白蒼月外伝～二つ月の見る世界（種シリーズ）

【小話集】銀狼譚

小種９１：シュガーポット

【with　ブラック】

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　シュガーポット　シュガーポット

　中身はなぁに？

　サラサラ粉雪　粗目（ざらめ）雪

　黄金色の細（ささめ）雪

　シュガーポット　シュガーポット

　中身はなぁに？

　赤　青　黄　桃　橙　綺麗色は金平糖

　時々　こっそり摘む味　甘くて美味しい　秘密のお味

　シュガーポット　シュガーポット

　中身はなぁに？

　――　……すりすり……

　体温が移り暖かく、そして柔らかくなったシーツに頬を寄せぼんやりと夢現をたゆたう。

　素肌に触れるシーツはとても気持ちが良い。

　全身を包む疲労感も心地よい。

　この時間が私はとても好きだ。

　すりっと頬を擦り付け傍にある優しく心地よい存在を手繰り寄せる。

「マシロ」

　そして、当然のように甘い口づけが額に瞼に頬にと降り注がれる。春の陽がこぼれるような笑みが添えられ

「とても幸せそうな顔をしますね」

「ん……」

　だって、幸せだもの。

　そう答える代わりに私は頬を寄せる。まだ何も身につけていない、薄い胸板に頬を寄せれば、マシュマロでも抱くように軽く抱きしめられる。

　耳に届く規則正しい鼓動が愛しい。

「このまま時間が止まってしまえば良いなと思うくらいは、このときが好き」

　馬鹿馬鹿しいことだって平気で口に出来る。

　笑わない猫の方がおかしいと思うけれど、私も十分におかしい。お互いの存在を強く感じているときは、このまま解け合ってしまえば良いと思うのに、情事のあとはこうして抱き合える優しい時間とともに別々の存在で良かったとも思う。

