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イレギュラーズ

--------------------------------------------------


「本気なのか?」


ジグは驚きを隠せなかった。


「勿論ですよ!ね?面白そうだと思いません?

 いえ…あちらにしたら面白いも何もない

大変な事態な訳ですが…

 だからこそ助けてあげましょうよ!」


まるでおもちゃを目の前にした犬の様に目を輝かせるテテ。

ジグにはテテの三つ編みが、

犬の尻尾の様にぱたぱたと動いて見えた。


「丁度私達がここにいたのも何かの縁、

 ここに来た大勢の人達に、

 残念な思いをしてほしくないんです」


「それは確かにそうだが…

 いいのか?こんな事に首を突っ込んだら、

 今日はそれで終わるぞ?もう行きたい所は無いのか?」

 

「無い訳じゃないですけど、それらは明日以降でも行けます。

 でもショーに飛び入り出来るチャンスなんて、今だけですよ!

 こんな事、一生に一度経験できるかどうかだと思いませんか?」


「………む、確かに…」


そう言う風に言われると、ジグも何だか一生に一度の

チャンスのような気がして来た。

ショーの内容が他の事なら出たくても出れないだろうが、

レイダーの操縦ならお手の物だ。


テテの言う通り、こんな経験一生に一度あるかないかだろう。

ジグは決めた。


「よし、やるか?」


「はい!」


テテはすぐに市長に、代役の件を引き受ける事を伝えた。


「ここで待機しててくれとの事でした。

 あちらで連絡を回して頂いて、

 ここに迎えを寄こしてくれるそうです」


そして暫く待つ事約10分。


いかにも責任者っぽい、

他のスタッフとは違う制服の女性が二人の前に現れた。

ブロンドの長髪を後ろで纏めており、

責任者?にしては随分若く、20後半位に見えた。


「どうも初めまして、私はこのパビリオンの責任者で

 フェイナと申します」


フェイナと名乗った女性は丁寧に頭を下げて挨拶すると、

二人に名刺を渡してきた。

何だかよく解らない、仰々しい肩書きが書いてあったが、

要するにそれなりに偉い人なのだろう、と二人は解釈した。


「お二人がリゲル様から連絡のあった

 ジグ様とテテ様でしょうか?」


「はい、そうです」


「ありがとうございます、取り敢えずこんな所で立ち話も

 なんですので、どうぞこちらへ」

 

フェイナは近くにあった、スタッフオンリーと書かれた

ドアへ向かったので、言われた通りに二人はその後を付いて行く。


ドアを潜った先には殺風景な廊下が伸びていて、

その両側にはシンプルな飾り気のないドアが幾つか並んでいたが、

彼女はそれらを無視して進む。


やがて廊下の先には丁字路が現れ、そこを右折し、

さらにその先の突き当りのドアを潜る。

二人もそれに続いてドアを通ると、そこは建物の外だった。


「すいません、もう少し歩きます」


やがて彼女に言われるまま後に続いた二人の前に、

簡素な作りの建物が現れた。

客の目に触れる部分は豪華で綺麗だが、そうでない部分は

こんな物だろう。それは恐らくどこのパビリオンも同じだ。


「こちらです」


そう言って建物の中に案内された二人は、

これまた簡素な会議室の様な部屋に通され、

そこにあったテーブルセットの椅子に座った。


「失礼ですが、お二人の身分証を

 拝見させて貰ってもよろしいですか?」


二人はそれぞれIDカードを取り出し、フェイナに渡した。


「ジグ・マクバインさんに…テティス…」


「テテは愛称です、そう呼んで下さい」


フェイナは少し考え込んだが、納得した様子で解りましたと言い、

カードを二人に返した。


「ではジグさんとテテさん、抜けたパイロット二人の代役を

 引き受けてくれたと聞きましたが、間違いないでしょうか?」


「はい、そちらさえよろしければ、ですけど…」


フェイナはほんの少し下を向き、

何か迷ってるような素振りを見せたが、すぐに顔を上げて言った。


「それでは…お願いしても宜しいでしょうか?

 こんな事を休暇中のお二人にお願いするのは非常に心苦しいのですが…

 報酬の方もしっかりとご用意させて頂きますので」


フェイナは二人に向かって深々と頭を下げる。


「勿論ですよ、そのつもりで名乗り出たんですから、ねぇ?」


テテは一応、ジグに確認をするように水を向けた。


「ええ、正直に言うと単に面白そうだと思ったからで、

 別に市長の頼みだから嫌々…という訳ではありません。

 お気遣いなく」


「…ありがとうございます」


フェイナは再度二人に向かって深々と頭を下げた。


テテは嬉しそうにしていたが、ジグは少し気がかりだった事を聞く。


「あの、今更こんな事を聞くのはなんなんですが、

 安全面とかはどうなっていますか?

 確か…最後には取っ組み合いのケンカをするんでしたっけ?」


ジグはパンフに書いてあった文面を思い出しながら話す。


「それはご安心を。コックピット周りは特に頑丈に改修してますし、

 正確にはケンカではなく試合です。

 専用の剣を特定の場所に当てるだけで、

 その剣による攻撃以外は出来ないようプログラムされています。

 

 序盤のゲーム時は生で動くレイダーを直に見て貰い、

 その後の試合は客席と完全に隔離されている場所で行い、

 お客様はモニターで観戦することになります」


「なるほど…その剣とはどういった物で?」


「はい、こう…SF映画とかでよくある、光の剣です。

 勿論、剣と言っても只の円柱形の光る棒で、

 素材も特殊な樹脂製なので危険はありません。

 

 この剣を機体のどこかに当てると、その時の速度や

 当たった場所の装甲厚、角度等が瞬時に計算され、

 その結果破壊されたと判定されると、

 その部分が動かなくなるようになっています」


「ほう、良いですね。あの武器は男の憧れだ」


「そうなのですか?」


感心するジグに対して、テテはよく解らないといった顔をしていた。


今まで落ち着いた感じの、大人の女性といった

雰囲気のフェイナだったが、

ジグの感想を受けて急に少年の様に目を輝かせて説明を始めた。


「そうなのです!私もアレが大好きでして、

 あれを使ったレイダー同士の剣劇は見ものですよ!

 剣が何かに触れると火花が出る仕組みで、

 中々派手なチャンバラを演出出来るのです!!


 …はっ!す、すいません、私ったらつい…」


やはりレイダーパビリオンの責任者だけあって、

レイダーが好きなのだろう。

そう思うとジグとテテは急にこの女性に親近感が湧いてきた。


「そ、そういう訳ですので、安心して下さい」


「了解です。あ、ちなみに他のパイロットは、

 やっぱり皆元レイダ・ライダで?俺達は現役だが…」


「それなんですが、実は……一人を除いて、

 皆さんこの仕事で初めて乗った方ばかりでして」


「え?じゃあ免許とかは…?」


「ありません。

 会場は私有地なので、その中で使う分には免許無しでも、

 法律的には問題ないのです。今の所は、ですが」


「レイダーをこんな場所でショーに使うという

 前例が無いだろうからな…

 大きな事故でも起きれば、法規制が敷かれる可能性もあるが」


「大丈夫です!皆さん開演前からずっと練習してきましたし、

 各人の技量に合わせてコンピューターの補助を最適化しています。

 だから今まで事故は起こっていません」


レイダーはコンピュータが転ばない・ぶつからない・

混乱しないように色々補助してくれるのだが、

それだと画一的な動きしか出来ず、複雑な動きは出来ない、

というかさせてくれないのだ。


この辺は戦闘機などと同じで、機動性と安定性は相反する要素なので、

技量が高ければ補助を軽くして、低ければ補助を強めるのが一般的だ。


「一人を除いて、といいましたが、その人は?」


「その人は元レイダライダで、ボス機のパイロットを務めています」


「なるほど、前座のゲーム次第では1対5になってしまうが、

 その人がボス役ならそこまで一方的な展開にはならない、という訳か」


「そうです。とは言っても、流石に1対5では勝てませんね。

 ボスが勝つと子供受けが悪いので丁度良いと言えばいいのですが」


「で、今回抜けた二人の乗っていた機体は?」


「はい、スコーピオンと陽炎改です」


「お、陽炎なのか。じゃあそれは俺で決まりだな。

 テテ、お前はスコーピオンを頼む」


「はい!」


二人は拳を突き合わせ、ヤル気まんまんな様子を見せたが、

フェイナはすまなさそうに口を開いた。


「で、あの…言いにくいのですが、陽炎は敵のボス機でして…」


「え?陽炎が?古い機体なのに?

