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リゾート


「あの~ジグさん?

 お疲れなのは解りますが、もう少しシャキッとしましょうよ…」


「ん~」


この二人は昨日まで、とある調査隊に同行して護衛をするという

任務を行っており、昨日帰ってきたばかりだった。


この手の調査隊にはレイダーが二機随伴するのが基本で、

二人はその内の一機として参加したのだ。


その調査の場所とは、荒野のど真ん中にある円形の森。


この円があまりにも奇麗な楕円で、そのうえ周りは荒野なのに

円の中はまるでジャングルの様な植生なので、これは何かあるのか?

と調査に向かったのだが、地面に生えていた下草がなぜか

仄かに青く発光していたのと、それを食べて体色が

青くなった動物がいた位で、

これといった物は発見出来なかったのだ。


調査は2週間にも渡り、

その間ずっとキャンプ生活ではあったものの、

レイダーのリアクターからの電力によって

テント用のエアコンを始め便利なテクノロジーが使えた。


システムバスユニットも持ってきているので、

トイレや熱いシャワーにも入れる。


動物はレイダーを恐れて近寄ってこないし、

仮に襲って来たとしても、手にした銃器で容易く撃退する。


ありとあらゆる装備と機材、大量の食糧も

二機のレイダーが持っていたし、

道なき道もレイダーで踏みしめれば、即席の獣道になった。

特定の音波で大半の虫を寄せ付けない機械すらある。


そんな訳で未開の森であっても総じて快適ではあったが、

逆に快適ゆえに同行していた学者達は気が緩みまくり、

勝手に行動した上に得体の知れない物を触ったり

口にしたりして、その度に二人の手を煩わせていた。


レイダーは未開の地を安全かつ快適にしてくれるのだが、

そのせいでろくにフィールドワークもした事のない、

頭でっかちのひ弱な学者が出張ってくる事も多く、

そんな連中の相手をするのは正直言って

かなりのストレスになるのだ。


そういう訳で、今日から数日は休暇としてあてがわれていた。


そんな折、リゲル市長曰く「おいしい話」があると連絡があり、

詳細をテテに伝えたので説明を受けろ、

との事で今日は詰め所に来ていたジグとテテだった。


「で、何なんだ?「おいしい話」なんて単語、

 詐欺案件でしか聞かない言葉だぞ?」


「いえいえ、

 さすがに市長から来た話ですから詐欺はないですよ!

 なんと今日からの任務は海ですよ、バカンスです!」


テテは持っていたフォルダから資料を少しだけ出して見せた。

その資料は如何にもな蒼い海と、

青い空の画像が表紙になっていた。


それを見たジグのテンションは目に見えて上がった。


「そりゃいいな!

 だがちょっとまて、今「今日からの任務」と言ったか?」


「これはですね…大きな声では言えないのですが、

 任務という事にしておかないと公費が出ないそうです。

 なので表向きは海洋調査となってます」


「なるほど…

 良くはないが別に違法行為でもないな、調査だし」


「ええ、任務ですから。おほほほほ

 …とはいえ一応、現地の学者さんとの顔合わせは

 しないといけないので、遊ぶのはそれからになりますが」


「まぁそれ位はいいだろう。

 昨日までの連中よりマシなことを祈るがな。

 …で、海ってどこの海だ?未踏地か?」


「いえ、任務地はブリッジノアのアロア湾で、

 踏破地帯です…って、

 どうしてそんなことが気になるんですか?

 未踏地でも海は海だと思うのですが」


この問いに対してジグは、大仰に肩をすくめて見せた。


「実は以前も海で行った調査があったんだが、

 酷い所だった…

 海中には危険生物がウヨウヨいて、

 それらが波や強風に乗って襲い掛かってきたりしてな。

 

 海水浴なんてしようものなら、

 30秒と持たずに何かの餌になっちまうような海だった」


そんな映画でよくあるロストワールド的な海、

どこまで本当なのかテテには判断しかねたが、

ジグが言いそうな冗談とは思えず、どうやら本当の様だ。


「それはそれで見てみたい気がしますが…

 でも今回はその辺り、安心して下さい」


テテはルーズリーフから資料を出して、机上に置いた。


「場所は先ほども言いましたが、ブリッジノアのアロア湾です。

 この湾はリゾート地として最近開発が終わったばかりですが、

 十分なレジャー施設やホテルが既に稼働しています」


ジグは身を乗り出して、資料を手に取った。


「ふむ…行った事はないが、噂には聞いてる。

 なかなか期待出来そうだな」


「ですよねー」


テテも同意し、説明を続けた。


「しかも!予定調査期間は一週間という事になってますので、

 たっぷり仕事出来ますよ!」


「いいねぇ。オレ シゴト ダイスキー」


「という訳で、詳細を説明しますよー」


テテはニコニコしながら、

取り出した資料を持って説明を開始した。


「任務地はアロアの街、

 そこから船で5時間程行った沖合にある島…

 となっています。


 調査せずに放置されていた名も無い島ですが、

 最近ようやく調査に入った所、

 沿岸部に全然色の違う地層が露出している

 個所が見つかり、そこから多数の化石が発見たそうです」


「発見したのはあちらの調査隊なので、

 本来は我々の出る幕など無いのですが、

 人手が足りないとかで助っ人要請が来た…

 との体です」


「一応聞くが、この島とか調査とかは本当の話なんだよな?

 俺達はこれに参加するという体で遊びに行くって話だが」


「みたいですね。本当に参加しますか?」


「いやまさか。化石にはちょっと興味があるが、

 流石に今回は休ませてもらう」


「では準備にかかりましょう、出発は明日の朝。

 一応仕事なので、陽炎を連れていく事になります。

 向こうに着いたら調査責任者の方が出迎えてくれるそうです」

 

