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小種32:足りないもの

【with アルファ】

 王宮に知り合いなんて居たのかな?


 騎士塔の学生を指導しながら立ち去っていったマシロちゃんを見送った。


 がしんっと鈍い音がするから、模擬刀は嫌いだ。やっぱり真剣同士で打ち合う音のほうが、辺り一面に玲瓏と鳴り響く聖堂の鐘のようで好きだ。音楽を奏でているような気分になる。


 それに殺されるかもしれないという緊張感も良い。


「……っ! ま、参りました」

「え? ああ、うん」


 今日は中級階位だし少しは骨のある生徒が居るかと思ったけど、その大半は膝をついてしまった。戦場なら即死に繋がる行為だ。立てないと思っても立たなくてはいけない。もう剣なんて握れないと思っても握らなくてはいけない。

 そうしないと自分は愚か護衛対象まで失ってしまう。


 護るものがいなければ僕らに大義は無い。


 でも、ま。


 このところ平和だからお遊戯みたいなものだ。僕は休憩。と声を掛けて手にしていた模擬刀を近くでへたばっている生徒に渡した。

 そしてベンチまで足を進めていると、ふと気がつく。


「あれって……」


 制服にはあまり覚えがなかったがあの顔は見覚えたあった。ターリ様付きの侍女――という肩書きの兵士だ――そこらへんの衛兵なんかよりずっと腕が立つ。


 ―― ……それにあれはケレブ様の……。


 わざわざ違う制服まで着てもぐりこんでいるということは、あまり良い話じゃないだろうと当たりをつけた僕は「あとは適当にやってて」と片手を振って生徒たちのブーイングを無視して騎士塔を出た。



 きっと人気の無いところだとは思うけど、そう簡単にそんなところについていくとは思わない。


 多分。

 きっと……

 ちょっとくらいマシロちゃんだって学習しているはずだから。


 そう自分をいい聞かせるように足を進める。

 怪しまれるような場所ではなくて、人が居る場所と居ない場所が混在しているところ……。そんな場所、王宮には星の数ほどある。


「ねぇ、城の使用人がこの辺うろうろしていなかった?」


 騎士塔を抜けたところでふらふらしている学生を捕まえて訪ねると、学生は「ああ、アルファさんこの間はありがとうございました」とか社交辞令を述べ始めたので「急いでるんだけど」と目を細めた。

 学生の僅かに上気していたい顔色が一気に青くなる。


「え、ええっと、使用人でしたね。使用人、使用……あ、ああっ! この辺では見かけないなという女の子を連れてた人かな?」

「そう! それっ」

「えっと、彼女なら庭園のほうへ歩いて行っていましたよ。星降せいか草が美しい時期ですからね」


 僕は彼の話を最後まで聞かずに走り出した。


 庭園なら確かに好条件だ。それに星降草は王宮では珍しくない花だけど王都内で見ることは珍しいからきっとマシロちゃんは注意を忘れる。

 庭園のアーチを潜ると僕は人気の無いほうを探した。この庭園は中央広場を中心に四方へ広がっている。中央広場に立って少し集中してみる。マシロちゃんは気配を隠すようなことを全然しないから、近くに居れば大体わかるんだけど……


「―― ……」


 じゃりっ。

 道なりに敷き詰められた玉石を踵でかいて奥歯を噛む。全く気配がしない。

 ここじゃないか、もしくは隠されているか……しらみつぶしに探していくしかないから頑張った。でも三方位探したけど怪しいところはなかった。


 ここで見付からなければどこか別のところなのかな?


 ふぅと嘆息して足を踏み出すと道の脇で何かが光った気がして、僕は駆け寄る。


 ―― ……結界石だ。


 ここにこれがあるということはあと三つもしくは二つこの辺にあるだろう。納得して、道のないところへと足を踏み入れた。


「―― ……闇猫とも懇意に……、貴方には……できる価値がある。貴方は王家に必要な方です」


 聞き覚えのある声が洩れてきた。

 直ぐに顔を出すか考えて彼女が王家のためという名目で何をマシロちゃんにさせようとしているのか気になって僕は気配を消した。


「馬鹿なことをいわないで、種って、種を飲むということは命を飲むのよ? それに王の種となると、エミルに血の繋がった人の種を命を飲めというの? ブラックに王家の人を手に掛けろというの?」


