私は消す依頼は受けますが護る依頼は受けませんよ?」


 今回の依頼主も愚者なようだ。私のいっている意味が分からないという感じだ。兎に角早く殺してくれといい残して屋敷をあとにした。


 私は依頼通り相手を消した。


 そして直ぐに次の依頼は舞い込んできた。

 「父の敵を討って欲しい」と……あまりにも予想通りの展開に笑いが零れた。断る理由もないからもちろん承諾する。

 先日顔を合わせたばかりの男は、満悦そうに椅子に揺られていたが私の姿を見て目を見開いた。


「な! 金なら払っただろ! 何故闇猫がこの屋敷に居る!」

「……私はいったと思いますよ? 消す依頼は受けると」


 静かに銃口を向けられて、男はなりふり構わず命乞いをした。見苦しい。考える時間など与えるんじゃなかった。短い溜息と共に引き金を引いた。


 


 そんなくだらない時間がとても長く続いていた。


「また、貴方ですか?」

「また。とは随分だなぁ。私は得意客でしょう? 上客だと思うけど」


 全ての勢力圏から離れるように屋敷を構えたのに、彼らの訪問は絶えなかった。

 この日も特に供をつけるでもなく単身現れた男は、王宮関係者に他ならないが本人もいっているように得意客というか、常連だ。


「それで、次は何を求めるんです?」

「薬師。薬師の種をくれませんか?」

「……薬師……それで専門は?」

「私が細かなものを欲しがるわけない。図書館にも伝を作って置いたほうが良いと思ってさ」


 ああ、そうだ。お茶が飲みたいな。などと、軽口までここで叩くのはこの男ぐらいだ。


「行く行く預かることになる王子が、第二素養に薬師を持ってるんですよ」

「……預かることになる、王子……」


 その言葉に、ふと先代の記憶が過ぎった。

 いつも一人分の用意しかしない茶器を追加して男の望みどおり茶を用意してやる。


「第五ターリ様の末子ですか」

「あれ? 知ってるんだ。君の代じゃなかったと思うんだけど」


 少し驚いたようだったが男は軽く肩を竦めて「まあ。種屋さんは何でもありということか」と纏めて勝手に納得したようだ。


「いっておきますが、先日の術師の種の時と同額、もしくはそれ以上しますよ」

「出世払いはさせて貰えないんだよねぇ。仕方ない、構いませんよー。幾らでも……私の金遣いの荒さは王宮でも有名だから今更です」

「どうせ、何に使ってるかまで分かるようにはされていないのでしょう?」

「ええ、まぁ。言い掛かりをつけられて貴方に抹殺依頼とかされると厄介だから」


 今日の天気の話しでもするようにあっさり口にしたが男はそのことを一番警戒しているのだろう。確かに、誰かがそんな依頼を持ち込めば特に断るだけの理由もない。私は受けるに違いない。


「私でも貴方の欲深さには感服します。貴方はどれだけのものを欲しがるのでしょうね?」


 いいつつ呆れたものの、私は強欲な目の前の男のことを疎ましく思うことはなくどちらかといえば好ましいとすら感じていた。

 自分の欲望に正直でありながら、賢い。


 薬棚から男の欲しがる種を取り出し、いつものように渡してやる。

 男はそのあとも今の王宮や大聖堂・図書館の話をひとしきり勝手に話して、屋敷をあとにした。

 屋敷を後にする後姿を見送りつつ、短く息を吐く。あの男ほど見た目と中身が違う人間は珍しい。

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