「時間、止めてしまいましょうか？」

　足を絡めた私の腰を引き寄せ髪の間に顔を埋め擦りよる。

　猫らしい動きにあわせて、私の太股に滑らかな尻尾がするりと寄り添う。くすぐったいけれど気持ちが良い。

「いくら何でもそれは、無理じゃない？」

「確かに、世界の時を止めることは出来ませんが、この辺境の地くらいなら囲って止めてしまえますよ」

　長い指先がこめかみから滑り降り、髪の毛を柔らかく梳いていく。大きな手のひらに頭を撫でられるのは、とても幸せな気分になれる。

　ああ、でも、私は猫じゃない。

　猫なのはやっているほうだ。

　大体、そんなこと無理だといいそうになって口を閉ざした。

　目の前に居る猫に『無理』だなんてこと有り得ない。出来るというのだから本当に出来るのだろう。

「怖いこというよね」

　物凄く真面目に口にしているから余計におかしい。

　狂気というよりは、単に私が望むなら叶えたいという純粋なものだろう。

「止まると良いと思うのに、止まってしまうのは怖いのですか？」

　不思議そうに首を傾げたのが分かる。

　頭頂部には顎が乗せられていて固い感覚があったのに、やわりとしたものに変わったから。

「良く分かりません」

　これまた至極真面目だ。真剣に不思議がる。

「時間が止まってしまえばこうやってずーっと一緒にいられますよ。外界から遮断され永遠が続きます。私はそれでも良いなと思うのですが」

　マシロは怖いんですか……とぶつぶつ。

　この生き物はなんなんだろう。なんでこんなに可愛いんだろう。

　私はブラックの疑問には答えず、目の前にある肌理の細やかな肌に唇を寄せ、舌を這わせ、時折食む。

　漏れそうになる声を押し殺し、じんわりと熱を帯びてくる身体は素直で尚可愛いと思う。

「シュガーポットの中は、居心地が良すぎるから」

　一言だけそう告げれば、やや黙したあと「なるほど」と頷く。そして、ふっと笑いをこぼして続けた。

「甘いのは嫌いですか？」

　彼の腕の中から顔を上げれば、視線が絡む。

　きっと目元が緩んでしまうのはほぼ同時だろう。

「……まさか、」

　いって手を伸ばせば、するりと頬を寄せてくる。そのまま引き寄せて、唇が触れ

「大好き。甘い言葉も、甘い優しさも、甘い抱擁も、甘いキスも、全部全部大好き」

　何よりこの甘いひとときが一番好き、と口づける。

　それを皮切りに、深く深く全てを貪るように重ねられる口づけに飲まれていく感覚が好き。

　蕩けるように脳内が熱を持ち、どろりと思考が霞む。

　官能に支配されて、平常時の思考なんて直ぐに飛んでしまう。

「は……んぅ、ん……も、っと」

　ぐっと腕に力を込めて強く引き寄せる。

　二人を隔てるものはゼロだというのに、まだ足りない。もっと、もっと近くに感じたい。

　顎のラインを耳が掠め、くすぐったく少しだけ身体を縮めると、割り込むように首筋に唇を寄せる。

　時折歯を立て、甘噛みし、甘く吸う。

　漏れ出てくる音と息づかい、ゆるゆると身体の線をなぞっていく指先から与えられる刺激が、酷く艶かしく婀娜（あだ）っぽい。

「……マ、シロ、ここ、駄目ですか？」

　ブラックの綺麗な歯列が首筋をなぞり鎖骨の端で止まった。高揚した吐息が、熱持ってきた肌に触れ敏感に反応する。

「いぃよ……どこでも好きにして…………ん、ぅ」

　口にしたとたん、肩口にちりちりとした痛みが走る。

　それすら恍惚とする材料の一つにしかならない。

　きっとあとで見れば肌は鬱血してしまっているだろう。構わないといったし、実際問題はない。

　それに、隠すことに困るようなところに付けられたこともない。ただ、どうにもむず痒く気恥ずかしく感じる。

「マシロの肌は、柔らかくて甘いですね……」

　ちゅっちゅっと身体のいろんなところに唇を寄せられ、そのくすぐったさに時折笑いが漏れてしまう。それを分かっていてやるのだから、ブラックも大概だ。

「ずっとずっと触れていたい。どんな媚薬や麻薬よりも強い刺激があると思います」

「ん、、ぅ、褒められてるのかどうか分からないよ」

　いいたいことは分かるけど。

「私も褒めてるかどうかは分かりません……ただ、たまらなく欲しいです。全て余すところなく……」

　ずるずると下がっていったブラックの頭は既に胸の下あたりまで来ていた。

「ん……ちょ、っ、ん、くすぐ、たぃ」

　脇腹あたりを舐め、かぷりと噛みつくと強く吸われる。

　くすぐったいのか心地よいのか――確実に胸を掠める猫耳はくすぐったい――身をよじる私を固定してなお強く吸い付いた。そして解放すると、同じ目線まで戻ってきてふわふわと頬を撫で「駄目ですか？」と微かに赤らんだ目元で問いかけてくる。

　うっすらと瞳に掛かった涙のヴェールが、きらきらと窓から差し込む月明かりに煌めく。

　そんな濃艶な表情で迫られて、嫌だとはいえないし、その必要もないと思う。

　実際、私ももう限界。

　ついさっきまで惰眠を貪りたいと思っていたのに、今はブラックが欲しい。

　ちゅっと唇に口づけた。

「良いよ。私も欲しい……　――」

　今すぐに、と重ねるとふわっとお互いの体温が上がったような気がする。

　＊＊＊

　カーテンの隙間から朝日が射し込んでくる。

　眩しくて、小さく唸り私は目を覚ました。

「――　……」

　夕べいつ寝たのか良く覚えていない。

　目の前には猫がいる。大きな。私が動いたのに気が付いたのか、もじもじとベッドに頬を擦り寄せてうにゅうにゅやってる。

　そぉっと、髪に触れふわふわと撫でると、猫耳がぴるぴる震えたあとへにゃんと折れる。

　可愛い。

　これがこの世界唯一の闇だなんて笑ってしまう。

　畏怖の念を抱かれるようなものには到底見えない。縁側で丸くなる猫だ。無害にしか思えない思えないけど……そう思うのは、この世界で私だけだ。

「……くすぐったいです」

　ほわりと頬を朱に染めて、ベッドから浮いている片方の瞳だけこちらに向けて短く抗議する。

「うん。私は気持ち良い」

　自然と緩む頬をそのままにそう告げて、私は触れることを止めない。ブラックは諦めたのか再び瞼を閉じて、ぽすんっとうつ伏せになり「んー」と額をシーツに擦り付けたあと腕を突っ張って上体を持ち上げた。

