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初任務

彼は腹を空かせていた。

いや、もう餓死寸前だったといってもいい。


見知らぬ土地で食べ慣れた獲物も見つからず、

生意気なチビにやられた目の傷も痛む。


幸い視力は戻りつつあったが、ここしばらくは漸く見つけたと思った

獲物との距離感が掴めず、逃がしてしまうばかり。


イラつく。気が立つ。

王者である筈の自分がなぜこんな目に遭うのか?

誰かが食べ残したのであろう、骨と僅かな皮だけの残飯で何とか

生き延びているのは屈辱だった。


だが背に腹は代えられぬ。

今日も今日とて、鼻を効かせて残飯を探す。


そこでふと、知らない臭いを嗅いだ。

それと同時に血の臭いも。


彼は一気に興奮した。

誰が狩ったのかは知らないが、横取りさせてもらう!


衰弱していたが、この空腹を満たせるという思いは体に力を与え、

とても餓死寸前とは思えぬ勢いで彼を走らせた。


衰弱した体に鞭打ち、急いで臭いを辿って現場に来た彼が遭遇した物は…

大きな動物の死骸と、姿は見えないが臭いで解る、明らかにそこにいる何かだった。

その何かが目の前の動物を狩ったらしい。


よく分からない相手だが、自分が負けるとは思えない。

彼は威嚇の声を発して近寄っていく。


すると思惑通り、その見知らぬ臭いの存在は離れていった。


そう、それが賢明な判断だ。

命拾いをしたな。


こうして彼、ダイノアは久しぶりに、

空腹とプライドを存分に満たすことが出来たのである。



---------------------------------------------------------------------------



地球型第二惑星ノア。


この星は環境破壊によって住めなくなった地球を捨てた人類が、

外宇宙で発見して新たに移り住んだ二番目の星。


一番目の星はエデンといい、そちらはかつての地球同様に

既に人類が支配している。

だがこのノアではまだまだ未踏地が多く、現在開拓の真っ最中だ。


現在そのノアに、ルグレイという開拓中の街がある。

そこから程よく離れたよくある山間の谷間。


左右には切り立った高い崖があり、

丁度大きな道を囲う壁の様になっている。


その崖の下の谷間に三体の鋼の巨人が武装して佇んでいた。


「こちら第三部隊、陽炎かげろう不知火しらぬい

 現地に着いた。指示を」


陽炎、不知火というのはそれら巨人の名だ。

これらは惑星開拓の為に作られたレイダー(侵略者)

と呼ばれる大きな二足歩行ロボットで、全高は10メートル前後。


やや間を置いて、僅かな雑音交じりの返信が来た。


「その場で待機し、合図が見えたら攻撃準備を。

 それから数分後にそちらに目標の一部が向かうと思われるので、

 姿を確認したら一斉攻撃だ。一頭も逃がすなよ?」


「了解した。

 あまりこちらに逃げて来ないことを祈る」


「相変わらずだな、ジグ。

 言うまでもないが、同情なんてして逃がすなよ?

 一頭でも逃がしてしまったら…」


「解っているさ、ここで合図を待つ」


そう言って俺は、作戦指揮所からの無線を待機モードにした。


俺の乗っている、一番大きくて頭部と顔の無いレイダー

「陽炎」が手を振ると、二機の不知火はその場で姿勢を低くし、

屈み込むような形で落ち着いた。


続いて俺も陽炎に同じ姿勢を取らせる。

後は10時の方向に、照明弾が上がるのを待つばかりだ。

仕方のない事とはいえ、やはりどうにも気が重い。


これから行う作戦とは、動物の群れの排除だ。

カルトロスという4本の角を持つ草食恐竜型の生物で、

草食だが気性が荒く、迂闊に近寄ると強烈な突進を食らう羽目になる。


全長は5~7m、体重約7トン。

その巨体の割には俊敏で、体当たりなどまともに食らおう物なら、

レイダーでも危ない。

強靭な足のひづめと、短いが頭部の4本角も脅威だ。


「あなた、やる気無いの?」


ライトグリーンに塗装された不知火のパイロット、

ミドリから通信が入った。


今回の作戦に当たり、他の街から顔なじみのレイダライダを

何人か助っ人に呼んだが、その内の一人だ。

近接戦闘のエキスパートで、こういう時には頼りになる。


長身で日焼けした浅黒い肌に長い黒髪の美人だが、

無口で捉え所が無く、ジグは少し苦手な相手だった。


「確かにいい気分はしないが、これも仕事と割り切ってる。

 もう慣れっこだ」


俺は動物学者だった亡き父親の影響で動物が好きだ。

なので出来れば殺さずに済ませたい所だが、

今回はそういう訳にはいかない事情がある。


「こんな事聞くのも何ですけど、

 どうしてレイダライダに?

 動物を殺すのが嫌なら、この仕事は辛いんじゃないですか?」


もう一人の助っ人、アオイからやや耳の痛い質問が来た。

ライトブルーに塗装された不知火のパイロットで、

ミドリとは双子の姉弟だ。


姉とは逆に射撃戦のエキスパートで、黒髪で切り揃えたボブカットと

整った顔立ちのせいで、俺は最初女性かと思った。


声を聞いて男だと分かったが、黙っていたら10人中9人は

女性だと思って疑わないだろう。

身長も姉と同じなのがそれを助長していた。


姉と違い社交的な性格なので、自然と俺はアオイとやり取りする事が多い。


「確かに動物を殺すのは不本意だ。が、

 それ以上に俺はレイダーが好きなんだ。

 あんたらには言って無かったっけ?」


「初耳ですね。姉さんはどう?」


「知らん」


「そういうあんたらはどうなんだ?」


この二人とは何回か共に仕事をしたが、なぜこの仕事を選んだのかは

まだ聞いたことが無かった…はずだ。


…そういえばあいつはなぜレイダー…いや、セイバーか。

レスキューになろうと思ったんだろうな。


「はは、僕は小さかった頃から姉の金魚の糞でしたから、

 自然と付いてっただけです。ろくでもない理由でしょう?」


それは薄々感じていた。

こいつはシスコンなのではないか?と。


「ろくでもないという意味でなら俺と変わらんな」


「いやいや、マクバインさんの方がずっとマトモかと。

 で、姉さんは確か…」


「…忘れた」


「だそうです、すいません」


などと無駄口を叩いていると、待っていた合図が上がった。作戦開始だ。

一応俺がリーダーという事になっているので号令をかける。


「いくぞ、お喋りは終わりだ!気を抜くな!」


「はい!」


「了解」


手筈通りにミドリは前方へ出て、

アオイは崖の上を目指して跳んだ。


俺は陽炎を立たせ、目標がやって来るであろう方角に

カメラを向けてズームする。


「来たぞ!一頭たりとも逃がすなよ!」


配置に付き、各々武器を構えて

目標を待ち構えた。


「ミドリ、あまり突出するなよカバーしきれんぞ?」


この作戦は計9機のレイダーで事に当たっているが、

群れの規模を考えると十分とはいえない。

本当はもっと多数のレイダーを用意したい所だが、

うちの街にも台所事情という物がある。


すでに射程内だが、この谷間に入る前に撃って、

早々に散り散りになられても困る。まだ引き付ける必要があった。


「……よし、今から5秒後に攻撃!

 5,4,3,2,1…撃て!」


それぞれが装備している火器が火を噴いた。


俺はレイダー用のグレネード付きアサルトライフル、

ミドリの不知火は胸部に内蔵されたガトリングガン。

アオイの不知火はロングレンジのスナイパーライフル。


どれも歩兵が持つような単純な実弾兵器だが、レイダーに合わせたサイズなので、

その威力は対戦車ライフルや戦車砲並みだ。

辺り一面に大きな発砲音が鳴り響き、震えた空気が鼓膜を打つ。


如何にカルトロスの皮膚が硬くても、到底これらを防ぐことは出来ない。

食らった個体から順に絶命してゆく。


見た所、とにかく逃げに徹するのが7割、反撃してくるのが3割といった所か?

いかに気性の荒いカルトロスでも、こんな状況では逃げる方が多い様だ。


「ミドリ!向かってくるのを全部任せられるか!?」


「了解…!」


ミドリの不知火は腰に差していた二本の長剣を抜き放ち、二刀流になると

向かってくる一頭に突っ込み、相手の突進を躱しながら

その首を落とした。相変わらずいい腕だ。


彼女の不知火は装甲を落として機動性を高めているので、

もしあの突進を食らえば只では済まないが、

ミドリは萎縮することなく立ち回っている。


混乱状態にある群れの中から、さらに何頭かが不知火に向かうが、

全ていなし躱され、切り伏せられた。


その間に俺とアオイは逃げる個体を狙う。

俺は主にすり抜けようとするもの、アオイは引き返そうとする

ものを主に排除していく。


お互いに弾数を把握していて、同時に弾切れを起こさない様に

発砲を調整しながら、絶え間なく攻撃を加えた。


「ミドリ、そっちは大丈夫か?」


「楽しくなって来た所!」


殺戮を繰り返し感情がハイになっているみたいで、

いつもより高く妖艶な声で嬉しそうに言う。

…頼りになるが危ない奴だ。


その後も問題も無く排除は進み、

間もなく視界に動くものは無くなり、

辺りは静寂に包まれた。


「よし、状況終了」


俺は作戦指揮所に無線を繋げた。


「こちら第三部隊、視界に目標の姿無し。そちらはどうだ?」


「ご苦労さん、こちらも問題無しだ。

 今から送るポイントに死骸を集めてくれ。

 纏めて焼却する。その後は各自持ち場の消毒を行ってくれ」


「了解、では後で」


無線を切り、俺は大きなため息を一つ吐いた。

これは戦闘とも呼べない、単なる虐殺だ。

なぜこんな事になってしまったのか?


