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魔獣

「ワ、ワニ…なのか?」


ジグは当然ワニの事は知っている。

が、目の前にいるそれはあまりに大きすぎて、

ワニに似ている別の何かかと思うほどだった。


「す、すいません、接近に気づけてなくて…!」


ようやく声を出せたテテは、解り易い位にパニック寸前だった。


両肩の機関砲は弾切れだ。

替えの弾倉はあるが交換する時の動きで刺激してしまうかもしれない。


(それにしても、いつの間にどこから来た?!)


ワニは体が濡れていて、地面には這って来たと思える方向に濡れた跡が伸びており、

それを目で追うと大きな濁った水溜りがあった。


どうやらあの水溜りは見た目以上に深いらしく、そこから這い出て来た様だ。

この広いスペースはどうやら、このワニの為のものらしい。


だがどこか様子がおかしい事に気が付いた。

先ほど襲撃して来た動物達と違い、妙に落ち着いて見える。


いや、これが普通なのだ。

ワニはゆっくりと近づいては来ているが、

単なる好奇心で寄ってきているようにも思えた。


「こいつは…病気には罹ってないみたいだな」


ふう、と息を吐いて、ようやく体の力を抜くことが出来た。

さっきの動物達みたいなのでなければ、十分やり過ごす事が可能だ。


「そ、そうなんですか?滅茶苦茶怖いですけど…」


「動かなければ多分大丈夫だ。

 陽炎は金属の塊だから、じっとしてれば餌とは思うまいよ。

 だが念のためにキャノピーを黒くして姿を隠せ」


「え、あ、はい!」


テテは慌ててトイレのボタンを押して、キャノピーを黒くする。

が、それによってワニの姿も見えなくなり、それはそれで恐ろしかった。


「さて、どうする…?」


動かなければいいとは言ったものの、このままでは埒があかない。


ジグがどうするべきか考えていると、ワニの方が動いた。

先ほど殺した動物達の返り血でも嗅ぎつけたのか、

鼻先を陽炎に近づけて臭いを嗅ぎ始めたのだ。


(くっ!?先制攻撃を仕掛けるか?…いや)


ワニの動きに釣られて思わずそう考えてしまったジグだが、

思いとどまる。


どれ位そうしていただろうか、やがてワニは陽炎に

興味を失ったのか、ぷいと後ろを向いて

もと来た道を引き返し水の中に消えた。


「……ふー、

 何とかなったか……さすがに肝が冷えたな」


「肝が冷えた?そんなレベルじゃないですよぉ…

 漏らしそうになりました…」


テテは目に涙を溜めて震えていた。


どちらかと言えば命知らずといっていいテテだが、

生物としての本能に直接訴えかけてくる(捕食される)

恐怖というのは、ベクトルがまるで違う。

余程場慣れしていないと彼女の様になるのは当然で、

そもそも相手が大きすぎて迫力・威圧感が半端ないのだ。


「…そうか、トイレを使わずに済んだんなら全然余裕だな」


ジグは軽口を返しながら、機関砲のリロードを行った。

これで最悪、あのワニが襲ってきても何とかなるだろう。


「おーい!」


どこかに隠れていたレオが陽炎に向かって手を振っていた。

陽炎はそのレオに向かって手を上げた。


「良かった、大丈夫なんだな?」


レオが安堵の様子で胸を撫で下ろした。


「ああ、何とかな。そっちこそ無事で良かった」


レオは物陰から出て、陽炎の元へやってきた。


「すまん、あれがそっちに向かっていったのに気が付いてたんだが、

 知らせる為に声を掛けたらこっちに来そうだったんで、

 黙って見てるしか無かった…」


「いや、無理もない。

 人間の目線ならまさに怪獣だからな、黙っていたのは正解だ。

 それにしても…

 あいつもここの商品なのか?それともペットみたいな物なのか?

 これだけの空間を与えられ、餌代だって馬鹿にならないだろうに」


これを聞いたテテは、ペットから犬を連想した。


「もしくは番犬、ですかね?」


テテの「番犬」という言葉を聞いて、レオが呻いた。


「なっ!?

 番犬って…じゃあ何か、ここがこんな事になってなければ、

 俺達はあんなのをけしかけられたかもしれないっていうのか?!

 冗談じゃない!!」


勘弁して欲しいとばかりにレオは顔を覆って天を仰いだ。

そしてハッと何かに気づいた素振りを見せて言った。


「じゃあ、あいつが装甲車を…?」


レオがそう思ったのも無理はないが、ジグは否定した。


「いや、それは違う。

 あいつが出入りできるのはそこのデカい扉だけだろうが、

 そこは閉まっていたから奴の仕業じゃないだろう」


「では他に、まだ大きいのがいると…?」


テテが不安そうに聞く。


「いるんだろうな。何かは分からんが」


三人は思わず無言になってしまった。


「そういえば、なぜさっきのワニは病気になってなかったんでしょうか?