 …という事は、抜けた二人の内一人は経験者だという…」


「はい、ボス役の人です。

 陽炎は大きいので、ボスとして見栄えがするものですから。

 これはあくまでフィクションでショーですから、

 実機の性能は関係ありません」


「まぁそうですよね…了解です、ボス役は引き受けました」


「ジグさんならやれますよ!全員やっつけちゃって下さい!」


「何言ってんだ、俺がボス役ならお前は敵なんだぞ?」


「……………?」


テテは虚空を見つめて少し固まった。


「えっ!?じゃあ私が前座ゲームを突破したら…」


「俺と戦う事になるな」


「ええーーー!嫌です!秘書なのに!?」


「ただのショーだ、そんなの気にするな。

 時々シミュレーションで戦ってるだろう?

 あれと同じだと思えばいい」


「それはまぁそうですけど…うーん…」

 

そう言われたテテは暫く考え込んでいたが、やがて言い放った。


「………解りました、やります!

 何だか燃えてきましたよ!」


「そうだ、その意気だ。

 ではフェイナさん、詳しい段取りを教えて下さい」


「そうですね…詳しい話は他のメンバーに会って教えて貰うとして、

 私の方からは大まかな流れを説明しておきます」


ジグとテテは揃って頷いた。


「パンフレットにも書いてある通り、まず5機のレイダーそれぞれに

 ゲームが課せられます。

 

 これらはルーレットを専用の銃で撃ち抜く事で決まりますので、

 何をやる事になるかは解りません。


 ルールはその場で司会者が説明しますので、それを聞いて下さい。

 簡単な物ばかりですので、それで十分だと思います」


「解りました」


「で、そのゲームに勝ったレイダーだけでボスと戦うのですが、

 この戦い、実はある程度のシナリオがあるのです」


「シナリオ?つまりヤラセって事ですか?」


「その言い方はちょっとアレですが…

 本当にガチで勝負してあっという間に、

 あっけなく終わってしまうのを回避する為でして、

 まぁ暗黙の了解というやつです」


「具体的にはどういう?」


「残ったレイダーの数によって決まったシナリオがあり、

 まずはその通りに動いて貰います。

 これは普通のショーと同じですね。

 それが済んだ後に、ガチで勝負して貰う事になります」


「となると…パターンは五通り…いや、ゼロを入れたら六通りか。

 結構多いですね。俺らに覚えきれますかね…?」


やはりただレイダーの操縦が出来ればいい、という物ではない様だ。


「それは大丈夫だと思います。そんなに複雑な物ではないですし、

 セリフもありますが、それはプロの声優がその場でアドリブを交えて

 行いますので、パイロットが喋る必要はありません」


「突破者ゼロのパターンに関しては、

 全員が失敗する程難しいゲームではありませんし、

 お二人がそこまで覚えるには時間が足りないと思いますので、

 今回は考えなくてもいいです」


「最後のガチ戦のルールは先ほど話した通り、

 専用の剣で戦い、ボスが倒されるか、

 レイダーファイブが全滅すれば終わりです。

 

 剣での攻撃以外は出来ないようになっていると言いましたが、

 組み付いたり触ったり、軽く押す位なら出来ます」

 

「結構難しそうですね…」


テテが不安そうに言う。


「5通りあるとはいえ、その内容はどれも大した差はありませんし、

 司会者と声優さんのセリフに合わせて適当に動くだけでも、

 何とかなります」


「そうですか…ジグさんはどうです?」


「やるだけやってみる、としか言えないな。

 まぁ、レイダーが動き回ってるだけでも客は満足するだろうから、

 何とでもなるだろう」


フェイナもジグの言葉に無言で頷いていた。


「では、楽屋に案内致します。他のメンバーにはその場で

 私から説明しますので、その後に台本を確認して、

 リハーサルをしましょう」


「了解です、よろしくお願いします」


「よろしくお願いします!」


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「あ~緊張してきました…」


テテは出番を間近に控え、青いワンピース姿で

スコーピオンのコックピットに座りそわそわしていた。

本来ならばちゃんとパイロットスーツを着なければいけないのだが、

スーツの予備の中にも体に合う物がなかったのだ。


そこへ違う場所で待機しているジグから通信が入った。

こちらはパイロットスーツを着ていた。


「大丈夫だ、ちゃんと練習通り、リハ通りにやればいいだけだろ?」


「ジグさんはまだ出番が先だからそんな事言えるんですよー。 

 乗り慣れた陽炎ですし…」


フェイナに連れられて他のメンバーとの顔合わせを済ませた後、

すぐに台本を見ながらまずは生身で軽く練習を行った。

これで体に動きを覚えさせ、本番前には実機を使って一通り

リハーサルをしたが、ここで時間切れとなり、

後は本番を待つばかりとなったのだ。


「うまく出来るかどうかを考える前に、まずはゲームをクリアしろよ?

 でないと俺と戦えんぞ」


「う…そういえばそんなのありましたね…演技の事にばかり

 気を取られて、すっかり忘れてました」


本番でルーレットを使って挑戦ゲームを決める、としか聞いていないので、

ある意味こちらの方が何をやる事になるのか解らない分、

厄介かもしれない。


「お?始まるぞ。そら、頑張ってこい」


会場が一望出来る位置で待機しているジグは、

呑気な調子でテテを激励した。


「解ってますよ、テテ行きまーす!」


テテの気合の一言に合わせる様に、目の前の大きな扉が

ゆっくりと開き始めた。

それが完全に開いた後、テテの乗ったスコーピオンは

歩いて会場に姿を現す。


その左右にはレイダーファイブのレイダーが、テテと同じ様に出てきており、

ずらりと横一列並んでいる様は中々壮観で、観客達は一気に沸き上がり

会場は大きな拍手に包まれた。


向かって左から、スパイダー、不知火、吹雪、スコーピオン、ラボータ

となっており、種類も全部バラバラな上に、最新機まで混じっている。


「ほほう、確かにこれは金がかかってるな。

 これ程の揃い踏み、俺も見たことがない」


スパイダーと不知火は現役で稼働中なので、

この二機が揃っているのは開拓現場でよく見る光景だ。


吹雪はまだ試作段階なので現状ではここでしか見れない、一番の目玉だろう。


ラボータはもう殆ど開拓の前線からは引退しているので、

これも珍しいと言えば珍しい。


スコーピオンに関しては、ほぼ軍のビルダー用として開発された経緯があり、

これも開拓地では滅多に見ない。ある意味この中では一番のレア物だ。


最大の特徴はその名の由来にもなった尻尾の存在で、

これはバランサーや第三の脚として機能し、

制御はコンピュータ任せになっている。


「ううー、私も引き画で見たかったです」


一緒に並んでいるテテには、左右のラボータと吹雪しか見えなかった。

そのラボータの腕アタッチメントは普通のマニュピレーターになっていた。


ナンシー機の様なあの爪だと(内容次第では)ゲームが出来るとは思えないし、

ボス戦であんな物を振り回されては、危なくて仕方ないからだろう。


レイダーが揃った所で、派手な音楽と共に特設された舞台から

大量のスモークが焚かれ、その中からゆっくりと司会者が歩み出て来た。


それは禍々しく際どい衣装に身を包んだ女で、

手にはマイクと派手な飾りつけの扇子を持っていて、

顔にはパピヨンマスクを付けている。


衣装の胸元が大きく開いており、スカートには大きなスリットが入っていて、

肉感的な太腿は網タイツに包まれていた。


こぼれそうな巨乳がいかにも悪の女幹部といった出で立ちで、

どうやら彼女は敵幹部兼、司会者となる様だ。


その後に続いて黒ずくめの男たち数人が現れ、女幹部の後ろに並んだ。

手下役兼スタッフといった所なのだろう。


女幹部はライトの当てられたステージに立ち、

並んでいるレイダー五機に向ってぶちかました。


「よくも懲りずに参りましたわね!この暇人共!

 そこで見ているあなた達もよ!

 同・罪・ですわー!!」


そう言いながら広げた扇子を何度か観客席に向って振るい、放り投げた。

その瞬間、先ほどのレイダー登場を上回るほどの歓声が上がった。


女は得意げな顔をして、何事も無かったかのように

大きく開いた胸元の谷間から、新たな扇子を取り出した。

どう見ても、あんな所に入れておける大きさの扇子ではなく、

どうやら手品らしかった。


その後、女はセクシーではあるが、どことなく滑稽なポーズを

次々と決めて、観客を沸かせていく。


「ちょ、ちょっとまって下さい!?あの司会の人…!!」


テテが先ほどのジグとの会話とは違い、

オープンチャンネルで通信を入れて来た。


「どうした?」


「フェイナさん!?あれ、フェイナさんですよ!!」


「は?あの女幹部が?」


そう言われてジグはよく顔を見てみたが、マスクのせいでよく解らない。

が、そう思って見ると確かに彼女に見えなくもない。


一人で観客とレイダー相手にべらべらと喋っている女は、

声色をだいぶ変えていて、何よりもまさかあんな事をしているとは

思ってもいなかったので、ジグは気付けなかった。


「気付かれましたか。そうなんですよ、経費削減とかで、

 あの人が自分でやると言い出したんですよ」


吹雪のパイロットがフォローを入れる。

面倒見の良い男で、さっきまでの練習やリハーサルでは、

他の団員と二人との間に立ってくれて、上手く場を回してくれていた。


「へぇ…そんな事の出来る人には見えませんでしたよね?