「了解した」


------------------------------------------------------------


そして当日早朝。


装備を整えた二人は、まずヘリでモべの街まで飛び、

そこで大型の旅客機に乗り換え、

そのままブリッジノアへと向かった。

約10時間程の空の旅だ。


そして飛行機が目的地に着いたのは夕方頃。


機外はまさにリゾート地といった感じの気温の高さで、

今日のルグレイよりも暑かった。


だが湿度が低いのか不快さはあまりなく、

海の匂いも手伝ってむしろテンションの上がる暑さだ。


「やっと着きましたね。うわ~、海に浮かぶ夕日が綺麗…」


「そうだな」


ジグの後ろに付いて外に出たテテが感想を漏らしていると、

2人の男女が近づいて来て、

男の方がジグに向かって挨拶をして来た。


「やぁやぁ、よくぞいらしてくれました、歓迎します。

 私は今回の調査指揮を執る、ダークといいます。

 地質学をしております」


ダークと名乗った地質学者の男は、手を差し出してきた。

髪色は暗い灰色で髪型はオールバック、

長身で中々筋肉質な体躯をしているが、

これといった特徴の無い風貌をしており、年齢も今一つ読めなかった。

すぐにこちらを見つけてきたので、

二人の事は事前にリゲルから聞いて知っていたようだ。


「これはどうも、ルグレイのレイダライダ、ジグです。

 ただいま到着しました」


ジグはダークの握手を受け、テテの事を簡単に紹介した。


「ジグさんにテテさんですね。

 二人ともお若いですな。あ、こちらは妻のニーナです」


「ニーナです、よろしくお願いしますね。私は古生物学をしています」


紹介された女性は、黒髪を左右の後ろで緩い三つ編みにした

やや釣り目の美人で、いかにもな美熟女といった感じだった。


「ほう…では、お二人が今回の調査に参加する学者、

 という訳ですね?」


「はい、そうです。

 まぁこんな所で長話もなんですから、とりあえず移動しましょう。

 皆さんの機体と荷物は、こちらで運んでおきますので」


-------------------------------------------------------------------


一行は空港施設内にある建物の一室に通された。


折り畳み式のテーブルと椅子が並び、

一枚のホワイトボードがあるだけの、

いかにもブリーフィングルーム然とした部屋だ。


「どうぞ、好きな所にお座り下さい。

 先ほどまで明日からの調査についての説明と、

 簡単なブリーフィングを行っていたのですが、

 終わったので今はもう誰もいません」


二人は言われた通り、目についた椅子に並んで座った。


「大まかな話はリゲル市長から聞いていると思いますが、

 まぁその辺の事はのちに詳しく、

 夕食でもご一緒しながら説明しましょう。


 今からすることは、書類と事務手続きです。

 調査に参加したという記録は必要ですからね」  


「すみません、実際は何もしない部外者で…」


こういうのはテテの仕事なので、彼女は前に出た。


「いえいえ、こちらは単に記録書類にあなた達の

 名前を載せるだけで、別段損する訳ではありませんし、

 人員も足りております。

 どうかお気になさらず、ゆっくりしていって下さい」


その後事務的な手続きが終わると、

ダーク夫妻の案内で用意されたホテルまで行き、

そこでチェックインを済ませた。


夫妻は夕食時にまた話したいことがあるとの事で、

時間と場所を聞いた後は各自部屋で寛ぐことになった。


----------------------------------------------------------------


テテは自分にあてがわれた部屋に入るなり、

思わず感嘆の声を漏らした。


「すご…何この部屋…ベッドがうちのリビング位ありそう…」


それはさすがに大げさだったが、

それ位大きなベッドで部屋も大きかった。


仕事で来ている筈だが、こんな厚遇を受けてもいいのだろうか?

ジグが羽目を外さない様に監視?するつもりだったが、

テテ自身が羽目を外しそうだった。


(ジグさんもこんな部屋なのかな…?後で見に行ってみようか…)


とりあえず届いていた荷物を部屋の片隅に移動し、

靴と上着を脱いでベッドに思い切りダイブした。

恐ろしい程にクッションが効いていて、体の半分が沈み込んだ。


「ん~~、気持ち良い、ちょう気持ちいい!」


広いベッドを一人で堪能した後、続けてソファに座ってみるが、

こちらもそのままベッドとして使えそうな位、大きくて柔らかい。


冷蔵庫も大きく、中には各種酒類とソフトドリンク、

ツマミ類にフルーツなどが揃っており、

どれも高そうな物ばかりだった。デザートのケーキまで入っている。


しかも置いてあったパンフレットを見るに、これらは全て無料らしく、

ルームサービスすら宿泊費に組み込まれている様だ。

早速何かを頼んでみようかと思ったが、

この後すぐに夕食なので流石に控えた。


「そうだ、早く着替えなきゃ」


夕食までたいした時間は無いので、ゆっくりしすぎると遅刻してしまう。


テテは早速荷物を解き、着替えを始めた。


-----------------------------------------------------------


夫妻との待ち合わせの時間まであと五分。


ジグがテテの部屋の前で待っていると、

着替えを終えたテテが出て来た。


「じゃーん!どうですかこれ?見覚え有りませんか?」


「それは…メアリーか?はは…」


テテは以前リゲルと共にしかけたイタズラ時の服を着ていた。

流石にあの時とは違いヴィックは付けていないし

胸に大きなパッドも入っていない。


ジグの方は特に何の変哲もないシャツと

薄手のジャケットにズボンといういで立ちで、

傍から見たら自分達は一体どんな関係に見えるのだろうか?

と思わずにはいられなかった。

少なくとも秘書とその雇い主には見えないだろう。


そしてそのまま夫妻との待ち合わせ場所へ向かう。

無駄にゴージャスなエレベーターに乗って最上階で降りると、

そこにはもう目の前にレストランの入り口があり、

どうやらこのフロアは全部このレストランが占めている様だ。


その入り口にはすでにダーク夫妻が待っていた。

テテが慌てて先に出て、ダークに頭を下げる。


「すいません、待たせてしまいましたか?」


「いえいえ、私共もさっき来たばかりですよ。

 いやぁ美しいですな!実にお似合いです。

 さ、行きましょう。席は予約してあります」


ダークはジグの方にも会釈をして、妻と共に二人を店の奥へ誘った。


二人は夫妻の後に付いて行くが、席は店内の奥の方にあるのか、

なかなか止まる様子がなくずんずんと奥へと進む。


その途中、ジグは店内の様子を観察した。

客は富裕層で締められているのか、気品のある振る舞いに服装、

それに合った豪華な酒と料理。

ダーク夫妻もかなりめかし込んでいるし、

テテの恰好ですらここではカジュアルに見える。


(フフ、俺の格好はここじゃホームレス同然だな…)


ジグは周りからどう見られようと気にしない性質だが、

ダーク夫妻やテテに恥をかかせているかもしれないと思うと、

少しは服装に気を遣った方がいいかな、とは思った。


そんな事を考えつつ夫妻の後について行き、

やがて通された席は店の最奥で個室の様になっており、

窓から見える夜景が見事な席だった。


皆が席につくと、すぐに食前酒が運ばれてきた。

見るからに高そうなワインで、実際に高いのだろう。


「まずは乾杯、という事で」


ダークがグラスを掲げるのに合わせて、

他の三人もそれに合わせて乾杯をした。

ワインはジグが飲んだことの無いような味がしたので、

もしかしたら地球産なのかもしれない。

ジグは正直な感想を口にする。


「いいワインですね、旨い。地球産ですか?」


「ご名答。ちょっと奮発しましてね。

 料理の方も地球産の食材を使った物です。

 お口に合えばいいのですが」


「それは凄いですね」


ジグは楽しみだ、嬉しい、といった感情と同時に

疑念も湧いて来ていた。


それはテテも同じだったらしく、彼女は素直に疑問を口にする。


「あの…先程お部屋を拝見しました。

 凄く素敵な部屋で、とても感動しました。

 ですがその…なぜここまでの事を?

 

 いくらリゲル市長からの案件で、予算もこちら持ちとはいえ、

 色々と大変な手配や段取りもあるでしょうに、

 責任者のお二方がここまでの事をしてくれるとは、

 到底身の丈に合っているとは思えません。

 

 失礼ですが…何か裏があるのでは?と疑ってしまう程です」


テテがかなり踏み込んだ事を聞くと、ジグも続いた。


「悪いですが、自分も同意見です。

 確かに我々は普段から市長に良くして貰ってますが、

 公費でここまでするのは、流石に逸脱しすぎです」


二人の最もな疑問に、夫妻は軽く笑って答える。


「ははは、そうですね、そう思われるのも無理はありません。

 ですが経費に関しては心配ご無用です。

 ホテル滞在やこの食事等はルグレイの公費ではなく、

 全て私共の私財から出しておりますので」


「……私財?」


ジグとテテは揃って絶句した。

話の流れから言って、ルグレイの公費か

リゲルの私財だとばかり思っていたのだ。


「いえ、ご安心を。

 私共は親から受け継いだ纏まった資産がありまして、

 これ位なら大して懐も痛くなりません。

 どうかお気になさらず」


「……どういう事なんですか?」


自然とジグは警戒心を働かせ、口調が険しくなった。

見も知らない相手に、私財を使ってここまでするというのは

どう考えてもおかしい。


そんなジグの様子を受けても、ニーナ夫人は笑顔を崩さずに言った。


「ふふ、そんな怖い顔しないで下さい、

 ちゃんと理由あっての事なんですよ。

 それを今から説明いたします」


婦人は持っていたバッグから、

一枚の写真の様な紙を取り出しジグに渡した。


「まずはそれを見て下さい」


渡された紙はやはり写真だったが、

上下が逆になっていたのでジグはひっくり返して見た。


「これは…?」


テテもジグの手元を覗き込んだ。

渡された写真には、笑っている小さな女の子が写っていた。


「…これが何か?」


ジグは写真を見ても、これがどうしたのだろう?