 マシロちゃんの声は震えていた。

 本当に信じられないという雰囲気だ。


 ターリ様付きのいうことも分かる。どちらかといえば、マシロちゃんの拘るもののほうが、僕には良く理解出来ない。出来ないけど……。

 マシロちゃんがエミルさんを護りたいと思っているのは分かった。彼女なりに何か思うところがあるのも分かった。


 でもちょっとターリ様付きに盾突くには、マシロちゃんは普通の女の子過ぎる。

 予想通りターリ様付きの冷たい声が聞こえたかと思ったら、マシロちゃんが声を殺しているのが分かった。ここまでかな? そう思って僕はその場に割って入った。

 ターリ様付きは僕の姿を見て直ぐに顔色を変えた。きっと見付からない自信があったんだろう。


「大丈夫?」


 足元がおぼつかなくなってしまったマシロちゃんを支える。少しだけマシロちゃんの前に出て問い掛けるとターリ様付きは「私はお嬢様がお迷いだったようですので」なんて白々しい嘘を吐いた。


「ふーん……」


 僕が静かに睨みあげるとターリ様付きは蒼白な顔をより白くした。人間ってあんなに血の気が引けるんだ? いっそ殺してしまおうとか思ったら、タイミングよくマシロちゃんが僕の腕を掴む力を強くし寄りかかってきた。


 ふと、我に返る。


 さっきの様子からも、マシロちゃんが『命』なんて形の無いものを大事に思っていることは分かった。ちらりとマシロちゃんのほうを見れば、僕の腕を掴む腕が青くなってしまっている。

 こんなになるまで我慢して、結界石があったから無駄ではあったけど、悲鳴を上げるとか助けを呼ぶとかすれば良いのに……何も出来ないくせにどうしてマシロちゃんはこんなに強くあれるんだろう?


 気が失せた僕は、ターリ様付を引かせた。


 その姿が見えなくなるとマシロちゃんは一気に力が抜けたようで、がくっと膝を折りそうになる。


「少し座りましょうか? 知ってますか? ここには他で見られない花も咲いているんですよ?」


 ゆっくりと足を進めるとマシロちゃんもなんとか自力で歩いた。別に抱き上げても良かったけどあとでマシロちゃんに怒られそうだからやめにした。

 中央広場のポーチまで出てくれば、散歩してたり休んでる人も居るからマシロちゃんも少しはほっとするだろうと腰を降ろす。


 無駄なのにマシロちゃんは怪我を隠そうとしているのか腕を逃がしている。

 それが余計に僕に罪悪感を植え付ける。


 ―― ……また、僕は護れなかった。


 物凄く面白くないけど、なんだか腐れ縁で何かといえば口出しをしてくる王宮の副学長にいわれることを思い出す。


『経験は宝』


 物凄く単純な言葉で、まだあの人たちからいえば年若い自分が無能だといわれているようで、僕の大嫌いな言葉だ。どれだけ練習や訓練。実習を積んでも実践に勝るものはない。僕にはその経験が足りないから、こうやって小さなミスを犯す。


「……僕に護れるものなんてない」


 そう、なのかもしれない。じっと見つめて青を通り越して赤黒くなってしまっているマシロちゃんの手首をそっと撫でる。

 妙に納得して僕は暗い気分になる。そんな僕にマシロちゃんは少しだけ頬を赤くして「ありがとう」と笑った。


 いつも思うけど……マシロちゃんって変だと思う。

 変わってる。

 それもちょっとじゃなくてかなり。


 護衛対象者は僕らに礼なんていわない。護るのが仕事だから。それを全うできなかった僕は怒られるのが普通で……こんなに普通じゃないことを口にするのは……マシロちゃん以外には……。


 ふ……と思い出して僕は少しだけ笑ってしまい同時に少しだけ元気になった。


 ほんの少しだけ、少しだけだけど、マシロちゃんはエミルさんに似ている。お人よしで優しくて……そんな彼女だから僕は普段考えないようなことを考えてしまう。


 それなのに、マシロちゃんはもう帰ってしまう。


 僕たちの知らない世界に。

 僕たちが行くことの叶わない世界に……もう、二度と会うことの世界に……。

 でも、きっとそうするほうが彼女のためなのだろう。

 何も護ることの出来ない僕が傍にいるよりも、もっとずっと安全な場所で幸せにしていて欲しい。

だから……


 ―― ……帰らないで


 思わず出そうだった言葉を飲み込んだ。

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