 凄い人なんですね…」


テテが心底感心した様に言う。

ジグも全く同感だった。


「本人も最初は恥ずかしくて死にそう、って言ってました。

 でも今じゃ慣れた物で、彼女目当てで見に来る人もいるって話です。

 あそこまでされたら、我々も頑張らない訳にはいきません。


 でもそのせいで、体調の悪かった二人が無理してしまい、

 今回の事態を引き起こしてしまったのですが…」


吹雪のパイロットは、本当につらそうに語った。


「良かれと思って頑張った事が裏目に出る、一番辛いパターンだな」


ジグにもテテにも思い当たることがあり、

ぜひともこのショーを成功させたい、と思わずにはいられなかった。


やがて女幹部による前口上が終り、各レイダーの紹介に入る。

スパイダーから順に、女幹部が軽く機体の特性や生い立ちを説明し、

今までの成績や、組織が調べたパイロットの近況などを軽く紹介していく。


やがてテテの番になった。


「次の生贄はスコーピオン!主に軍が工兵として使用している

 やや小型のビルダーで、軍が採用する位ですから要注意な存在よね!

 

 小柄なボディにラブリーな尻尾は私も好きなんだけどー、

 立場上応援する訳にはいかなくってよ?!

 

 それと我が諜報員からの情報によると、

 今日はいつもと中の人が違うらしいですわ!

 何でもスコーピオンと同じく小柄な美女だとか?

 ま、一番美しいのはこの私ですけどね!」


フェイナがビシッとポーズを取って高笑いをすると、観客がどっと沸く。


だが紹介されたテテは恥ずかしくて、顔を両手で覆って下を向いていた。


自分の事が紹介されたのも勿論だが、それ以上にあの真面目なOLといった

風体のフェイナが、あんな格好でベタなキャラを

やけくそ気味に演じているのを見ると、

同調心理というやつか、自分まで恥ずかしくなってきたのだ。


その後に最後のラボータの紹介が済むと、ゆっくりと照明が落ちて

会場は夜の帳に包まれ、少ししてから照明が点くと、

既にゲームを決める為のセットが出来上がっていた。


「さぁ、そろそろ始めますわよ!我が主を脅かすレイダー共!

 主のお出ましである!頭が高--いーー!」


フェイナがそう言うと、少し離れた高い位置にある舞台下から、

昇降機に乗った陽炎がゆっくりと、大量のスモークと

真っ赤なスポットライトと共にせり上がって来た。

この時点では只の顔見せだが、漸くジグの出番である。


陽炎は機体の殆どをマントで隠しており、昇降機が上がり切った時点で

マントを翻しその全身を見せた。


機体各所には痛そうな棘と突起物が無数にあり、

(軟質プラスチック製で危険は無いらしい)

カラーリングは黒メインで、赤の指し色が入ると言う

いかにも悪役な感じで、頭部にはダミーのカメラアイが赤く光っていた。


「愚かな生贄共よ、ここへ来たことを後悔させてやる!

 まずはその女と戦い、勝って、我の元まで来るがいい!!

 楽しみにしているぞ!」


ボス役の声優が、無駄にいい声で気合の入った演技をする。


「貴様の悪事もここまでだ!お前こそ首を洗って待っていろ!」


これまた無駄にイケボな、レイダーファイブ側の声優によるセリフだ。

それに合わせ、リーダー格の吹雪が陽炎を指した。


かなり子供向けに作っているから仕方ないのだが、

ジグはテテ同様に急に恥ずかしくなってきた。


「何と言うか…いや、いい」


「はは、大丈夫、すぐに慣れますよ」


ジグが赤面している間に、陽炎は悪そうな笑い声と共に

舞台下へ消えて行った。


「では、あのルーレットを撃ち抜き、自ら墓穴を掘るがいい!」


フェイナの号令と共に、各レイダーの正面に

それぞれルーレットが置かれた。

これを一斉に専用の銃で撃ち、ゲーム内容を決めるのだ。


スコーピオンに渡されていた銃を眺めて、テテは言った。


「うーん、私銃なんて撃った事…あ、ありましたね」


「あんな経験を忘れていたとしたら、病院行きだ」


結構容赦のないジグのツッコミに、他のメンバーから質問が飛んで来る。


「お、なんですかその話?ぜひ詳しく聞きたいですね」


「いえいえいえ、そんな大した話では…それに仕事上の機密事項なので、

 詳細は勘弁して下さい。

 単に動物相手に発砲したことがあるってだけです。

 あ、ほら、もうルーレットが回り出しましたよ!撃たないと!」


テテの言葉にうながされた五機は一斉に銃を構えた。

そして、バックに流れている音楽が止まったのを合図に発砲し、

それぞれの弾丸は見事に的を射抜く。


やがてルーレットは止まり、

テテは自分の当てた場所に書かれた数字を読み上げる。


「えっと私は……A?」


「あちゃー、テテさんAに当ててしまいましたか…」


「というと?」


テテはもう何となく解ってはいたが、一応聞いた。

この反応からすると、難しいやつを引いたのだろう。


「このアルファベットは難易度を示していて、一番難しいのがA、

 その次はB~Dと順に優しくなっていきます。つまりAは一番難しい

 という事です。Aはルーレットに3つしか無いんですけどね…」


ルーレットはかなり細かく分かれていたが、最多はCで、次いでD。

この二つが6割程を占めており、残りはBと僅かなAだ。


「あはは…やっぱりそういう事ですか…はぁ」


--------------------------------------------------


ゲームの準備が済むと、早速ショーは始まった。

まずは一番手のスパイダーだ。


この一番手のゲーム進行中に、他のゲームの準備を同時に進める。

こうすれば初回は少し観客を待たせる事になるが、

次からはほぼ待ち時間なしで、次々とゲームをこなせるのだ。


ゲームをするレイダー以外は、そのゲームのセッティングの補佐に

奔走する事になる。セットがどれも巨大なので、人の手だけでは

時間がかかりすぎる為、あまり器用な事は出来なくとも、

大きなものを運んだりするのだ。


ただ、自分のやる事になるゲームのセッティングには関わらない。

内容が判明するのは本番の最中だからだ。

そうやって忙しく動き回っていると、

あっという間にテテの順番が回ってきた。


忙しかったおかげで、緊張する暇もなかったのは幸いだった。


「さあてお次は…スコーピオンちゃん!

 地獄に~~落ちろーーッ!!」


フェイナの掛け声に合わせて、スコーピオンはゆっくりと会場に入る。

すると、待ってましたとばかりに大喝采が沸き起こった。


スコーピオンは尻尾のおかげで独特のシルエットをしており、

陽炎やラボータといった旧式機よりも、ずっとスマートでより人型に近い。

デザインも中々見栄えが良く子供受けしていて、

ここでは吹雪と人気を二分している存在だ。


「すごい人気だな…それにしても何をやるんだろうな?」


テテの元にジグからのプライベート通信が入った。準備には参加せず、

ボスエリアでふんぞり返っているだけのジグは、ぶっちゃけヒマだ。


「何が来ようともクリアあるのみ!」


「俺もそっち側が良かったな…こっちは退屈で寝そうだ」


無線越しに欠伸の声が聞こえてくる。


「そんな呑気な事言ってていいんですか?現在のクリア者は三人ですよ?

 後二人クリアしたら、5対1になりますよ?」


「それでも構わんよ…ここで睡魔と戦っているよりはな」


ジグも今までのゲームを見ていたが、

特にこれと言って凄い事をしている訳でもなく、

普段からレイダーを見慣れている者にとっては退屈だった。


観客はフェイナの司会と、普段見慣れない巨大ロボが

動いているのを見るだけで満足しているようだが、

このままの路線ではいずれ飽きられるのではないか?


と他人事ながら気になっていたが、

考えてみれば期間限定のパビリオンなので、

長い目で見た収益維持とか考える必要は無いのだ。


そしていよいよ、テテに課せられるゲームが発表された。


「さぁ、お前に課せられる試練は…料理!ですわ!!

 レベルA・レイダークッキング!

 オホホホ、もうあなたは死んだも同然ですわね!

