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第三話:術師の慢心―前編―

「勝者! カナイ」


 沸きあがる歓声は俺を捕まえることなく、空疎な心の中を勝手に通り過ぎていく。


 詠唱破棄も出来ないような上級階位の術師なんて話にならない。模擬演習でも実習でも俺は負け知らずだったし失敗知らずだった。


 詰まらない。

 くだらない。

 馬鹿馬鹿しい。


 大聖堂に入学が認められてから全てが単調だった。


 どうして出来ないやつが居るのか分からない。

 どうして失敗する奴が居るのか分からない。


 呪文を詠唱したり、構築式を書き連ねたり世界に属する精霊の力を借りたり……それらを使役し行使するだけだ。


 至極簡単なことだ。


「カナイさん! 今日もカッコイイっ!!」

「……お前な」


 チビでガキで獣族で……いつだったか俺の後ろばかり付いてくるようになったシュシュ。

 獣族でもあるから素養は特出していたが、どういうわけか伸び悩んでいて未だに初級階位だ。


 それなのに不満ばかりで満ち足りることのない自分とは対照的に、シュシュはいつでも満ち足りているようで時にはその存在に苛々することもあった。苛々しながら、後ろをぱたぱたとついてくるシュシュを振り返ることもなく廊下を闊歩しているとパチパチパチと可愛らしい拍手が聞こえた。


 俺がそれに気がつくと廊下の先に居た男はニコニコと馬鹿みたいに笑顔で歩み寄ってきた。


「凄いね! 君。僕と同じくらいなのに上級階位を取ってるなんて! さっきのも見たよ」


 俺の後ろに居たシュシュが追いついてきて俺の陰に隠れる。

 対峙した男はにこりとシュシュを覗き込んで「こんにちは」と重ねたがシュシュは、類稀なとつけたくなるほどの人見知りだ。俺の胸くらいまでしか背丈のないシュシュは、びくりっと肩を跳ね上げて人のローブの中にまで入り込んでくる。


 ―― ……迷惑だ。


 俺は、はあと溜息を吐いて「こいつのことはほっといてくれ」と口にすると男は視線を俺に戻して「分かったよ」と笑みを深める。


「……それで部外者が何でこんな所に居るんだ?」

「僕? 僕は先生についてきただけだよ。演習をやってるから見てきたら良いよっていわれて見てたんだ」


 鬱陶しい。

 俺がそいつに対して一番最初に持った印象だった。


 人懐っこい笑顔で、ただそこにあるだけで、皆に望まれる太陽のような姿に苛々した。家族という狭い枠の中だけでも望まれることのなかった自分と余りにも対照的な存在に感じた。


「上級階位ってことはそんなに遠くないうちに卒業しちゃうよね? そのあとどうするの? やっぱり王城勤めを考えてる? だったら」

「五月蝿いな!」

「え?」

「五月蝿いっていったんだよ! 俺は城勤めはしない! 絶対にあんなところへいくもんか! あんな閉鎖的なところ、息が詰まる。生殺しにされてるような気がする。気が、狂いそうだ」


