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愛玩子と搾取子

カリ、カリ、カリ――。

 静かな執務室に、羽ペンの音だけが響いていた。

「……また赤字……」

 レアナは、深くため息をつきながら帳簿をめくる。

 三冊目。

 今日だけで、すでに三冊目だ。

 それでも、数字は一向に改善しない。

「はぁ……どうして、こうなるのよ……」

 机の上には、山のように積まれた書類。

 領地の収支。使用人の給金。借金の返済計画。未払いの取引先。

 ――全部、彼女の担当だった。

「お嬢様、お茶をお持ちしました」

 控えめに声をかけてきたのは、年配の家令だった。

「ありがとう。……ああ、それと」

 レアナは顔を上げる。

「西棟の下女二人、明日から伯爵家に紹介してあげて。推薦状も書いておいたから」

「……よろしいのですか?」

「ええ。この家じゃ、もう面倒見きれないもの」

 家令は一瞬だけ、胸を痛めるような表情を浮かべたあと、深く頭を下げた。

「……レアナ様、本当に……ありがとうございます」

 それを見て、彼女は苦笑する。

「大げさよ。ただの事務作業だわ」

 ――事務作業。

 そう言いながら、何人もの使用人の“次の職場”まで探しているのは、彼女だけだった。

 アシュフォード子爵家。

 かつては、それなりに名の知れた家だった。

 ――“だった”。

 今はもう、見る影もない。

 原因は、はっきりしている。

「レアナ〜?まだ終わらないの~?」

 扉が、勢いよく開く。

 現れたのは、妹のミリアだった。

 淡いピンクのドレスに、きらきらした装飾。

 明らかに、新調したばかりだ。

「……また新しいの?」

 思わず、レアナは呟いた。

「え? だって今日お茶会だし?」

 ミリアは、くるりと一回転する。

「可愛いでしょ?」

「……そうね」

(いくらしたと思ってるのよ)

 喉まで出かかった言葉を、飲み込む。

 無駄だ。

 言っても、意味がない。

「ほんと、社交って大変なの……」

 ミリアは、ソファに腰を下ろして大げさにため息をつく。

「みんな細かいし」 「マナーうるさいし」 「ちょっと間違えただけで、すぐ小言だし……」

 言いながらミリアは目を潤ませる。

「私、すっごく頑張ってるのに……」

でもそれって自業自得じゃない?とレアナが思った。

 その瞬間。

「そうよねぇ……ミリアは本当に可哀想だわ」

 母の声が、廊下から響いた。

慈しむように後ろからミリアの肩を抱きながら。

「毎日あんなに苦労して……」

 続いて父も頷く。

「レアナ、お前ももう少し、妹の負担を考えろ」

「家のことばかりしてないでな」

 ……はい?

 レアナは、心の中で首を傾げた。

(え?今なんて?)

「ミリアばかり、外で大変な思いをして……」

「本当に健気だ……」

 両親は、涙をハンカチで拭いながら妹を見る。

 ミリアは、少しだけ困ったように微笑んだ。

「そんな……お父様、お母様……」

(いやいやいやいや)

(誰が家を回してると思ってるの)

(誰が借金整理してると思ってるの)

(誰が使用人の再就職先まで探してると思ってるの)

 喉まで出かかった言葉を、ぐっと飲み込む。

 もう慣れた。

 この家では、昔からこうだった。

 ――私は“便利係”。

 妹は“可愛いお姫様”。

「……あのね」

 ぽつりと、レアナが口を開く。

「今月の支払い、かなり厳しいわよ」

「次の返済も迫ってるし」

「これ以上、出費増やしたら――」

「またその話?」

 ミリアが、むっとする。

「レアナってさ、ほんとお金の話ばっか」

「夢がないよね」

 父も眉をひそめた。

「女の子らしくないぞ」

 母もため息をつく。

「もっと柔らかく生きなさい」

(……無理)

(この家で“柔らかく”生きたら、即破産するっつーの)

 19歳。

 普通なら、恋だのドレスだの夢だの語っている年齢。

 でも、レアナはもう――

 とっくに悟っていた。

(両親は、意味のない言葉を繰り返すオウム)

(ミリアは、悲劇のヒロインごっこに夢中な一人舞台女優)

(……私は、裏方)

 そう割り切らなければ、やっていられなかった。

「……はぁ」

 レアナは帳簿に視線を戻す。

(新しいドレス? お茶会?)

(そんな余裕があるなら、借金返せ)

