5章 ある少年(少女)の冒険譚 06
ある春の日の事―――。
「くあ、緊張するなぁ」
「おめーが緊張してどうするんだよ。なあノート」
数年が過ぎた。
あの頃幼かった幼女は凛とした(?)表情で制服に袖を通す。
「それにしてもよく小学校に編入することが出来たな。書類とか一体どうしたんだ?」
モエラが姿見に映るノートを見ながら髪を櫛で解く。
「半分は偽造。後は・・・申し訳ないが市役所に”お邪魔”した。
大体ロクな個人情報もない中でこんだけ揃えられただけでも大したもんだと褒めてほしいもんだ」
モエラは呆れた表情で俺に冷たい視線を送る。
「お前・・・またやりやがったのか?ったくしょーがねーヤローだな。んで結局ノートはいかなる”ストーリー”に仕立てたんだ」
俺は提出した電子書類をタブレットで眺めた。
「とりあえず、雷の名字を捨てさせるわけには行かない。故に雷能登は災害で両親が行方不明になり
児童養護施設経由で俺の両親に引き取られた後、高齢を理由に現在は俺の所に居候という事になっている」
モエラはゲンナリした表情を浮かべた。
「確かにお前んとこの両親は高齢だけどもピンピンしてるじゃねーかっ。それに災害で行方不明って罰当たりにも程があるだろ」
「文句が有るなら雷に言ってくれ。これでもここまでやるのにどんだけ時間と金がかかったと思って―――」
しまった。
ふと気が付くとノートが力なくうつむいている。
「す、すまんすまん!ノート、お前にどうのこうの言ってるわけじゃないんだっ。この馬鹿モエラがっ」
「んだとこの大悪党がっ――」
「―――された」
ん、なんだ。
ノートが何かをか細い声で呟く。
「どうしたノート。この堤の奴に何かエロゲ的なことでもされたのかっ!許さんぞこの大悪党っ!」
「だーかーらー違うっつーの!」
「ふざけやがってこのイカレペド野郎。経絡秘孔の二、三個所は覚悟しろよ?」
「こらヤメロ、この暴力女っ。お前の馬鹿力は何処から―――」
すると突然ノートが言い合う俺達の間に割って入って声高らかに宣言する。
「手伝わされた!ルートトレース大変だったっ!」
「ほら見ろやっぱりエロゲ的なルート・・・トレー・・・・す?」
モエラは素っ頓狂な声を上げた後、何かに感づいたのか恐る恐る俺を見る。
「お前・・・もしや・・・義務教育としての勉強はどうとかって」
「あ、あああと、その。なんだ。呑み込みが早くてな、小学校のレベルはとっくに卒業した。
んで、ちょっと暇だったし、何より本人も興味あるみたいだし・・・ね?」
「”ね”じゃねーだろこのタコ野郎!」
モエラが俺に掴みかかった矢先、机に置いてあるスマホの着信音が鳴る。
「おっ、ラッキーじゃなかった、ちょっと失礼っと」
すかさずスマホを取ると台所へと直行する。
背中越しにモエラの怒鳴り声が聞こえるがいつもの事だ、放っておこう。
さて、相手は誰かな‥‥。
数分後―――。
「駄目になった」
「「・・・はぁ?」」
さっきまではしゃぎまわっていたノートとモエラの二人は予想だにせぬ俺の鶴の一声に目を丸くした。
俺は常日頃からこんな時の為に、仕事でヤバいぐらいのヘマをした時、警察にご厄介になった時、または・・・とりあえずやった時、
こっそり練習しておいた必殺技を披露してやることにした。
「とうっ!!」
「「んなぁ!?」」
俺は天井擦れ擦れまでジャンプし、勿論その際の足の指から手の指先までピンッ!と神経を集中させる。
ノートとモエラが顔を上げ、頭上高く舞い上がる俺を唖然として見つめる。
「いまだっ!とぁあああああああああああ!」
ずしゃあああああああああ!
足を曲げ、正座という名の着地態勢からの神に拝むように両手を上げ手の指で三角のトライアングルを形成。
「「おおおおおおっ?!」」
「喰らえ!!」
どかぁああああああ!
そして腰を痛いほど折り曲げ、血が出る程に額を床にこすりつける。
唱える!
「もーーーーーーーーーーしわけございませんでしたぁああああああああああああああああ!」
決まった・・・ハイパージャンピング土下座ぁああああ!
「んああああああああああああああ?!」
ガスっ!
モエラが土下座する俺の頭を足で全力で押し付けた。
「お、おいもしやお前?」
やはりモエラは気づくのが速いなぁ、しこたま飲ませてからカミングアウトするべきだったか。
するとノートもまた、流れから気づいたのかすすり泣く声が聞こえた・・・・。
スマン俺のせいだ、一生恨め。
「戸籍屋がヘマッた。さっき仕事仲間から電話があって捕まったらしい・・・幸いデータは全デリートしてるらしいが
役所にも所轄刑事やら鑑識やらが一斉になだれ込んでるらしい」
「でも、でも書類上は大丈夫なんじゃ?」
モエラは焦りながら取り繕うとする。
スマンモエラ。
「新年度に切り替わるその引継ぎ作業の間にやらなければならないんだ、つまり、もしチャンスが有るなら来年・・・
しかも今回の事件を機に警察が入るだろうからさらに期間が延びるかも・・・・」
「あああ、馬鹿、バカ堤、あたしよりバカなんじゃねーの?!」
ぐぐッ!一番こたえるっ!
