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第二話:騎士の本願―後編―

 二年ほどして僕はセルシス様に近衛隊長まで引き上げられた。


 僕はとても嬉しくてセルシス様にご挨拶とお礼を告げに執務室に失礼した。

 セルシス様は僕を招きいれてくれたけど何か考え事をしているようで僕の話は上の空だった。一通りの挨拶が終わって失礼しようと思ったら、セルシス様は人払いをして窓際へ立つと僕を傍へと招いてくれた。


「あの、セルシス様?」

「名を呼ばなくて良い。私は王子だ。王子と呼べば良い」

「は、はい! 申し訳ありません」


 叱責を受けたのだと思い、即座に謝罪した僕にセルシス様は寂しそうに微笑んで構わないと首を振った。


「怒っているのではない。ただ、私の代わりは居る。お前は私が居なくなっても今後王子に仕えるだろう。私が私である必要はここではない。私は王になる素養を持っただけの男に過ぎない」

「セルシス様。そのようなことは」

「王子と呼べ。お前は大儀を護れる。己が身、傷つこうとも信念を貫ける。お前のような者を側近につける者は皆安泰だろう」

「そのようなことは」

「謙遜するな。そうでなくては私はお前を引き抜いたりはしない。私は知っている。お前の受けていた処遇を。お前は耐えただろう? 心を折らなかった。今後お前は最上級階位を取得していないというハンデはあるだろうが、その程度のことを気にする輩の下には就くな」


 護るはずの相手に僕は護られていた。深い安心感と安堵感を与えられ満ち足りた。王になる素養の一端に触れていたのかもしれない。


「だが、私に就くときは私の命に忠実であれ。私の命令は絶対だ」


 分かったな。と、念を押され僕は至極当然と腰を折った。

 セルシス様は「絶対だぞ」と念を押して頷くと話を続けた。


「お前の初めての役目は明日からの私の視察に同行することだ。長期でも長距離でもないから小隊だけだがお前が居れば退屈はしないだろ?」

「……護衛、ですよね?」

「もちろんだ。だが馬で行くし話し相手もいなくては退屈してしまう。馬上では居眠りも出来んしな?」


 明るく笑った王子に僕は、曖昧な返事を返すしかなかった。

 でもそのあと至極真面目な顔に戻って僕に命じた。


 


 ―― ……道中何が起こっても深追いするな。死ぬなと……。


 


 その視察の帰り、突然降りだした雨の中、王子は闇猫に撃たれた。


『私の命令は絶対だ』

『私の名を呼ぶな』

『私の代わりは幾らでも居る』


 王子は暗殺計画があるのを、闇猫に手が回ったことを知っていたのだと思う。


 僕は王子の命がなくとも動けなかった。

 王子を救うことなんて出来なかった。

 なのに王子は僕に命じた。


 ―― ……僕が死なない為に……。




 ―― ……雨は嫌いだ。


 あの日のことを、思い出させるから。


「大切な人だったんだよね?」


 僕に泣かないで、と、いいながら自分が泣きそうな顔をしてそういったのは彼女が初めてだった。それが凄く嬉しかったのに、僕は否定した。



 


 最初の任務で主を失ったこと。

 もう僕に命を預ける馬鹿は居ないだろう。このまま埋もれてしまうのも王子以外に就くのもまだ考えられなくて、僕は騎士団を抜ける為に詰め所に向かうと来客中だった。


 団長と顔を合わせていた人物は僕を見て「君を待って居たんだよ」と微笑む。正直胡散臭い男だと思った。でもやめると伝える機を逃した僕はそのままその男についていった。

 道々彼は何もいわなくて僕も何もいわなかったし聞かなかった。ただ久しぶりに回廊を顔を上げて歩いた気がする。


「あの」

「もう少しだからついてきてくださいね。君の新しい主人のところへ案内しますから」

「主人? 私は暫く誰の下につくつもりもつく資格もないと……」

「おやぁ? そんなこと誰が許可したんですか? 君はまだ騎士団所属。上の命令には逆らえないはずですよー」


 意地悪く瞳を細めてそういった男に僕はくっと息をつめた。

 その様子を男は楽しそうに眺めたあと、ふふっと声を上げて笑うと「そう、身構えないで下さい」と締めくくった。


 どこまでも歩いて最終的に城を出てしまったから、声を掛けたら振り返ることもなく、男は「城からなるべく離れたほうが良いんです、気が楽で」と陽気に答えてずんずん歩いていく。


 何というかこの人には逆らえないような気がする。


 新しい主人……気の毒に、僕なんかを傍仕えにしなくてはいけないなんてきっと呪われたようなものだ。僕が自虐的な笑みを浮かべると突然視界が開けた。


 城の裏手にある庭だ。

 こんな所に足を踏み入れる機会がなくて知らなかった。

 騎士塔から出たあの場所の他にこんなに穏やかな場所がこの王宮にあったなんて。

 緩やかに昇った坂の上にあるポーチに人影が見える。


 城側から歩いてくる僕たちを見つけたのか、人影はこちらに向かってゆっくりと歩いてきた。

 その姿が確認できる距離に来て僕の足は動かなくなった。


『私には心を病んだ母と歳の離れた弟が居る。お前よりは少し上かもしれないが、私よりもお前のほうが歳が近いだろうな?』


 空の色を映したような髪の青。

 若い芝を思わせる柔らかな瞳の翠。


 動けない僕の双肩を掴んで案内してきた男はずいと僕を前に押し出した。


「騎士団から攫ってきましたよ。アルファルファ君です」

「宜しく、アルファ。僕はエミリオ。エミルと呼んで欲しい」


 セルシス様の力強い笑顔とは全く違う柔らかな笑顔。

 でも僕は間違えない。

 この方はセルシス様の弟君だ。


 たった一人の兄を護りきれなかった僕に向けられた笑顔、躊躇する僕の前に迷いなく差し出された手。


「僕は……」


 その手を取ることが出来ずに遅疑逡巡してしまう僕に、エミル様は差し出していた手をずいっと僕に伸ばした。対応に困って対峙した相手を見上げると、エミル様は僕の不敬を気にするでもなくやんわりと微笑んで「握手」と風がなるように優しく囁いた。


 どうして良いか、分からずに、でも伸ばされた手をそのままにもして置けなくておずおずと持ち上げた僕の手をエミル様は強引に取ると空いていた手を重ねて包み込んだ。


「大丈夫」

「え?」

「大丈夫だよ。君は素養に振り回されているだけだ。それにこの手は君の努力を物語っている。僕では君の主は務まらないかも知れないけど、肩を並べるくらいには足るだろう……だから……僕を信じて。大丈夫。たくさん話をしよう」


 ぎゅっぎゅっと手を握ってあのときの感触を確かめる。

 あの人の強い瞳に憧れた。


 でもその中にあった優しさだけを抽出したようなエミルの手を取ったあの瞬間から僕はエミルの、彼だけの騎士になった。


 彼の護りたいもの全てを護る騎士に……そして初めて出来た友達に僕はこれから先の話しをした。

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