 肉食…ですよね?」


テテが疑問を口にしたが、ジグも同じ事を考えていた。

草食動物が居ない事もそうだったが、やはりこの辺りにヒントがあるのかもしれない。


「そんな事は今はどうでもいいだろう!早く隊長達を助けに行ってくれ!」


レオがこれまた最もな事を言った。


「そうしたいのは山々だが、彼らの位置が分らんことには、

 迂闊に壁も壊せない。この建物の中にいるのは確かか?」


「それは…あっ!?」


何か言おうとしたレオが、急に走り出した。


「隊長!無事でしたか!良かった!」


陽炎からでは位置が低くてよく見えなかったが、

レオが来たのと反対の通路、今は血濡れて穴だらけの通路から、

何人かの隊員と一人の白衣を着た男が姿を現した。


無事だったスコットはレオとハグを交わし、お前もな、と言って

もう一度改めてハグした。


「ギルとハンスは…?」


レオは足りない隊員の名前を口にしたが、

答えは聞くまでもなく分かっていた。


「お前と逸れた原因になった、あの襲撃で…」


スコットは残念そうに頭を振った。


「くそっ!!」


レオはスコットに背を向けて、下を向いて黙り込んでしまった。

仲のいい隊員だったのだろう。


スコットはその背中を無言で見つめた後、

陽炎に向き合った。


「先ほどの銃撃音を聞いて、音のする方に来たんだ。

 やっぱり君らだったんだな、助かった!礼を言う」


スコットは陽炎に向かって敬礼をした。

生き残っていた他の二人もそれに倣う。


陽炎もそれに対して敬礼を返した。


「礼には及ばない。部署は違えど同じ街の仲間じゃないか。

 こういう時の為にレイダーがあるんだからな。

 それはそうと、その男は?隊員じゃないようだが…?」


ジグは一人白衣を着ている男の事を聞いた。

ブローカー共の生き残り…には見えなかった。


「こいつはレオと逸れた後に、地下階で見つけたんだ。

 本人曰く、監禁されて動物に投与するなんたら剤を作らされていた、

 とか何とか言っているが、どうなんだかな。

 そのなんたら剤で、動物があんな風になったんじゃないかと俺は踏んでいる」


スコットは疑いの目を向けて、ぶっきらぼうに白衣の男の説明をした。


「成長促進剤、だ。

 その名の通り成長を促進するだけで、あんな風になるわけないし、

 なった事も無い!

 それに僕はあいつらの仲間じゃない、何度言ったら解るんだ!

 僕はただの獣医だ!!」


白衣の男は神経質そうに眼鏡を拭いて、また掛けなおした。


「確かにこいつのいた部屋は脱走防止の為なのか、

 扉も壁も頑丈に作られていて、いかにもな監禁部屋だった。

 だが、部屋に鍵がかかっていなかったのはどう説明するんだ?」


「それは…たまたまあいつらが僕を連れ出そうとして鍵を開けた時に、

 外にいた連中が動物に襲われたんだ。

 まだ部屋を出ていなかった僕は、慌てて扉を閉めてやり過ごしたんだ」


「そんな都合のいいタイミングなんてあるか?

 単にお前だけがなんとかあの部屋に逃げ込めた、ってだけじゃないのか?!」


「だってそうなんだから、そうとしか言えないだろ!!

 第一、あそこの鍵が開いてたおかげであんたらも助かったんじゃないか!」


「それは確かにそうだが、だからといってお前の疑いが晴れる訳じゃ無い」


スコットの話によると、監禁部屋の外には追ってきた猛獣がいて動けなかったが、

陽炎の銃撃音に誘われるように動物がいなくなったので、

チャンスとばかりに外に出てここまで逃げてきた、ということだった。


「今回の件は僕のせいじゃないと言ってるのに、なぜ聞いてくれないんだ!」


男は事件の犯人扱いされて随分ご立腹のようだったが、

彼が疑われるのも無理はないとジグは思った。


如何にもマッドサイエンティストっぽい風貌で、

スコットの言っていた様にこいつが怪しい薬品を使ったせいで、

動物がああなったと考えるのは短絡的だろうか?