 怒鳴った俺に気分を害した風もなくそいつはにっこりと笑みを深めてこともあろうか頷いた。


「僕もそう思うよ」


 あっけに取られた俺にそいつは変わらない笑顔を向けた。


「僕はエミルだよ。君は、カナイだよね。僕が王宮を出たら一緒に何かやろう? 君の知識欲を満たせる何かを考えるよ」


 任せて、と、ニコニコするエミルに俺は益々不機嫌な顔をしたがエミルは毛ほども気にしていないようだ。


 変な奴。


 あまりに馬鹿馬鹿しくて、勝手にしろ、と、いい残しその場を離れると途中でまた関係者外と擦れ違った。

 俺と目が合うとそいつはにっこりと胡散臭いくらい、綺麗な笑みを浮かべて軽く会釈し通り過ぎていく。

 エミルがいった『先生』とは恐らくあいつだろう。

 あの顔は知っている。

 現王の執政官の嫡男だ。パレードか何かで見かけた。

 物凄く退屈そうなくせにその顔には笑顔の仮面をつけて腹の底の知れない奴だ、と、思ったのを良く覚えている。


 ぎゅーっと俺のローブの裾を握ってずっと黙っていたシュシュは、やっと人心地ついたのか、俺から手を解いてはぁと深呼吸した。

 栗色の髪と同色の猫耳が上下する。


「カナイさん。さっきの人、王子です。それから、今擦れ違った人……」

「お前は見る目のほうがあるんじゃないのか? 治癒師階級を選択するより未来見とか……ん? 王子って、エミルがか?」


 説教めいたことを口に仕掛けて俺はシュシュを振り返る。

 シュシュは少し迷ったようにしたあと確信を持ったように頷いた。


「上手く隠してありました。でも王子です。出自は隠せても素養は隠し切れない」

「だとしたら王宮から出るなんて叶わないだろ?」


 エミルが話していたことを思い出して俺は鼻先で笑った。それなのにシュシュは珍しく難しい顔をして眉を寄せていた。

 俺はこのときのことが印象深くで忘れたことはなかった。

 しかしあれ以来一度もエミルが俺の前に現れることもなかったし、シュシュがその話題を持ち出してくることもなかったから次第に記憶の底へと沈めてしまっていた。


 十六になる頃には最上級階位も卒業した。

 そのあと別に何か目的があったわけではないが、最上級階位の頃に知り合いになったクルニアという胡散臭い男に誘われてそのまま大聖堂の研究室に入った。


 本当なら最上級階位になるとき下級階位の面倒からは解放されるのがルールだ。俺もなんだかんだと抱え込まされていた十二人の下級階位生徒を次に引き渡しした。

 それなのに最後の十三人目のシュシュだけがどうしても、と、頼み込まれて仕方なく引き続き面倒を見ることになり相変わらずシュシュは俺の後ろをついてきた。


 未だにシュシュは下級階位だ。


 


「触るなっ!」


 叫んだが遅かった。

 シュシュは研究室の長テーブルの上に置いておいた魔法石を床に落とした。派手な閃光が迸り、建物全体が揺れたのではないかという震動を起こす。

 もくもくと室内を占領する白煙に俺は口を塞いで窓を開け放った。咄嗟に室内は囲ったから外にまでは影響していないが室内は惨憺たる状況だ。


「ごご、ごめんなさいっ! カナイさん大丈夫ですか?」

「シュシュ……ラボの物には触れるなといってるだろ! ……ったく、怪我しなかったか?」


 煙を室外へと追いやってようやく確認できたシュシュの姿が五体満足だったので一応胸を撫で下ろす。


「おいおいおい、今の何だよ。シュシュがまたなんかやらかしたのか?」


 がらがらがらと引き違い戸を無造作に開け放ち、銜えタバコのまま研究室へ入ってきたクルニアはワザとらしく片手を振って煙を掻き分けるしぐさをする。


「なんでもねーよ。ったくお前がサボってるからだろうが」

「あのなー。稀代の天才術師さん」


 いって俺の肩を抱くクルニアはタバコの臭いが身体に染み付いていて、自然と眉を寄せてしまう。そんな俺に気がついていながらクルニアは気にすることはない。


「俺がお前をここへ巻き込んだのはー、俺がサボる為。俺がいくつだと思ってんの? 年寄り使うなよ。だから俺は居なくて当然だと思ってもらわないとなぁ」


 こういう奴だ。


「……公金泥棒」

「あっははは。結構結構。こんな研究進まなくて良いだろ別に」


 ばしばしと遠慮なく俺の背中を叩くクルニアから逃げるように、シュシュは散らかった室内の片付けを始めた。シュシュはクルニアが苦手だ。その気持ちは良く分かるから改善を求めたことはない。


