記憶の回廊
それからしばらく立った頃。
ハンスは、軽くコーヒーと遅めの朝食を用意する。
朝食は2人分用意しており、トーストに焼いた卵を乗せただけの手抜きだ。
一応弟子のシャルロッテが起きてきたら、適当に置いてあるものを食べるのだ。
ハンスにもシャルロッテにも別にこだわりはない。
「さて、記憶をたどるか」
ハンスはコーヒーと入れ替える形で、鍵を手に取る
実はハンスも人間ではない。
厳密に言えば、人間から逸脱しきれなかった存在だ。
ダンピール。
人間の中で稀に吸血鬼に覚醒するものがある。
しかしハンスはそれの羽化不全ーーダンパールな訳だ。
吸血鬼のように超常の怪力や魅了、蝙蝠に変身なんてできるわけではない。ただの頑丈で傷の治りが早いくらいの人だ。
しかし、そんなハンスでも生まれ持った異能を持っている。
記憶の回廊ーー触れたものからその持ち主、環境、その過去の記憶を読み取ることができる。
とは言っても、都合よく欲しい情報が手に入るわけでもないし、かなり断片的だ。
ハンスは記憶の回廊を辿ろうと目を瞑る。
「あー、うん、なんだ......これ?」
大分ぼやけている。
おそらく相当古い記憶だ。
燃え盛る炎ーー群衆の影。
ハンスの脳裏に映る。
その時だ。
「あっ、いってぇ!! なんだこれ、クッソ痛えええ!!」
ハンスは思わず鍵を投げ出して、その場でのたうち回る。
脳みそを締め上げれるような激痛だ。
「あのクソ女、なんか魔術でこれに細工してるな。馬鹿いてぇぇ!!」
しばらく暴れ回ってると、頭が急激に軽減していく。
「こっちが探しやすいようにしてくれよ、まったく......」
ハンスは震える手で、鍵をテーブルの上に置き直す。
「くそ、コーヒーこぼしたじゃねぇか」
暴れたせいか、テーブルの上のコーヒーカップが倒れて一体を汚していた。
ハンスは仕方なく、タオルを持ってきてテーブルの上の黒い液体を拭く。
「はぁ」
思わず深いため息を吐く。
その時だ。
「先生うるさいよ、何あったの?」
ハンスが振り向く、とそこには寝巻き姿の金髪の少女が立っていた。
緩くカールのかかった髪に青い瞳ーー年齢は16歳。
彼女が弟子のつもりの従業員、シャルロッテだ。
「あぁ、ロッテ、すまんな。少し手こずってただけだ。この鍵の記憶を辿ろうとしたらめっちゃ頭痛くなったんだよ」
「新しいお客さんのやつ?」
シャルロッテはそう言いながら、テーブルに座る。
目の前に置かれていたトーストに迷わずかぶりついた。
「そうだ。おそらく魔術師、間違いなく黒だな」
「大丈夫なの? その人」
「大丈夫じゃない人そうだが、まぁ問題は起きないだろう」
ハンスはそう言いながら、煙草に火をつける。
「先生っ! ご飯食べてる人の目の前で、煙草吸わないでって言ってるよね?」
「なんでもいいだろ。そんくらい気にするなよ」
煙草を吸うのをやめる気のないハンスに、シャルロッテは少し表情をムッとさせる。
トーストを持って、シャルロッテは窓際に置かれた椅子まで逃亡する。
シャルロッテは基本煙草の煙を嫌わないが、食事中に限っては不快らしい。
窓際で食事を始めたシャルロッテに視線を配らせてから戻す。
彼女との出会いは4年前だ。
ある依頼で、誘拐されたと思われる人狼の血を引く少女を保護した。
そこから成り行きで裏社会のなんでも屋の弟子みたいな形で居座ってしまった。
ちなみに彼女はああ見えて、武闘派要員で半端者であるハンスを凌駕するほどに強い。
とは言え、争いは起こさないのが方針だし、強いとは言えまだ子供の彼女を危険に晒すのは気が乗らない。
何より当時は周囲から怪しいロリコン扱いされたが、あれだけは腹がたったものだ。
「よし、それじゃあ、俺は少し情報屋にあってくる。店番頼むよ」
ハンスは早速、鍵の情報収集へ赴こうとする。
この時間なら、"あいつ"も電話すれば会ってくれるはずだ。
「先生、私もついていかなくて大丈夫?」
「問題ない。危険なところに行くわけじゃないんだ」
「そう言って前、吸血鬼にボコボコにされてたじゃん」
「あれは違う、なんだかんだで俺が勝ったんだ。それはあれは運が悪かった、イレギュラーだ」
確かに前に吸血鬼に餌扱いされて襲われたことがある。
とは言え、実際に撃退に成功しているし、なんか負けてるみたいな言い方をされると少しだけムカッとはする。
「ただの冗談、先生ならなんとかなるから大丈夫だよね」
「ああ、夕方前には帰ってくる。店は任せた」
そう言って店から出るハンスをシャルロッテは手を振って見送った。