この男のせいかどうかはともかく、色々と知ってそうではあるので、

彼から話を聞き、現状を把握し色々と対処しなければならない。


「あんたには聞きたい事が色々あるが、まずは一番聞きたい事を聞く」


ジグにそう言われた男は、また犯人扱いされると思ったのか、

ムッとした顔で陽炎を睨んだ。


「外で我々の装甲車が大破していたんだが、

 そんな事の出来そうな動物がここにいたか?そこにいるでかいワニ以外で、だ」


ジグは陽炎で先ほどワニが姿を消した水溜まりを差し、念を押した。


でかいワニと聞いて、レオ以外の隊員三人は狼狽したが、

白衣の男は意外と落ち着いていた。


「おい、でかいワニとはどういう事だ!?」


スコットは陽炎と白衣の男を交互に見て問うたが、

男はスコットを無視してジグに答えた。


「わからないとしか言えない。

 僕は連れてこられて、怪我や病気の動物を診させられていただけなんだ。

 ここの連中が揃えていた動物の全容なんて、知る訳がない」


「それでもあのワニの事は知っているんだな?」


ジグはわざと、如何にも疑いを掛けるような言い方をした。

感情的に揺さぶれば、何かぼろを出すかもしれないと思ったからだ。


そして当然、スコットも黙ってはいない。


「おい、さっきから言ってるワニとは何なんだ!本当にいるのか?!」


これにはジグが答えた。


「確かにいるがそのワニは凶暴化していない。

 こちらからわざわざ近づいて手を出したりしなければ大丈夫だ」


「大丈夫です、隊長。

 俺も見ましたが、デカいだけでこちらを積極的に襲ってくるような

 様子は無かったです。今はそれよりも…」


レオはそう言ってスコットを白衣の男から引き離し、

陽炎に向かってこっそりと手を振った。

スコットにジグの尋問の邪魔をさせないように気を利かせてくれたようだ。


ジグはレオに心の中で感謝し、白衣の男に改めて聞いた。


「あの大きなワニは何だ?なぜあんなにデカイんだ?」


「あれは特殊な個体だ。成長促進剤のテストの一環として、

 色んな種の胎児や卵の段階から薬剤を与えてみた所、

 あれだけが有り得ない成長率を示した」


「ここの連中はあれをどう扱っていたんだ?」


「知らないね。時々薬で寝かせて僕に診せていたけど、

 普通に可愛がっていたようにも見えた。

 見世物か広告塔にでもするつもりだったのかもしれない」


「なるほどな…

 では知っているだけでいいからここにいる動物を教えてくれ」


「…確か、ライオン、虎、オオカミ、蛇、ワニ、熊、それと…

 羊、山羊、兎…かな?」


男は指を折りながら記憶を辿り、動物の名前を口にした。

全部、地球産の動物だった。


「ノアの動物はいないのか?」


男は気を取り直して、居住まいを正した。


「この星の生きている動物は見たことはない」


「生きている動物?なら死体ならあったのか?」


「密猟者が時々ノアの動物を持ち込んでいたらしく、

 見たことも無い死体を検分させられた事が何度かあった」


「…生体は?」


「一度も無い」


「では、獣医としてのあんたの意見を聞きたい。

 今回の件、原因に心当たりはあるか?」


男は少し考えてから答えた。


「確証は無いが、大体の想像は付く。

 どうせここの連中が、外から未知種の死体か生体を持ち込んで、

 そこから広がった病気だろう。あんたもそう思っているんだろう?」


「………………」


ここまで話を聞いて、ジグは少し考え込んだ。


狂暴化した猛獣、密猟者が持ち込んだ未知の動物の死骸、

装甲車を破壊した巨大動物?

狂暴化していない巨大ワニと草食動物、及びここの人間達。怪しい獣医。


何と何が繋がっていて、どれが関係無いのか?

ある程度の推測は出来るが、あくまで推測に過ぎない。


そうして考えていると、レオとの話を済ませたスコットが口を挟んできた。


「そんな事よりも、早くここを退散するぞ!

 レイダーならば、あの程度の動物は問題あるまい?」


スコットの意見も最もだったが、ジグは否定した。


「いや、外には装甲車を破壊した大型の危険動物がいるようだ。 

 そいつが何なのか分からない限り、迂闊に動かない方がいい。 

 ここで救援のヘリを待とう。ここの屋上にでも降りて貰えばいい」


「だがさっき言ってたワニが襲ってきたらどうする?」


「それはさっきも言ったが、こちらから刺激しなければ大丈夫だ。

 一応見張っておいて、出てきたら距離を取って隠れればいい。

 ここは広くて隠れる場所ならいくらでもある」


「そんないい加減な…!」


「確かにいい加減だが、外へ出るよりはずっとマシだと思うぞ?

 確認はしていないが、他の建物の被害を見るに外にも猛獣が

 多数うろついているのは想像に難くない。

 