 心の中でだけ、毒づいた。


――その日の午後。

 レアナは、屋敷の応接間に呼び出されていた。

 理由は、だいたい察しがつく。

「……失礼します」

 扉を開けると、そこにはすでに三人が揃っていた。

 父。  母。  妹のミリア。

 そして――

「やあ、レアナ」

 にこやかに手を振る青年。

 ヴォルフラム・シュタイン。

 彼女の、婚約者だった。同じ子爵家の三男でミリアと同じく下の子ということで、強い重責も期待も受けずに可愛がられる為だけに育てられた子。

「……何の用かしら」

今さら顔を合わせてもなんの感慨も湧かない。淡々と問いかける。

すると、ヴォルフラムはわざとらしく咳払いをした。

「いや、実はね……」

「今日は大事な話があってさ」

 その隣で、ミリアがそっと腕に絡みつく。

「……お姉ちゃん、ごめんね」

 瞳を潤ませて、申し訳なさそうな顔。

 ――あ、いつもの演技ね。

 レアナは、心の中で即座に判断した。

「単刀直入に言うよ」

 ヴォルフラムは、胸を張った。

「君との婚約を、解消したい」

 ……来た。

 内心では、驚きすらなかった。

「理由は?」

「え?」

「聞いてるの。理由を」

 あまりにも冷静な声に、ヴォルフラムは一瞬たじろぐ。きっとレアナがショックを受けるか泣くとでも思っていたのだろう。

「あ、ああ……それは……」

 ちらり、とミリアを見る。

「……僕はさ」 「もっと、こう……温かい家庭を築きたいんだ」

「支えてくれる人がいいんだよ」

 母が援護するように、すかさず頷いた。

「そうよねぇ」 「ミリアは、ほんとに気が利くし」

 父も続く。

「家のことばかりで、愛想もない娘ではな」

(……愛想ね)

 帳簿と借金に追われてきた19年間が、脳裏をよぎる。

「それに……」

 ヴォルフラムは、少し得意げに続けた。

「実は、ミリアと……気が合ってさ」

「好き合ってるんだ」

 ミリアは、頬を赤らめて俯く。

「……ヴォルフラムさま♡」

(はいはい)

(お疲れ様です)

 レアナは、内心で拍手していた。

「だからさ」

 ヴォルフラムは、満面の笑みを浮かべる。

「婚約者、交代ってことでどうかな?」

 ……。

 一瞬、空気が止まった。

「は?」

 思わず、素で声が出た。

「だってさ!」

 彼は悪びれもせず言う。

「僕が当主になれば、家も安定するし」 「ミリアも幸せだし」 「みんな得じゃん?」

 母は感動したように涙ぐむ。

「まぁ……なんて素敵な話……」

 父も深く頷く。相変わらず何の意味もない人間語を話すオウムか、とレアナは思う。

「これで安心だな」

 ……本気か。

 この家族。

 レアナは、ゆっくりと立ち上がった。

「なるほど」

 静かな声。

「つまり――」

 全員を見る。

「私を切って、妹と再婚約するってことね」

「そうそう!」

 ヴォルフラムは、軽く手を叩いた。

「話が早い!」

 ……ああ。

 ここまで来ると、逆に清々しい。

「わかったわ」

 レアナは、微笑んだ。

「婚約破棄、受け入れるわ」

「えっ?」

 全員が、目を見開く。

「条件があるけど」

 ヴォルフラムが、安心したように言う。

「な、なに?」

「今まで私が管理してきた財務資料」

「全部、あなたに渡すわ」

「え……?」

「借金一覧」 「返済計画」 「未払いリスト」 「担保資料」

 バサバサバサ、と大量の書類をヴォルフラムに手渡す。

「全部、あなたの仕事よ」

 空気が、凍った。

ヴォルフラムは、助けを求めるようにミリアを見る。

 ミリアは、即座に視線を逸らした。

「む、無理……」 「私、数字とか苦手だし……」

そりゃ社交と称して着飾る事しかやってこなかったミリアにできるわけがない。

2人を呆れて見てると

母が慌てて割り込んできた。

「ちょっと、レアナ」 「そんな冷たいこと言わなくても……」

「そうだ!」

 父も続く。

「これからも、この家にいればいいじゃないか」

 ――来た。

 レアナは、内心でため息をついた。

「……どういう意味ですか?」

母は素晴らしい名案とでも言いたいように、にこやかと微笑んだ。

「だからね?」

「婚約は解消しても」

「家のことは、今まで通りお願いしたいのよ」

「……は?」

「だって」

 父が当然のように言う。

「お前が一番、家のことをわかっているだろう?」

「帳簿も」 「交渉も」 「使用人の管理も」

「全部」

 ミリアも、無邪気に頷く。

「そうだよ、お姉ちゃん」

「お姉ちゃんがいないと、困るもん」

「私、社交で忙しいし」

(……は?)

 頭の中が、一瞬真っ白になる。

 つまり。

 婚約は破棄

 跡継ぎは妹

 でも労働力としてこれからも、この家に残れと

 そういうことだ。

「……私を」

 レアナは、ゆっくり言った。

「家政係にするつもり?」

 レアナの地を這うような声に母は最初はビクつきながらも、悪びれず答える。

「そんな言い方しなくても……」

「家族なんだから、助け合いでしょ?」

 父も頷く。

「そうだぞ」 「今まで通りでいいじゃないか」

 家族という言葉を盾にレアナの人生を決めつける者たち。

「お姉ちゃんって、そういうの得意だもんね♡」

 ――ああ。

 なるほど。

 これが、この家の“完成形”か。

 レアナは、静かに笑った。

 自嘲気味に。

「……私」

「一生、ここで働く係?」

 誰も否定しなかった。

 それが答えだった。

 ヴォルフラムも、どこか安心した顔で言う。

「ま、まあ……」 「君がいてくれた方が、助かるしさ」

 完全に、寄生する気満々である。

実家でもその染み付いて末っ子体質のまま暮らしてきたのだろう。

 レアナは、心の中で何かが音を立てて切れるのを感じた。

(……ああ)

(この家に未来はない)

 静かに、確信した。

妹ざまぁ何となく書きたくなりました。

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