だがその答えはとっくに出ている。

我々がこの星に来てしまったからだ。


人間がエデンから持ち込んでしまったウイルスによって、

群れの一つに致死率の高い伝染病が蔓延している事が判明した。


カルトロスは繁殖期になると全ての群れが集まり、一大コロニーを形成して

子育てをするので、そうなる前に問題の群れを

可及的速やかに排除する必要があったのだ。


幸いそのウイルス自体、この一帯の他の生物には

これといった悪影響が無かったのは、不幸中の幸いだった。


「どうしたんですか?向こうの指示は?

 もしかしてどこかやられたとか?」


俺が物思いに耽っていると、アオイが声をかけてきた。


「ちょっと考え事をな…

 よし、ここを片付けて全ての死骸を集合場所へ運ぶ。

 そこで纏めて焼却、その後はここの消毒だ」


俺は二人に先程受け取った座標を送った。

ここからそんなに遠くない。


「面倒…ほっといても他の動物が片付けてくれるのに」


ミドリが剣についた血を払いながら、合流して来た。


「いやいや姉さん、

 どんな経由で感染するかもしれないんだから、

 念のために、ね?」


「…只の愚痴よ。

 一体誰がそんなウイルス持ち込んだんだか。

 死ねばいいのに」


「それはこれから色んな先生達が調べる事だな。

 まだはっきりとした感染経路は解っていないし、

また連中の子守をやらされるかもな?」


まだまだ未知で未踏の部分が多いこの星には、

沢山の学者達がエデンからやって来る。


今回の件も彼らが発見したもので、

そんな彼らの調査に同行し、護衛をするのも

俺達レイダライダの仕事の一つなのだ。


「…あの仕事暇だから嫌い」


「それは同感だが、護衛が暇なのは良い事なんだからな。

 ほら、無駄口叩いてないでやるぞ?」


「はーい」


「ふん…」


二人の返事にはやる気が微塵も感じられなかったが、

理由は違えどその点は俺も同じだった。


-------------------------------------------------------------------


テテがエデンに帰ってから、およそ一年が経過しようとしていた。


彼女が出発する際にジグは、星間通信は費用がかかるから特に進捗は

知らせなくてもいいと言い、テテもそれに従ったので

あれからどうなったのか、一切の情報が無かった。


ジグとしても印象深い出来事だったし優秀な人材ではあったが、

あっちで上手いことやれているのなら、それはそれで良いことだ。


そんな折、休暇日にリゲルから呼び出しがあった。

件のウサギの件で進展があったのでお前にも協力して欲しい、

説明するから会いに来い、との事だった。


わざわざ市長直々に、指令を口頭で説明する必要など皆無なのだが、

リゲルは何かと暇を見つけてはジグに絡んでくるので、

別段珍しいことでもない。


「失礼します」


いつぞやの様に先に扉を開けられることも無く、

ジグはリゲルの執務室へ入室した。


「おう、よく来たな。

 休みの所悪かったが、俺のスケジュールの都合でな」


ジグが入室するとリゲルは立ち上がり、ジグに来客用ソファを

薦めつつ自分も座る、といういつもの動きをみせたが、

いつもと違い秘書と思われる女性を連れていた。


ボディラインの出る深紅のスーツを着ており、

黒いブラウスに包まれた胸は大きく張り出していて、

タイトスカートの丈も短く黒髪を結って後ろで纏め、

眼鏡を掛けて手にはフォルダを持っている。


如何にもセクシー秘書といった恰好で、チンピラにしか見えないリゲルとの

組み合わせは、失礼ながらAV(アダルトビデオ)の様だとジグは思った。


「…珍しいですね、市長が秘書を連れているとは。

 以前、いちいち口うるさいから嫌だとか言って

 解雇してませんでした?」


「おう、まぁ俺も色々考えが変わってよ」


「よろしくお願いしますわ、ジグさんですね?

 リゲル市長から話は聞いております。

 私メアリー・カーと申します。以後お見知りおきを」


メアリーと名乗った秘書は恭しく頭を下げる。

その際に胸の谷間が嫌でも目に付いた。


「あ、ああ、どうも。

 こちらこそよろしく」


二人は握手を交わす。

えらく小さい手だった。


「では早速ですが、私から今回の件、説明いたしますわね」


そう言って、手にしていたフォルダを

胸の前に掲げたメアリーはジグの隣に座り、

フォルダの中身を応接セットのテーブル上に広げ、概要の説明を始める。


「あのウサギの件があってから約一年、警察に調査部が設立され、

 独自の捜査を行っていました所、ようやくその尻尾を掴む事に成功いたしました」


「そして先日、とうとうアジトを突き止めました。

 連中は遺棄された違法鉱山採掘施設を利用していたようです」


ノアに入植が始まった当時、まだ法整備が整っていないのを良い事に、

強欲なエデンの企業達が一攫千金を狙ってやってきて、

まだ誰の物でもない土地だからと勝手に鉱物資源を採掘していた。


そんな採掘施設(中には町と言っていい規模の物も存在した)が

何か所も存在していた時期があったのだ。


当然これらはやがて摘発されたが施設はそのままになっており、

今回の連中はそこを根城にしているわけだ。


そんな内容の説明を、メアリーは資料の地図に指を這わせて説明する。

彼女が腕を動かす度に豊満な胸が揺れて、ブラウスのボタンが弾け飛びそうだ。


さっきから距離が近くていい匂いもするし、

短いスカートは太ももが露わで、

ジグは非常に目のやり場に困っていた。

正直、彼女の説明は半分も頭に入ってこない。


「…特殊部隊による突入制圧が計画されています。

 あなたのレイダーにはその時の護衛をお願いします」


「護衛…?

 それはいくら何でも大げさというか、オーバーキルというか

 たかが犯罪組織、装甲車一台で事足りると思うのですが…?

 まさか向こうが戦車を出してくるとも思えませんし」


「…そうですね、付いて行っても恐らく出番はありません。

 後方で万が一に備えているだけで終わると思います」


「それが分かっていてなぜ?」


「それはですね…ワタクシの初仕事として丁度良い塩梅だからです」


「あなたの…?」


「そう、私が付きっきりでお世話して差し上げますワ」


メアリーはそう言うと眼鏡を外し胸のポケットに押し込み、

わざとらしく脚を組んだ。


「?????」


ジグは混乱した。

何かがおかしい。


「混乱されてますわね?

 無理もありませんわ、わたくしに迫られて

 冷静でいられる殿方なんておりませんもの」


メアリーはジグの腕に縋りついて胸を押し付け、

さらに顔を近づけてきた。

まるでキスをするような勢いで、

そのスカイブルーの瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥る。


慌てて体を引剥がし、リゲルに

この女は一体なんなんですかと問おうとしたが、

彼は下を向いて片手で口元を抑えながら、肩を震わせていた。


それを見てジグはハッとなり、

慌てて椅子から立ち上がった。


メアリー・カーという名前

ここまで黙ったままの市長

その市長は恐らく笑いを堪えている

私の初仕事として丁度良い


これらの事実とワードから導かれる答えはー


「お前…テッ、テテなのか!?」


その言葉を聞いた女秘書は急に子供みたいな表情になり、


「はい!お久しぶりです!テテでした!」


と、ジグに聞き覚えのある声で言った。


---------------------------------------------------------------------------


「だぁーーはっはっはっ!!」


リゲルがとうとう堪え切れない、とばかりに大笑いを始めた。


ジグは笑い死にしそうなリゲルと、満面の笑みを浮かべるテテを

しばらく見つめていると怒りが込み上げてきたが、

同時にこんな子供じみたイタズラに対する呆れと、

久しぶりに会えた懐かしさが混ざり合い、もうどうでもよくなってきた。


「……ったく。

 いい大人が何やってんですか…」


ため息交じりにリゲルにそれだけ言うと、

再びテテの横に腰を下ろした。


「ごめんなさい、市長がどうしてもって…

 でも私も楽しくなってきて、つい調子に乗ってしまいました」


テテは前半をさっきまでの大人っぽいメアリーの声で、

後半は地声で喋るという器用なことをした。

それは見事な物で、とても同一人物とは思えなかった。


そんなテテも市長に釣られて笑いそうになっているが、

ジグに悪いと思い何とか堪えているようだ。


「それはヴィックか?伊達眼鏡まで掛けて声色まで作るとは…」


「いやぁ、名前の時点でばれると思ったんですが、

 やっぱりこの変装が効いてましたか?」


テテは黒髪のヴィックを外して本来の銀髪に戻り、

眼鏡をポケットから出してヴィックと一緒にテーブルに置き、

ブラウスの胸元を開けて中に手を突っ込み、パッドを取り出した。


「いくら何でも、一年も前に数日一緒にいただけの相手に

 ここまでされたら無理だ。特に声が違いすぎた」


「ありがとうございます、これ私の持ちネタなんですよ」


またしても前半と後半で声を変えて喋るテテ。


ここでようやく笑いの収まったリゲルが口を挟む。


「いやもう久しぶりに死にそうになるくらい笑った!