 サヨナラ、グッバイ、オルヴォワール、アリーヴェデルチッ!!」


フェイナがアナウンスしながら、持ってる扇子をスコーピオンに向って

放り投げると、一際会場が騒めき立った。

それも無理は無く、このゲームは今までクリアした者はいないのだ。


その名の通りレイダーで料理を作るこのゲーム、

これは巨大なレイダーが、不器用に料理を作ろうと

四苦八苦する様を見て笑い、そして出来上がったトンデモ料理を試食した、

不幸な審査員が悶絶するのを笑うゲームなのだ。


ステージのフェイナは新たな扇子を、スカートのスリット奥、

かなり際どい所から取り出し、スコーピオンに向けてから

ルール説明を始める。


「ルールは簡単、レイダーで料理を作ってもらうだけ!

 味の審査を私と部下達で行って、美味しかったか否かで投票、

 過半数を取れたらあなたの勝ちよ!?」


説明を聞いたジグは、あまり趣味の良いゲームではないなと

少し険しい顔をした。


「そして料理のお題目は………」


フェイナのタメに合わせ、鳴り響くドラムロール。


「巨大魚ジージアンの塩焼きと、エイベスの卵の目玉焼き!

 魚は捌く所から、卵も割らないとだめよ!?

 レイダーのプログラムには料理用の動きなんて入ってないし、

 精密作業用のマニュピレーターグローブも無し!

 全部手動レバーでどうぞ!」


発表と共に沸き立つ観客達だが、実際の所料理の内容など

あまり関係は無い。何であろうと、派手に失敗するからだ。


「調味料の類は全て地球由来の本物の一級品!!

 …を用意したかったんだけど、

 ごめんねー、ノア産での再現品ですぅ。

 うちの組織も台所事情がきびしくてぇ、キッチンだけに?」


客席からどっと笑いが起きる。


「なるべく我が部下と戦闘員達で作った物は食べ切るけど、

 食べれないような物を作っても大丈夫ですわ。

 適切な処理を施して、この基地にいる動植物達の栄養になるから

 無駄になりません。安心して腕を振るって下さいな」


ショーの類で食べ物を扱う際には、

必ず入ると言っていいフォローが入った。


「戦闘員?基地にいる動植物…?」


ジグは何のことかよく解らず思わず呟いたが、

他のメンバーが答えてくれた。


「近辺に動物園があって、そこの動物達とこの街の植生の事ですよ。

 どうしたって食えない程酷い物が出来ても、

 それらを無駄にしない為の措置で、

 戦闘員というのは我々を含めた関係者全員の事です」


「なるほど、そういう」


「ええ。だからテテさんには悪いのですが…

 今から不安で仕方ありません。

 というのも、前に酷い物が出来てスタッフ全員で食べた時は、

 吐きそうになったもので…

 ちなみに彼女、料理の腕は?」


「どうかな?普通だと思うが…良くは知らない」


「そうですか…まぁ、本人がどんなに料理が出来ても、

 レイダーで調理する事自体が無茶振りなんで、

 覚悟して心の準備をしておいて下さい」


他のメンバー全員のため息が一斉に上がる。


「そうか、無駄に捨てたりしてないのなら良かった」


ジグはあえてそれ以上何も言わない。

何も知らない方が、良いリアクションをしてくれると思ったからだ。


「さぁ、張り切ってイキなさーーーいッ!」


フェイナの合図で、幌の掛けられていたセットがその姿を現す。

それは何の変哲もないシステムキッチンで、

各種料理道具が用意されていた。


ただ、そのサイズは人間用の約六倍程もあり、

包丁とか人が持ったら完全に斬馬刀である。


そこへ巨大なテーブルに乗った食材が運ばれて来た。

運んで来たのは吹雪で、テーブルの上には魚と卵、

各種調味料やフルーツ、野菜などが並んでいる。


メイン食材の魚は2m程の大きさで、卵は直径30cm程だろうか?

人間にとっては十分巨大だが、レイダーにとっては普通のサイズだ。


調味料も金属容器に入った巨大な物で、蓋は回さないと外せないタイプで、

敢えて外すのに四苦八苦する様にしてあるようだ。


野菜やフルーツは基本、ただの飾りなのだろう。

幾つか大きいのもあるが、殆どは人間用の普通サイズの物だ。


最後は何人かのスタッフで、巨大なゴム手袋をスコーピオンの両手にはめた。

これは毎回、挑戦者が道具を使った調理を早々に諦め、

マニュピレーターで直に調理を始める為で、

審査員やスタッフが口にする以上、衛生面での配慮が必要なのだ。


「では制限時間は30分、スタートォォォォ!!」


フェイナの奇声っぽい掛け声と共にテテのゲームがスタートし、

同時に電光掲示板に制限時間のカウントダウンが始まった。


「う、うふふふ…あははは!は!」


テテの薄気味悪い笑いが、次のゲーム準備にかかっている

パイロット達の元に届く。


「ど、どうしました?何か問題が?」


そのただならぬ気配に、吹雪のパイロットがテテに語り掛けた。


「勝ちました!ジグさん、首を洗って待ってるがいいです!!」


「そう言うのはちゃんとクリアしからにしろ。

 油断大敵、何があるか解らんぞ?」


「それじゃ行きまーす!」


テテは張り切って、スコーピオンをキッチンへと向かわせる。


「って、聞いてねぇな、おい」


キッチンまで来たスコーピオンは、まず魚を掴んで観客に

「魚の塩焼きから行くぞ」とでも言わんばかりに頭上に掲げた。


それを見た客の一人から、「頑張れー」との声が上がり、

周りの客はそれを聞いて苦笑する。出来っこないと思っているのだ。


しかしそう思うのも無理は無く、

今までこのゲームに挑戦したレイダーは皆、

食材を破壊したり落としたり、調味料の蓋を開けられず、

無理矢理破壊して大量に食材の上にぶちまけたりしていたのだ。


当然まともな料理が出来た試しは無く、客もマニュアルのレバー操作で

指を動かすのがいかに難しいか、という事を知っているのだ。


だがそんな観客の声を気にも留めず、

スコーピオンは魚をまな板(これも巨大)に置いて、

包丁を手に取り魚を捌き始めた。


丁寧にウロコとヒレを取り除き、腹に包丁を入れて内臓を取り出し、

頭を落としてから身に包丁を入れ、綺麗におろす。

残った骨には殆ど身が残っておらず、向こうが透けて見えた。


こうしてものの数分で、まな板の上には綺麗な切り身が二つと骨が並ぶ。

以前ジグに教えてもらいながら、魚を捌いた経験が生きた形だ。


その動きはあまりにもスムーズで違和感無く、

殆どをコンピュータ制御に頼っている

他のメンバーのレイダーに比べると、まさに人間その物だった。


さすがに軍ご用達の機種だけあって基本性能は高い様で、

それを生かせるパイロットが乗れば、この様な動きを可能にするのだ。


観客はスコーピオンが包丁を立て、

鱗を剥がしにかかったのを見て騒めき出し、

的確にヒレだけを切り落とし、正確に腹に刃を入れて

内臓を取り出して頭を落とす頃には、皆無言になっていた。


それは客だけではなく、ショーのスタッフも同様だ。

スコーピオンを見ていた者は皆動きを止め、呆然と魅入っている。


「あ、あれ?何でこんなに静かなんです…?」


当のテテは、魚をおろしている間は集中していて気付かなかったが、

それが途切れると周りの静けさに気付き、不安を漏らした。


「す……すごーーーーーい!!」


最初に沈黙を破ったのは、司会者兼敵幹部役のフェイナ。


「何ということでしょうか?!レイダーで魚を完璧に捌きました!」


フェイナは女幹部というキャラを忘れて、素で只の司会者になっていた。

しかしそんな事を気にする者は誰もおらず、彼女のアナウンスに続いて

観客たちの大歓声と拍手が湧き起こる。


それを聞いて安心したテテは、作業に戻った。


半身をさらに火を通し易くする為か、幾つかに切り別けて並べ、

塩の入った大きなバケツみたいなボトルを手に取り、

何の苦も無く蓋を回して開けた。


それを切り身の上にかざし、人間がやるように人差し指で

トントントンと叩いて適量の塩を振り、同じようにして胡椒も振る。


残った半身の方はそのまま塩だけを振って、さっさとグリルに放り込んだ。

身が厚く、焼くのに時間がかかるからだ。


「これは凄い!私は自分の眼が信じられません!

 今この場所で、凄い事が行われています!

