魔王と勇者。大魔王の遊び ~ さあ、殺し合いを始めよう ~
都内某所、都立高校の朝礼で最初の魔王が誕生した。
体育館で校長の長い話を聞いていた時、壇上に突如現れた黒い人型の何かは、手刀で校長を縦に切り裂いた。
逃げ惑う生徒達。
だが体育館の入り口は固く閉ざされていた。
――― 我が名は大魔王。悪行を行うものには絶大な力を与えよう。お前達には人間の欲望の醜さをさらけ出してもらおう。……さあ、殺し合いを始めよう!……抗う勇者は、生き残ることができるかな?
そんなことを宣言した黒い何かは、強い光を放ち目の前から消えた。
「魔王、いいね。俺は魔王になってやるよ!」
この学校を仕切っている不良グループのトップ、井上がそう言いながら近くにいた体育教師の田中を殴りつけた。
直後、井上の頭の上には黒いマークが出現する。
角の生えたような顔のマークが。
殴られた田中先生は倒れ込み、殴られた頬を押さながら井上を睨みつけている。
――― 始まりの魔王が誕生しました。
そんな機械的な音声が脳内に響いた。
「はは、こいつはすげーぜ!」
そう言いながら井上は目の前の何かを操作するように手を動かした。
「肉体強化!肉体強化!肉体強化!」
そう叫んだ井上は近くにいた女教師、加藤を殴りつける。
加藤先生は殴りつけられた場所、上半身の半分が消失し、血しぶきを上げて倒れ込んだ。
さらにパニックが広がる中、音楽の安藤先生が隣にいた大木教頭を殴る。
井上と同じように安藤先生の頭の上には魔王マーク。
「に、肉体強化」
そう呟いた後、ニヤッと笑う安藤先生は何かを叫びながら井上に殴りかかる。
だが、その拳は空中で止まったように見えた。
――― 魔王同士での争いは許可されてません。
またも脳内に響く声。
それに反応するように何人かの生徒が周りの誰かを殴ったり蹴ったりしていた。その結果、物凄い速さで魔王マークが増えてゆく。
僕は壁際に逃げ体を屈め様子を伺っていた。
ブルブルと震える足を必死で押さえ目立たぬようにと願いながら。
「た、助けて……」
聞き覚えのある声。
顔を上げると近くで幼馴染の優子が魔王マークの付いた男性生徒に睨まれ、一歩、また一歩と後退りしている。
勝手に体が動いてしまった。
僕は叫びながらその生徒に飛び蹴りをする。
「痛っ!」
まるで壁を蹴っているような感覚。無様に床に落ちる僕。
――― 始まりの勇者が誕生しました。
そんな声が響いた後、きょろきょろと皆が周りを見渡す素振りを見せる。
そして皆の視線は僕に集まった。
それと同時に僕の目の前にはまるでゲームのような青い画面が浮かび、そこにはこう書かれていた。
――― 始まりの勇者特典 +50ポイント
さらには選択可能なスキルと書かれたリストが出現している。
僕は慌てながらも一番最初にあったスキル、肉体強化 Lv1 取得ポイント-5 と書かれた部分を選択する。
――― 肉体強化 Lv1 を取得しました。
脳内に声が響き、表示は肉体強化 Lv2 取得ポイント-10と変化していた。
どうしよう。そう思って手を止めながら周りを伺うと、さっき僕が蹴りを入れた生徒がこちらを見て呆気に取られている。
俺は今のうちにと5ポイントで取得できる瞬歩というスキルを取得した。
――― 初めての勇者討伐を確認しました。
その音声にギョッとし周りを見渡すと、僕と同じように魔王マークのある者に抗うようにしてみせた生徒達が、反撃を受け殺されていた。
僕は唇をかみしめ前を向く。
目の前には拳を振り上げている先ほどの男子生徒。
僕はそれを避けようと全力で横に飛ぶ。
目の前が急加速により訳が分からなくなったまま壁に衝突した。
「痛たたた……」
あまり痛くは無かったがぶつけた鼻を押さえながらそう言った。
瞬歩の効果なのだろう。全力は良くない。そう考えながら前を向くと、先ほどの男子生徒は優子を殴りつけようと拳を振り上げていた。
「うわぁー!」
叫びながらも今度は控えめにその男子生徒に向かって走り出す。
一瞬でその生徒の近くまでたどり着く。その勢いのまま殴りつけると、ゴキリという音と共に倒れ込み床を滑って行った。倒れ込むその生徒の首は曲がってはいけない角度まで曲がっている。
――― 初めての殺人ボーナス(個別) +5
そんな声が響く。
そして俺は床に手をつき胃の中身を吐き出した。
「紘樹、ありがとう、ごめんね、ありがとう」
そう言いながら優子が僕の背中をさすってくれている。
「おい!外に出られるぞ!」
そんな声と共に一斉に外へ飛び出す生徒達。
僕は口の中の酸っぱさを堪えながら青い画面を出そうと願う。
残り45ポイント。
何か良いスキルは……僕は一覧を探しながら、見切りと治癒という二つのスキルを5ポイントずつで取得する。
残り35ポイント。
肉体強化も2つ上げLv3にあげておく。Lv3にあげる際には20ポイント。どうやら取得ポイントは倍々で増えるようだ。これでポイントは5ポイントのみ……
もう一つ取るべきか?
