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第五話:王子の憂い―前編―

 この世に僕が生を受けたとき、種屋に母は願った。

『この子の素養を消してください』と、そして種屋はいった

『素養を消すことはならない。だが、暫くの間隠すことは出来る』


 


「セルシス様の弟君、素養が殆どなかったとか」

「まあ、セルシス様にあれ程の素養を見出されましたのに」


 物心付いたとき僕は一人だった。


 王の子どもでも素養が見出されないものも少なくないのに、生まれ出たその瞬間から期待されてしまっていた僕がその素養を持たなかったことで、僕は生れ落ちて直ぐ裏切り者になってしまった。


 皆が噂するセルシスについて僕はあまりよく知らない。

 十以上歳の離れた兄ということは知っていたものの、兄は早いうちにその素養を見出され王城に上がっていた。僕はといえば王宮内の離れにある豪奢な屋敷に母と二人ひっそりと暮らしていた。


 母はとても美しい人で、とても優しい人だった。


「ああ、セルシス。よく来てくださいました」

「母上、ご健勝そうで何よりです。エミルも大きくなったな?」

「はい兄様。お久しぶりです」


 思ったままを口にすると母に睨まれるので、挨拶までで僕は屋敷を離れる。


 よく家庭教師のラウ先生が課外授業だといって、王宮の敷地内とはいえ屋敷や城からとても離れた場所まで連れ出してくれる。


 僕はそれが楽しみだった。


「屋敷の前に豪奢な馬車が止まってたけど、セルシス様がいらしてるの?」

「はい。なので今日は夕刻まで時間を潰したいんです」


 殆ど愚痴のようにそういった僕に、ラウ先生は「良いですよ」と微笑んで屋敷から離れたポーチを陣取り分厚い本を開いた。

 そしてその日は、丁度良かったと繋いで僕をそこへ待たせると彼は一度席を外した。一緒にといいたかったけど先生が向かったのは王城の方だ。

 僕はあまりそっちに近寄りたくなかった。


 待っている間本を読んでいても良かったのだけど、何となくそんな気にもなれなくてぼんやりと空を仰ぐ。


 真っ青な空に薄い雲が掛かりその間を数羽の鳥が飛んでいった。


 ―― ……鳥も死んだら種になるのかな?


 なったら何の素養なんだろう?

 やっぱり飛ぶことに特化しているのかな?

 王の子どもなのに王の素養を持たない僕に意味なんてあるのかな? 

 必要のない僕はどうしてこうやって生かされているんだろう?


 僕が死んだら種は幾らくらいで売買されるんだろう?

 価値なんてあるのかな?


 一人になってぼんやりしているとき考えることは決まってそんなことだった。自分の価値も見出せず必要とされることのない自分が大嫌いで……。


 はぁ……と深い溜息を吐いたときラウ先生は戻ってきて苦笑した。


「またどうしようもないようなことを考えていたのかな?」

「え、と……すみません」

「私は別に構わないけど、女の子の前でそういう顔をするのは良くないな」


 にっこりといつもの笑みでそういったラウ先生に目を向けて「女の子?」と首を傾げた僕を覗き込むようにラウ先生の背後から、左右にひょこひょこっと顔を出した女の子に僕は目を丸くした。


「はい、お二人ともご挨拶は?」


 ラウ先生にそう声を掛けられ一人は、にこりと勝気そうな笑みを見せ、もう一人は少しはにかんだような笑顔で前に出た。


「初めまして、お兄様。アセアです」

「ご、ご機嫌よう……お兄様……メネル、です」


 きょとんとしていた僕の名前をラウ先生に呼ばれて我に返る。慌てて立ち上がり姿勢を正した僕は、すっと腰を折って名を告げた。


「この子達は正室のご息女だよ」

「え……? ええ! ラ、ラウ先生。そんな方たちを」

「七つになるんだ」


 僕の驚きを遮ったラウ先生の言葉に僕は息を呑んだ。


 つまり、今僕の目の前で微笑んでいる王女たちも素養がなかった……ないまでいかなくても王位継承順位が著しく落ちる程に低かったのだろう。

 僕の反応に「察しが良い子は話が早くて良いね」と微笑む。


「これまでも見ていたんだけど、これからは折角だから一緒にどうかなと思ったんですよ。エミル様なら王女たちの勉強も見て差し上げられると思いますし、何より私が楽出来る」


 ラウ先生がどの辺りに本心を置いているのか僕は図りかねたが、そんなことよりもどう返答してもらえるのだろうと緊張して立っている二人の王女のほうが気に掛かって僕は頷いていた。


 


 アセアは描き出すことに長けていた。

 メネルは星詠みに長けていた。

 二人の紡ぎだす星物語は興味深かった。


 僕には、詠むことも・描くことも出来ないから、全てが目新しくて何かを教えてあげなくてはいけないはずの自分が多くのことを二人から教わっているのに気がつくまでそう時間は掛からなかった。