 これでいつ死んでも悔いはねぇ!って位によ!」


「あー、ソウデスカ。じゃあもう帰っても?」


「いやいや、仕事の方の話はマジだぜ。

 さっきの説明通り、護衛に付いて貰う。

 

 相手の武装程度も凡そ把握はしているが、

 何にしてもイレギュラーは起こりうるからな。

 お前が以前邂逅したダイノアみてぇによ」


「あの個体、まだ見つかってないんですよね?」


「ああ。一体どこへ雲隠れしたのやら。

 ウサギの件の犯人共と何か関係があるかもしれんが、

 流石に考えにくい」


「確かに。

 ダイノアを扱おうなんて自殺行為です。

 

 あの辺りは奴の腹を満たせるような生物相をしていませんから、

 もうとっくに遠くへ行ったか、餓死しているのかもしれません。

 …そういえばテテの機体はどうなってるんですか?」


「まだ調達出来てねぇ、これからだ」


「という事は…当分は陽炎の後部座席でコパイですか?」


「そうなるな。

 ま、当分は見習いとして

 マンツーマンレッスンって事でヨロシク!

 何なら、そ、そのままお前の、ひ、秘書にしちまってもいいぞ?」


ここでまた先程の事を思い出したのか、

リゲルは笑いを堪えるのが大変そうだった。


「……了解です。

 では秘書という事でこき使ってやりますよ」


嫌味を込めて言ったがリゲルには通じなかった様で、

嬉しそうにテテに対してサムズアップをしてみせた。

テテもそれに対してサムズアップを返す。


「詳しくはその資料に書いてある通りだ。

 特殊部隊も精鋭揃いだからお前らの出番はほぼ無いだろうが、

 連中に挨拶くらいは済ませとけよ?」


「当然です。 

 では、これで失礼します」


ジグは書類をフォルダに纏めるとそれを手にして立ち上がり、

部屋の出口に向かった。

テテもテーブル上の眼鏡だけを持って後を追う。


「吉報を待ってるぜ!」


リゲルの言う吉報の意味を何となく察したジグは

反応せずに退室したが、テテは敬礼を返した。


------------------------------------------------------------

「随分市長と仲良くなったんだな?」


「はい、おかげさまで。

 とんでもない人ですけど、なぜか嫌いになれませんね」


リゲルの執務室を出た二人は、移動しながら話していた。


「あんなのでも仕事に関しては出来る人なんだよなぁ。

 本人も叩き上げの元レイダライダだけあって、

 現場の声を最優先にしてくれるしな。

  

 一度何処かの大きな会議の場で、現場作業員を見下した言動や

 態度をとった大物議員を、その場で殴り飛ばして一喝したことがある。


 てめぇがぬくぬくと暮らせているのは誰のおかげだと思ってんだ!!てな」


「か、カッケー…

 それは惚れますね」


「開拓中の街にとっては有難い存在さ。

 さっきみたいなイタズラは勘弁して欲しいがな?」 


「はは、すいません…」


謝りながら、先程使った眼鏡をかけるテテ。


「目は良いんだよな?」


「はい。

 でもジグさんの秘書をやるなら、この先ずっと付けようかと思ってます」


テテの持つ秘書像というのは、メガネが欠かせなかった。


「いや、本当に秘書をやる必要は…

 って、まぁいい、好きにしな。似合ってる」


「お?ジグさんこういうのが好みで?」


「いつぞやの趣向返しだよ。

 覚えて無ければいい」


「えっと…?????」


テテは覚えていない様だが、

そんな事は気にせずにジグは話を進める。


「さて、まずは詰め所を案内しよう。

 俺達レイダライダのデスクがある部屋だが、

 皆出払ってる事の方が多いから、普段殆ど人はいない」


「私のデスクももうあるんですか?」


「用意はしていないが、あちこち空いてる席に最低限の物は

 揃ってるから、好きな場所を使えば良い。

 必要な物があれば経費で買えるし、好きに持ち込んでいい。

 私物も常識の範囲なら置いてもOKだ」


「はい、スケジュールとか経費とか申請とか、

 面倒な事務系は全部私がやりますので、お任せください!」


「マジで俺の秘書やるつもりなのか?」


「そういうわけではありませんが、パイロットとして雇われたのに

 実際レイダーを動かすのはジグさんな訳ですから、

 せめてそれ以外の事をやらせて貰わないと、給料泥棒になってしまいます」


「そんな心配しなくても、実際に現場に出ればやれる事は幾らでもあるぞ」


「それはおいおい覚えるとして、まずは秘書の真似事でもしようと思います。

 この服も無駄にしたくありませんしね」


そう言って自身の体に目線を落とした。


「服もわざわざ自分で用意したのか?」


「はい。ヴィックとパッドは市長ですが、

 このスカートは短すぎましたかね。

 服と言えば制服みたいなのはあるのでしょうか?」


「一応ここの職員用の物があるにはあるが、

 市長からしてアレだからな、皆好きな服を着ている。

 そういや住むところはどうしてる?寮か?」


「はい、女性用の独身寮です。

 5日前にこちらに着いて、市長に色々お世話になって

 家具も一通り揃えました」


「なら俺と同じか。男性寮とは少し距離があるが、

 何か困った事があったら言ってくれ」


「はい、ありがとうございます!」


その後は各施設の説明や整備班との顔合わせを済ませ、

昼食を摂った所で、そもそもジグは休暇中だったので

その後は解散となった。


______________________________________________________________________


突入隊のメンバーに、事前に挨拶をと思ったが向こうも暇ではなく、

わざわざこちらの挨拶と顔見せの為に時間を取らせるのもどうかと思い、

当日の準備中にでも軽く顔を出す、という旨をあちらに伝えるに止めた。


そして突入決行当日。

今は警察の建物内を二人で移動していた。


「改めて聞くが、本当にその恰好でいいのか?」


「はい、別に何着てもいいんですよね?」


テテは先日ジグの言っていた職員用の制服に身を包んでいた。

白いブラウスの首元にブルーのネクタイ、

紺の長袖ジャケットに短めのタイトスカート、靴は黒のローファーという

これといった特徴のないビジネススーツで、

唯一、襟に飾りのラインが入っているのが特徴だ。


髪は後ろで纏めて上に跳ね上げ、おにぎりのマスコットが付いた

バレッタで留めてある。

そこに先日の伊達眼鏡をかけていた。


「その眼鏡、やっぱり秘書のつもりなのか?」


「はい、まずは格好からという事で。

 でも流石にメアリーの時の派手なスーツは、

 警察の方に良い印象を与えないかと思い自重しました。

 あれはまた後日にでも」


そんな話をしているうちに指定されていた部屋のドアまで来た二人は、

入るぞ?はい!と目配せをしてドアを開け、中へ入った。


そこでは厳つい十数人の男達が装備の準備にかかっており、

明らかにピリピリとした雰囲気が二人にも伝わってきた。


入ってきた二人に対し何人かがジロリと睨みつけてきたが、

ジグがポケットから取り出した身分証を掲げると、

納得したように何も言わず準備に戻った。


ジグが改めて名乗ろうとした時、先にリーダーらしき男が声を掛けてきた。


「あんたが同行レイダーのパイロットか?」


随分慇懃無礼な態度と口調だったが、ジグは無言で頷き手を差し出した。


「ジグだ。

 今日はよろしく頼む。こっちはコパイのテテだ」


テテは軽く会釈して、よろしくお願いします、

と小声で言った。


「スコットだ。今回の指揮を任されている。

 よろしくな」


男はジグに握手を返し、テテにも同じように握手をしてきた。

ぶっきらぼうだが、意外と礼儀正しい人物の様だ。

伊達にリーダーを任されてはいない、といった所か。


「気を悪くしないで欲しいんだが…

 彼女は大丈夫なのか?えらく若いが」


これはスコットに限らずここにいる隊員の皆が思っていた事で、

その気持ちを汲んだスコットが、皆の代弁として聞いたのだ。


それに対しテテが何か言おうとしたのを、ジグは制止した。


「こう見えても君らと同じかそれ以上に修羅場を潜っている。

 頼りになる奴だ」


レスキュー時代のテテの事は知らないが、危険な現場を何度も

経験しているであろう事は想像に難くなかったのでそう言った。

別に嘘は付いていないだろう。


しかし周りの隊員達からは、あからさまな失笑が聞こえて来た。


ジグは少しカチンときたが、彼らの反応も無理は無いと思った。

今の服装のせいもあり、およそ荒事に関わるような人種には見えないのだ。

立場が逆なら、ジグにも信じられなかっただろう。


そんな隊員達に向ってジグは言った。


「心配するな、俺達は万が一の時の戦力で、基本は後方待機なんだろう?