 やつらは全方向からどんな距離にいても

 こちらを見つけると襲ってくるから、それこそ俺達もカバーし切れん」


「むむ…」


彼もここの偵察をした際に獣の姿は確認していないが、

外の被害の様子は見ていたので反論出来なかった。

どうやらスコットは納得してくれたようで、黙り込んだ。


その時、この建物に何かがぶつかる音がして空気が震えた。


「!!!!!」


その場にいた全員に緊張が走る。


そして何度も何度も、同じ所を殴打したり引っ掻いたりする音と衝撃。

音からして単独の様だが、かなり大きい動物だと思われる。


「おい、本当にこの建物は大丈夫か?」


スコットが不安そうに呟いた。


「この音と衝撃の大きさ…恐らく装甲車を襲った奴だ。

 まずいな、このままでは壁が破られるかもしれん」


「どうするんだ?!」


「俺たちが外へ出て、奴を誘導してここから遠ざけよう。

 そして十分な距離を取ったら攻撃に転じて倒す」


「ここはどうするんだ?!」


「奴さえ引き離せば、他の動物ではここの壁は破れないだろう。

 なに、心配するな。

 この武器ならゴジラでも出てこない限りは簡単に倒せる」


そう言ってジグは、陽炎の肩に付けた機関砲を動かした。


「…分かった、気を付けて行け。 

 そいつは俺達の生命線でもあるからな」


陽炎はスコットにサムズアップをしてみせた。


「テテ、俺が相手をしている間、周りの警戒を頼む。

 敵が一匹という保証も無いからな」


「お任せを!」


陽炎は正面の大きな扉を、攻撃者に気取られぬように開けて

そっと外へ出た。そして建物の横へ回り込んで相手の姿を確認した。


体長は9~10m程だろうか?四足歩行で前足の肩あたりから一対の腕が

生えているので、六肢の動物だ。

肩の腕は太く長く、大きな爪が付いていて、その腕で建物の壁を叩いている。


体躯の割には細く長い尻尾が二本、その先には棘が生えていて、

体の各所は鋭くエッジが効いており、体色が黒っぽいことも相まって悪魔を髣髴とさせた。


そして何よりも目を引くのは、全身を覆った透明なゲル状の物質だった。


「間違いない、奴が装甲車を襲った犯人だな。

 それであのゼリーみたいな物質が付着していたのか…

 …それにしても奴は病気じゃないのか?今回の件とは無関係?」


 確かに恐ろしい容貌をしてはいるが、狂気のようなものは感じない。

 何か目的があって壁を叩いているのか、まだこちらには気づいていない様だ。


「ジグさん、あれは!?」


「!!」


テテに言われるまでもなく、ジグもすぐに気づいた。

黒い獣近くの路地や建物から、例の狂った様子の猛獣がゾロゾロと出てきた。

が、それらは全てノアの肉食動物だった。

ただ妙なことに、特に何をするでもなく黒い獣の周りをウロウロしている


「やはり外にもいたのか!

 しかし妙だな、なぜあいつは襲われないんだ?

 同じ病気じゃないんなら攻撃対象になると思うが…?」


「ジグさん!呑気に見てる場合じゃないですよ!」


「おっとそうだ、ゆっくり観察してる暇はないな」


陽炎はわざと大きな足音を立てて、建物の陰から姿を晒した。

すると当然、黒い獣を含め全てが陽炎の方を向いた。


ここで機関砲を撃ちたい衝動にかられたが、皆の建物が

近すぎるので駄目だ。まずは引き離す必要がある。


「おら、こっちだ!俺を食ってみろ!!」


スピーカーで声を流しながら、陽炎はフットローラーで

一気に後ろに走り出した。


すると獣たちはボールを追う犬のように、一斉に陽炎に向かって来た。

そしてその先頭にはあの黒い獣。

その様子はリーダーに率いられた群れを連想させた。


「あいつ…?襲われないどころか…仲間なのか?!」


「何だかボスっぽいですね!」


テテもほぼ同じ感想だった。


「ボス…か」


「あいつをやっつければ、感染した動物達はきっと元に戻りますよ!」


テテの冗談なのは解っていたが、

病気にボスとかそんな事はあり得ない、と言いかけたジグはその言葉を飲み込んだ。


「あり得ない」という言葉はこの星では禁句に等しいと、

常日頃からジグは思うようにしている。


地球やエデンでの常識だからといって、ノアでそれが通用するとは限らない。

何せ星、つまり土台からして違うので、何があるか分からないのだ。


とは言え、中年にもなるとどうしても思考が固くなりがちだ。


今見えている状況を一番解りやすく考えれば、テテの言う通り、

あのゼリー野郎は病気に罹った動物達のボスなのだろう。


陽炎は皆のいる建物から十分離れた所で、

放置してあったスクラップの山の陰に身を置き、

頭頂部のメインカメラだけを出して隠れた。


すると動物達は陽炎を見失ったようで、

走るのを止めて付近を徘徊しだした。


「ボスか……そうだな、それが一番しっくり来るな」


うろつく動物達を見ながらジグは呟いた。


「えっ?本当ですか?冗談だったんですけど…」


「あいつらは病気になった者同士は襲わないだろう?

 恐らく社会性昆虫の様に、ある種のフェロモンみたいな物で

 区別しているんだろうが、

 そのフェロモンの大元があのゼリー野郎で、だからあいつは襲われない


 つまりあのゼリー野郎が病気の宿主の様なものなのでは?という事だ」


そう言われたテテは、確かにそんな感じだと思ったが、

それよりも気になったことがあった。


「ぜ、ぜりー…もうちょっといい名前付けません?」


ジグの言う、妙に美味しそうな呼び名が気になった。


「そうか?ならお前に任せる、どう呼ぶ?」


「そうですね…ゲル状の肌だからゲルスキン?ゲスキン?

 いえ、ジェスキン、ですかね?」


「了解、あいつの事はジェスキンと呼称する。

 しかし装甲車を襲った後、今までどこで何をしていたんだ?」


テテはあの時の車の状態を思い出した。

きっとあの肩の副腕?の爪で引き裂いたであろう事は、容易に想像出来た。


「じゃあ、ジェスキンが病気の宿主?で、何らかの理由でここを

 手下の動物と一緒に襲撃、悪い人達は全滅した、と?」


ジグは暫く考え込んだ後、口を開いた。


「そうだな、ざっくり言えばそうなんだろうが、

 それでも一つ解らないことがある」


「というと?」


「スコット達はあのワニのいた建物内で動物に襲われていた。

 しかしあの建物は先程見た通り、外から破壊された形跡が無い事から、

 恐らくジェスキンはまだあの建物には手を出していない」


「いや、扉にあった爪跡とぬめりはジェスキンのものだろうから、

 侵入を試みたが失敗した、という所か。正面の扉は頑丈そうだったからな」


「となると、スコット達を襲い、俺達が殲滅したあの猛獣達はどこで感染した?

 普段は外で檻の中にいて、そこで襲撃して来たジェスキンと接触して感染し、

 あの建物内に侵入したのか?