 レイダーでこんな事が可能なのでしょうか?!」


フェイナが興奮気味にアナウンスをし、

観客もそれにシンクロして、スコーピオンの一挙一動に大きくざわつき、

歓声を上げ拍手をし、会場はかつてない程の盛り上がりを見せていた。


「…やりにくぅい…」


テテもまさかここまで盛り上がるとは思っておらず、

レイダーの事を良く知らない人は、

「これ位、人型してるんだから出来て当たり前なんじゃないの?」

と思っていて、大した反応は無いと思っていたのだ。


「相変わらず変態的だな、お前のソレ。

 素晴らしいフィンガーテクニックだ」


テテの緊張を解す為かどうかは解らないが、ジグの軽口が飛んできた。


「妙な誤解を生むような言い回しは止めて下さい…」


ジグは一緒に働くようになってから彼女の仕事を見ていて、

テテが異様に器用な事を知っていた。

本人がではなくてレイダーで細かい事をするのが得意なのだ。


次にスコーピオンは卵を手に取る。


その動きを見た観客達は、いよいよ卵を割るのか?

と固唾を飲んで見守っていた。


力加減で言うとこれ以上無い位の難易度なのが、

卵を綺麗に割るという動作だ。


人の手なら簡単な事でも、レイダーでは持つのすら難しい。

ペンチを使って卵を持って割ってみる事を想像すれば、

それがどれだけ難しいか解りやすい。


しかもペンチは単純に二本の爪で挟むだけだが、レイダーは五本指だ。

どこかの指のコントロールをしくじれば、直ちに卵は粉砕されるだろう。


ヒュッ パキ パカッ


そんな心配はよそに、スコーピオンは卵をまな板に打ち付け、

そのまま片手だけで割り、用意していたボウルに卵を落とした。


片手で割るというのは、人の手でも少し練習を要する動きであるだけに、

見ていた者は皆、両手を使って慎重に割るものと思っていたのだ。


「か…片手で行ったーーー!!!」


それを何の躊躇も無くさらりと片手でやられ、

またしても見ている者は度肝を抜かれ、フェイナが絶叫し、

観客は大歓声を上げる。


スコーピオンは続けて幾つかの卵を、同じ様にパカパカと割った。

その動きは何の澱みも無く、見ている者に、実はレイダーの

着ぐるみを着た巨人なのでは?と思わせる程だ。


こうしてボウルに幾つかの卵を落とし、塩コショウを振ってから、

かき混ぜ器を手に取りカシャカシャと混ぜ合わせて行く。


「おや…?お題は目玉焼きの筈なのですが…

 どうしようというのでしょうか?」


フェイナが最もな疑問を口にしたが、当の本人も客たちも、

そんな事はもうどうでもよく、ただ見ているだけである。


かき混ぜが終わると次は、食材と一緒に飾りで置いてあった、

小麦粉の袋を指でつまみ取った。


当然これはレイダー用に作った特注品ではなく、市販品だ。

大きな徳用サイズではあるが、当然レイダーにとっては小さい。


「おおっと、まさか…?あれを使おうというのでしょうか!?」


そのまさか、スコーピオンは指で袋を破り、

中の小麦だけを並べた切り身にまぶし始める。


人間用サイズの食材まで扱うというまさかの光景に、

またしても固まる観客とフェイナ。


その間にもスコーピオンは次に、同じく飾りで置いてあった

徳用サイズのバターを摘み、これも器用にパッケージを剥がして

フライパンと溶き卵に入れる。


「これは…ムニエルとプレーンオムレツなのでしょうか?!」


フェイナの実況に答える様に、スコーピオンは指でOKサインを出した。


「どうやらそのようです!お題は塩焼きと目玉焼きでしたが、

 楽勝なので自主的にさらに上を行こうというのか!?

 しかし、ムニエルはともかくオムレツを綺麗な形に焼くのは

 相当難しいぞ!?ちなみに私は出来ません、ごめんなさい!」


フェイナの実況に合わせて観客が熱狂している間に、

スコーピオンはバターが程よく溶けた頃合いを見計らって、

フライパンに切り身を乗せ、続けて別のプライパンを用意して油を敷き、

卵液を流し入れる。


卵にある程度火が入るまでの間、魚の方をフライ返しでひっくり返す。

卵が良い具合になって来た頃、

フライパンを持ち上げて卵を返す体勢に入った。


その様子を観客達は固唾を飲んで見守る。


「えいっ」


テテの掛け声と共にスコーピオンは、人間がやるように

フライパンを持つ左の手首を右手で軽く叩き、一気に卵を畳んだ。


「何とーー!そんな事まで!一体どこまでやれるのか!?

 このスコーピオンに不可能は無いのかーーッ!?」


フェイナの絶叫に合わせて、客席も大きく湧き上がる。


「おっと、そろそろ時間ですよ?と言ってももう出来上がりですかね?

 個人的な事ですいませんが、

 私こんなに試食が楽しみなのは初めてです!」


やがて残り時間5分程で、料理は完成した。

大きな皿の上にはお題の塩焼きと、アドリブで作ったムニエルとオムレツ、

そのムニエルの上には、申し訳程度に目玉焼きが一つ乗っている。


試食は女幹部ことフェイナと、その手下五人の黒服の男達。

それぞれ手に取り皿を持ち、料理の前に並んだ。


観客達は無言でその様子を見守っている。

見ている分には問題があるとは思えない調理だったが、何せ大きい。

火の通り具合とか調味料の加減とかは見ていただけでは

よく解らないものだ。


「ではこれより試食に入るとします。

 不味かったらお仕置きですわよ!?」


少し落ち着いたのか、女幹部のキャラを取り戻したフェイナが

そう宣言すると、六人は一斉に思い思いの料理を皿に取り、

せーので全員同時に口に運んだ。


「うん、美味しい!焼き加減や塩加減も問題無いですわ!」


黒服の部下も皆、サムズアップで答えた。


「敵ながら天晴!

 これはちょっと我々だけで食べるのは勿体ない!

 皆さんにも食べて貰いましょうか!」


このフェイナの粋な計らいに

一斉に沸き立つ観客席。


こうして特別処置として無作為に選ばれた観客達にも

この料理が振る舞われ、綺麗に完食と相成った。


「あーあ、俺達も食べたかったっすね」


そうぼやいたのは不知火のパイロットだ。


「それもそうだけど、この後俺の出番なんだが…

 あんなのの後でやりたくねーー!」


これは最後のゲーム挑戦者、ラボータのパイロット。


彼らはテテの調理を見て、呆然とするか唸るだけで何も言えなかった。

全員一度はあの調理ゲームを経験しており、テテのやった事の凄さを

誰よりも理解しているからだ。


「流石は現役の本職、って所ですね…

 貴方たちは皆、あれ位やるんですか?」


吹雪のパイロットがジグに聞く。


「冗談じゃない、出来る訳ない。

 俺も知ってはいたが、まさかあそこまでやれるとは

 正直思ってなかった」


実際にジグは、途中から他の連中と一緒になって魅入っていた。

テテのあのスキルを知ってはいたが、人間用のテントを建てるとか

紐を結ぶといった作業であって、

まさか料理まで完璧にこなせるとは思っていなかったのだ。


「さて、ボスの立場から言うと、勝つ為に一番厄介なのが残ったな」


やれやれ、とばかにりジグはため息をつく。


「わ、我々だってやれますよ!多分…」


「ああ、お手柔らかに頼む」


その頃、ステージではゲームの判定に入っていた。


「さぁ、判定に入りますわよ!

 食べた皆さん、合格なら手を挙げて下さいねー!

 せーのっ!」


食べた人どころか会場で見ていたあらゆる人達、全員が手を挙げた。


「はい、満場一致でクリアーー!ですわ!」


自分の声すら聞き取れない程の拍手と歓声が会場に響き渡る。

それに対してスコーピオンは優雅にお辞儀を返し、

舞台裏の控えの間に姿を消した。


「さぁ、次は最後の一人、ラボータだ!」


フェイナに呼ばれたパイロットは渋々と機体を歩かせ会場入りし、

それと入れ違いにスコーピオンが帰って来た。

そこにジグからの通信が入る。


「お疲れさん。

 凄いな、あそこまで出来るとは俺も思っていなかったぞ?」


「ありがとうございます…でも…疲れました。

 もう緊張して…くたくたです」


コックピット内はエアコンが効いているはずだが、

テテは嫌な汗をかいていて、

着ていた青いワンピースの胸元が黒っぽく濡れていた。


「ゲームが一通り終わったら休憩を挟むそうだから、寝ておくか?

 起こしてやるぞ?」


「そうですね、そうします。

 モーニングコールは頼みましたよ…」


「この時間じゃディナーコールだな」


「…………………くぅ」


テテはもう寝ていた。


さすがにあれだけの事をやるのには、ただならぬ集中力が

必要なのだろう。正に電池切れ、というやつだ。


ジグはテテの側にいる他のメンバーに、彼女が寝ている事を告げ、

起こさない様に頼んでから最後のゲームを観戦した。


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「さぁ、いよいよ最終決戦よ!皆準備はいい?!」


ラボータのゲームが終わった後、30分程の休憩を挟んでから、

最後の演目は開始された。


濃いスモークの中から、フェイナ扮する女幹部が現れ観客に激を飛ばすと、

客も合わせて歓声を上げる。


「今日はなんと…全員がクリアしてしまいましたわ!