 あんたらの邪魔はしないさ。そうだろ?」


「…そうだな。頼りにしてる」


皮肉なのか本心なのかは解らなかったが、

取り敢えずスコットは認めてくれたようだ。


隊長としてこの場を荒立てたくないだけの忖度かもしれないが。


--------------------------------------------------------------------------


あまり歓迎されていなかった気のする挨拶をすませた二人は、

レイダードックの陽炎の元へ向かっていた。


「やっぱり任務前だからですかね、皆さんピリピリしてましたね」


「連中にしてみれば俺たちは部外者だからな。

 後ろからしゃしゃり出て来て、手柄を横取りでもされたらと思うと

 ピリピリもするわな」


「そんな事しませんのにねぇ」


「彼らは特殊部隊として結成されたはいいが、

 エデンと違ってノアは平和すぎてあまり出番が無いからな。

 

 今回の様な規模の大きい犯罪組織なんて、こっちじゃ稀な存在だ。

 

 実際、解散させようという話もあったと聞くし、

 ここいらで自分たちの存在意義を示そうと躍起になるのも分かる」


ノアは開拓事業という大きな産業のおかげで非常に景気がよく、金廻りが良い。

資源も豊富で土地も物価も安い上に人口も少なく、

開拓民としての仲間意識が強く民度も非常に高いので、

犯罪そのものがエデンと比べて格段に少ないのだ。


「まぁ今は持て余されるかもしれないが、

 この先ノアがエデンの様に発展していけば、

 必ず必要になって来る存在だ。仲良くして行きたい所だな」


「ですね」


などど喋りながら歩いているうちに、陽炎の元に着いた。


「ちわー、あれ?お二人…さん?」


そんな二人の元に、ジグの顔なじみの整備士が現れた。

ぼうっとしていて髪と服は乱れ、眠そうな目をしていた。


「今回も世話になる。こいつは見習いのテテだ。

 暫く俺の下で仕事を学ぶことになった」


「ああ、あなたが?

 報告は聞いてます、どうかよろしく」


整備士は握手をしようとしたが、手が汚れていたので

慌てて手を引っ込めてはにかんだ。


「はい、よろしくお願いします」


テテはそんな整備士の手を握りに行って握手をした。

整備士は赤くなって狼狽えたが、すぐに気を取り直して説明を始めた。


「言われた通り、陽炎の操縦系を複座仕様に戻しておきました。

 それと頼まれていた武器の取り付けと用意もしておきましたので、

 合わせて確認お願いします」


「ありがとう、助かる」


ジグは申請していた武器の確認を行う。特に問題は無かった。


「では、ご武運を。何でもカチコミに行くとかで?」


「そんな大げさなもんじゃない、ただの見学で武器は飾りだ。

 万が一を考えて撃てるようにしてはおくがな」


今回選んだ主な装備は、重装甲タワーシールド、対人用特殊ラバーショットガン、

地雷探知機、ブリッツダガーとスタンハンマーだ。


後は陽炎を降りなければならない状況も一応想定し、

拳銃二丁とスタングレネード数発をコックピットへ持ち込んだ。


それと両肩の小型シールドを外して、

それぞれに90口径35mm機関砲を装備した。


これは万が一、相手が装甲車両や武装ヘリ等を持っていた場合の保険だ。

強力な武装なので使用には注意しないといけない。


「すごい強そうな武器ですね…」


テテが目を丸くして機関砲を見て言った。


「万が一、念の為って、ビビりすぎだと思うか?

 俺たちの仕事は臆病なくらいが丁度良いのさ」


「肝に銘じておきます」


「かなりの重量になって機動性は著しく低下したが、

 任務内容を考えれば特に問題は無いだろう。

 いざとなったら捨てて、後で回収すればいい」


装備準備が済んだ後は、出発時刻に一度警察隊に顔を出して

簡単な打ち合わせをした。


まずあちらはヘリに車両と人員を積んで飛び立ち、山を越えてからヘリを降り、

そのまま車両と徒歩で目的地を目指す。


こちらも同じく輸送ヘリで追随し、後ろから同行する。

但しレイダーは目立つので、早い段階で物陰にでも隠れて

遠巻きに様子を見つつ、要請があれば駆けつける、といった手筈である。


やがて出発の時間が来ると、それぞれ別の場所から発進した二機のヘリは

途中で合流し、街の外へと飛んで行った。


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ヘリが飛び立ってから約3時間後。


現在陽炎は拓けた荒野のど真ん中で岩と木陰に紛れる形で駐機し、

二人はコクピットに詰めたままの形で

事の成り行きを見守っていた。


見守るといっても、敵のアジトまでそこそこの距離がある。

廃鉱山施設は広大な敷地で、事の趨勢がどうなっているのか

ここからではよく分からない。

室内での発砲なら銃声も聞こえないだろう。


「連中、そろそろ近くまで行ったかな?」


ジグがコクピット内でレーションを頬張りながら呑気な感想を漏らしていると、

スピーカーからテテの遠慮がちな声が流れてきた。


「あの…ちょっといいですか?」


「ん?なんだ?」


「その、お花を摘みに行きたいのですが、宜しいでしょうか?」


「花?…ああ、トイレの事か」


「すぐ戻ってきますので…」


「そういや言ってなかったか?」


「何をです?」


「俺達はレイダーに乗って、長時間行動を余儀なくされる事が多いだろう?

 今なんて正にそうだが」


「はい」


「その際、トイレをどうするか?という話になるんだが…

 勿論、ベースキャンプとかにはトイレユニットを設置するからいいとして、

 移動中とか探索中だとそうもいかない」


「それは…一度降りてその辺で用を足す…とか?」


「それは安全地帯ならいいが、未踏地では危険極まりない行為なんだ。

 どこにどんな危険が潜んでいるか解ったもんじゃない。

 未知の病原体や毒を持った虫や植物とか、単に獰猛な肉食獣とかな」


「じゃあ一体どうするんです?」


「コックピットシートの座面が開くようになっていて、

 開くとそこが便座になっているからそのまま用を足すんだ」


「え」


「だから、二人乗りだとプライバシーの観点から

 繋がってしまっているコックピット内を仕切る防音隔壁が必要でな。

 今閉じてるだろう?それさ」


確かにあの時テテが乗った時には狭いながらも隙間があり、

頭部と胸部コックピットはお互いやり取り出来ていたが、

今は塞がれていた。


「なるほど、それでここが閉まってたんですね。

 何か理由があるのかと思ってましたが、

 だからマイクとスピーカーを使って会話していた訳ですか」


「そういう事だ。

 ここは練習だと思って、一度そのトイレ使ってみな。

 ちゃんとウォシュレットだし脱臭機能も完璧だから、

 そこは安心してくれ。


 後、コンソールにトイレのアイコンがあるだろう?

 それを押せばキャノピーの色が変わって外から見えなくなる。

 勿論、マイクのミュートは忘れるなよ?」


「そんな事言われましても…うう」


「そう引くな、そのうち慣れる。

 セイバーにはトイレなんて無いだろうから無理もないが」


「はぁ…一瞬この仕事辞めようかと思っちゃいましたが、

 分かりました…オムツよりはずっとマシですよね」


「その調子だ。

 慣れたら快適だぞ?わざわざ降りたりする必要もないからな。

 ちなみに隔壁は普段は閉じておいて、何か必要が生じた際だけ

 開ける事になる。以前は俺一人だったから開けっ放しだったが」


「はぁい。

 あ、でもこれって…恥ずかしいからってこっそりしたりすると…」


「ああ、それは確かにヤバいな。

 俺は自分が動かしているからまだいいが、

 そっちは急に機体が揺れたり動いたりして、

 盛大なお釣りが返ってくるかもしれん。

 恥ずかしいだろうが、やはり一声かけて貰った方が…」


「ひーん…

 じゃあ、あの、今から少し宜しいでしょうか?」


「おう、もし動かすことになったら一声掛ける」


暫しの後…


「すいません、済みました」


「こっちは変わらず異常なしだ」


「待ってるだけっていうのも意外と落ち着きませんね」


「そうだな…今の内に交代で仮眠でも取っておくか?

 二人いるからこそ出来る芸当だしな」


「いいですね、賛成です」


こうして二人は交互に30分程仮眠を摂った。

つまりあれから一時間経った訳だが、それでも音沙汰が無かった。


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「さすがにおかしいな。何かあったか?

 こちらからの呼びかけにも応答しないとは…」


「確か随伴車両はアジトから少し離れた外で隠れて待機していて、

 何かあれば連絡すると言ってましたが…」


「考えにくいが、その車両が敵に見つかって

 真っ先に撃破されたのか?」


「でも車両って装甲車ですよね?