としか思えなかった。


「………あ!!ちょっと貸して下さい!」


しかしテテは何かに気づいたらしく、

ジグの手から写真をひったくると、まじまじと見つめた。


「やっぱり、間違いないです!

 この子、あの竜巻の時に車から助けた子ですよ!」


ジグとテテが出会った時に遭遇した巨大な竜巻。

この竜巻から逃げている時に、大木の枝に引っかかっていた

車の中にいた、年端もいかない少女を二人で助けたのだ。


「あの時の?どれどれ…」


ジグはテテから写真を受け取り、よく見てみた。


「うーん、そう言われればそんな気もするが、

 正直よく解らん…」


ジグはじっくりと写真を見ても、

テテとは違い確信する事が出来なかった。


「間違いないですよ!あの子です!

 あ、という事はもしかして…?」


テテは夫妻と交互に視線を合わせたが、

ジグは未だにピンとこず、まだ写真を見ていた。


「はい、この子は私たちの娘です。クレアといいます」


---------------------------------------------------------


「なるほど…そういう事ですか」


夫妻から詳しい経緯を聞いて、漸く二人は納得していた。


休暇中にモベの街にある実家に親子揃って帰省していた際に、

夫妻の資産を狙った誘拐事件が発生した。

勿論さらわれたのは娘のクレアだった。


犯人からは娘を誘拐した、金を用意しておけ、警察は呼ぶな、

後で連絡する、といったテンプレな連絡が来たのみで、

その後は音信不通。

ただ不安と悲しみに暮れ、絶望していた。


そんな時に娘が救助されていたとの知らせを聞いて、

どれほど嬉しかった事か。


話している内に当時の記憶が蘇って来たのか、

夫妻の目には涙が浮かんできていた。


助けてくれたレイダライダの事を調べ、その所属を突き止めた。

ぜひ会ってお礼をしたかったが、自分達が忙しかった事に加えて

ジグ達の予定とも噛み合わず、中々機会に恵まれない。


そんな折に今回の調査が決まり、

どこか他の街からレイダライダを呼ぼうかとなった段で、

ジグ達が丁度その頃休暇に入る予定だとの知らせを

リゲルから受け、今回の

「仕事という体のおもてなし休暇」話が纏まった訳である。


では助っ人はどうするのかというと、

また違う街から探し出して用意したという。

まさに至れり尽くせり。


「では…あの時運転席でダイノアにやられていたのは…

 犯人だったのか」


二人はてっきり家族の誰かだと思って心を痛めていたが、

そんな悲しい事は無かったと知って安心した。


考えてみれば、あんな所に子供と二人で

いること自体が普通ではないのだ。

あの近辺に隠れ家でもあったのだろう、

そこへ向かう途中で竜巻に遭ったという事か。


もしかしたら、例の動物ブローカー共の

仲間だったのかもしれない。


「公私混同と言われようが構いません、

 どうしてもお二人にお会いしてお礼がしたかったのです。

 クレアの命が助かるのなら、

 私共は全財産を投げ打ってもいい。

 調査期間中はここに泊まれる様に手配してますので、

 気兼ねする事無く楽しんで下さい」

 

そう言われてテテは笑顔になったが、

ジグは微妙な顔をして言葉を絞り出した。


「話は解りましたが…その、正直に言うと…

 あの時は我々自身も危険な状態でしたから、娘さんを見捨てる、

 という選択肢も十分にあったのです。

 少なくとも自分はそう考えていました」


「なので、このテテが強く救助を推さなければ、

 娘さんはどうなっていたか解りません。

 だから自分には、こんな待遇を受ける資格はありません」


ジグのこの言葉を聞いたテテは、

思わずテーブルを叩いて立ち上がった。

食器が派手に鳴り、このような場所の席でなければ

周りの注目を浴びていた事だろう。


「何言ってるんですか!あの子は、私達二人で助けたんですよ!

 私の手柄だなんて言い方は止めて下さい!」

 

「そうは言うが…俺はあの子の顔も覚えていなかったんだぞ?」


ジグは結局いくら写真を見ても、

ああ、確かにあの時の子だ、とはならなかった。


「私は長い時間あの子の側にいましたが、ジグさんは逆に

 殆ど接触が無かったんですから、無理もありません!