 しかし扉どころか窓一つ壊れていなかった。

 つまりあの狂った動物達は、最初からあの建物内にいた動物だ」


獣医の男がいたということは、多分病棟として使っていたのだろう。

それならば、いろんな理由で様々な動物がいたのは自然な事だ。


「後考えられるのは空気感染?ですかね…あ、でもそれだと…」


「あのワニが感染してないのは妙だな。

 あそこは密室ではあっても、気密には程遠い状態だ。

 それに人間や草食動物もそうだ、空気感染なら罹るだろう」


陽炎の中にいた自分達は当然としても、隊員達の誰一人として発症していないのだ。


「え?でもジグさん、あれは肉食動物にしか罹らないって…?」


「あの時は不安を煽りたくなかったから肉食にしか罹らないと言ったが、

 熊は人間と同じ雑食性だ。それこそ何でも食うし、

 そもそも肉食動物だけに罹る空気感染の病気なんて、そんな事があるか?

 どうやったら細菌やウイルスがそんなことを区別出来る?」


この星ならばそういう病気があるかもしれないが、流石にその可能性は低いだろう。


「じゃあえっと…餌として与えてるお肉が汚染されていたとか、

 誰かが病原菌を仕込んだとか?

 それなら肉食だけがおかしくなりませんか?」


「餌か…確かにそれなら…いや、

 肉の汚染はちょっと苦しいかな?あれだけの数の動物に与える種類違いの肉が、

 すべて同時に汚染されていたとは考えにくい。

 

 誰かが餌に仕込んだのだとしたら、じゃあ誰がなぜそんな事をしたかだが…

 あの獣医か?監禁されてて、ここから逃げる為に騒ぎを起こしたとか?」


「あ、きっとそれですよ!」


「………いや、それも無理がある。

 あいつは餌係ではないだろうし、第一監禁されていた身で

 そんな病原菌をどうやって入手した?

 仮に入手出来てもそれを量産する設備も無いだろうし、

 それに自分はどうやって逃げるんだ?」


「ですね…現にあの人は逃げれなくて閉じこもっていたみたいですし…

 じゃあ…餌が原因ではない?」


「断定するのは危険だが、多分な。

 やはりあのジェスキンが宿主で、空気感染するウイルスか何かが

 飛散したと考えるのが一番自然で簡単な話なんだが…


 しかしそうなると、あの集団の中に人間や草食動物がいないのは妙だ。


 あのワニなら、たまたま水中にいて難を逃れたとか、

 体が大きすぎて症状が出ていないだけとか考えられるんだが…

 

 何があの猛獣達と、草食動物及び人間を分け隔てているんだ?

 知能?進化の度合い?性別?体毛の有無?」


ジグは色々と考えてみるが、どれもピンと来ない。


「強さ、ですかね?」


テテがぽつりと言った。

本人としては深く考えず、見たまんまの感想を言っただけだ。


「強さ?」


「だってほら、襲ってくるのは皆強そうなのばかりじゃないですか?」


テテの言葉に何か引っかかったのか、ジグは額を押さえて考え込んでいた。


「ま、無いですよね。それこそどうやってウイルスが

 強いのを見分けるんだ、って話になりますし」


「強さ…確かにそれなら…いやしかし……」


ジグはテテの話など聞こえていないかの様に、独り言を言っていた。

あと少しで何かが閃きそうで閃かず、もどかしい事この上なかった。


「ええい、くそ、解らん!」


「もうそういうのは後で考えましょうよ?

 今は予定通り、ジェスキンをやっつけることに集中するべきかと」


「…そうだな、その通りだ」


ジグは一度帽子を脱いでから、額に張り付いていた前髪をほぐして帽子を被り直し、

気持のスイッチを切り替えた。


「それにしても、あんなに固まって移動して、何をしてるんですかね?