 そんな簡単に…」


「やられるとは思えんよな…

 しかし現状手間取っているのなら、

 いい加減こちらに援護要請が来そうなものだが」


「意固地になっているのでしょうか?」


「うーん、あの隊長は部下の危険を顧みずに、

 プライドを優先するようなタイプには見えなかったがな…」


「行きましょう!何もなかったら無かったで、

 我々が嫌われて始末書でも書けばいいだけの話です!」


「そう…だな。

 ここは臨機応変に動くか。

 とりあえず俺達が正面から殴り込めば、良い揺動になるだろう。

 …すまない、危険なことになるかもしれない」


「気にしないでください、全て覚悟の上で私はここにいます」


「だったな。

 では行くぞ!」


「はい!」


テテは地雷探知機のスイッチを入れてからアジトに目を凝らし、

ジグは陽炎をそのアジトへ向かって走らせる。


幸い途中で地面が平坦になっていたので、

フットローラーで一気に現場へ向かう事が出来た。


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「これは…一体何があったんだ?」


正面の門から堂々と乗り込んだのにも係わらず、

何の抵抗もなければ人っ子一人いない。


それどころかあちこちに壊れた機械や箱、車などが散乱しており、

地面には血と思われる物もあった。それもかなりの量だ。


建物も入り口が大きく壊れたり、窓が破られていたりしていて、

無事な物は殆ど見当たらない程だった。


テテはこの有様に不安を募らせ、少し震えた声で言った。


「…突入隊の人達と…悪い人達が戦ったのでしょうか?」


「かもしれんが、多分違うな。

 建物には弾痕があるし、地面に薬莢も落ちてはいるが、

 どちらも数が少なすぎる。何か戦闘があったのは確かだろうが、

 突入隊と犯罪者達が戦った訳ではなさそうだ。死体も無い」


二人で警戒しつつ、陽炎は盾を構えながら

ゆっくりと歩を進めて敷地の奥へと入っていく。


この廃坑施設はかなりの規模で、相当数の工員を抱えて

ここに住まわせ、作業をしていたようだ。


建物は殆どが簡素なプレハブ作りだが、何も知らない人が見れば

ちょっとした町だと思うだろう。


やがて陽炎は施設の裏口に差し掛かった。

突入班はこの辺りから侵入する予定だったはず。

だがそこにも人の気配はなく、不気味な静寂だけがあった。


裏口を出てみた所、テテがその目で発見した。


「あれは…!装甲車?!

 11時の方向!」


「了解!」


ジグはすぐに陽炎を向かわせた。やや施設から離れていたがすぐに着いた。

そしてそこにあったのは、隊員達を乗せてきた装甲車両の変わり果てた姿だった。


「これ…変ですよね?」


「ああ。

 この壊れ方は何だ?重火器や地雷じゃないな。

 何かに引き裂かれたような感じだが…?

 

 例のダイノアがここにきて暴れたのか?

 何かベタベタした物が付着しているが、

 ダイノアの涎…ではないよな」


戦車やレイダーに比べれば薄い装甲だが、

それでも拳銃の弾位ならビクともしない車両のはず。

それがグシャグシャに潰れ、防弾ガラスもちぎれ飛んでいて、

入ったヒビで真っ白になっていた。


ベタベタしている物はどうやら透明なゼリー状の物質で、

破損部分に多く付着していた。


「中を見てみる、誰かいるかもしれん。

 陽炎を頼む、そちらからでも動かせるはずだ。

 それと街へ衛星無線で救援を頼んでくれ」


「いえ、ここは私が!

 私は銃器なんてろくに扱えませんから、残るならジグさんです!」


言うが早いか、テテはジグの返事を待たずにキャノピーを開けて、

その身を乗り出した。


「…分かった、任せよう」


ここは元レスキューに任せようと思ったジグは、

陽炎を屈め手を地面に向け、道を作ってやった。


テテは救急キットを手にし、その腕伝いに身軽な身のこなしで地面まで降りた。


彼女が陽炎の手を降りると、ジグは周りに目を配り警戒をしつつ、

無線のスイッチを入れて本部を呼び出しにかかった。


考えてみれば仮にテテが銃器を扱えたとしても、

敵が出てきた時に彼女に人が撃てるのか?という問題がある。

仮に撃てたとしても、撃たせたくないと思った。


陽炎から降りたテテは、慎重に横転した装甲車両の中へ足を踏み入れる。

電気系がショートした事による煙と臭いが鼻を突いたが、

その中に血の匂いが混じっていた。レスキューの現場でよく嗅いだ匂いだ。


車内は機材が散乱しており、その中に無線らしき物を見つけたが、

使えるかどうかを確かめるまでもない位、損傷が激しかった。


少し奥へ向かうと、大きな機材の下敷きになっている一人の隊員を見つけ、

急いで傍まで行って声をかけた。


「今助けます!私の声が聞こえますか?!」


隊員はその声を聴いてゆっくりと目を開けた。


「あ、あんたか…気休めはよしてくれ…」


「そんな事はありません!待ってて下さい!」


そして痛み止めをキットから取り出し注射すると、

テテはすぐに外へ出てジグに呼びかけた。


「生きてる人がいます!

 私が指示しますから、障害物をどけて下さい!」


「了解した!」


テテの指示に従い、ジグはまず屋根を剥がしにかかる。

幸い丁度指を差し込める裂け目があったので、

そこを起点にして極力揺らさないようにメキメキと屋根を裂き、

大きな穴を開けた。


次はそこに腕を突っ込み、邪魔な機材を外へ出し、

最後に隊員の上に載っている機材を摘み上げ、

外に放り出した。


そしてすぐにテテが中へ入り、隊員の元へ。


「あ、ありがとう…随分…楽になった…」


男は目を閉じたままで礼を述べた。


「ドライバーは…?俺のダチなんだが、無事か?」


この車を運転していた隊員の事だろうが、

車内には他に死体もなければ、生存者もいなかった。


「解りません…ここにいたのはあなただけです」


それを聞いた男は安心したような顔をした。

死体が無いのなら、まだどこかで生きているかもしれないと思ったのだろう。

たとえその確率が極めて低かったとしても、だ。


「一体…何があったのですか?」


こんなことを聞いて負荷をかけたくはなかったが、

他の隊員のこともあり、聞かない訳にはいかない。


痛み止めが効いてきたみたいで少し喋る余裕が出てきたのか、

男は目を開けて途切れ途切れながら、

自分に起こった事を説明しようとしていた。


「俺達はまず、偵察をしたんだ…

 でも人の気配が無い…見張りもいなければ、

 動物の鳴き声以外は物音一つしなかった…」


「敷地内は荒れていて…あ、あちこち壊れた建物や…

 ひっくり返った車とかもあった…」


「そこで隊長は、一気に突入することに決めた。

 情報が洩れていて、既にもぬけの殻…だと思ったんだ」


ここまで喋った男は激しく咳き込み、血を吐いた。

テテが心配そうな顔をすると、構うな、とばかりに掌をテテに向けて制した。


男は少し呼吸を整え、話を続けた。


「俺は…通信手だからここに残っていた。

 突入した部隊の会話から…察するに、な、何…か事故かトラブルがあって、

 奴らは逃げたか、死んだかしていたらしい…」


「暫くして、悲鳴と銃声が…聞こえたかと思うと、すぐに通信が入った…

 突入して、助けに来て…くれと」


「それで…急いで裏門から突入しつつ、俺は…あんたらに

 通信を入れようとしたが、大きな衝撃が…」


「次に気が付いた時には、あんたの顔が…目の前にあった。

 お迎えの天使か…と思ったよ…」


ここまで喋った所でさすがに無理が祟ったのか、男は激しく咳込んだ。

それが収まると、最後の力を振り絞って口を開いた。


「俺が…知ってることは…これが全てだ…役に…立つか?」


「もちろんです!」


テテは男の手を握った。


「へへ、俺…女に縁のない人生だったけど…

 最後に運が回って来たな…こんな…美人に……」


男はここで力尽きた。

痛み止めが効いていたのか、安らかな死に顔だった。


テテはハンカチを上着のポケットから取り出し、

顔に着いた血や汚れを拭いてやり、黙祷した。


今までも何人かこうやって看取った事があるが、

やはり何度やっても慣れない。胸が張り裂けそうになる。


テテは近くにあった機材を覆っていたと思われるシートを手に取り、

体に掛けてやった。後で回収してやらねばならない。


「早く乗るんだ、生存者を探しに行こう」


事の成り行きを見守っていたジグは、動きを止めてしまったテテに声を掛けた。

気持ちは解るが、ゆっくり喪に服す暇は無い。


ジグはすぐに戻ってきたテテに、小さく声を掛けた。


「…大丈夫か?」


レスキューをやっていた人間にとって、助け出した人に目の前で死なれる程、

つらい事はないだろう。


「はい、大丈夫です。

 望む望まないに関わらず、こういった事は何度か経験しています」


声の震えから察するにただの強がりなのは明白だったが、ジグは何も言わなかった。


「具体的に、何があったのでしょう?」


シートに座り、直ぐに気持ちを切り替えたテテが聞いてきた。

この辺りはさすが元プロだと、ジグは感心した。


「そうだな…彼の話から推察されるのは…」


「ここで何時かは解らないが何かトラブルがあり、

 突入隊が着いた時には既に無人?だった」


「もぬけの殻だと判断したスコットは突入し、中の捜索を始めた」


「そして捜索で酷い被害の痕跡を幾つか発見し、

 そしてその原因となった何かに遭遇、装甲車に救援を要請した」


「が、装甲車はすぐに何かの攻撃を受け大破、

 建物内にいる隊員は外に出たくても出れない状況にあり、

 無線を失い連絡が取れないか…既に全滅しているか…

 …そんな所か?」


「事前に摘発情報を手に入れての、手の込んだ罠という線は考えられませんか?」


「あるかもしれないが…恐らく違う。

 戦争をしているならともかく、奴らはコソコソと悪事を働く犯罪者集団だ」


「事前に情報を得たなら、ブツを持って逃げるのが普通だろう。

 わざわざ罠を張って、警察とガチでやりあったって何の得にもならん。

 例えそれで警察を撃退しても、すぐにもっと数と装備を整えてまた来る」

 

