(1)
「うーん」
私は図書館寮までの帰り道を急ぎながら、小さく唸った。
今日も、クリムラでおやつを貰ってしまった。このまま寮に戻って夕飯のあとってなると夜食なんだけど。
おばさんはとても良い人で、帰りにはいつも何か持たせてくれようとする。売れ残りとかならまだあれだけど、時には「折角手伝ってくれたんだから」とわざわざ用意してくれるときもある。正直それは良くないよね。
私はギルドの依頼で、お店に入っていて、ギルドからはちゃんと報酬を貰っているのだ。それなのにそれに上乗せするように貰っちゃうなんて申し訳ない。
―― ……本当、みんな良い人過ぎるよねぇ。
まあ、貰ってしまったものは仕方ないし有り難くお腹に納めちゃうのだけど――主にアルファが――と思いながら私はカーティスさんに挨拶して、図書館の奥へと進んでいると、少し奥まったところで珍しい組み合わせに出会った。
彼らも丁度、出くわしたところらしい。
「珍しい方が声を掛けてきますね?」
「―― ……忘れてるかも知れないけれど、図書館は私の職場だけどね?」
ラウ先生とブラックだ。ラウ先生は私にも敬語で接してくれるのに、ブラックには違うんだと始めて気がついた。古い知り合い、とかなのかな? 立ち聞きもなんだし声掛けようと思ったのになんだか戸惑われた。
「ねぇ、前から聞きたかったんだけれど……今良い?」
にっこりといつもの笑顔でそう問い掛けたラウ先生にブラックは物凄く面倒臭そうな顔をしながらも「マシロが戻るまでですよ」と了承した。その承諾に気を良くしたのか、ラウ先生はブラックの隣に腰を降ろして話を続ける。
「マシロの何がそんなにみんなを夢中にさせるんだい? 全てを持つ種屋まで虜にするほど、とは、正直思えないのだけど?」
ラウ先生のあっけらかんとした質問に、私の足は完全に動かなくなってしまった。聞かないほうが良いのは分かる。でも、自己評価が限りなく低い私としては是非とも聞いて見たい……立ち聞きだとしても……。
ブラックは膝の上で開いていた本を、ぱすっと閉じて顔を上げると不思議そうにラウ先生を見た。
尻尾が好奇に揺れている。ラウ先生の質問の本質を探っているのだろう。
「貴方はマシロに好意を抱かないんですか?」
物凄く意外そうにそう聞くほうがどうかしていると思う。
「え、ああ……嫌いじゃないけど、どちらかといえばよく動く玩具を見ているみたいだ……時折、疎ましくさえ思える」
「ほぅ……」
ブラックは瞳を細めて口元を緩めた。怒っているわけじゃない、どちらかといえば楽しんでいる。が正解だと思う。
「質問を摩り替えないでくれる? 私の話じゃないはずだけど……、大体、顔の造形も飛びぬけて美人とも、体型も……」
そんなの自分が一番分かってます。皆まで口にしなかったことに余計に傷付く。
「そうですか? マシロは全て丁度良いと思いますけど。それに造形など、時と共に変化するものです。一番不確かなものだ……」
いったあと、ブラックは「いえ……」と零して首を振り苦笑した。
「この世界の全ては、不確かですね。なんだって変えることが出来る……内側さえも……ですが、もって生まれた素養の強いものは案外安定しているものです。そしてより確かなものへ惹かれる……」
ブラックは、すっと立ち上がって手にしていた本を消してしまうと、腰掛けたままのラウ先生をちらりと見て微笑んだ。
「マシロの内側は誰にも変えることが出来ない。全てを持っている、私にも決して変えることが出来ない……本質的な部分で、それに惹かれない貴方は、やはり作り物、なんでしょうね?」
では、マシロを待たせているので、とブラックは好戦的に微笑んでカツンっと踵を鳴らすと真っ直ぐ私の方へと歩いてきた。
立ち聞きしてしまっていた申し訳なさと、ラウ先生の表情に落ちた影が気に掛かって声をつめてしまった。ブラックは私の真正面に立って、行きましょう。と私の背を押した。
「あ、あの……」
「気にしなくて構いませんよ?」
廊下を歩きながら、謝ろうとすればあっさり遮られた。
「少し遅れましたけど、マシロが見つけてくださったのには気がついていましたから」
「う……ごめん。直ぐに声掛けたかったんだけど、その……私も知りたかったから」
ごにょごにょと、お土産の箱の持ち手をぐりぐりと苛めながらそういった私に、ブラックは首を傾げた。
「いや、うん。なんでもない。それよりラウ先生、傷付いた顔してたけど」
「別に良いんです。マシロのほうがアレに『疎ましい』なんていわれたとき、ショックを受けていましたから」
―― ……う、お見通しですね。
「それに傷付いたところでどうということはありません。ラウもある意味変われないものですからね」
いってくすくすと笑うブラックは酷薄だと思う。もうっと眉を寄せた私に「失言がありましたか?」と不思議そうにする。
本当にこの猫は、私以外の感情の動きなど、どうでも良いのだろうなと実感すると怖くもある。それなのに、嬉しいなんて思ってしまうほうが勝る私は、いいかげん終わっている。
「マシロちゃんっ! お帰りなさいっ、遅いから迎えに出るところだったんですよ」
寮棟の廊下の先から勢いよく駆け寄ってきたアルファは、そのままの勢いで私に抱き付こうとしてブラックにあっさり片手で遮られた。
がっつり額を掴まれ圧しとどめられているのになお暴れる。
流石アルファ。
常に直球勝負。
「えーもう、なんでブラックが居るの? マシロちゃんにハーグー」
「寄らないでください」
「ぶー、いつもしてるのにーっ」
ああ……なんか、地雷踏んだっぽい。
私の溜息は誰にも気がつかれることなく、ブラックは「ほぉう」と瞳を細める
と、アルファを掴んでいる手にぐぐっと力を込める。
「い、イタイイタイイタイイタイっ」
「―― ……」
「痛いっ! っていってる、よ・ねっ!」
―― ……キ……ン……っ
あーぁ、もう、寮の廊下で抜刀しちゃったよ。