 餌でも探してるんでしょうか?」


「狩り…ではないだろうな。自分達の存在を全く隠そうとしている素振りが無い。

 あれじゃ獲物に逃げて下さいと言ってるような物だ。

 俺には餌ではなく、他の何かを探しているような印象を受けるんだが…?」


時々立ち止まっては辺りを伺い、臭いを嗅いでいるようなそぶりを見せている。

その間は他の動物達も動きを止め、ジェスキンが歩き出すとその後に付いてまた動き出していた。


「む!?まずい…!あいつら皆のいる建物の方へ動き出した!?」


ここでグダグダ考えていた間に、陽炎を探すのを諦めたのだろうか、

来た道を戻り始めていた。


「やるぞ!」


「はい!」


陽炎は隠れていた所から派手に飛び出した。

するとまたしても一斉にこちらを向き、向かってくる動物達とジェスキン。


「よし、奴が先頭にいるぞ!このまま一気にカタを付けてやる!」


ジェスキンさえ倒せば後はどうとでもなる。

ジグは照準を合わせて引き金に手を掛けた。


未知の怪物、もっと観察したかったが状況がそれを許さない。

絶滅寸前の種で、こいつが最後の一頭とかでない事を祈りつつ、

ジグは引き金を引いた。


機関砲が火を噴いた。

陽炎とジェスキンの間にいた動物が何頭か

巻き添えを喰らって吹き飛んだが、弾は殆どがジェスキンに命中した。


だが…


「ば、ばかな!?」

「うそっ!?」


ジェスキンは吹っ飛ぶどころか少し体勢を崩しただけで、

大したダメージを受けていない様子だった。


「当たった…筈だ!?」


ジグは慌ててカメラをズームし、ジェスキンの姿を確認する。

表皮を覆うゼラチン物質には幾つもの穿孔があり、確かに弾は当たっている。


よく見ると血液と思しき黒色の液体が、その穿孔から滴っていたが、

せいぜい鼻血程度で大したダメージではない様だ。


この距離で35mm機関砲を喰らってあの程度で済むとは考えられない。

戦車ならまだしも、生物がこれに耐えるとはにわかには信じられなかった。


そしてジグはここで、呆然としてしまうというミスを犯してしまった。


「早く離れて下さい!他の動物達が…!!」


テテの声で我に返ったジグは、慌てて下がりながら

迫りくる動物達に向けて発砲した。

何体かは倒せたが、根本的に反応が遅かった。


群がって来たノアの肉食動物達は、ジェスキンやダイノアの様な大型種ではないが

数が多い為、それらに群がられては流石の陽炎も引き倒され、

尻餅を着いた状態で動きを封じられてしまった。


噛みつきや引っ掻きは、陽炎の重装甲のおかげで殆どダメージには

ならないが、動けないのでは詰んだも同然だ。


「くそっ、しくじった!」


ジグは己を呪った。


ジェスキンが先頭にいた事で、もう勝ったつもりでいたのだ。

この武器が通じない可能性を考えておくべきだった、

あり得ない事が起こるのがこの惑星、

いつもそう思うようにしていたのにこの体たらく。


しかも自分が死ぬだけなら自業自得だが、

テテを巻き添えにするとは最悪もいい所だ。

油断した、では済まされない。

せめてレオ達が何とか生き延びてくれる事を祈った。


「すまん、俺の責任だ…」


ゆっくりとジェスキンがこちらに近づいて来ているのが見えた。

あの大きな爪を何度も食らえば、いかに陽炎といえど耐えきれるとは思えない。


「何諦めてるんですか!!!」


「…う」


「ジェスキンは警戒してすぐには近づいてこないと思います!

 まだ時間はあります、何か手を考えましょう!

 最後の瞬間まで、絶対諦めたらダメです!」


「…………」


「……すまん、弱気になってたな」


ジグはぶるぶると頭を振り、自分の頬を張ってニヤリと笑った。


とは言ったものの、そう簡単には行きそうになかった。

陽炎はせいぜい体をばたつかせるのが精いっぱいで、

肩の機関砲も近すぎて射角の外だ。


「何かこう、内蔵式の武器とか無いんですか?」


「すまん、こいつには内蔵式の武器は無い」


「じゃあ…他に何か無いですか?!付けたけど使わないまま忘れていた武器とか!」


「忘れてたって…そんな、ポケットに入れたままで忘れてた

 金が出てくるみたいな事…あ!」


ジグはすっかり忘れていた事を思い出した。


「あるんですか!?」


「出発する時に、ここに持ち込んだ拳銃があった!」


ジグは座席の足元に置いていたケースを取り出し、蓋を開けた。

中には自動式拳銃二丁が入っていたので取り出した。


「しかしこれでは…どうにもならんか」


手にした拳銃はあまりに頼りなく、これでは取り巻きの動物を

一頭倒せるかどうかも怪しい。


「ほら、お前の分もある。持っていろ」


ジグは隔壁を開き、テテに向かって腕を伸ばして拳銃を渡した。

最後の最後、自殺するのに使えとは言わなかったが。


「お、もう一つケースがあるな…?何持って来てたんだっけ?」


自分でも何を持って来たのか忘れていた。

思い出そうとはせずにすぐケースを開けた。


中には手のひらサイズの小さな黒い箱と球が二個ずつ、

合計四つが固めのスポンジに保護されて入っていた。

対人用スタングレネードだった。


「スタングレネード…」


そう言えば今回は人間相手という事で、持って来ていたんだった。

実際は人間なんていなくなっていた訳だが。


「それって何ですか?」


テテが隔壁の隙間を覗き込みながら聞いてきた。


「こいつは対人用制圧兵器で、閃光と音で対象の自由を一時的に奪う。

 ま、盛大な目眩らましって所だ…待てよ?!」


二人は同時に思い付いた。


「それって使えません!?ピカッとやって動物を怯ませれば、

 その隙に振り切ってここから離脱出来るかもしれません!」


「だな!…いや、しかし…これを外に投げるには、

 ハッチかキャノピーを開けるしかない」


胸部ハッチは現在、動物達によって完全に塞がれているので、物理的に無理だ。


しかしキャノピー周りなら、動物はいるが完全に塞がれてる訳ではない。

隙を見て開けて、素早く投擢すればいけるかもしれない。

しかし…


「だめだ、危険すぎる」


ジグは頭を振った。


「危険って…このままだと助かる可能性はほぼ無いんですよ?!