「そんなのいちいち相手にしてられんから、結局ここから逃げる事になる。

 なら最初から逃げた方がいい。

 命を懸けて祖国を守る様な戦いをしている訳ではないんだからな」


「確かにそうですね…では一体何が?」


「あまり考えたくはないが、ダイノア級の大型危険動物だろうな」


「アレですか…」


テテは以前邂逅したダイノアを思い出し、ゾッとした。


「あれは本当に危険で、装甲車位なら簡単にスクラップにされる。

 レイダーでも本来は銃器を使った遠距離攻撃が基本だしな…だが」


「あの大きさでは建物に入れない?」


「そうなんだよな。

 だからデカイ奴の他にも何かいるんだろう。

 デカイのもダイノアかどうかは解らん、未知種かもしれん。

 無法ブローカーなら何を囲っていてもおかしくないが、

 それらが脱走し、ここの連中を襲った?」


「街からの援軍を待ちますか?」


「そうしたいのは山々だが、もし生き残りがいるとしたら

 そんなの待ってはいられん」


「では探しに行きます?」


「当然だ。

 生身なら尻尾巻いて逃げるが、レイダーに乗ってるんなら行かないとな」


「ですよね!早く行きましょう!」


きっとこいつは生身でも助けに行くんだろうな、

と心の中で呟きながら、ジグは苦笑した。


「まずは一番大きい建物に向かおう。

 周りの警戒を頼む」


「はい!」


ジグは物陰から急に攻撃されたと思われる先ほどの車両の事を思い出し、

なるべく慎重にかつ素早く移動した。


程なくして陽炎は、目的の建物に到着した。

かなり大きい建物で、パッと見だが特に被害は受けていない様だ。


全体の6割位が倉庫か車両用のドックか何からしく、

正面?には大きな機械式の頑丈そうな扉がある。


「む、何だこれは…爪痕?か?」


巨大な扉には大きな爪で引っ搔いたような跡が幾つも残っていた。

何か大きな動物がここを破ろうとして付けた物なのだろう。


それによく見ると、先ほどの指揮車に付いていた

ゲル状の物質も付着していた。


「どうやら装甲車を襲った犯人は、ここも襲撃しようとしたらしいな。

 扉が頑丈で失敗した様だが」


ざっと調べた所、外から扉を操作する術は無いみたいなので、

中にいる隊員達はここから入った訳ではないらしい。

ここからは確認出来ないが、どこかに別の出入り口があるのだろう。


小さな窓から中を覗く限りかなり広く、倉庫の様だ。

ここなら陽炎でも入れそうだった。


「よし、開けてみるか」


「開きますかね?」


「見た所これは引き戸の様だ。

 開け閉めは中にある機械で行うみたいだが、

 扉の重量そのものがロックの役割をしているタイプとみた」


「となると?」


「無理矢理開く事が出来るかもしれない」


ゆっくりと、陽炎は扉の片方を反対側へ押してみた。

すると何か歯車やチェーンが鳴る音がしたかと思うと、

ゆっくりと扉は動き始めた。


やがて陽炎が通れる分だけを開け、そこから中へ入る。


中は広く薄暗く、小さな窓しかない為すこぶる視界が悪かった。

そこかしこにガラクタと思しき機械やトロッコ、

積み上げられた土砂などがあり、大きな水溜まりか池みたいな物もある。


奥の方の左右には大きな両開きのドアが一つづつあり、

右側は開いているが左側は閉まっていた。

どうやらあそこから建物の奥へ入るようだ。


ジグは側の壁にスイッチを見つけ、陽炎で押した。


電源は生きていた様で、天井がぱあっと明るくなった。

そのスイッチの傍にそれっぽいレバーがあったので、

これも陽炎で倒してみると、入ってきた扉が閉じた。


ジグは改めてこの大きなスペースを見渡した。


「これは…何となく動物園の展示スペースか

 飼育スペースを彷彿とさせるな」


そう思って見ると、置いてある物で自然の地形を

再現しようとしている、と見えなくもない。


「あー、確かに。

 何か大き目の動物でもここに放していたのでしょうか?」


「ありそうな話だ。取り敢えず今は何もいない様だな…

 よし、あの扉の向こうへ呼びかけてみてくれ」


「はい」


テテは何処にいるであろう何かを刺激しないよう、

少し音量を絞って外部スピーカーで開いている右側ドアの

奥へと呼びかけてみた。


「誰かいますか?助けに来ました。

 いるなら出てくるか、返事をお願いします」


暫く待つ。

が、特に反応は無かった。


さて、次はどうする?

陽炎ではこの先へ行けない。

かといって降りて捜索に行くのはヤバすぎる。


一度ここを出て別の建物を見に行くべきか?

などとジグが考えていた時。


ガンガンガン!!

と扉を叩く音。


「向かって左のドアの向こうに何かいます!!」


「生存者か!?それとも…!」


ドアの方へ陽炎を向けた時、声がした。


「おい!ここにいるぞ!!開けてくれ!!」


男の声だった。そしてその直後、

ガン、ガン、ガン!と何か堅い物でドアが叩かれる音がした。


ドアにはカギがかかっている様で、助けを求めてきた男は

開けることが出来ずに、ひたすら叩いていた。

音から察するに、銃のストックか何かで殴りつけているのだろう。


ジグは外部スピーカーを使って叫んだ。


「こちらから扉を壊す!離れていろ!」


すると男は言われた通りに扉から離れたのか、叩く音が止んだ。


それを確認した後、陽炎は扉に対しつま先でキックを見舞った。

耳障りで大きな金属音が響き、扉は一撃でひしゃげて大きな隙間が出来た。

生存者の男はすぐにそこから飛び出してきた。


防弾チョッキを身に着けてヘルメットを被り、アサルトライフルを持っている。

本人に聞くまでも無く、突入隊員の一人のようだ。


「無事か?」


ジグが声を掛けるが、男はそれを無視して陽炎の側を走り抜けて行った。


「た、助けてくれー!!」


男はそのまま、離れた所にあった大きなガラクタの陰に隠れてしまった。

ジグは陽炎を扉の前から後退させ、男の隠れた場所へと近づいた。


「どうした、何があった?トイレならあっちだぞ」


ジグは軽い冗談を飛ばしてみたが、その上にテテの叫びが重なった。


「壊した扉の向こうから何か来ます!?」


テテが報告を言い切った瞬間、その何かは陽炎が壊した扉を

反対側から吹き飛ばして姿を現した。


それはずんぐりとした体躯で太い四本の手足には鋭い爪があり、

全身が黒い毛で覆われていて、長い鼻づらに大きな口。

そこには鋭い牙が並んでいた。


そんな厳つい造形の中、耳だけは妙に丸っこくて愛嬌があった。


全長約4mか5mといった所の、見るからに狂暴そうな雰囲気の獣だった。


ジグはこの動物を知っていた。が、実物を見るのは初めてだ。


「く……熊?だと…?!

しかもこんなにデカイとは…」


それは地球に生息している最強の陸上動物の一つ、熊だった。

現在ではごく一部に生き残りがいるらしいが、ほぼ絶滅したと言っていい。


ウサギ以外にも色々いるかもしれないとは聞いていたが、

まさかこんな物が出てくるとは、ジグも思っていなかった。


地球の動物は高値で取引されているという。

それらの剥製や毛皮・肉・骨はエデンの成金共のステータスになっていると聞く。

この熊もウサギ同様、そういった目的でここで飼育されていたのだろう。


「…こいつ、何だ?様子がおかしいぞ…?」


熊は賢い動物だったと聞いている。

陽炎のような、自分よりも遥かに巨大な相手に対しては、

子供を守る為以外ではまず逃げる筈である。


なのに今、目の前にいる熊はこちらに向かって威嚇をしながら

ゆっくりと近づいて来ていた。


その目は敵意に溢れ、口は大きく牙を剝いており、

涎が滝のように流れている。


よほど腹を空かせていて、さっき隠れた隊員を襲うつもりなのかとも思ったが、

明らかに陽炎に狙いを定めている。まともとは思えなかった。


「じ、ジグさん…この子」


その只ならぬ様子から、あまり動物に詳しく無いテテにも異常性が感じ取れた。


「何か変だな。

 狂犬病のような病気にかかっているのか?