 ずっと見ていた私と違って、

 ジグさんは殆ど顔を見ていないんですから!」


この時ダーク夫妻は、

テテの剣幕に押されてあっけに取られていた。

その様子に気が付いたテテは、慌てて座って取り繕った。


「すす、すいません、大声出したりして…

 要するに私が言いたいのはですね…」


「ははは、良い同僚をお持ちですね、勿論解っています。

 ジグさん、私共にとってはあなたがどう考えていたかなんて、

 どうでもいいのです。

 娘を助けてくれたという結果だけが全てです。

 なのでどうかお気になさらず」


そう言われてもまだ微妙な顔をしていたジグだったが、

テテが「またあんなこと言ったらぶっ飛ばしますよ?」

とでも言いそうな顔でこちらを睨んでいるのを見て、諦めた。


「………解りました。

 今更断って帰る訳にもいきませんし、ご享受します」


その言葉を聞いて、夫妻は嬉しそうに笑顔を見せた。


「そうこなくては!此度の件では何度お礼を言っても

 言い足りない程です、本当にありがとうございました!」


夫妻はもう何度目か解らない礼を述べ頭を下げる。

そんな二人をジグは宥めながら言った。


「ただ、もし調査中に何か困った事でもあったら、

 その時は遠慮なく呼んで下さいよ?」


「はは、解りましたそうさせて貰います。

 ではいい加減に食べましょうか、料理はコースですが、

 飲み物は好きに追加できますのでどうか遠慮なさらずに、ささ」


料理はとっくに届いていたが、

ずっと話をしていたので手付かずで放置されていたのだ。

実を言うと、ジグもテテも腹ぺこだった。


「では遠慮なく、頂きます」


こうして漸く食事が始まった。

料理はどれも素晴らしく、

ジグもテテも舌鼓を打ちっぱなしの状態だった。


酒もワイン以外にウィスキー、ビール、カクテル、ブランデー等

色々頼んで皆で飲んだ。

ジグはテテが酔ってやらかさないかとヒヤヒヤしていたが、

さすがにこの席では十分にセーブしているようで、

そんな様子も無かった。


最初こそ緊張気味だったが、酒の力もあってか、

デザートが運ばれてきた頃には

もうすっかり夫妻とは打ち解けていた。


--------------------------------------------------------


食事を終えたジグとテテは夫妻と別れ、

酔い覚ましの為に外をぶらぶら一緒に歩いていた。

特に目的の場所がある訳でもなく、

目に付いた店や屋台等を見て回っていただけだが、

それだけでも結構楽しい。


南国特有の暖かい空気と風も、夜にはいい感じに冷えており、

アルコールで上がった体温を優しく下げてくれた。

その風が街のあちこちから、様々な嗅ぎ慣れない臭いを運んで来る。


ジグは見知らぬ土地で、見知らぬ臭いを感じるのが好きだった。

道なりに植えられている街路樹は、どれも派手な色彩で繁茂しており、

それが街灯の光を浴びて万華鏡の如く煌いている。


そこかしこに出ている屋台もこの風景に風情を与え、

満腹でも何かを買って食べてみたくなる。

実際、テテはアイスクリームを買って食べていた。


「素敵な所ですね…ここに住みたい位です」


ジグの少し前を歩いていたテテが、

アイスを頬張りながらぽつりと呟く。


ビシッとした深紅のスーツを身にまとったお堅そうな美人が、

子供みたいにアイスを食べながら歩いているのは、

中々面白い絵面だ。


「いやいや、住んじまうとこの環境が当たり前になって、

 何も感じなくなるぞ?たまに来るからいいんじゃないかな」


「…もう、ムード壊すような事言わないで下さいよ。

 確かにその通りだと思いますけど」


「すまんな、デリカシーが無くて…お!?」


ジグが何かを見つけたような声を出して、

歩いていたコースを変えた。


「どうしました?」


その後を追ってテテも付いて行く。


ジグはロープを渡しただけの簡易な柵で囲われた、

巨大な機械の前にいた。

屋外に展示してあるレイダー、陽炎だ。


正確には陽炎改と呼ばれる単座式に改修したタイプで、

頭部が二人の乗っている物とは違っている。


「陽炎…こうして展示してあるのを見ると、

 いつも見ている筈なのに何か特別感がありますよね」


「同感だ」


ここではこの街を築くのに活躍した機体を

あちこちに点在する形で、

機体の成り立ちや生い立ちを添えて展示してあるのだ。


「懐かしいな…

 訓練生だった頃に乗ってた機体だ」


「練習機ですよね?私の時は今と同じ複座型の陽炎でしたが、

 普通練習機と言えば複座ですし」


「当時は単座型で行うカリキュラムもあったんだよ。

 成績優秀な奴はさっさと単座に載せて、

 自主練させておくみたいな。

 教官も人手不足で、一々マンツーマンという訳には

 行かなかったんだ」


「へぇ、その頃から優秀だったんですね」


「というより、ガキの頃から現場の大人に交じって

 レイダーに触れていたからな。

 操縦を教わったり、実際に操縦させて貰ったりとか」


「あー、いけないんだぁ。ワルい大人たちだ~。

 さてはリゲル市長ですね?」


「あの人だけじゃないが、まぁ主犯格だな」


「訓練生だった時の事は今でもはっきりと覚えてる。


 ようやく複座型から単座型へと進み、

 初めて一人で操縦して舞い上がっていた。

 他の連中は素人上がりだが、俺は違うぜ!とか息巻いてな。

 で、調子こいてお決まりの転倒だ」


「練習機で転んだんですか?どんだけはしゃいでたんですか…」


練習機は当然のことながら、安定性第一の調節がなされていて、

コンピュータによる強い操縦補正がかかる。

わざと転ぶのも難しい位で、

それで転んだと言うのなら相当の無茶をした事になる。


「教官が過去に類のない暴挙だ、と言って嘆いていたよ。

 当然の如く、後でこってりと絞られた。

 それ以来、単座型での単独操縦はカリキュラムから

 削除されたらしい。俺のせいでな」


今となってはいい思い出、というアレである。


「うふふふ、実は以前、市長からジグさんは若い頃、

 かなりやんちゃっだったという話を聞いたんですが、

 本当にそうだったみたいですね」


テテは持っていたアイスを食べ終わり、

舌で唇をぺろりと舐めた。


「確かに今思えば無茶ばかりしてたな、俺」


ふっと遠い目をして昔を思い出すジグ。

思い出すのはトラブルを起こして叱られたり、

色々やらかしてヘコんだ事ばかりだった。

無意識化ではリゲルに強く影響を受けていたのかもしれない。


「その頃のジグさんに会ってみたいですね。

 見た目は今と大差ないんでしょうけど、

 結構別人なんだろうなぁ」


テテはジグの顔を覗き込んで、悪戯っぽい顔をしてみせた。


「やめとけ、ただのクソガキだ。犯されても知らんぞ?」


「ええっ?!いつも散歩がてらにレイプするような人だったんですか!

 それはいくら何でもドン引きな趣味!」


テテは話を盛大に盛った。


「ただの例えだし、そこまで言ってない!

 それ位のろくでなしだった、って事だ」


ジグもお約束とばかりにツッコミを入れながら、

テテの頭に軽くチョップを振り下ろす。


「そのろくでなしが、今では正義の味方、ですか?」


今度は変身ヒーローの様なポーズを取るテテ。

色々と忙しい。


「そんな物になったつもりはない。

 ただレイダーが好きで、憧れて、ずっと追いかけていたら、

 いつの間にかこうなっていただけだ」


ジグは陽炎改を見上げながら、しみじみと言った。


「そういうお前はどうなんだ?なぜセイバーに乗ることに?」


テテは変身ポーズを解除し、ジグの隣に来て、

同じ様に陽炎改を見上げて言う。


「…つまらない、ありふれた理由ですよ。

 クレアちゃんと同じです」


「クレア…?ああ、さっき聞いたダーク夫妻の娘さんか。

 同じとは?」


「私、小さい頃、セイバーに助けて貰ったことがあるんです。

 それがきっかけで…後はジグさんと似たり寄ったりですね」


「ああ、それなら解る。

 俺も元からレイダー好きだったが、

 実際にレイダライダになろうと決意したきっかけは同じだ」


二人共お互いの顔は見ず、陽炎改を見上げながら喋っていた。

傍から見たら、レイダー相手に何やら呟いている

怪しい人達に見えたかもしれない。


「助けられた人が今度は助ける側に回って人を助け、

 その人がまた助ける側になる…

 素敵な輪廻ですよね。命のリレーとでもいいますか…」


「元レスキューのお前が言うと、重みが違うな。

 そう言えば、もうレスキューに戻るつもりはないのか?」


そう聞かれたテテの表情が険しくなったのを、

ジグは(視界の端だったが)見逃さなかった。

まだ聞くには早かったかと少し後悔し、フォローを入れた。


「ま、お前の好きにすればいいさ。

 このままここで骨を埋めるのも、エデンに帰るのも自由だ」


「ふふふ…前にも言いましたが、

 今の私の居場所はここにしかありません。

 もうエデンに戻るつもりはありませんよ」


「そうか…」


少しの沈黙の後、テテはジグに向き直った。

その様子を察したジグも、テテに顔を向けた。


身長差がかなりあるので、テテは上目遣いになり、

ジグは下を見る様な形になる。


「ジグさん…」


「ん?」


「今から酷い質問をしますが、いいでしょうか?」


「酷い事?まぁ俺に答えられる事ならいいが」


ジグの許可が出た後、少し間を置いてテテは口を開き、

彼の目を真っすぐに見て言う。


「人を…殺した事がありますか?」


ジグはこんな事を大真面目に聞かれた事に驚いたのと同時に、

これがテテの心の闇の元凶なのかとも思った。


暫くの沈黙後、ジグが答えようとした所で

テテは手を出して止めた。

元より答えを聞きたくてこんな話を振った訳では無いからだ。


「…私はあります。6人もの人を一度に…」


テテは淡々と話すが、ジグには逆にそれが恐ろしい。


「それは…仕事で助ける事が出来なかった、という事なんだろう?