「お前もいつまでも男のケツ追い掛けてないでさっさと昇位試験受ければ?」


 床にしゃがみ込んでごそごそとしていたシュシュを、こつんっと弾いたクルニアはにやにやと笑っている。


「……こいつ男だろ?」

「お前も男だろ?」

「……だったらそーいういい方しないだろ! シュシュも赤くなるな」

「仕方ないだろ?将来有望な天才術師さんはモテるのに遊ぶ気配もないしこんないつまでたっても伸びないちっこいのを連れてたらそっちかと思われても」


 そっちってどっちだよ! 俺は額に青筋が浮かぶのを感じたが何とか堪えた。それに


「こいつはこいつなりに頑張ってる……と、思う。これから伸びるか伸びないかなんてものをお前に決め付けられる謂れはない。お前だって室長の話がきてるのに蹴ってるって聞いてるぞ? 独立すりゃ良いじゃねぇか」

「えー、俺? 俺は誰かに使われてる方が性にあってんの。誰かに責任押し付けられない立場になるのは嫌ん」


 おっさんがくねるな。

 こいつと話をしているとどっと疲れる。


 黙々と片付けをこなしているシュシュを眺めて確かにこいつも困りものではあるなと思うと眉間のしわが増えた気がした。




 ―― ……なんだコレ?


 研究室から自室に戻ると何も出しっ放しにはしていなかったはずの机上に、古ぼけた本が置いてあった。

 ご丁寧に鍵まで掛かっている。


 若干崩れかけた表紙を手でなぞると書かれている文字が明らかになる。


「……これ、は」


 どくんっと心臓が脈打った。

 緊張とある種の喜びに指が震えながらも、もう一度確認するように文字を撫でる。


 ふーん……と、掛かっている鍵を弾くと挑戦的な気分になる。


 この程度の封印を俺が解けないはずはない。

 幾つか簡単な開錠の術を掛けたが開かない。

 解けない。


 それが俺の気持ちを高揚させた。こんな気分は久しぶりだ。


 ―― …カチャン…


 小さな開錠音が鳴った。

 思っていたよりも時間は掛かったが楽勝だった。少し残念だったが並みの術師なら困難だっただろうということは簡単に想像がつくから、まぁ、いい。


 そしてその本の中身に、ある種の確信を持って表紙を開く。


 多少痛んではいたもののこのくらいなら読み解ける。俺なら出来る。そう思った。

 俺は椅子を引き机に腰掛けると、次々とページを捲り中身を簡単に読み解く。

 

 俺の予想通りそれは図書館にしか所蔵されていない。

 しかも一般人はもちろん生徒や教師の図書館関係者でも閲覧すら出来ないところに保管してあるといわれる禁書の物だ。もちろん俺自身それを見るのは初めてだったが、その書かれている内容の危険さに直ぐにそうだと思い至った。


 「こんなもの、一体誰が……」


 パタンと重い表紙を下ろすと埃が机の上を滑る。

 椅子の背もたれに体重を預けるとぎしりと軋む。


 高い位置にある月は何時もと変わらない状態で夜を明るくしている。

 変わることのない二つ月。

 変わることのない自分。


 このまま何も変わることなくただ漠然と上のいうものを研究し続け得た答えはきっと争いの種になるだろう。


 だからクルニアはだらだらと時折失敗を起こして引き延ばしている。そんなことすぐに分かった。世界の均衡が崩れれば、争いが起これば俺やクルニアみたいな奴は引っ張りダコだろう。

 そんな世界はくだらない。だから俺もクルニアの失敗に付き合ってやる。


 その所為で満たされない欲が俺の中でいつも燻っていた。


 禁じられた術にはそれなりの理由があり、今目の前にあるそれも理由は明らかだ。こんなものを操る奴が居れば……世界の均衡は保てない。


 ―― ……それに、リスクも、高い。

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