　そうなると頭に載せていた私の手は自然と下にぽすんっと落ちる。

　名残惜しい。

「おはようございます」

　やんわりと微笑んで、可愛らしい口付けが落ちる。

　今度は私がくすぐったくて、出てくる笑いとともに「おはよう」と答えた。

「今日は休日です。休日ですけど」

　一頻（ひとしき）り私を抱きしめたり撫で回したりしたあと、ぶつぶつと不満を溢すこぼすようにそういって盛大な溜息を吐いた。

　仕方ないですね、と続けるとするりとベッドから抜け出して、側に置いてあったシャツに袖を通し、簡単に身支度を整えてしまう。

　私はそれを眺めて、まだベッドの中でごろりと寝返りを打つ。

　仕事なのだろう、もしくは報復的なことだろうと察しは付く。その証拠に

「マシロは、まだ休んでいてください。この部屋から出ないように」

　と口にして私のこめかみに口付けた。

　ぱたんっと閉まった扉を見つめて、今度は私が溜息。

　ぼすりとベッドに入り、寝直すことにする。

　行動を制限したということは報復系なんだろう。この部屋にいる限り、私は安全だし、何か聞こえてくることもない。

　以前も同じようなことがあって、気になったから窓を開けたら、銃声やら魔術系の爆発音やら酷かった。好んで耳にしたいものじゃない。だから、私は

　――　……もう、そんなことはしない。

　ブラックは絶対に負けないし、ここに居て欲しいといったのだから、それがブラックの願いだ。

　私はそれを聞いた方が良い。

　心配するようなことは何もない。

　ぼんやりとカーテンの隙間から覗く青空を見上げる。

　今日も例外なく良い天気だ。仕事が終わったら何をしようかな。温室の手入れをして、新しく持ち込んだ本の整理をして、そのあとはマフィンでも焼こう。

　そのどれもブラックが手を貸してくれたら、そんなに時間もかからないはずだ。そして、嫌がることもなく――むしろそこに私の拒否権は存在しない――手を貸してくれるだろう。

　そんなことを考えていると、また眠くなってきた。

　私も随分図太くなったものだなと、苦笑して瞼を落とす。

　胸に手を当て、静かにゆっくりと呼吸する。

　耳を澄ましても、何の音もしない。

　ただ、私を包み込むシーツが優しくて大好きな香りがするだけだ。

　＊＊＊

「――　……ん」

　本当に眠ってしまってた。

　苦笑して目を覚ますけれど、身体が動かない。動かない原因のブラックは隣りに戻っていて私を抱き締めたまま規則正しい寝息をたてている。

　少しだけ動くと、ベッドサイドに置かれているシャツの袖の赤い染みが目に付いた。

　ブラックが怪我をしたとは考え難い。

　以前のブラックは知らないけど、今のブラックはそれほど悪趣味ではないのでじりじりとなぶり殺すような真似はしないだろう。

　気になって、もう少しちゃんと見ようと身を乗り出すとブラックが小さく唸った。

　そして、ホンの少しだけ腕の力を緩めて「お腹空きましたか？」と問いかけてくる。

「サイドテーブルの上に、サンドイッチを用意しました。食べてください」

　私には食べさせて、と続けて擦り寄り、はむっと私の耳を噛む。

「もうっ！」

　と怒っても何の意味もないだろう。

　――　……じゃあ、あれはトマトだな。

　ちらと見た先のオープンサンドに苦笑する。

　誰かの生死なんて、本当にブラックにとっては日常の一部なのだろう。

　誰かの生き死にが決定したあと、普通に朝食を用意して、普通に二度寝してしまう。

　私が知る必要のない部分……知ってもどうせ私はブラックを嫌えないし別の目で見ることは出来ないのだから同じ。

　頬を寄せ口づければ、尚引き寄せられ唇が重なる。

　その口付けも甘いまま何も変わらない。

「寝室で食事を取るのって好きじゃないんだけど」

「では、寝室ですべきことをことをしましょうか？」

「――　……馬鹿」

　顔が赤くなるのと同時にお腹がぐぅと鳴った。当たり前だ。運動量と食事量があってないと思う。

　お腹も空くよ。

　ふわぁあ、起きて、食事にしよう。

　起きあがって伸びを一つ。

　手の届くところにあった上着を羽織って、腰にまとわりつく猫の頭をゆるりと撫でた。

　シュガーポット　シュガーポット

　中身はなぁに？