 これはピンチですわ!!」


大げさに嘆くジェスチャーを見せ、舞台上になよなよと

くずおれる女幹部ことフェイナ。客席から軽い笑いが起きた。


「しかし私は敗軍の将…もう出来る事は主を見守る事だけ…

 お願いします、主よ!奴らに土の味を味わわせてやって下さい!!

 生まれて来た事を後悔させてやって!」


女幹部の叫びの後にスモークが焚かれ、重厚な音楽と重低音と共に

ボスの陽炎が、ゆっくりとマントを翻して会場に入って来る。


先ほど登場した時とは違い、右手に例の特殊剣、左腕には

大きな盾が装備されていた。


この盾はボス機だけの物で、相手が三機以上の時のみ装備される物だ。


ボスが所定の位置に着くと、その反対側からレイダーファイブが現れた。

五機とも特殊剣を持って横一列に並んで歩き、

ボスの前方50m程の所で止まる。


こうして最後の決戦は始まり、

まずは打ち合わせ通りの演目をこなすのだ。


「ふん、誰も倒せなかったのか…役立たずな女だ」


ボス役の声優が演技を始めた。


「あんな年増、俺達の敵じゃないぜ!もっとピチピチなのをよこしな!」


これはお調子者設定のラボータの声優。

このセリフに合わせて、ラボータは適当なゼスチャーを繰り出すのだ。


「いや、俺はアレ位の方が…お父さん、娘さんを下さい」


これは女たらしのスパイダー。


「お前にはやらん」


「えっ?マジで娘なの?!」


こんな感じで悪党の首領との決戦ではあるが、

あまり殺伐としない様にコメディっぽくなっていた。


そんな感じで進んでいき、やがて演目は佳境に入り、

そしていよいよ抜刀しての切り結びである。


これが一通り済んだ後、一度仕切り直しをして

改めてガチの試合に臨むのだ。


「ふん、御託はもう沢山だ。かかって来るが良い」


ここでボスの陽炎が例の剣を作動させた。

ヴォン!!というおなじみの音と共に、手にした筒から光の刃が伸びる。


「おお!これはよく出来てる!まんまアレじゃないか!」


ジグは素で感心した。

リハーサルの時には、プラスチック製のパイプを剣に見立てていたので、

実物を見るのはこれが初めてだったのだ。


実際には光が伸びて剣になった訳ではなく、

筒状の透明樹脂が段階的に伸びながら、その伸長に合わせて光っただけだが、

わざと照明を落として見えづらくしてあり、遠目には解らない。


暗い場所で剣の光が良い具合に目立ち、実に様になっている。


その陽炎の動きに合わせ、レイダーファイブも次々に抜刀し、

スコーピオンの剣を見たテテも呟く。


「ほんとですね、綺麗…」


「毎回この瞬間が我らにとってのピークですね。

 これを維持出来るような動きが出来ればいいのですが…」


 吹雪のパイロットがやや自嘲気味に言う。


「いくぞ!!覚悟!」


そして吹雪役の声優が叫ぶと、それを合図に皆一斉に動き出す。


まずはリーダーの吹雪と陽炎が切り結ぶと、話に聞いていた通り、

剣同士がぶつかると派手な火花が散った。


「おおー、凄い!テンション上がって来た!

 これは楽しい!この剣超欲しい!」


「子供ですか…ジグさんも男の子なんですねぇ…」


テテはスコーピオンで陽炎の横から切りつけながら、

呆れたように言った。


陽炎はこれを盾で受けいなし、吹雪を押し離して

背後から来るスパイダーの剣撃をしゃがんで躱す。


こうして演目は声優のセリフと、女幹部の実況を交えて進む。


ちょっとぎこちない動きだが、安定性重視の設定なのでそれは仕方がない。

それでも剣の見た目の派手さと飛び散る火花で、

観客には十分受けているようだ。


実際の所この程度の動きなら、全てコンピューターに事前入力しても

それだけで再現出来そうだったが、

そんな事を言うのは野暮という物だろう。


やがて予定の演技を全て終了し、ボスが動きを止めた。


「なかなかやるな、気に入った!

 よし、お前たちとの戦いに相応しい場所へ案内しよう。

 そこで決着を付けようぞ!」


このセリフが出たら前半終了である。


「……いいだろう。例え罠でも、罠ごと打ち破るのみ!」


「フフフ、そんな無粋な事はせんよ。ではついてくるがよい!」


ここで一度照明が落ち真っ暗になり、会場は静寂に包まれた。


暫くすると先ほどよりは明るい照明が点き、客席からどよめきが起こった。

先ほどまでレイダーが戦っていた場所の地面から、

巨大なスクリーンがせりあがってきたのだ。

肝心のレイダーはどこにもいない。


スクリーンが点くと、そこには乱立するビル群を模した、

大小さまざまな障害物が配置されたステージが映る。


そしてそのステージの上側、つまり北側に陽炎、

他の四機は南側に配置されていた。


この障害物は何もない所で戦うよりも、ずっと実戦的で

見栄えの良い戦いが出来るのと、

セットの破壊によるカタルシスが得られるし、

この障害物を利用しないと5対1ではボスがあっという間に

やられてしまうのだ。


障害物の各所にはカメラが仕込まれており、先程の大型モニターに

戦闘の様子が鮮明に映し出されるので、

障害物のせいで戦いが良く見えない、といった事も起らない。


「ほほう、こんな物まで用意してあるとはな…」


「え?これ壊しちゃっていいんですか?」


「遠慮なくどうぞ。壊すと派手に煙が上がりますよ。

 といっても、壊せるように出来ているのは

 白い色の物だけですから注意して下さい。

 他のは頑丈で、一応クッションが仕込んでありますが、

 それでも思い切りぶつかると痛いですよ?」


吹雪のパイロットに言われて見てみると、確かにまばらではあるが

幾つかの物は真っ白で、後は普通のグレーや茶色といった色だ。


「…ふむ。そうか…」


それを聞いたジグは少し考えて、テテにだけ通信を入れた。


「テテ」


「えっ?あ、はい、何でしょう?」


「安定性の設定を最低値にしろ。俺もそうする」


「え?それは…」


パイロット側の簡単な操作で、ある程度は安定性の設定が出来る。

勿論、ちゃんとした技師による調整には比べるべくもないが、

それでも現状よりは遥かに機動性は上がる。


「派手に暴れてやろうや。

 レイダーでもこんな動きが出来るんだ、ってな」


「了解です。

 ジグさんさっきから変なスイッチ入ってますもんね。

 ただ、一応フェイナさんに許可を貰った方がいいと思うので、

 聞いてみます」


少し間があったが、すぐに返事はきたようで、

専門家のお二人が危険は無いと判断したのならかまわない、

との事だった。


「よーし、年甲斐も無く燃えて来た、全力で行くぞ?」


「そんな事言って、私以外の人にやられちゃ嫌ですよ?」


「努力する」


「そこは嘘でも、任せとけ!と言うべきですよ?」


「任せておけ!!」


「遅いです…」


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「さぁいよいよ最終決戦!!

 勝つのは我が主か!?ポンコツどもか!?


 初めて見る人達に簡単に説明しますと、あの剣が良い具合に当たると

 その部分が動かなくなり、以後その部分は使えなくなりますわ。


 ただし陽炎の盾は別で、10回まで剣を受ける事が出来ます。

 その場から動けなくなったら撃破扱いで、

 先に相手を全滅させた方が勝ち!解りましたか烏合の衆?!」


女幹部の問いに、観客席から「オーーー!!」と声が上がる。


観客は推しレイダーが出来たのか、それぞれに声援を送っているが

中でも今回、一際声援が多いのはスコーピオンだ。


「大人気ですねテテさんは」


「うう…嬉しいっちゃ嬉しいのですが…」


先のゲームで、あんなものを見せれば当然注目される訳で、

テテはまたしても強いプレッシャーに晒されていた。


「それでは早速始めますわ!

 レディ…ゴーーーー!!!」


フェイナが手に持った扇子を大きく上に放り投げると、

大きなゴングみたいな音がして、戦いは始まった。


それと同時に各レイダーは、会場外の音声を拾っていたチャンネルを切る。

これを切らないと外の実況が聞こえてしまい、その内容次第によっては

戦闘に有利不利が生まれるからだ。


チャンネルを切った後、ジグはすぐには動かず少し考えていた。


(さて…相手はどう出る?)