「も、もえらぁあああああ!」
「ノートっ!泣けっ!さあ私のGカップで泣くがいいっ!」
二人して追々泣いている。
とりあえずその重い足を俺の頭からのけてくれ。
こうしてノートは無事義務教育期間を在宅学習として俺と共にこのガジェットカフェ・レナスで学ぶ羽目になった。
ノートは不貞腐れ、暫くの間はランドセルを背負いながらパソコンと向き合っていたのは今でもいい思い出である。
・・・・・・・・写真撮っとけばよかった。
右左市総合病院、外科・整形外科診察室前―――。
「思い出すぜ、あの頃はもうちょっと綺麗だったのになこの病院」
「私は全然思い出さないけどね。なんか寒かったのだけやたら覚えているってか私が連れて行った時もなかったっけ?」
「あ、あれー?そうだったか?しかしまあそれだけ覚えてりゃ十分だよ」
あの日、ノートに出会ってから早十数年。
か弱き女の子は立派に(?)成長し、今俺の隣で暇そうにしながら携帯ゲームをしている。
月日が経つのは早いもんだとしみじみする。
あの日以来、ノートを置いて失踪した雷はいくら探しても消息を掴むことはできなかった。
昔、母親の事をノートにそれとなく聞いてみたがうつむくばかりで答えることもなかった。
あまり悲しい思いもさせたくなかったので今はもう聞いていない。
それでもノートは夜寝る時すすり泣いているのを目にする。
特に冬、あの頃の様な凍えるほど寒い日に。
(雷、お前今どこで何してんだよ・・・ノートは今でもお前のこと待っているんだぞ・・・)
やりきれない思いに耽っているとき、ふと看護士が声を上げる。
”内藤、内藤悠人様――。三番診察室にお入りください。”
(ゾクッ!)
その聞き覚えのある名前に思わず背筋が凍った。
「び、びっくりしたもう、”ないとうはると”だって。全く紛らわしい事この上ないんだからっ」
「まあ、内藤さんなんて日本中ごまんと居るし、名前が悠人なんていくらでも――――」
そう言いながら看護士に呼ばれ席を立った少年と連れ添っている女性をそれとなく見た時、
ある物が目に飛び込んできた。
手に下げているノートPCバッグについているPC筐体のキーホルダー。
それだけなら世の中探せばいくらでもある。
しかし問題はそのPCの”モデル”なのだ。
俺はそのPCをよく知っている。
昔からそれをこよなく愛し、また愛機としていた悪友の顔とも言うべきPC。
頭の中の凍り付いた記憶が溶け出し、湧き水の様にあふれてくる。
(そうか、そうなんだな。あいつ、”内藤”のやつ・・・)
俺はノートに周りに悟られぬよう目を合わすことなく小声で伝える。
「あの二人、あいつだ」
「え?なにがなんなの?」
ノートは訳の分からないような顔をしながら二人を凝視しようとしたので慌てて太股をつねった。
「っってぇええー!何済んだこのターーー」
(ナイトがいる)
「は、ひ、ふ、へ?な、なにいってんのコータロ」
俺は答えることなくノートの持っているバッグを指さす。
ノートは一瞬戸惑ったがすぐにその意味を悟って相手の下げているバッグを見る。
元々鈍いノートでもすぐに解ったのかたちどころに目を丸くして驚きを隠し得なかった。
「嘘・・・でしょ?いや、まさかそんなの・・・」
「いや・・・間違いない、いいか目を合わせるな。それとなくしてるんだ」
相手をそれとなく観察する。
(なぜ、なに、どーして?!あのいけ好かなさそうな中坊がナイトハルトな訳?!)
(スマホ見てみろ)
俺の予感は的中していた。
(何これ、接続が断続的に・・・?)
今この辺りは病院内のwi-fi以外は公衆wi-fiが飛んでいる程度である。
それが今、スマホを覗けば明らかに怪しいであろう様々なwi-fi信号をキャッチしているのである。
理由は解らないが”向こうさん自ら”が何らかの目的で飛ばしているのである。
(マジか・・・あんなやつが・・・いや、隣のヤンママみたいな奴はすんごい怖そうな上に強そうだけどもっ)
(スマホはデコイモードにしてるな?)
(大丈夫・・・だと・・・おも・・・やばっ緊張してきたっ)
ノートは緊張しだすと途端に顔に出る。
挙句にあああ~あああ~と呻き声まで上げ始めた。
しまったと思った矢先、あの二人が診察室に呼ばれて入って行ったので間一髪だ。
「あああ、や、ヤバかった~」
「馬鹿ッ、いきなり緊張しだすんじゃない。フォローしきれんだろう?」
「だってだって、いきなりコータローがろくでもない事言いだすんだからしょうがないでしょ?!それに、ホントにホントなの?
なんか確証でもあるわけ?」
ノートは怪訝そうに俺の顔を覗き込む。
まあ、そうだろう。
「昔な・・・あのキーホルダーのPCをこよなく愛したボンクラ野郎がいた、腐れ縁だ。
それはそれは無邪気の大悪党でITに関わる悪行なら右に出るものはいなかったぐらいだ」
「でもPCなら他に同じもの持ってる人いくらでもいるじゃん。なのに何でコータローの腐れ縁に繋がる訳?」
そうその通りだ、普通ならそう考えるはず。
「だろうな。でもあのPCケースは高校の頃”俺が作った”んだ。夏休みの課題研究でな。
ハンドメイド、自作PC、つまりは世界でただ一つ」
「・・・・・・・・マジ?」
という事は、あの子は・・・。
俺は苛まれる昔の記憶を振り払い、ノートに告げる。
「あいつがナイトハルトだ」