 それなら殺したとは言わない」


そんな事を言い出したら、ジグだってジェスキン事件で

数十人も殺した事になってしまう。

レスキューをやっていれば、

嫌でも人の生き死にに関わってしまうのは当然だ。


「…こういう状況を考えて下さい。

 離れた二か所に要救助者AさんとBさんがいます。

 どちらか片方だけを助けるのなら、成功率は100%ですが、

 その場合もう片方は助かりません」


「しかし、30%の確率に賭けて成功すれば、

 両方助ける事が出来ます。

 が、失敗すれば当然両方共助かりません。

 Aさんは子供で、Bさんは成人です。

 ジグさんならどうします?」


ジグはこの時点で、彼女に何があったのか、おおよそを察した。

そんな状況に遭遇してしまったのだとしたら、同情を禁じ得ない。


「そうだな…前者の場合どっちを選んでも、

 片方を見捨てたという事実にずっと苦しむことになる。


 後者を選んで成功するのが一番いいが、

 失敗するリスクを考えると、こっちを選ぶのはまず無理だ。

 俺は前者を選ぶと思う」


「だが…お前は両方を助けようとして…そういう事なのか?」

 

テテは無言で頷いた。


「隊長からの命令も「子供の方を助けろ」でしたが、

 わたしは隊長を説得し、両方助けようとする事に同意させました。

 

 でも結果は…確実に助ける事の出来た命を四つ、

 みすみす散らしてしまったんです。

 これは殺人も同然です」


「出来ると思ったんです…難しい救助を何度も成功させ、

 何人もの人を救って来た自分になら出来る、と…

 最新型セイバーの性能の上にあぐらをかいていた、

 というのも勿論あります」


「傲慢ですよね、まだまだ経験の浅い新人の癖に自信過剰、

 やれる気になって粋がって…

 若気の至りでは済まされません」


「責任問題としては、最終的な判断を下したのは隊長だったし、

 どうするべきだったのか?という世論の意見は

 真っ二つに割れたことも助けになり、

 隊長共々謹慎処分で済みましたが、

 それで自分の罪悪感と自己嫌悪が消える訳もありません」


「今はこうして違う星で違う仕事について、

 仲間にも恵まれてますから、あまり表には出て来ませんが…

 ふとした拍子にこの罪悪感と自己嫌悪は私の心臓を掴み、

 握り潰そうとします…」


「ここにいてもそんな有様ですから、

 復職してもあの時乗っていたセイバーなんかに乗ったら、

 恐らく…とても耐えられないです」


ここまで言うと、テテは下を向いて黙り込んでしまった。


ジグは何か励ましやフォローをしてやりたかったが、

何を言った所で部外者の無責任な言葉でしかない。


「ご、ごめんなさい、こんな話迷惑ですよね…

 忘れて下さい」


娘を助けれらたダーク夫妻の感謝の言葉。

それはとても嬉しかったのだが、同時にあの時

助けられなかった子供の母親の言葉をテテに思い出させた。


(どうしてあの子を助けてくれなかったの!!)


謹慎が明けて出勤した時

何人かは優しい言葉をかけてくれたけど、

このままこの仕事を続けていたら

また同じような状況で同じ選択をし、

同じ結果を招くような気がしてならなかった。


どちらか一方を選ぶしかない状況で、それが出来ない自分は、

ここにいてはいけない人間じゃないのか?

そんな考えが頭の中を占拠し、

罪悪感・自己嫌悪と相まって気が狂いそうになった。


そして逃げる様に仕事を辞めて、後先考えずにこの星に来た。

頭と心を空にして、何も考えずに放浪した。

何かあって死んだとしてもそれまでの事。

そんなやけくそ気味な旅を続け結局自殺を決行したが、

幸いそれは失敗に終わった。


クレアを助けようとしたのは、職業病とでもいうべき

条件反射だったが、あの子の救助を成功させた時、

何も無かった自分の心に小さな明かりが灯った様な気がした。


しばらく無言だったジグが、

再び陽炎改を見上げながら口を開いた。


「俺も…人を殺した事がある。

 以前、軍隊みたいに小隊を組んでいた事もある、

 と言ったよな?

 その当時の部下に指示して、

 エデンから来た無法者を攻撃させたことがある。


 俺が直接手を下した訳ではないが、俺が殺したのと同じだ。

 そうしなければ、関係のない人達の命が危なかったんだ」


「クズみたいな連中だったが、それでも自分が人を殺した

 のだと思うととても嫌な気分になって、

 暫くは仕事が手に付かなかった。

 命令を実行した部下も、同じような悩みを抱えていたらしい」


「悪党を殺してもそうなるんだから、

 罪のない子供を死なせてしまったお前の気持ち、

 察して余りある」


「年長者として何か気の利いた助言でもしてやりたい所だが、

 さすがにそこまで重い状況は経験したことが無くてだな…

 その、つまり何だ…要するに…」


何か言おうとするが、うまく言えずにしどろもどろになって来た

ジグを見たテテは、笑顔になって言った。


「助言なんていりませんよ。

 それよりも、ジグさんはいつも通りのジグさんでいて下さい。

 私にはそれが一番です」


「そ、そうか?…努力しよう」


変わらない努力というのはよく解らない言い回しだが、

どの道ジグは先ほどの話を聞いたからといって、

テテに対する態度や接し方を変えるつもりは無かった。


「では、そろそろ戻りましょうか?

 明日からに備えてタップリ寝ましょう!」


重い空気を断つように、

テテは明るい声を出してこの話題を切り上げた。

ジグもホッとしたように息をついて、

陽炎改からテテに目線を戻した。


そしてごくごく自然に、テテはジグの手をそっと握ってきた。


当然ジグはぎょっとしたが、

当のテテは素知らぬふりでニコニコしていた。

その顔を見ると「恥ずかしいから止めろ」とも言えず、

照れくさくはあったが何も言わずに黙って歩く事にした。


(ううむ、何だかこれって市長の思う壺な気がしてきた

 さてはあの人、これを狙って…?)


いつもなら余計な事を…と思う所だったが、

悪い気はしなかった。


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翌日。


朝食はお互い勝手にルームサービスで済ませ、

午前中は自由に過ごして、その後に昼を一緒に食べてから

繁華街へ繰り出そうという話になっていた。


だがジグは部屋でゆっくり食べるのも悪くはないが、

折角なのでビュッフェで旅行気分を味わいたくなったので、

予定を変えてホテルのレストランへ行った。


だがそこには既に、同じ考えで来ていたテテがおり、

結局二人はとりとめのない話をしながら、

一緒にここで朝食を摂ることになった。


「そういえば今日、これからの事なんですけど」


自分で盛ったサラダをちまちま食べながら、

テテが話を切り出した。


「ん?ああ」


ジグは丁度取ってきた料理が無くなったタイミングだったので、

そのままテテに話を促した。


「今日は繁華街に行く事にしていましたが、

 ジグさんは具体的に行きたい所とか見たい所とかありますか?」


テテは鮮やかだが落ち着いた感じの、青いワンピースに着替えており、

長くボリュームのあるスカートは、

裾の方に行くにしたがって白くなっている。


髪型は後ろに緩く大きな三つ編みで、

肩と腕が大きく露出していて、背中もほぼ丸出しで、

眩しい白い肌が嫌でもジグの目に付いた。


「うーん、一応部屋にあったパンフを見たが、

 特にこれといって興味を引いたのは…

 変わった食材で作った料理を出す店位かな?」


「それだけですか?じゃあそこで昼食を食べるとして、

 それ以外は私が行き先を決めてもいいですか?」


「いいんじゃないかな」


「ありがとうございます!行きたい所が一杯あって、

 期間中に全部回れるか不安だったんですが、

 ジグさんがどこでもいいと言うなら何とか回れそうです!」


「あー、お手柔らかにな。

 焦って無理して回ると疲れてしまって、

 終わってからの仕事がキツイぞ?」


「了解です!

 初めて会った時の事思い出しますね」


「なんかあったか?」


「クレアちゃんを助けた後にヴィクスに着いて、

 そこで2日ほど一緒に街を散策したじゃないですか」


「…ああ、そんなこともあったか。

 まさかまたこんな事になるとはな」


「スケジュール管理とか秘書っぽくていいですね!」


食事を終えた後ジグはホテルで車を借りようとしたのだが、

テテ曰く、ここはルグレイやヴィクスと違って交通インフラが

充実しているから、街を散策しつつ徒歩と公共交通機関で

行きましょうよという事で、二人は徒歩で街へ繰り出した。


「まずはどうするんだ?」


「はい、ちょっとその前にお願いがあるのですが…」


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テテのお願いを聞いて、二人が徒歩でやってきたのは

何の変哲もない観光客向けのファッションストア。


テテはジグの着る服をコーディネートさせて欲しいと

言い出したのでやってきたのだ。


そしてテテによるコーディネートで出来上がったジグの恰好は、

これ以上ない位の浮ついた若者というかチンピラというか、

ファッションに疎いジグでさえ

これはヤバイんじゃないか?と思える程だった。


「おい、本当にこれでいいのか?」


「良くないですよ」


「駄目なのか!?」


「だから良いんですよ」


「俺にはお前の言ってる事がさっぱり解らん…」


「そうですね、私の意図を一言で表すと…

 虫よけ…いえ、ボディーガードですかね」


「虫…?」


「こんな事自分で言うのも何なんですが、

 人の多い場所に行くと、よく声を掛けられるんですよね…

 怪しいスカウトとかナンパとかそういうの。

 よっぽどチョロそうに見えるんですかね?」


「ああ、そういう事か。

 いやしかし、こんな格好をする必要が?