当然、ここのレイダー達はレーダーなど積んではいない。

そんな物があると、それこそ多対一では勝負にならないからだ。


5対1でこの状況、相手は恐らく囲い込んでくるだろう。

障害物が無ければ、横一列になって一気にかかれば終わるだろうが、

今回の場合はそうはいかない。


誰か一人を正面から突っ込ませ、他は二人ずつ左右に別れる。

陽炎が真っすぐ進めば正面の敵と戦いが始まり、位置が判明、

四人が左右から急行すれば包囲されジ・エンド。


陽炎が左右どちらかに動いても、2対1なら十分有利だし、時間も稼げる。

その隙に他の三人が駆けつければこれもエンド。


ここでジグは思い出した。確か説明を受けた際に誰かが言っていたが、

5対1か4対1の場合は、ボスに止めを刺した者には

特別ボーナスが支給されるとか何とか。


この決まりは仲間割れを起こしかねない危うい物だが、

そうでもしないとボス側に勝ちの目が無いかららしい。


これが結構な額らしいから、恐らくテテ以外の四人は

これを狙っている筈だ。

なので、自身が囮になるとか単独で動くことは考えにくい。


誰かがボスの相手をしている間に、後ろや横からサッと割り込んで、

ボスに止めを刺すのが一番簡単でおいしいからだ。


となると、彼らはテテを単独で正面から行かせ、自分達は左右に別れる。


ジグとテテが戦い始めれば漁夫の利を狙い、自分達が接敵すれば、

一緒にいる僚機が戦うかやられるかしている間に、これまた漁夫の利を狙う。


この場合どちらが貧乏くじを引くか解らないが、そこは考えても仕方ない。


(この線かな…?

 となると、俺としては左右どちらかをテテが来るまでに倒し、

 何とかテテと戦いながら他の二機を倒す…か?中々ツライな)


ジグはそれで行くことにした。

所詮はショーだ、向こうだってそんなガチに作戦を練っては来ず、

各機が適当に動き回っている可能性も十分ある。


考えてみれば、ショーの度に同じメンツで

同じ様な作戦を行っているとマンネリだし、

見ている客も初見はともかく、リピーターにはつまらないだろう。


それを回避するなら毎回各機が勝手気ままに動き、接敵したら戦闘開始、

あとは流れに任せるといった感じかもしれない。


勝つ為の作戦よりもエンタメ性重視、といった所だ。


ジグはこれ以上はあまり考えても仕方がない、後はなるようになれだ、

そう思い機体を東側に向って進めた。


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同じ頃、レイダーファイブ側。


「さて、私達はどうしますか?何か作戦とかあります?」


テテが誰にともなく聞いた所、吹雪のパイロットが答えてくれた。


「今回の状況は僕らの圧倒的有利なので、ここで真面目に作戦を

 考えて実行しても、あまり観客は湧きませんね…

 淡々と進んであっさり終わる、みたいな」


「ではどうすると?」


「何もしません。

 各自が好きなように動いて、好きなように戦います。

 先の展開が僕らにも客にも予想しにくく、

 運が良ければボス側にも勝つ機会がありますからね」


「なるほどなるほど、エンタメ性重視って事ですね!

 了解しました、じゃあ私はもう行きますね」


そう言ってテテのスコーピオンは、さっさと西の方角へ向って姿を消す。


他のメンバーもそれに倣い、各々が好きな方向へ向かう、

と言う事で話は決まった。


北には不知火が向かい、東には吹雪が向かう。

ラボータはその吹雪に付いて行き、スパイダーは最後まで迷っていたが、

結局ラボータの後を追った。


ラボータは性能的に一番低い。

なので単独行動よりも吹雪にくっついて行き、

あわよくば撃破ボーナスを狙おうと言う魂胆である。


スコーピオンに付いて行くのも手だが、手先が器用なだけで

戦闘が出来るとは限らないし、

テテの見た目からして戦闘とは無縁に思えたのだ。


スパイダーも似たような思考で、

エンタメ性を考えるならあまり固まるのは良くないとは思うが、

ジグの如何にもベテラン然とした雰囲気に少々腰が引けていたので、

タイマンになるのは避けたい。


じゃあ誰かに付いて行くかとなると、

今や二機編成となった吹雪・ラボータ組になるのは自然だった。


こうして三手に別れたのだが、途中で不知火が東に

三機固まっている事に気づき、じゃあ俺もそっちへ行こうとなり、

結局スコーピオン以外の四機が固まると言う事態に陥ったのである。


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「さぁ、始まりました、5対1の戦い!実況は私、女幹部です!」


フェイナは会場がよく見える場所にある実況席に座って、

マイクを握っていた。


ずっとアドリブで喋らないといけないので、

女幹部のキャラ付けはしていない。

それを意識すると、実況のテンポが損なわれるからだ。


もちろんここの実況音声は、

各レイダー達には聞こえない様になっている。


戦闘の音はマイクで拾われ、客席にエフェクト付き大音響で鳴り響き、

臨場感を出すという仕組みだ。


「まずはお互い、あまり動きが無いですね…

 どうするか考えているのでしょうか?

 特に陽炎はよく考えないといけません!」


「ちなみに前回の5対1での対戦は…不知火が右腕損傷しただけで、

 陽炎は吹雪に撃破されています。やっぱり厳しいですね」


「しかし!ここで耳寄りな情報です!今回の陽炎の中の人は

 スコーピオンと同じく代役の方で、そのスコーピオンさんの相棒です!

 きっと只ではやられません!期待しましょう!」


客席からまばらに拍手が起こったが、当然それはリップサービスの様な物で、

だれも陽炎が勝てるとは思っていなかった。

それくらい5対1というのは厳しい。


しかも現行新鋭機のスコーピオンや新型試作の吹雪が

ボス役ならまだしも、陽炎なのだ。

いかに時代の傑作機とはいえ、流石に厳しいというのは

子供でも分かる理屈である。


「おっと、両方共に、ようやく動きがありました」


客席にレイダーの足音が鳴り響き、同時に少し椅子が振動する。


これは機体各所の振動センサーに連動した振動装置によるもので、

この装置が客席に仕込まれており、この最終決戦時には

動きにや剣撃に合わせて自動で椅子を揺らしてくれる。


これは音響と共に臨場感を出すのに一役も二役も買っていて、

すこぶる評判の良いシステムだった。


「ん…?これは…レイダーファイブ側、何かの作戦でしょうか?

 何にしてもこれは陽炎、大ピンチです!!逃げてー!!」


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会場北側にいて南を向いていたジグは左方向、

つまり東側へと移動をしていた。

やがて前方から、微かに足音が聞こえて来る。


「む、来たか…やはり複数…んん?」


近づくにつれて足音はさらに良く聞こえる様になったが、

明らかに二機以上いるのが解った。


「三機…?いや、四機か!?バカな、何でそんなに固まって…!!」


やがて視界に相手を捕らえる。

障害物に阻まれてはいるが、確かに四機が固まっていた。

正面向って左から、ラボータ、不知火、吹雪、スパイダーだ。

幸いな事にスコーピオンの姿は無い。


<ああぁ!陽炎ピンチ!4対1です!

 逃げるのか?逃げれるのかーー!?>


ジグにとっては予想外の展開だったが、物は考えようだと思いなおす。


障害物のあるこの状況で、相手はまだレイダーに乗り始めて精々数ヵ月?


動きは安定性を優先に設定されたコンピュータ任せ。

そんな連中が狭い範囲に四機も固まっている。


対してこちらは子供の頃から慣れ親しんだ陽炎、

コンピュータはいつものとは別物だが、慣れた機体で機動性重視の設定、

10回しか受けれないが盾も持っているのだ。


「考えるより産むが易し、か…

 丁度良い、テテが居ないのなら今の内に全員倒して、

 あいつとタイマンだ。派手に行くぞ!!」


これはむしろチャンスと踏んだジグの陽炎は、マントを脱ぎ捨てて抜刀し、

一気に間合いを詰めにかかった。


<おっと、陽炎が突っ込んだー!ヤケクソなのか、何か策でもあるのか?

