表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/5

尻拭いの日常

朝から、頭が痛かった。

正確には、朝から晩までずっと痛い。

机の上に広げられた帳簿は、三冊目に突入している。

婚約破棄をされたとはいえ、行く宛てなどないレアナは今日も帳簿と向かい合うしかなかった。

インクの染み。擦り切れた紙。赤字の数字。

どれを見ても、ため息しか出ない。

「……はぁ……」

レアナは、無意識に額を押さえた。

アシュフォード子爵家。

先代までは由緒正しき家門としてそこそこ名を馳せていた。今となっては首の皮一枚繋がってるだけの斜陽家門。

原因は単純だった。

両親、ミリアの金遣いの荒さ。

父は賭博。母は宝飾品。妹は社交とドレス。

家計破壊の三種の神器。

結果……

使用人は最小限に減らすしかなく、馬車は売られ、銀食器は消え。

残ったのは、借金だけ。

「……今日も洗濯三回目か……」

レアナは帳簿を閉じ、袖をまくった。

本来なら令嬢がやる仕事じゃない。

でも。

やらなければ、誰がやるのか。

(……私しかいないでしょ)

家令も疲弊している。先代からアシュフォード家に尽くしてくれた老忠臣だ。残った使用人も既に限界。

だから。

帳簿、交渉、家事、雑務、全部。

全てレアナがやるしかない。

ブラック企業も裸足で逃げる環境だった。


昼過ぎ。

ようやく帳簿を片付けていると、扉が勢いよく開いた。

「お姉さまぁ~!」

礼儀作法が全く染み付いてない内股走り。

甘ったるい声。

ミリアだ。

また見た事もないドレスを着飾ってる。

「今日のお茶会、ほんと大変だったの……」

「はいはい」

レアナはペンを動かしながら相槌を打つ。

「みんなに色々言われて……」

「そう」

「作法がどうとか……」

「そう」

「私、すごく傷ついて……」

「うん」

レアナは適当な相槌だけで全く聞いてない。

だがミリアは止まらない。

「新しいドレスも必要で……」

「……いくら?」

「え?金貨三百枚くらいかなぁ?」

動かし続けてたペンが止まる。

「……は?」

「え、安いでしょ?」

その悪びれない笑顔に、レアナは遠い目になった。

(三百……三百……?)

今月の食費と使用人の給金が吹き飛ぶ額だ。

「お父様とお母様は何て?」

「ミリア可哀想って言ってくれた♡」

はい。

知ってた。

「…ミリア」

「なに?」

「もう少し、家のこと考えて」

「えー?」

何もわかってませんといいだけに小首を傾げるミリア。

「でもお姉ちゃんが全部やってるんでしょ?」

無邪気な爆弾。

レアナの心に直撃。

(……はいはい。そうですよ)

搾取子、ここに極まれり。


その日の夕方。

屋敷に、見慣れない男が訪ねてきた。

黒い外套。無表情。無駄のない動き。

嫌な予感しかしない。

「アシュフォード子爵家のご令嬢、レアナ様ですね」

「……はい」

「ローゼン商会の者です。本日は返済の件で」

――来た。

レアナの背中に、冷たいものが走る。

応接室に通すと、男は淡々と書類を机に置いた。

「現在の未返済額は、金貨2000枚です」

「……2000?」

思わず声が裏返る。

「期限は、来週までです」

「ま、待ってください!」

レアナは慌てて立ち上がった。

「必ず……必ず何とかしますから……!」

「はい、必ずお願いします。でなければ差し押さえです」

男はそれだけ言い残し、去っていった。

扉が閉まった瞬間。

「どうして……どうしてこんなことに……」

一連の流れを見てただけの、母が泣き崩れる。

父は顔を青くしたまま、何も言わない。

(どうしても何も……原因は全部あなたたちです)

そう思いながら、レアナは黙って拳を握った。

 

その夜。

さらに追い打ちが来た。

「……お姉ちゃん」

不安そうにミリアが近づいてくる。

「なに?」

「今日……商会の人に会ったんだけど……」

嫌な予感がした。

「……全部、お姉ちゃんが管理してるって言っちゃった」

「……は?」

「だって本当でしょ?」

悪びれない顔。

「私、お金のことよくわかんないし……」

レアナは、思わず頭を抱えた。

(信用問題、完全終了だわ……)

「ミリア……どうして相談しないの……」

「えー? そんなに怒ること?」

きょとんとした妹。

この温度差が、何より辛い。

その場で、父が言った。

「レアナ……お前が、何とかしてくれ」

「ミリアに負担をかけるな」

母も続く。

「お姉ちゃんなんだから……」

(ああ……出た。いつもの)

レアナは、心の中で乾いた笑いを浮かべた。

結局。

責任は、全部自分。

そういう家だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