そう思った時、井上が僕にゆっくりと近づいてくるのが見えた。
「お前が始まりの勇者だな?ほっそい体、ポイントいっぱい貰えたか?」
僕は無言で睨みつける。
だが心では泣いていた。
こえー、このままじゃ殺される!そんな恐怖に膝が震えだす。
「お前、なっさけねーな!まあ自力が違うからな!まあいいや。始まりの勇者を殺したらどのぐらいのポイントがもらえるのか、試してみるか?」
僕は体が強張り動けない。
井上に殴られ吹き飛ばされる中、僕は優子の叫び声が聞こえ慌てて体勢を整えた。
視界には優子が井上の近くで倒れている。
だが優子の頭上には剣のマークが出現している。
もしかしてこれって勇者マーク?そう思いながら慌てて優子の元まで駆け付け横抱きにして助け出す。
良かった、今度は足が動いた。
「優子、井上殴ったの?何ポイント貰えた?」
優子の赤く腫れあがった手を見てそう聞いた。
「ポイント?目の前のやつに5ポイントって出てるこれ?」
赤い手をさすりながら確認する優子。咄嗟に手を軽く握って治癒を使う。
「あ、ありがとう。なんだか痛みが引いた」
「あ、うん。5ポイントか……じゃあ、肉体強化って奴あるだろ?それ取っておいた方が良いと思うよ」
「うん、わかった」
そう言って手を動かす優子。
僕は残っていた5ポイントで魔弾というスキルと取得した。
Lv1ならあまり効果はないかもしれない。
でも牽制には良いと思う。そう考えながら優子を庇うように前に出る。
「覚悟決めたようだな。じゃあ殺し合うか!」
その言葉と共に殴り掛かってくる井上。
僕は井上の攻撃を避ける。
旨く避けることができた。見切りの効果なのだろうか?
一瞬スローモーションのように見えたその攻撃をかわし、背後に回り込み殴りつけると井上は豪快に吹き飛んでいた。
多分井上も肉体強化のLv3を取得しているだろう。
だけど不意打ちならそれなりに攻撃が効くようだ。
顔を歪めた井上は何かを操作しようと手を動かしている。
僕はそれを邪魔するように魔弾を放つ。
さっき治癒を使用した時と同じように体の中から何かが吸い取られた感覚の後、光の玉が真っ直ぐと井上に向かって飛んで行く。
「痛っ!」
手元にその光が当たるとそう言って僕に視線を向ける井上。
あまり効果は無かったが、どうやらイラつかせることには成功したようだ。井上の怒りの形相に、体の震えと共に何かが出ちゃいそうになる。
「紘樹……」
背後から不安そうな優子の声が聞こえる。
「大丈夫」
そう自分自身にも言い聞かせるようにつぶやいた。
もう一度魔弾を放つ。
それと同時に背後へと回り込む。
だが井上はすぐに反応し振り向いている。
僕は素早くしゃがむと渾身の力で飛び上がる。
そう、蛙のように……
僕は歯を食いしばって衝撃に耐えた。
痛む頭をさすりながら、魔王討伐 1ポイントという脳内アナウンスを聞き、少しの罪悪感と共に床に寝転んだ。さすがに今は目の前の光景を見たくはなかったから。
視線だけを動かし周りを確認すると、この場に立っているのは優子だけのようだった。多分みんな外へと逃げ出したのだろう。
倒れ込んでいる者達が目に映るが、ピクリとも動かないところを見ると、多分死んでるってことなのだろう。そう思うとまた吐き気が戻ってきて口元を押さえる。
「紘樹、大丈夫?」
そう言いながら優子が僕のすぐ横にくると手を握ってくれた。
「井上先輩、死んでるんだよね?もう大丈夫なんだよね?」
「ああ……1ポイント、入ったから……」
「そう……なんだね」
そんな会話の後、おもむろにスマホを取り出し確認する。
速報という文字と共に優子区で集団暴行事件?という短い文字と共に、暴徒が街を破壊、人を殺しているとの記事を発見する。
なぜこの学校から始まったのか?
そう考えながらも、今はゆっくりと休みたいなと。僕はそう考えていた。
その後、全ての魔王を倒すまで僕は優子と共に生き抜くことを諦めなかった。
この場所から、僕の決死の冒険譚が続くことになる。
そんな始まりの勇者の物語。
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