 しかしこれは無謀だーー!>


フェイナが絶叫し、いよいよ始まる戦闘に観客は固唾を飲んだ。


陽炎はまず吹雪に向う。

それに対して吹雪は防御態勢を取る。


自分が持ちこたえている間に、他の三機が周りから一斉に

かかってくれると思っての行動で、他の三機もすぐにそれを察して

障害物を回り込み陽炎の横を取ろうとした。


だが陽炎のその行動はフェイントだ。


陽炎は一気に姿勢を下げると、吹雪の左側に単機でいた

スパイダーに向って、ヘッドスライディングの要領で前転しながら

白い障害物に突っ込んだ。


障害物は派手にへし折れ吹き飛び、砂塵を巻き上げる。


「なっ?バカな、あんな事が?!」


コンピュータに多くを任せる安定性重視の設定では、

自分から転びに行く様な動きはさせてくれないのだ。


その時のスパイダーは背の高い障害物のせいで、

ちょうどこちらに向きを変えた陽炎が見えなかった。


そこへいきなり傍にあった障害物が砕け、瓦礫と砂塵の中から

悪魔のような風貌の陽炎が現れ、不意を突かれて驚き

立ち止まってしまう。


ジグはその隙を逃さず、すぐさま機体を立たせながら突っ込んだ。


スパイダーはまさか自分に狙いを変え、こんな方法で

一気に懐に飛び込んで来るとは思ってもおらず、

焦って闇雲に剣を振ったがそれは盾で簡単に受けられる。


対して陽炎の光の剣は見事にスパイダーの胴体を薙ぎ払い、

派手な火花が飛び散り、スパイダーはその場で動きを止めた。


そこへすぐに吹雪がやって来た。

陽炎の意図を理解し、すぐさま陽炎の背後を狙うべく

距離を詰めて来ていたのだ。


完全に背後を取っていて、パイロットは勝利を確信しながら

剣を振り下ろした。


だがその斬撃は、体を大きく捻った陽炎の左腕にある盾で防がれた。

人間には取れない無理な姿勢で、上半身だけがほぼ後ろを向いている。


「なっ?!」


これも安定性重視の設定では出来ない姿勢だ。


人の取れない姿勢を取ると、パイロットが混乱して

機体の制御を誤るケースが多く、この様な人ならざる動きは

コンピュータによって制限されてしまうのだ。


陽炎は盾で剣を払い、後ろへ、つまりは吹雪に向かって跳んだ。

上半身は後ろを向いているのでそのまま斬撃に入る。


吹雪はこれを何とかして左腕で受けた。

火花が散り、左腕がだらりとして動かなくなる。


「流石、新型!今のを良く受けた!だが…!」


陽炎は下半身を元に戻しつつ、間髪入れずに切りかかる。


吹雪のパイロットはこれに良く反応し、後ろにのけぞって回避を試みた。

が、ここでも安定性を重視するコンピュータにより制動がかかり、

のけぞり方が甘くなってしまい陽炎の攻撃は頭部に命中、

メインカメラを停止させた。


途端、コックピットのモニターが消えて、視界がゼロになった。

すぐにサブカメラに切り替わるが、その時モニターに映った物は、

振り下ろされる陽炎の剣の光。


吹雪は相打ち狙いで右腕を動かして切りかかるが、

それもあえなく盾で防がれ、

胸部を切られて吹雪は動きを止めた。


残った不知火とラボータは、破壊された障害物から巻き上がった

砂塵と煙で、状況がよく解らない。


砂塵越しに何度か火花が散るのが見えたので、

てっきり吹雪かスパイダーが陽炎を倒した物だと思い込み、

無防備に近づいてきた。


そこへ煙を割って陽炎が飛び出す。


近い位置にいた不知火がまず狙われ、

これに面食らった不知火は、取り敢えず咄嗟に剣で防御姿勢を取ったが、

これもジグの読み通りだった。


人間は咄嗟の時、つい無難な選択をしてしまうものだ。

この時の不知火のガードは、明らかにタイミングが早すぎた。

ジグがすぐに狙いを変えて脚を切ると、

不知火はその場で膝を着いて擱座。


これもレイダーに乗り慣れない者に多いのだが、

視点が高く足元の視界が悪いゆえに、つい上半身にばかり気を取られ、

足元がおろそかになってしまうのだ。


脚はレイダーがレイダーである為の最重要部位だが、

同時に最大の弱点でもある。


そして陽炎は余裕を持って背後に回り、

胴体に剣を突き立て、不知火に止めを刺す。


残るは一機。

ゆっくりと不知火から剣を引き抜き、ラボータの方を向く陽炎。


この時煙が晴れて来て、ラボータにも状況がよく見えるようになった。


崩れた瓦礫の傍にはスパイダーと吹雪が、

そして目の前には陽炎の足元にくずおれた不知火。


皆撃破され、動きを止めている。


ラボータのパイロットはその光景を見て、

何が起こったのか理解できなかった。


それは観客たちも同じ事で、煙で良く見えなくなったほんの少しの間に

一体何があったのか、視界が開けた際にそこにあった光景は

撃破された三機に及び腰のラボータ一機。


<これは一体何があったのか?!近くのカメラ映像を確認しましょう!!>


そう言うとすぐにモニターの画面が切り替わり、

先ほどの戦いを近距離で撮影した映像が流された。


ジグはこの間、敢えて何もせずに少し待つ。エンタメだ。


<なんという動き!

 あっという間に三機がやられてましたーーーーッ!!>


この実況を合図に、同じく固まっていた観客達も一斉に声を上げる。

それはもう雄叫びで、とにかく何かを叫ばずにはおれない、

そんな感じだ。


誰もが陽炎はやられると思っていた。

良くてせいぜいラボータかスパイダーを倒せれば御の字だと。


それが蓋を開けてみれば、あっという間に吹雪を含む三機を撃破し、

四機目のラボータも今や風前の灯だ。


<こ、これが陽炎の動きなのでしょうか?

 正にボスの風格!圧倒的だーーッ!

 ラボータにはもう成す術は無いのかっ?!強い、強すぎる!!

 この陽炎は正に魔王ーーーッ!!

 紛う事無きラスボスだーーっ!!!!>


フェイナが興奮して絶叫すると、それに呼応して観客も叫ぶ。


その熱狂ぶりと先程から何度もリピートされる戦いの映像、

禍々しい姿に改造を施された陽炎を見て、

何人かの幼い子供は泣き出していた。


「ひ、ひぃぃ!」


ただのショーでやられたところで死にはしない。それは解っていても、

僚機の無残なやられっぷりと威圧感が半端ない陽炎の姿を見て、

ラボータのパイロットはパニック寸前になり、逃げだした。

何とかしてスコーピオンと合流しなければ、タイマンでは絶対に勝てない。


「賢明な判断だが…そうはさせん」


陽炎は屈んだ姿勢を取ると、一気にスラスターを併用してジャンプ。


跳んだ先は勿論ラボータの進路上、目の前だ。

跳躍の頂点で体を捻りつつスラスターも使って宙返りをし、

ラボータの目の前に、どっしりと腰を落とす姿勢で着地した。


その衝撃で地面が砕け、破片が跳び上がり宙を舞う。


客席の振動装置はかつてないほどの振動を繰り出し、

その爆音は客の鼓膜を破らんばかりに響き渡った。

これでまた何人かの子供が泣き出す。


<跳んだーーーッ!!しかも空中で姿勢まで変えた!?

 まるで体操選手だ!!こんな事がレイダーに可能だったとは、

 私も知りませんでした!>


ラボータのパイロットは訳が分からなかった。

いきなり目の前に陽炎が現れた様に見えたのだ。


まさかあんな大きく重い物が上から降って来るとは、

想像の範疇を超えている。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ!」


これでラボータは完全にパニックに陥り、

思考がぐちゃぐちゃなり、どうしていいか解らず

ゆっくりと後ずさる事しか出来なかった。


「これで最後か……ん?!」


ラボータに向って切りかかろうとした陽炎だったが、

急に動きを止めて少し後ろに下がる。


途端、脇にあった白い障害物が砕け、瓦礫を吹き飛ばしながら、

光る剣を持ったスコーピオンが現れた。


立ち込める砂塵の中で不気味に光る、剣と頭部のメインカメラ。


「ちっ、よく気づきましたね?」


スコーピオンは剣を一振りして光を消す。


「足音でな。そろそろ来る頃かと思って注意していた」


現れたスコーピオンはラボータの前に背中を向けて立ち、

陽炎と向き合う。


「下がっててください!ここは私が!!」


スコーピオンの出現とテテからの通信で

何とかパニックはおさまったが、

ラボータのパイロットは完全に戦意を喪失しており、

慌ててこの場から離れ物陰に隠れた。


<来たーーーーッ!ここで一機だけ違う方向へ向かっていた、

 スコーピオンが来ました!

 仲間のピンチに駆けつける、正に王道!覇道!お約束!!>


僚機のピンチに颯爽と現れたスコーピオンに、会場から声援が飛ぶ。

泣いていた子供も泣き止んで笑顔を見せた。


<さぁ、戦いはクライマックスだ!

 スコーピオンはあの陽炎相手にどこまでやれるのか!?

 勝つのはどっちだーーーッ?!>


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8話 終



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