 なら賭けましょうよ!私、できます!それをこっちに渡して下さい!」


「……いや、そっちに行って俺がやる。

 お前はこっちでキャノピーを開けてくれ」


「もう!そんな時間はありませんよ!!早く!」


確かに、狭い隙間を潜ってお互いの体を入れ替えてる間にも、

ジェスキンの攻撃が始まるかもしれない。

ジグは断腸の思いでケースをテテに渡した。


「箱の方は付いているピンを抜き取ると10秒後に炸裂し、

 丸い方は、スイッチを入れた状態で衝撃を受けると炸裂する。

 それぞれ二個ずつあるから、まずは丸いのにスイッチを入れておき、

 箱のピンを抜いて外に投げ、その後すぐに丸いのを投げろ。

 なるべく散らばるようにな」


動物の数を考えると、一個では足りないかもしれない。

最低でも左右方向に一個ずつは投げたい。

可能なら正面にも。ジグはその旨をテテに伝えた。


「任せて下さい!では、合図したらキャノピーを開けて下さい!」


「解った。ここから投げ終わったのを確認したら、すぐ閉める。

 ……気を付けろよ?」


ジグはテテが投擢しやすいように、陽炎の上体を可能な限り起こした。


テテは早速球タイプの方のスイッチを入れ、衝撃を与えぬよう気を付けて

スーツの左右ポケットに一つづつ入れた。


後は左手に箱タイプを二つ纏めて持ち、右手で二つのピンに指をかけた。


そして外をじっと見てジェスキンが寄ってくるタイミングを計る。

やがて黒い邪悪な姿が視界に入ってきた。


今がチャンス。

狂暴化していて、いきなり襲ってくる周りの動物達と違い、

ジェスキンは普通に用心深いようだ。


キャノピーを開けて自分が姿を見せても、急に攻撃はしてこないだろう。


犬や猫だって、見慣れない物を見つけてもまず様子見をして、

すぐに手を出したりはしないからだ。


そこに付け入る隙がある。


「今です!」


合図でジグはキャノピーを開け、自らが閃光を受けぬようモニターも切った。


そして予想通り、ジェスキンは急に現れたテテを見て、

首を傾げるような動作で様子を見ている。


それを確認したテテは素早く立ち上がり、

目の前に来ていたジェスキンの顔を見据えて叫んだ。


「えーーーい!!」


テテはピンを一気に引き抜き、箱タイプを左右へ同時に投げた。

次にスーツの左右ポケットに両手を入れて、球状タイプを取り出したのだが、

焦って左手に持っていた物を取り落としてしまった。


だが今のテテには、落とした物に気を回せるほどの余裕は無く、

そのまま右手の物を気合一閃、思い切り上に放り投げた。


「てぇぇーーーい!!」


ジェスキンはまるで犬か猫の様に、投げられたグレネードを律儀に目で追った。

それの真似をするかのように、周りの動物も同じく目で追う。


投げた後、テテはすぐにしゃがんで落とした方を見つけた。

幸い、足元に敷かれていた敷物のおかげか、その程度の衝撃では作動しないのか、

不発に終わってくれた様だ。


テテが一度しゃがんだのを下から見ていたジグは、

投げ終わったと判断してキャノピーを閉めた。


「伏せろ!!」


言われなくてもテテは落としたグレネードを手にしながら、

伏せて目を瞑っていた。


次の瞬間、辺り一帯を閃光と衝撃音が包んだ。


視覚も聴覚も人間より優れている動物達には効果抜群で、

ジェスキン共々うめき声や咆哮を上げ、次々ともんどりうって倒れていった。


「よし、今だ!」


ジグは素早く陽炎を立たせ、ジャンプしてその場を離れた。

この隙に殲滅出来そうだったが、既に何体かが起き上がろうとしている上に

残弾数も少なく、あまり欲張るとまた囲まれてしまうので

ここは早々に離脱する事にして、着地した陽炎をフットローラーで走らせた。


「やった成功だ!頑張ったな、テテ!」


「は、はひぃ…キンチョーしたぁ!」


「機体に異常は無いか?」


「えっと…大丈夫です、あちこち齧られたみたいですが、

 動作に支障は無いと思います」


「で、どうだ?あいつらは付いて来てるか?」


「えっと…復活した順に来てますね。各個撃破には丁度いい感じです。

 またさっきみたいにならないように、まずは取り巻きを減らしましょう!」


「了解だ!」


ジグは陽炎を走らせながら機関砲を後ろへ向け、追ってきている取り巻きを撃ち、

その数を着実に減らしていく。


ここでテテは手に持ったままだった、スイッチの入ったグレネードに気が付いた。


「あ、あのこれ、投げそこなってしまって…

 どうします?どうやって解除するんですか?」


隙間から手を出して、ジグにグレネードを見せて聞いた。


「俺も知らん!危ないからキャノピーを開けて捨てておけ!」


「ええーー!!」


前へ走りながら後ろに気を配って攻撃をしているジグから、

ぞんざいな答えが返ってきた。


テテは一応言われた通りに捨てるつもりで、

キャノピーを開けようとした。


が、捨てるのも勿体ないというか、また使う機会があるかもと思いなおし、

すぐに使えるように、身近にある柔らかい物で保護…ということで、

自分の胸の谷間に突っ込んで、キャノピーを閉めた。


危険極まりない行為だが、テテはスタングレネードの事を良く知らず、

非殺傷武器なら大丈夫だろうと思ったのだ。


「そうだ、肝心の奴は付いて来てるのか?」


ジェスキンを引き付けない事には意味がない。

テテは目を凝らして確認する。


「えっと…あれ?まずいです、来てません!!」


追いすがってくる動物の中に姿が無かった。


「何だと?!どこにいる?!」


ジグは慌てて陽炎の足を止め、追いすがって来ていた