 僕らが顔を合わせるのはもちろん日の高いうちが殆どだから、二人は前の晩に見た星の話を大抵の場合は嬉々として語ってくれる。

 メネルが詠みアセアが描き出す物語は殆どが天気の話しだったり花の開花宣言だったり可愛らしく微笑ましいものばかりだ。


「昨夜はお兄様の星を詠みましたよ」

「僕、の……星?」


 曖昧な返答に「もしかして怖いの? 兄様」とアセアがからかい背を叩いた。怖いかどうかは良く分からないけれど、正直吃驚した。

 自分に価値なんてないと思っていたから自分に宿星があるなんて考えても見なかった。


「お兄様の星はまだ暗くてあまり見えませんでしたの。ですから、詠み解くことが困難で」


 うん、そんなところだと思うよ。王宮内での僕の存在は希薄だからね。


 申し訳なさそうに言葉を繋ぐメネルの頭を撫でるとメネルはゆるく微笑みその隣でアセアが周りに気を配りながら早くとメネルを急かした。


「私たち双子星は暫らく也を潜めます。その代わりにお兄様方の周りが騒がしくなる」


 慎重に言葉を繋ぐメネルに少しの不安を感じながら僕は黙って耳を傾けた。


「四つの共星に一つの兆し星。兆し星はお兄様の道を照らします。お兄様は進むしかない……でも、その中に凶星があって……それに絡んでいる強い星が……」

「メネル」


 ごくりと僕が息を呑むとアセアがメネルの腕を引いた。

 メネルが、はっと我に返ると前のめりになっていた姿勢を正した。


 それと同時に姿を現したのはラウ先生だ。困ったように微笑んで顔を覗かせてきた先生に二人は顔を見合わせて頷いた。


「―― …今日はお二人とも早いですね? お迎えに上がったら無駄足を踏んでしまいました」

「今日は時間があるから先に行くってお伝えしたと思いますけど」

「ラウは、時々抜けてるから忘れてたんじゃないのー?」

「なるほど、そうですねぇ。そうかも知れません。それで、お三方で内緒話ですか?」


 笑顔だがラウ先生は少し癪に障ったのだろう。

 空気がほんの少し重くなった。


 特に隠すような内容があるとは思えなかったから、説明してあげようと思った僕の台詞を遮るようにアセアが口を開く。


「やきもち! ラウがやきもち妬いてるーっ!」

「ラウ先生可愛いです」


 ね? と話を振られても返答に困る。

 でも、二人が僕の星の話を他言したくないというのは良く分かったから僕も頷いておいた。


 ラウ先生は特に動揺する様子もなく肩を竦めると「そういうことにしておきましょう」と納得しいつも通りの個人授業に移ってくれた。



 それから二人が僕の星の話をすることはなくなった。

 いつも通りの緩い時間がのんびりと流れる。


 僕は僕自身の価値を未だに見出すことは出来ず、身体の中で何かが燻っているのだけが居心地悪く感じていた。


 王宮の夜はとても静かだ。


 離れの屋敷である自宅は特に静かで、窓を開け空を仰げば星は降ってきそうなほど煌いている。


 その日はとても大きく月が輝いていた。とても近く感じた。手を伸ばしてもとても届きはしないけど……。


「お兄様!」

「う、うわぁっ! メネルっ! どうしてこんなところに、こんなところまで来ちゃ駄目だよっ」


 ぼーっと開け放った窓から空を仰いでいた僕に掛かった声に驚いて身を乗り出し辺りを確認する。アセアならまだしもメネルが一人でこんなところまで出てくるなんて信じがたい。


「一人です。皆、アセアに気を取られていて私だけ抜け出して来たんです」

「抜け出してって、どうして? どうしてそんなことをする必要があったの?」

「今夜は星が動きます。私たちの星が動く」


 明かりの所為かメネルの顔色が優れないような気がした。

 僕はメネルの言葉の半分も理解出来なかったけれどこのままここにいさせるわけにもいかないし、何が起こっているにせよメネルは王城に届けなくてはならない。


 彼女は正室の息女だ。

 玄関から出れば使用人に止められるだろう。


 僕は行儀悪く窓を乗り越えて庭に出た。

 取り合えず送るからとメネルの手を取るとメネルはぎゅっと手を握り返しゆっくりと歩き始めた僕に合わせて足を踏み出す。


「星が動くってどういうこと?」

「……第二ターリ様ご子息の星が消えます。闇猫が来ます。種はその場で直ぐに売買される」

「誰に、売られる予定?」


 メネルの言葉はこれまで違えたことはない。疑う余地はなかった。僕の問い返した言葉にメネルは普段刻むことのない眉間に縦の皺を寄せて、短く深呼吸すると改めて開口する。


「お母様です。お母様は私とアセアに素養がないことを嘆いておられた。私やアセアではお母様のお役には立てない。だからお母様は第二ターリ様のご子息が病弱なのを知って……全ては私たちが素養を持たなかったことがいけないんです……私たちが」

「いけなくなんてない。駄目じゃない。アセアもメネルもこの国に必要な子だ」


 自分の存在に嘆くメネルに必要以上に強い声で答えてしまった。

 メネルに自分の姿を重ねた。

 自分は必要とされない価値がない……そう思っていることが重なってしまった。


「少なくとも、僕には必要な子だよ。二人とも……。可愛い異母妹だよ」


 歩みを緩めて空いたほうの手でメネルの頭を撫でる。

 メネルは最初急いでいたようだけど今はもうその様子はない。


 つまり……もう、間に合わない。そう、いうことなんだろう。

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