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(2)

「カナイ……――」


 適当なところで、皮むきを切り上げて手を拭うと、そっとカナイの傍に寄る。首筋に触れれば燃えるように熱い。薬、利いてきても良いのに……。

 カナイが馬鹿になったらどうしよう。

 いや、多少何か抜けたほうがカナイのためかも知れない。カナイは詰め込みすぎだ。変なところで完璧主義だし、そのせいでとても肩肘張ってる気がする。


「良い子、良い子」


 なんとなくベッドの端っこに腰掛けて、そっとカナイの髪を梳く。熱のせいでかいた汗で前髪がくっ付いて邪魔臭そうだった。薬で眠っているから、このくらいで起きたりはしない。寝ているカナイは少しだけ幼い表情に見える。


 こういう感覚って母性なのかな?


 ふと、自分の脳裏に浮かんが考えが少しずれているような気がして、自嘲気味な笑いが零れる。


「―― ……っ」

「何かいった?」


 カナイの髪に触れたまま、ぼやんと考え事をしていたら急に息を詰めたのが分かった。


「……め……駄目だっ!」


 急な声の大きさに私は慌ててカナイから手を離した。でも、カナイは目を覚ましたわけではなくて、うなされているようだ。


「カナイ?」

「駄目だ、お前じゃ、無理。無理だから、頼む、やめて……どう、して……どうして……」

「カナイ!」


 かなりはっきりと声を掛けたのに、薬のせいで目が覚めないようだ。


「―― …お、れが……俺の、せい」

「カナイっ!!」


 カナイの苦悶の表情だけでも、苦しくなりそうだったのに、目尻からつぅと涙が零れるともう我慢出来なくて、私は激しくカナイを揺すった。


「カナイっ! カナイってばっ!! 起きてっ!!!」

「……っ痛……痛い、馬鹿、脳みそ出る」


 揺するな……掠れた声で、そう聞こえて私は、はっ! と我に返る。カナイの肩口を掴んで物凄い揺すったようだ。私が慌てて手を離せば、カナイは、はぁと熱い息を吐きながら体を起こし、すっかり着崩れてしまった寝着を直した。


「ご、ごめん」

「いや、いい……それで、どうして、俺は叩き起こされたんだ?」

「え、あ……ええと」


 まさか泣いてたとはいえないよね。夢とはいえ、相当怖いものを見てたみたいだし。そう思って私は慌てて、きょろきょろしたら目に留まった。


「りんごっ!」

「は?」

「りんごが剥けたの! カナイに食べてもらおうと思って」


 私は、いっそいで立ち上がり、テーブルに載せたままになったりんごを皿ごと持ってきて、カナイにひと欠け突き出した。


「いや、今いらねーし……というか、それ、ナイフ。ナイフだから。せめてフォークくらい使ってくれ」

「え、あ! ああ、ごめん!」


 私相当天パってたようだ。果物ナイフで、差し出してしまっていた。急いでお皿を枕元に置いて、私はフォークを探しに立った。確かテーブルに用意しておいたはず。

 良かった、あった。


「―― ……俺、うなされてた?」


 片方の膝を立ててその上に乗せた腕を枕にして、そう呟いたカナイに私は一瞬動きを止めた。

 そして、あーとかうーとかこぼしたあと、上手い嘘も浮かばなくて「うん」と頷くとカナイは苦笑した。


「ったく……だから、寝るの嫌なんだよ」


 はーっと深い溜息を吐いたカナイに、ついでに持ち寄ったタオルを、酷い汗だといって押し付ける。


 涙のあとくらいは消えたと思う。


「お前病人に対して乱暴だろ」

「そんなことないよ。甲斐甲斐しく世話してるじゃん」

「してねーよ。それにこの不細工なりんご……俺でももう少しまともに……」


 いい掛けて、まぁ、大差ないかとそこは諦めたようだ。


「着替えて寝なおしたほうが良いよ。熱、まだ下がってないし……あ、そうだエミルに薬貰ってくるよ」

「―― ……ん、ああ、そうだな」


 じゃあ、と踵を返した私をカナイが「なぁ」と呼び止める。私が振り返ればカナイはこちらを見ることなくぼそぼそと口にする。


「聞かねーの?」

「何」

「いや、だから……どんな夢見てたのか、とか……何かあったのか……とか」


 ごにょごにょと口にしたカナイに、私はなんだか微笑ましくなる。


「話したほうが、カナイが楽になるなら聞くけど。そうじゃないなら、別に良いよ。目、覚めたみたいだし……ただ、やっぱり睡眠は人間の三大欲求の一つだから、眠ったほうが良いよ。薬、貰ってきてあげるから」


 ね? と、投げ掛けるとカナイは、ちらとこちらを見て、呆れたように口角を引き上げた。


「お前って時々男前だよな」

「そりゃどーも」


 へろへろと笑ってから「着替えは済ませといてね」と念押して私は部屋を出た。ぱたんっと後ろ手に扉を閉めて、溜息一つ。


 ―― ……知りたくないわけないじゃん。馬鹿……。


 かつんっと廊下を蹴っても何も変わらない。私は、きゅっと下唇を噛み締めて頭を振ると気分を切り替えた。


「―― ……というか、エミルはどこで作業してるんだろう?」


 とりえあえず、部屋をノックしてみたけど返事はなかった。ということは、医務室かな? とぼとぼと進めていた足を早めて殆ど走るように廊下を突っ切った。



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