名も知らぬノアの動物を撃ち、その間にテテは素早く目線を動かした。


「ちょっと待って下さい…あ、皆のいる所に!?」


こちらを追うのは諦めてあの建物を目指したということなのか、

何かあそこにはっきりとした目的があるのか、と気になったが

そんな事をゆっくりと考えてる暇は無い。


「くそっ!!引き返すぞ!」


「でも、動物達を連れて行く事になります!」


テテの言う通り、まだ沢山の動物がこちらに向かって来ている。

ジャンプなり迂回なりすればやり過ごせるかもしれないが、

動物達を無視して戻ると、最悪ジェスキンとの

挟み撃ちの形を自ら作り出す事になってしまう。


かといって殲滅するには弾薬が心もとないし、近接戦闘では時間がかかりすぎる。

一刻も早く戻らねばならないのだ。


「まだ壁は持っているみたいですが、

 壊されるのは時間の問題かと!」


ジェスキンは正面の大扉は無理だと理解しているのか、

さっきと同じように大扉以外の部分を壊そうとしているようだった。


こうなったらありったけの弾をばら撒いて、動物を減らせるだけ減らした上で、

間に合う事を祈って残りを格闘で捌くしかない、ジグがそう決めた時だった。


いきなり陽炎の後方から、オレンジ色に輝く紅蓮の炎が伸びて来たかと思うと、

近くまで来ていた動物が数匹、纏めて火だるまになった。


「なっ?!」

「きゃっ!!」


火焔の伸びて来た方向を見ると、そこには見覚えの無いレイダーが立っていた。

テテも動物達に気を取られていて、接近に気が付かなかった。


ずんぐりとした体形に大きな腕、その先に付いたこれまた大きな三本の爪。

全体的に曲線で構成された装甲形状は、見る人によっては甲虫を連想させる。


「ラ、ラボータ!?」


ラボータは陽炎より前に開発に着手されたが、技術的な問題で遅れに遅れ、

結局完成したのは陽炎よりも後になったレイダーで、陽炎と同世代の旧型機だ。

性能的には陽炎よりも劣るが安価なのでそれなりに作られた。


最大の特徴は前腕部をオプション化した事で、様々なアタッチメントが存在する。

だが前腕部ごと取り替えたりせずとも、道具の持ち替えで済んでしまう事から

強力だが使い勝手は今一つとされ、現在では稼働している機体は多くない。


大きな爪の付いたアタッチメントの掌に開いた穴から、

揺らめく炎と熱気が見て取れた。

火炎放射機を仕込んである様だ。


「救援か?!いや、レイダーが来るとは聞いていないが…?」


まさかとは思ったが、ここの連中がレイダーを運用しており、

連中としてもこの事態を打破すべく、陽炎に協力したとも考えられた。

ジグはスピーカーで直接問うた。

  

「礼を言うが、どこの所属だ!?なぜここにいる!?」


だがラボータはその問いに答えず、

陽炎を無視して動物の駆除に専念していた。


「仲間が危ないんです!ここを頼めますか?」


今度はテテが呼びかけた。

すると相手は一瞬動きを止め、メインカメラをこちらに向けた。


急に声が女に変わった事に戸惑っているようにも見えたが、

ラボータは片腕を上げて敬礼のような仕草を見せて、駆除を再開した。


「…行けという事か?」


信用して良いものか迷ったが、とりあえずこちらに敵意は無い様だ。

ジグは直ぐにその場を離れ、ジェスキンの所へ急いだ。


「ありがとう!」


相手に届いたかどうかは分からないが、

去り際にテテは礼を言った。


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あの場をラボータに任せた陽炎は、皆の元に向った。

ジャンプしたほうが早いが、跳ぶとまだどこかにいるかもしれない

動物の注意を引きかねないので、ここは道沿いにローラーで走った。


「あ、今、壁が崩されました!」


「くそっ、間に合うか?」


まだ少し距離があったが、カメラをズームしてジェスキンの姿を捉えた。

建物の一角を崩したばかりの様で、砂埃を上げながら崩れ落ちる瓦礫が確認出来た。


「よし、奴が崩したのは反対側だ!あそこなら誰もいない!」


その時、崩れた建物の中から一匹の虎が出て来た。

どこかに閉じ込められていたのかもしれないが、

例に漏れず病気に罹っている様子だった。


「まだ残っていたのか!?……ん!?」


ジグは己の目を疑った。

その虎は、目の前にいたジェスキンに牙を剥いて飛びかかったのだ。


だが体格差がありすぎる。

当然の如く返り討ちに遭い、あっさりと殺された。


「何だ?どういう事だ?なぜあの虎はジェスキンに襲い掛かった?!」


ここに来てまた解らない事が出て来た。

フェロモン?が効かない個体も存在する様だ。


「反乱?ですかね?それとも所属が違うとか…」


テテはジグの独り言に対して、単なる印象と思い付きを口にした。


「所属?」


「いえ、あの動物達ですが、私ずっと軍隊を連想してたんですよ。

 指揮官がジェスキン、他は兵隊、みたいな」


「指揮官…兵隊……あ!!」


テテの言葉を反芻していたジグは、ここである考えに至った。

謎が一つ解けたかもしれないが、それは最悪の事実を裏付ける事になる。


「どうしました?何か気づいたんですか?」


「テテ」


「はい、何でしょう?」


「ジェスキンは…もう一体いるかもしれない」


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4話 終










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