 男連れってだけで十分だと思うが…?」


昔の同僚で、美人を見つけると見境なく声を掛ける奴がいたが、

そんな奴でも男連れには声を掛けたりはしなかった。


「念には念を、ですよ。ジグさんの座右の銘ですよね?」


「そんな物にした覚えは無いがまぁいい…

 だがこれじゃ普通の人も寄ってこないのでは?

 それにこんな奴と連れ立っていたら、お前も恥ずかしいだろ?」


「私は人の目なんて気にしませんよ?

 ジグさんはジグさんですから」


「そうなのか?まぁ、お前がいいんなら俺は構わんが…」


「じゃあ次行きましょー!」


こうしてジグの仕込みを終え、二人は歩き出した。

テテの言っていた虫よけ効果は抜群なようで、

歩きながら周りを見てみると、テテに注目はするものの

すぐに目を逸らしたりする男が散見された。


そんな中には地図を片手に、道を聞こうとしていたと思える

まともな人もいたが、こちらも土地勘など無いので

気にしないことにした。


(虫よけ…いや、ボディーガードという事にしておくか)


ジグは正直言うとこの格好が恥ずかしかったが、

これでテテを守っているのかと思えば気にならなくなってきた。


こうして二人は、タクシーや徒歩で

事前に調べていたあれやこれやを見て回り、

その後ランチを食べる為に、ジグが唯一興味を持っていた

料理店に入った。


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「な、何だこのメニューは…?さっぱり解らん…?」


店に入りカウンター席に座ってメニューを見たジグは、

開口一番そう言ったが、

それはどこか嬉しそうなニュアンスを漂わせていた。


「この店の売りは普段食材とはされていない

 動植物を敢えて食べる、だそうですね」


「なるほど、それで

 「変わった食材で作った料理を出す店」という訳か」


ジグの眼がキラリと光る。


それとは対照的に、テテはちょっと不安になって来ていた。

一歩間違えれば只のゲテモノ料理なのだ。


「どんな食材でどんな味がするのか、ワクワクするな」


「はは、ソウデスネ。

 じゃあそろそろ頼みましょうか?どれにします?」


テテはメニューを二人の間に大きく広げる。


「正直迷う…が、聞いた事も無い動物の名前だから、

 考えてもしょうがないな。適当に頼むか?」


「名前でライブラリ検索して、画像見てみましょうか?」


テテは端末を取り出して聞いてみた。

が、予想通りの返事が返って来る。


「それじゃつまらんだろう。

 どんな物が来るのか解らないのがいいんじゃあないか」


「ですよねー、言うと思ってました!

 答え合わせは食べた後ですね?」


「そう言う事だ。じゃあ俺は…これかな?

 いや、こっちも気になる…」


「それいきます?なら私は…これにしてみようかな?」


二人で散々喧々諤々し、結局二人ともそれぞれ

違うセットメニューを頼んだ。

セット故にいくつか料理が乗っていて、色々食べられるからだ。


それに単品料理は量が解らないので、

何皿も頼むのは危険と判断したのだ。

お残し厳禁である。


「そうそう、お酒は飲みます?まだ昼ですが、折角の休日を

 満喫するならありじゃないですかね?」


テテはジョッキでビールを煽る様な仕草をする。

傍から見れば、未成年が何を言ってるんだ?

と誤解されかねない絵面である。


「むむ…酒か。

 よく見れば、酒も聞いた事も見た事も無い物ばかりだな。

 激しく興味をそそられるが、アルコールはこの後の行動に

 支障を来す恐れがあるからやめておこう」


何であれ好奇心が満たされればいいジグは、

未知のドリンクを追加注文した。


「そっちは飲み物どうする?」


「うーん…私は遠慮して水にしておきます。

 頼んだ料理が不味かった時に、

 飲み物まで不味かったら地獄ですから」


テテは渡された端末を軽く操作し、元あった場所に戻した。


「結構保守的なんだな…

 無理してこんな店に来なくても良かったんだぞ?」


ジグが興味を示したから来た店なのだが、

テテが楽しめない様ではジグも気が引けてしまう。


「いえいえ、私も結構興味ありましたし、私の事は気にしないで、

 ジグさんは思う存分好奇心を満たして下さい」


「……そうか?ならいいんだが」

 

その後は2人で他愛のない雑談をしている内に

料理が運ばれて来たので、いよいよ未知の料理への挑戦が始まった。


やって来た料理は思っていたよりは普通の見た目である。

食材をそのままの姿で料理している訳ではないので、

当然と言えば当然だが。


「これはアビスゲインという飛行生物の肉らしいが…

 すげえ色してるな…さて、どんな味なのか…?」


「私のこれはジエ・ア・ホという海の動物なんですが…

 食べたらあほになりそうです…」


食べる前に一通りの料理を観察し、

お互いに感想を言い合った後に食べ始める。


「…うん、まぁ味は悪く無いが、えらく堅い…」


「あ、美味しい!何か未知の味と食感!」


暫くそうやって感想を言いながら食べ進める。

全体的にテテの方が「美味しい」が多く、どうやらジグは

今一つなハズレを引いたっぽかった。


そしてジグが弾力のあるゴムの様な肉に悪戦苦闘している時、

右に座っていたテテの方から器が一つ、シュッ!と滑って来た。

中にはいくつかの料理が小さく盛られている。


何だと思ってジグが右を向くと、


「あちらのお客様からです」


と、キメ顔のテテが自分の右方向に掌を向けて、

かっこつけていた。


当然、[あちら側]に他の客などいない。


「幽霊か?」


「いえほら、ジグさんこっちのも方も食べてみたいんじゃ

 ないかと思いまして、少しずつ盛ってみました。

 いりませんか?」


「いる」


ジグは即答して器を手に取り、もりもりと食べ始めたが…


「う…お前、これ食ってさっき旨いって言ってたよな?」


「はい?美味しくないですか?」


「………」


(バカ舌なんだろうか…?