 残念ながら捕らえて治療を試みる余地は無さそうだな」


捕獲して研究するにしてももっと小さい安全な動物でやるべきで、

この熊は強大すぎた。


「ガァァァ!」


ジグたちがどうするべきか逡巡していると、熊は大きく吠え一気に間合いを詰めてきた。


「なっ!?早い!?」


一見鈍重そうに見える熊は、あっという間に陽炎の目の前まで来た。

この距離では両肩の機関砲は射角の外なので使えない。


ジグは構えていたショットガンを発砲した。

が、対人制圧用のゴム弾では、少し勢いが衰えた程度で足止めにもならず、

効果はほぼゼロだった。


「やっぱり無理か!?」


左腕のタワーシールドで迎え撃った。

ドスンという鈍い音と共に熊は止まったが、

陽炎も少し揺れた。


「ジグさん!!どうするんです?」


「予想以上の衝撃だな…あの体躯で大したもんだ」


病気?のせいで身体能力が上がっているのか、

陽炎の体を揺らしてくるとは思わなかった。


熊は盾を回り込もうともせず、闇雲に鋭い爪のパンチを繰り出したり、

噛みついたりするが、さすがにこの盾はどうしようもない。

精々へこみや傷を付ける位だ。


この間にショットガンを置き、スタンハンマーを取り出したジグは、

死ぬかどうかのギリギリ位まで電圧を上げた。


このハンマーは要するにブリッツダガーのハンマー版で、

基本的には作業用だが、勿論戦闘でも使える。


そのハンマーで軽く熊に触れると、

バチッという音と共に体毛が焼け、煙を吹き上げたかと思うと

よろよろと後退してどさりと倒れた。


「し、死んじゃった?」


「かもな……む?!」


倒れていた熊は何度か体を痙攣させたかと思うと、むくりと起き上がった。


それを見た時、流石にジグも驚いた。

死なないまでも、当分は動けないだろうと高を括っていたのだ。


「あれだけの電圧、死んでもおかしくないというのに、

 僅かな時間しか動きが止まらないとは…」


「ぞ、ゾンビ…じゃないですよね…?」


「ゾンビか…」


ゆっくりと体勢を立て直した熊は、さらに憎しみを増した目を陽炎に向け、

唸り声を上げ始めた。


「…仕方ない、やるしかないか」


陽炎は今度はブリッツダガーを取り出した。


それが合図だったかの様に、熊は真っすぐ猛スピードで跳びかかってきたが、

盾は使わずに攻撃にカウンターを合わせ、ダガーを一気に突き出した。


巨大な刃が熊の胸元辺りに突き刺さり、肉を切り骨を砕く音が響いた。

刃の殆どが熊の体内に飲み込まれたが、それでもまだ熊は動いていた。


「まだ動くのか?まさか本当にゾンビじゃないだろうな?」


だがやがて熊は動かなくなり、陽炎が刺さっているダガーを引き抜くと、

その場で血の海に倒れ込んだ。流石にゾンビではないようだ。


「この異常なタフさ…また動き出すかもしれん、

 頭部を潰しておく」


「そこまでします?」


「見ない方がいいぞ?」


陽炎はダガーをハンマーに持ち替えて盾を置き、左手で熊の体を抑えながら

ハンマーで頭を完全に潰した。

ゾンビは頭部を破壊するのがセオリーだ。


そして熊の処理が済んだ頃、生き残っていた隊員が

ようやく物陰から出て来たので、ジグは声を掛けた。


「もう大丈夫だ。怪我は?」


隊員はまだおっかなびっくりだったが、

頭部のない熊を見て、一安心した様だ。


「無い…かすり傷程度だ」


そう言って隊員はヘルメットを脱ぎ、

脇に抱えてから深く頭を下げた。


「助かった、本当にありがとう!君らは命の恩人だ!

 あの時は嗤ったりして悪かった…許してくれ」


テテを紹介した時の事を言っているのだろうが、

2人はそんな事はすっかり忘れていて、少し考え込んだがやがて思い出した。


「いえいえ、私は何もしてないですから、

 気にしないで下さい」


「生き残りはあんただけか?名前は?他に誰かいるのか?」


顔を上げて居住まいを正した隊員は癖なのか、一度敬礼をしてから名乗った。


「俺はレオ。副隊長を勤めている。

 少し前にはぐれてしまったが、それまでは俺を入れて全部で6人いた。

 スコット隊長もいる」


レオは茶色の髪に太い眉毛をした中々の美男子で、

輪郭にやや角ばった印象があるものの

スタイルが良く、ファッションモデルといっても通用しそうな外見だった。

要するにイケメンだ。歳は20代後半といった所だろう。


「その彼らがどこにいるか解るか?居場所さえ分かれば、

 そこまで壁を壊すなりなんなりして助けに行けるかもしれない」


そう聞かれたレオは困惑した様子を見せ、すまなさそうに話した。


「…情けない話だが、一人ではぐれてしまってからは逃げるのに必死で…

 どこをどう走ってここまで来たのか、自分でも全く解らないんだ…」


そう言った後、レオは自分がやって来たのとは反対側の扉が

開いている事に気付き、その扉を閉めに行った。


「あんなモノに追われてたんだ、仕方ないさ。

 俺だってこいつに乗ってなければ、とっとと逃げてる。

 とりあえず何があったのか、知ってる事を全部聞かせてくれないか?」


扉を閉め終わったレオは陽炎に顔を向けると、無言で頷いた。


「俺の話をする前に確認したいんだが、君らはどこまで状況を知ってるんだ?」


そう言いながらレオは陽炎の前まで来た。


これには死んだ通信兵から直接話を聞いたテテが答えた。

彼の言葉とここへ来るまでの外の様子等から、

ジグと導き出したおよそ推測される事態を。


「そうか、あいつが…」


死んだ仲間に黙祷でも捧げているのか、

レオは目を瞑って暫く無言だったが、やがて口を開いた。


「ここであった事は、およそその通りだ。突入した俺達が見た物は、

 ドアや窓が壊された建物と、荒れ果てた敷地内のそこら中に飛び散った血だった。

 

 どこを見ても大した差は無く、誰も居なかった…

 そして大した被害を受けていなかったこの建物を見つけて、

 扉を壊して中に入り二手に別れたんだ。そして程なくあいつらに遭遇した」


「さっきの熊か…あいつらと言ったな?他にもいるのか?」


大方予想はしていたが、やはり他にもいる様だ。


「ああ、さっきのはそのうちの一匹に過ぎない。

 ここの連中は話にあったウサギ以外にも、地球産の動物を扱っていて、

 他にも色々な猛獣がいた」


その犯罪者共は状況的に見れば、既に全員死んで動物の腹の中にいるのだろうが、

不謹慎なのを重々承知でジグは思った。

刑務所で使う税金を無駄遣いしなくて済んだな、と。


しかし同時にこうも思った。

やむを得ない、仕方ないとか言って、今まで何体もの動物を殺してきた自分も、

結局その犯罪者と大して変わらないのではないか?


少なくとも当の動物達にとっては、どちらも差のない略奪者だ。


「あいつらとにかく凶暴で、タフで、撃っても撃ってもなかなか死なない!

 そのうち弾薬が尽きてきて…」


ジグはレオの話を聞き、先ほどの熊を思い出していた。

ありえない攻撃性と、痛みを感じていないんじゃないかと思える程のタフさ。

確かに隊員達が持っていた程度の銃器では、太刀打ち出来まい。


「確かに、あれは異常だ。

 何かの病気に罹っている様だが、そのせいで脱走を許してしまった、

 といった所か…」


あれ程のパワーと攻撃性ならば、並みのケージを壊す事位訳はないだろう。


「何体位いた?それぞれ一匹ずつな訳はないんだろう?」


ここの連中が動物ブローカーだったとしたら、何匹も育てていたはずだ。


「ああ、そうなんだ。どれも数匹単位で見かけた。

 建物内のあちこちにいて、どれもこっちを見つけると襲い掛かって来た。

 そして仲間が一人また一人と…どうなったかは言いたくない…」


余りの惨事に言葉を濁したレオだったが、

その言葉だけで何があったかは明白だった。


「うっ」


テテはその様を想像してしまい、全身に悪寒が走った。

それはどんなに恐ろしい事だろう。想像するのも怖かった。


「わたしが…!私のせいで…!!」


テテが急に大きな声で、ヒステリック気味に叫んだ。


「どうしたテテ?どう言う事だ?」


「私がうさぎなんか見つけてしまったせいで、沢山の人が…」


自分が余計な事をしたばかりに、こんな事になった。

自分がこの星に来なければ、こんな事は起こらなかった。

自分さえ存在していなければ…


テテは頭を抱え込んで、コンソールに額を打ち付けた。


「また私のせいで…人が…!!」


そんな事を言い出したテテを、ジグは一言で切って捨てた。


「バカかお前は」


「ば………か?」


「傲慢もいい所だ。

 お前一人の行動なんかで、ここで死んだ隊員達の運命が

 決まったとでも言うのか?」


「お前はただ、俺にウサギを見たと言っただけで、何も悪い事はしていない。

 今回の件の責任は、全てここのブローカー共にある。

 連中がこんな犯罪行為を行わなければ、

 そもそもこんな事は起こらなかった訳だからな」


「でも…」


「隊員達は誇りを持って自分の仕事を全うし、殉職したんだ。

 決してお前に殺された訳じゃない。


 ゲームのプレイヤーが選択肢を間違えて登場人物が死んでしまった、

 みたいな言い方で彼らの死を侮辱するな」


テテに激を飛ばしたジグだったが、自分の事を棚に上げて

よくこんな事が言える物だと自嘲していた。


ジグも昔、ある出来事でそういう考えに至り、

自分を責め続けていた時期があった。

そしてそれを未だに引きずっているのだ。


「そうだ、君は何も悪く無い。

 本来上から来た計画では、レイダーを前面に出して制圧する予定だったんだ。

 それをつまらないプライドと功名心で変更したのは、

 他ならない俺達なんだからな」


2人の会話にレオが割って入って来た。

外部スピーカーを切るのを忘れていて、今の話は全てレオに聞かれていた。

その事に気付いた二人はちょっとバツが悪くなった。


「すまない、話を戻そう。で、えーと…

 そう、あいつら同士で殺しあったりはしないのか?」


ジグは頭を切り替えて、最もな疑問を投げかけた。

あれだけの攻撃性と狂暴性なら、目に付くもの全てに

襲い掛かると思われるからだ。


「それは俺達も考えた。同士討ちさせればいいんじゃないかと。

 でも駄目だった…まるで仲間同士の様に違う種類の獣どもは一緒になって、

 こちらに襲い掛かってきたんだ」


それは妙な話だなとジグは思った。

あんな状態の動物達に仲間意識などあるとは思えず、

何らかの仕組みがあるのだろうか?