 そう言えばこいつ、何食っても不味いと言った事が無い様な…

 食のストライクゾーンが広いとか言ってたが…)


思い返してみると、今日ここに至るまでにあちこちで一緒に

色んなものを口にしたが、お世辞にもそんなに旨いと言えないような物も、

テテは美味しいと言って食べていることが多かった。


味に対しての「許せる範囲」というやつが、普通より広いようだ。


「いや、何でも美味しく頂けるのは良い事だ」


「何の話です?」


「何でもない。お前もこっちのを食べてみるか?」


ジグが自分の料理が乗った皿を差し出す。


「そですね、じゃあ一口」


ぱくっと食べてモグモグするテテ。


「うん、こっちもイイですね。普段食材とされてない物っていうから、

 ちょっとビビッてたんですが、みんな美味しいですね。

 こんな事なら、私も怪しい飲み物頼めばよかったかな?」


「………そうだな」


テテの感想は置いておいて、正直言うとどれもやはり

今一つな感は拭えなかった。


食えなくなはい…

が、わざわざこれを食うのかと言われれば、答えはNOである。


一般に流通しないという事は、それなりの理由があるという訳だ。


とはいえ、未知の物を食べてその味を知る、という行為自体は

とても楽しい事であり、ジグは充分満足できた。


「次はどこに行くんだ?」


ジグは最後に飲み物を飲みつつ次の行き先を聞いた。

この未知のドリンクは普通に旨い。


「はい、まぁ色々ありますが、

 ジグさんは本当にいいんですか?」


「俺はボディーガードだから、別に楽しもうが

 楽しめなかろうが関係無い、気にするな。

 俺はいないものと思ってお前が楽しめればいいさ」


「…そんな悲しいこと言わないで一緒に楽しみましょうよ」


「言葉の綾だ、普通に楽しんでるから気にするな」


「そうですか?まぁ次はジグさんも興味ありそうな物が

 ありますから楽しんで下さい」


「俺もパンフは見たが、そんなのこの店以外にあったかな?」


「ちゃんと詳細を見てなくて見落としたんだと思います。

 今、技術博覧会みたいなイベントをやってるみたいで、

 その中にレイダーを扱っているテナントがあるそうで」


「ほう?それは興味深いな」


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店を出た二人は満腹になった腹を落ち着かせる為に、

博覧会は後回しにして近くにあった公園のベンチに座り、

先ほど食べた動物の画像を見て答え合わせをしていた。


「いやーー!!何ですかコレ?!

 何でこんなの食べようと思ったんですかここの人は!?

 クレイジーです!!」


テテは通行人の目も憚らず、金切り声で喚き散らす。


彼女の食べた物は恐ろしくグロテスクな姿をしていたのだ。

公共電波に乗せる為には、モザイクが必要になるレベルの。


「お前旨い旨いって言ってたじゃないか…」


「だめ、吐きそう…ジグさん、帽子貸して下さい…うっ」


「断る。自分の帽子でやれ」


「酷い…つわりの女性にその仕打ちですか…」


「お前、やけにゲ●に縁があるよな…なんて残念な奴」


「ボケたのにスルーしないで…うぷ

 誰だって吐くときは盛大に吐きます…」


「あー、苦しんでる所を悪いが…

 俺の食った奴の画像を今見てるんだが、これも大概だな。

 見るか?お前も一口食った奴だ」


ジグはテテに端末の画面を見せようとしたが、

当然テテは顔を背ける。


「追い打ち禁止!!死体蹴りも禁止!!」


ジグは横を向いたテテの背中をさすってやった。

むき出しの背中はしっとりすべすべに見えたが、

実際は冷や汗でべっとりしていた。


「まぁ、誰かがこうして色々とチャレンジしてくれているおかげで、

 我々の食生活も充実していくんだから、有難い話じゃないか?」


「それには同意しますが…でももうあのお店では食べません…」


「そうなのか?