だが今そんな事を考えても答えなど出ないと思い、次の質問をした。


「その中に草食動物はいたか?」


「草食…?どうだろう、多分いなかったと思う。

 皆、鋭い牙を剥きだしにしていたから…

 そういえば、食い散らかされた動物の死骸があった。

 草食動物は食われてしまったのかもしれない」


(草食には罹らない病気なのか…?それとも罹っていても草食は襲われるのか…?)


この辺りに何か今回の病気?のヒントがあるような気がしたが、

ジグは次の質問を続けた。


「はぐれた仲間との連絡手段は無いのか?無線はどうしたんだ?」


レオはかぶりを振り、残念そうに言った。


「俺の無線は逃げてる最中に落としてしまった…

 君らの無線はどうだ?」


「既に何度か呼びかけているが、応答は無い。

 向こうも無くしたか壊したのかもな。

  

 街への救援要請はもう済ませてある。

 が、到着まではまだかかるだろう」


「そうか…街から助けが来るのはまだ先か…

 隊長達と連絡も取れない…」


三人の間に重い空気が立ち込めた。

これからどうするのか?誰も口にはしないが、皆その事を考えていた。

やがてレオが口を開いた。


「なぁ、頼む、隊長達を探してくれないか?

 きっと生きている!」


レオはもう一度頭を下げた。

当然ジグの答えは決まっていた。


「頼むも何も、こういうトラブルに対応するのも俺達の仕事だからな。

 

 だがいいのか?あんただけなら、陽炎の手に乗せてここから簡単に脱出出来るぞ?

 生きているかどうかも解らない仲間の為に、自分の身を危険に晒せるか?」


これは意地悪な質問だった。

本来ならまずはレオを安全圏へ逃がし、その後に他のメンバーを捜索するのが

セオリーだが、そうすると生きていたとしても間に合わない可能性が高い。


陽炎があればレオを守るのも容易だろうから、ジグとしてはこのまま

他のメンバーの捜索を続行したかったが、レオが先に助けて欲しいと言えば

そうするしかないので、ここはレオに選択させることにした。


「それは…なかなか魅力的な提案だな…だが断る。

 仲間を置いて俺だけ逃げる訳にはいかない!」


ジグの心配は杞憂に終わった。

見た目は何処か頼り気の無い優男だが、中々熱いものを持っている様だ。


「ではこのまま救助を続行する」


テテは先程から、「助けに行きましょう!」と言いたくて

仕方無かったのだが、我慢していた。

最終的にどうするかの判断を下すのはジグなので、

自分が出しゃばる訳にはいかないからだ。


「はい!当然です!!」


テテは張り切って返事をした。

この辺りはさすが元レスキューなだけはあり、全くブレていない。

ジグにはそんな彼女の存在が、とても頼もしく感じられた。


「とは言え、ただ救助するだけでは駄目だ。

 俺達にはもう一つ重要な仕事がある」


「もう一つ?何ですかそれ?」


ジグとしてはこちらの方が憂鬱で嫌な仕事だったが、

人命救助と同じか、場合によってはそれ以上に重要な事だった。


「ここの狂暴化した動物達を、野に放つ訳にはいかない。

 ここですべて駆除するか、空爆でも要請して

 その病気と思われる物をここで封じ込めないとな」


テテがそれを聞いて息を飲んだのがジグには解った。


「あの…ひょっとしたら私達も?」


「感染していたら、あるいはそういう判断を下されるかもな」


テテは何か言おうとしたが、その言葉を飲み込んだ。

自分たちが媒介者となり街の人達まで感染させるわけにはいかないのだ。


「心配するな。

 恐らくこの病気?は、肉食動物しかかからない。

 草食動物や、どうやら人間にも罹ることは無いようだ」


実のところ熊は人間と同じ雑食性なのだが、

二人に余計な不安を与えたくなかったし、

熊の主食は肉なので、あながち間違えてる訳でもない。


「なぜそう思うんだ?!」


二人の会話を聞いて、レオが割り込んできた。


「草食にも人間にも罹るのなら、襲ってくる動物達の中に、

 ここをアジトにしていた連中も混じっている筈だからだ。

 あいつらは互いに殺し合わないからな。

 でもいなかったんだろう?人間や草食と思われる動物は?」


「あ、ああ確かに…少なくとも俺は見ていない」


かなりガバガバな理論だが、レオは一応納得してくれた様だ。


「まだ遭遇していないだけでいるかもしれないが、

 もしいたらさらに面倒くさい事になる。勘弁して欲しいがな」


その時、獣の唸り声がどこからともなく聞こえてきたかと思うと、

レオが先程閉めた、反対側の扉から多数の足音が聞こえ、

すぐにドンドンガリガリという、扉を叩いたり引っ掻いたりする音に変わった。


「また来ました!先ほどの反対側からかなりの数でしょうか?!」


恐らく先ほどの熊に向かって撃ったショットガンの音に反応して、

集まってきたのだろう。

サイズがサイズだけに、発射音も人間用の物とは

比べ物にならない程大きいのだ。


「丁度いい、纏めて殲滅する!

 レオは下がってろ、薬莢でも当たると怪我するぞ!」


言われたレオは慌てて距離を取り、念のために物陰に隠れた。


陽炎は膝立て状態から立ち上がり、先ほど破壊されたドアとは反対側の通路に

両肩の機関砲の狙いを定め、腰を少し落とした。


やがて扉は耐えきれなくなり、大きく歪みたわんでいく。


「扉が…!!破れます!」


扉が破られた瞬間、ジグは機関砲の引き金を引いた。


それと同時に先ほどの熊と同じ様な、狂暴化した猛獣がこちら側へ躍り出た。

先頭にいたのは何処かで誰かを襲ったのか、

口元を血で濡らしていた大きな虎だった。


その虎に向かって両肩の35mm機関砲が火を噴く。


先ほど熊に向けて撃った対人制圧用のショットガンとは訳が違う。

虎は何発かの弾丸を受け、あっという間に血煙と化した。


排出された薬莢がキンキンと音を立てて地面に落ち、

その一部は近くの水たまりに飛び込んで、ジュッっという音と湯気を立てた。


「…うぁ」


テテは初めて見る、間近で使われた重火器の発射音とその威力に戦慄していた。

体に穴が開くというレベルではない、バラバラになって砕け散るのだ。


虎に続いて色々と出てくるが、全て原型を留めぬ肉塊となり果てるだけだった。

猛獣を貫通した弾はそのまま床に大穴を穿ち、それらがどんどん拡がっていく。

テテは見ていられなくなり、思わず目をつむった。


こんな状況、普通なら逃げるのだろうが、病気?でおかしくなっている

動物達は闇雲に突っ込んでくるだけで、避けようともしない。


その様はまるで、元には戻れない自分たちを楽に死なせてくれ、

と言わんばかりだった。


そして機関砲の弾が切れる頃には猛獣達も全滅していた。


テテは恐る恐る目を開けたが、目の前に広がる惨状に思わず目を背けた。


「…ッ!」


ジグは下を向いたまま、拳を握りしめて声にならない悪態をついていた。

出来れば助けてやりたかったが、この状況では止むを得ない。

それは解っていても、やり切れなかった。


「ジグさん…」


仕方ないとはいえこんな事をして平気な訳がない。

ましてや相手は、地球の絶滅ないし絶滅危惧種なのだ。


その気持ちを思うとテテは、何と言って声を掛けたらいいか解らなかった。


「…すまん、何でもない。レオは無事か?」


テテが声を掛けあぐねていると、ジグがいつもの様子で口を開いたが、

まだ顔を上げることは出来なかった。


「あ、すいません、えっと……ッ!!!!」


テテはレオを探して周りを見回したが、

その時信じられない物を見て、固まってしまった。


あんな事を目の当たりにしてそちらに気を取られ、

周りをよく見ていなかった彼女のミスではあるが、

それを責めるのは酷だろう。

それはもうすぐそこまで来ていた。


「あ…………」


恐怖で声が出ない。

喉を空気が掠めるだけで音にならなかった。


「どうした、テテ?さっきから……ッ!!!」


ジグはここで顔を上げ、それに気付いた。


陽炎のすぐ傍まで来ていたそれは、いつどこから現れたのか、

とてつもなく巨大な黒い獣だった。


目測だが全長30メートルはあろうか、あまりにも大きい。

筋肉質な丸太の様な胴体と頭部は長く、剥き出しの牙が

閉じた口の端から何本も覗いていた。


顔つきはこれ以上無い位に狂暴そうで、ダイノアといい勝負だった。

体は水で濡れているのか黒光りしていて、

ゴツゴツした堅そうな樹木の幹の様な皮膚をしている。

尻尾は太く長く、いかにも強靭そうに見えた。


それはジグの知っている動物だった、そこは間違えようがない。

明らかに異常な大きさを除けば、だが。


「こ、こいつは……ワニ?……なのか?!」


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3話 終

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