 俺は滞在中にもう一度食いに行こうと思ってるんだが」


「じゃ、じゃあ…私も付き合います…

 但し、今度は先に画像を見て注文します」


テテは口を押さえていた手を放しながら、前を向いて言った。

何とか耐えたらしい。


「気分転換にそろそろ移動するか?」


「はい、そうしましょう…」



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博覧会場へは丁度専用のバスが出ていたので、

タクシーではなくそれで向かう事にした。


「バスか…

 実は俺、バスって乗ったことないんだよな」


「え?本当に?!」


「移動は殆どが車かバイクだったからな」


「ひょっとしてジグさんって、

 リニアカー自体乗ったことがないのでは?」


ノアではまだリニア用の道路整備が進んでおらず、

ごく一部の地域にしかリニアカーは走っていない。

ここはまさにそのごく一部の地域なので、

バスも当然リニアである。


「そうだな…俺は生まれも育ちもノアだし、

 小さい頃から開拓地と共に移り住んでるから、

 リニア系にはまだ乗ったこと無いかな?」


「じゃあぜひ乗るべきですね!あ、丁度来ましたよ」


「解ったから引っ張るな」


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「はい、とうちゃ~く!」


テテがはしゃぎながら、バスのステップからぴょんと跳んで降りた。


「はしゃぐなよ、子供か?」


テテの後に続いてジグも降りる。


「どうでしたか?リニアバスの感想は?」


「変な感じだな…全く振動が無いとどうにも落ち着かん」


加速と減速、カーブ時に軽いGがかかる程度で、

音も殆どしないのは何やら不気味だった。


「私はずっとエデンでしたから、こっちに来てタイヤ付に乗った時は、

 くすぐったくてしょうがなかったですけどね。すぐ慣れますよ」


「それにしても…すごい人だな」


バスは直通で敷地内に降りたのだが、既に人でごった返していた。


「博覧会なんてこんな物ですよ。

 人混みが苦手なら違う所へ行きますか?」


「むむ…こんな所さっさと立ち去りたいという気持ちもあるが、

 レイダーの技術博というのはそそられる…行くか?」


「では行きましょう!」


二人は気を取り直して人混みの中、道端に置いてあった

パンフレットを取って入場チケットを購入し入場ゲートをくぐり、

レイダーのパビリオンの位置を確認してそちらへ向って歩き始める。


人混みをかき分けつつ何とか目当ての場所に到着した。


展示内容はよくある感じで、入り口から順路に沿って移動しながら、

壁やケースに入った展示物やパネルを見ながら進むという物だ。


地球はなぜ住めなくなったのか、

人類はどうやって脱出したのかから始まり、

レイダーの生い立ちやその活躍等が、時代に沿って展示されていた。


ただ、レイダーの歴史と言っても、開発の開始からまだ

100年足らずしか経っていないので、

そんなに展示するネタも無かったのだろうか、

レイダーに限らず、当時の開拓地の様子や大きな事件・事故等、

かなり何でもありの展示になっていて、レイダー技術博というよりは、

ノアの開拓歴史館といった風情である。


だがそれでも一応は、最新技術として幾つかの試作道具とか武器とか、

様々な試作レイダーのコンセプトモデルが実物で展示されており、

ジグとしてはこれで元は取れた。


「ほう、街中での軽作業に特化した小型モデル「ロジーナ」か…

 小さいな…これはどこに人が乗るんだ?」


「バックパックがコックピットになってて立って乗るみたいですね…

 うわ、狭い!?私ならともかくジグさんは乗れませんよコレ」


「お、こっちは陽炎系の最新モデルか。

 不知火の次の型…「吹雪」というのか」


「…ん?…ちょっ、

 ちょっとジグさん!」


テテが何かを見つけたらしく、ジグを引っ張っていく。


「ど、どうした?」


「この写真!ここ、ここに映ってるのって、

 私たちの乗ってる陽炎では?」


テテが興奮した様子で、

近くのコーナーに展示されていた写真を指さした。


「はぁ?」


言われたジグは半信半疑で確認する。

その写真は何かの作業中の風景を撮ったものらしく、

大人に混じって10歳前後の男児が、何かを運んでいた。

そのすぐ傍に、駐機状態の陽炎が写っている。


「おお、確かに…このマーキングはそうだな。

 ん?この子供…この服は…ひょっとして俺か!?」


「ええっ!?」


ジグは写真に顔を寄せ、舐め回すように確認する。


「…驚いたな、これは確かに俺だ…

 当時お気に入りだったこのシャツ、今でも覚えている。

 誰がいつの間に撮ったんだ?」


確認したが、撮影者は不明となっていた。


「うわーー、カワイイですねぇ。今と同じ面影がありますよ!」

 抱き着いて撫で繰り回してやりたいです!」


テテは自分の体を抱き、くねくねと悶える。


「何と言うか…気恥ずかしいな」


ジグは遠い目をして昔を思い出した。


「疑っていた訳ではありませんが、本当にこんな頃から

 開拓に従事していたんですね」


「…俺の両親は生物学者と医療関係者だったんだが、

 この星で開拓に従事していた結果、

 早くに事故死してしまってな」


「え」


「俺は両親と懇意にしていた当時の市長と、

 その相棒だったダンという人に引き取られ、

 ダンさんの養子になったんだ」


「学校に行っている時間以外は、殆どこうやって

 作業に参加していたよ。ダンさんは俺の命の恩人でもあり

 市長と共に尊敬していた人でな。ずっと付いて回っていた」


ジグはその頃の事はあまりよく覚えてはいない。

両親が立て続けに他界してしまい、二人の世話になり、

とにかく一生懸命だったのだけはよく覚えているが、

それだけだった。


そうやってジグが感傷に浸っていると、

いつの間にか人が増えてきて、

館内が騒がしくなっていることに気が付いた。


「ん?何か人が増えてきてないか?」


「確かに…なんでしょうか?イベントでも始まるのか、

 もしくはイベントが終わったのか…」


テテはここで取得したパンフレットをよく見てみた。


「あー、多分これですね。

 これがさっき終わって人が流れてきたのかと」


テテはジグにパンフレットを見せ、該当部を指で指した。


「…これは…パビリオンアトラクション?」


そのアトラクションとは、「レイダーファイブ


実際に動いているレイダーを見せるためのショーらしく、

新旧織り交ぜて様々なレイダーが模擬戦よろしく戦うらしい。


ただ、レイダーは子供にも人気があるからなのか、

家族連れに向けた物なのか、

パンフによるとショーには妙な設定が付いていた。


悪い奴らを倒す為に集まった多数のレイダー(全て本物)が、

バラエティー番組の芸能人の如くちょっとしたゲームを行い、

そこで勝ち上がったレイダー達が、

最後に敵ボスのレイダーと特殊な剣を使って戦い、

ボスを倒せるかどうか、といった内容だった。


こういう類のショーといえば、

シナリオが決まっていてその通りに進むのが普通だが、

このショーはゲームの内容が完全ランダムで、

ここで全員が脱落すると最後の戦いは違う演目になるそうで、

時にはボスとタイマンだったり、

一対多数の一方的な戦いになる事もあるらしい。


この毎回内容と結末が変わるランダム性も受けてか、

パンフの宣伝文句を見る限り、

このパビリオン最大の目玉であり、一番人気とも。


これが昼の部と夜の部の二回やっていて、時間を見ると

先ほど昼の部が終わったばかりのようだった。


「これを見た客が、こっちにそのまま流れて来たのか…」


「ですね。確かにここの展示を見れば、

 動いている所を見たくなる気持ちは解ります」


テテはそう言いながら、側に展示してあるまだ名も無い

試作機レイダーを見上げた。


ノアの現地人ならレイダーなんて特に珍しくも無いのだが、

ここはリゾート地ゆえに、エデンからの観光客の方が多い。


彼らの目にはレイダーはとても物珍しく映るだろうし、

それにショーとはいえレイダー同士の戦いとなると、

現地人の興味も十分に惹けるだろう。


「しっかし、すげぇストーリーだよな。

 子供向けのショーなのか?

 悪の組織とかボスとか出て来る上に、

 レイダー同士で闘うとは…」


記録の上ではレイダー同士の戦闘行為は

何度かあったらしいが、

少なくともジグは経験した事が無い。


ナンシーと初めて会ったのがああいう状況でなければ、

もしかしたら戦闘になっていたかもしれないが。


一応レイダー同士で戦う訓練はしているが、

実機で行って壊す訳にはいかないので、

全てシミュレーション上での事である。


「まぁ巨大人型ロボと言えば、

 フィクションの世界じゃ戦う為の機械、戦争兵器ですからね。

 実際に巨大ロボ同士で戦う所を見たいという気持ち、

解らないでもないです」


「兵器ね…レイダーなんて、

 およそ兵器としては使えないんだがな」


「そう言えばなぜ使えないんでしょうか?

 あまり深く考えた事は無かったのですが、

 でっかい大砲や銃を持てるなら、普通に使えそうですよね?

 現に我々も、ジェスキン事件で悪い人達に対する

 絶対的な戦力として見込まれていましたし」


テテは大きなライフルでも構えているかのような

ポーズを取った。


「そうだな、火力の面だけを考えるならその通りだし、

 相手が犯罪組織程度で、拳銃や小銃位しか持っていないなら

 十分使えるが…


 火力・防御力・機動力、生産性や整備性に操作性、

 値段や運用コスト等、様々な面を高いレベルで実現してこそ

 優れた兵器と言えるが、

 レイダーは機動力と火力以外は壊滅的だ」


「へぇ…具体的にはどういう事で…?」


構えを解いたテテは、側のレイダーを見上げた。

足元から見ると巨大で威圧感が半端なく、

滅茶苦茶強そうに見える。

 

「具体的な話をすると長くなるから、

 興味があるなら調べてみればいい。

 幾らでもその手の話は出てくると思う」


「要するにレイダーってのは便利な機械だが、

 戦争に使うにはコストに見合った働きが期待出来ず、

 兵器として使えなくもないが、使うメリットより

 デメリットの方が遥かに大きい。


 だから軍では「ビルダー(建築者)」として、

 主に工兵隊や補給部隊で使われるに留まっている」


「なるほど…今度調べてみます」


「ま、そもそも今の世の中では、戦争自体が無くなったからな。

 わざわざレイダーを兵器にする必要も無い」


人類は一度地球の環境破壊によって滅びかけたのだが、

その際に言い方は悪いが、要するに[消毒]出来たのである。


宗教やイデオロギーの対立、過去の恨みをいつまでも引きずって、

報復に報復で返す終わりなき負の連鎖に、資源の奪い合い、

自分本位の環境破壊。


人口は激減してしまったが、それと同時にそういう負の遺産も消えた。


生き残った人々は新たな住処となったエデンで一丸となって協力し、

本当の意味での「人類皆、兄弟」が実現して、戦争は消えたのだ。


それでも何があるか解らないので軍備は必要、

という事で一応軍隊を作ったが、

今の所はエイリアンの襲撃でもない限り、

本格的な活躍の機会は無いとされている。 


「そうですね、願わくばこのままずっと

 重機としてあり続けたい所ですね。

 こうやって展示され、人々は呑気にそのグッズを買い求める…

 おや?」


「どうした?」


「すいません、仕事用の端末に何か連絡が届きました」


「何?」


関係各所は今ジグ達が休暇中であることは周知しているので、

よほどの事が無い限りは連絡は無いはずだった。


自然とジグは緊張した。

ダーク達の調査で何かトラブルがあったのかもしれない。


「はい、私です。え?今ですか?えっと…」


テテの口調から察するに、相手はどうやら市長らしいと

ジグは当たりを付けた。


最初は戸惑っていた感じだったテテだが、

やがてテンションが上がったような様子を見せ、

了解しましたジグさんと相談してみますと言って通話を切った。


テテのその様子から、深刻な問題が

起こった訳ではなさそうなので少し安心したが、

なら一体何だったのか?という疑問はある。


「どうした?市長からみたいだったが…」


「はいそうです。えっとですね…

 どこから説明したものか…」


「私たちが今いるこの博覧会は、ノアの街全てが協賛していて、

 当然リゲル市長も重要な協力者として

 名を連ねているとのことで、その市長が先程、

 このパビリオンの責任者から連絡を受けたそうです」


「ほう」


「なんでも、目玉のレイダーを使ったショーに

 出演するパイロットが急病で二人も倒れたらしく、

 とこかで代役を手配出来るツテが無いかと、

 藁にも縋る勢いで頼まれたのだとか」


「おいおい、まさか…?」


「はい!

 私達にその代役を頼めないかという事でした。

 こんな経験二度と出来るチャンスは無いですよ?

 ぜひやりましょう!」


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7話 終

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