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2/7

入隊


ダイノアの襲撃を何とかやり過ごした二人は、

フォールディングハウスに戻ってきた。


テテが女児をベッドに寝かせていたので起こさないようにと、

ハウス内の椅子を陽炎の傍へ持って行き、そこで話をすることにした。


二人はそれぞれ手に飲み物を持って、

まるで面接の様に向かい合って椅子に座った。

当然だが、テテはちゃんとした服に着替えている。


「さて、救助が来るまでの間に話を聞くことにしようか」


「はい」


「…聞きたい事はもうこれに尽きる。

 なぜ陽炎をああも見事に動かせたんだ?


 レイダライダじゃないと言ってたが、それが本当なら

 あの時の動きはどう説明する?


 ダイノアは素人の見様見真似の操縦で撃退できるような相手じゃない」


「あー、それはですね。

 私はLSMの元隊員だからです」


「エルシム?何だそりゃ?」


「Large man-sized  

Special heavy machine 

Mobile rescue team 

 の略称です。知りません?」


「レスキュー…?ああ、エデンにはレイダーを使った

 救助チームがあると聞いたことがあるが、それの事か!

 なるほど…」


だからエデン出身の割にはレイダーを間近に見ても反応が薄かったり、

竜巻の時とかその他諸々、危険な状況なのに妙に冷静だったりとか、

危険を顧みず人命救助に動くとか、

色々と不自然に思っていた事が腑に落ちた。


「正確にはレイダーではなくセイバーですけどね、

 まぁそういう事です」


セイバーとは、レスキュー用に使用されるカスタムタイプレイダーの別称だ。


破格の汎用性を持っていたレイダーを惑星開拓以外でも

使おうとするのは当然の流れで、ただ人命救助用のロボットを

レイダー(侵略者)と呼ぶのはどうかということで、

新たに付いた別称がセイバー(救う者)である。


「そうか、そういう事か。それで色んな疑問が解けたわ。

 しかし、元とは?

 まだ若いし元気そうだし、何よりもいい腕してるじゃないか。

 なぜ辞めたんだ?」


「それは…」


テテは急に声のトーンを落として、

その先を言わなかったが、ジグはすぐに察した。


「なるほど、それが自殺しようとした理由か。

 ならそこまでは聞かないでおく」


「あ、そう!それです!何で解ったんですか?

 私それっぽい事は何も言ってませんよね?」


「そんな事を聞きたいのか?」


「はい、気になります」


椅子の上で姿勢を正して目を輝かせるテテ。


「…そうだな…まず違和感を感じたのは、こんな所にいた理由だ。

 かわいい動物を見かけてそれをよく見ようとして

 追ってるうちに迷いこんだ、と言っていたな?」


「あ、はい…」


「それは不自然だ。動物なんて車で追ったら余計に怖がって逃げる、

 そんなことは子供でも分かる理屈だろう?」


「う…」


「だから何か言いにくい本当の理由があるが、

 言いたくなかったので嘘をついた、と考えた。

 

 だがその時点では単にあんたの頭が悪いだけ、

 という可能性もあったし、犯罪者の類とも思えなかったので

 特に問い詰めたりはしなかった。警戒はしていたがな」


「はは…ありがとうございます」


「次に妙だと思ったのは車の故障だ。

 あれは故障なんかじゃない、故意に部品が破壊されていた。

 ある程度車の知識があれば解ると思う」


「………」


「誰が壊したのか?考えるまでもない。

 ではなぜそんな事をする?自分で壊しておいて途方に暮れ、

 俺に助けを求めるとはどういう事だ?


 その答えとして「自殺」というワードが頭に浮かんだ。

 こんな誰も来ない電話も通じない荒野で移動の足を失うのは、

 死を意味するからな。


 確実に自殺を成功させるために、自ら退路を断って

 逃げれないようにしたが、土壇場でやはり死ぬのが怖くなった、

 そういう事なのでは?」


「車と言えばもう一つある。

 あの車、メアリーだったか?あれがレンタルではなく

 街で買った物だった事だ」


「旅行者なのに車をレンタルでなく買うというのは

 普通ありえないだろう?」


「移住者ならともかく、いずれエデンに帰るのに

 こっちで車なんて買ってどうする?確かエデンはガソリン車は

 全面禁止だから、持って帰っても公道では使えない」


「ならなぜ買ったのか?それはレンタルだと自分が死んだ後に

 レンタル会社に多大な迷惑をかけるからだ」


「…本当に…細かい事考えてるんですね」


「中々にキモイだろう?」


「いえ、普通に関心してますよ?」


一気に喋って少し喉がかすれてきたジグは、

ここで飲み物に口を付け、話を続けた。


「…だがまだ確信は持てなかった。俺は車の専門家でも何でもないから

 本当にただの故障かもしれないし、

 買ったのも借り物だと気を遣うからで、

 帰る時に売るとか、知り合いや友人に預けるとか、

 旅行と言いつつ数年間は滞在するつもりだった、とかな」


「なので確信したのは「死ぬのは私であるべき」って言った時だ」


ここでジグは言葉を切ってテテの様子を伺った。

少しの間の後、俯き加減だった顔を上げた彼女は

ジグに向かってぎこちない笑顔を作った。


「なるほど…ほぼ最初からバレてたようなもんですね。

 情けない話で申し訳ありません…」


「まだ死にたいと思うのか?」


この問いに対してテテは目を閉じてから

一度天を仰ぎ、自分の心に問い掛けてから答えた。


「…いえ、今はもう…

 ジグさんに助けて貰えて、本当に良かったと思っています。


 やってみたかった星間旅行をするためにノアに来て、

 思い残すことの無いよう自由気ままに過ごして、

 路銀を使い果たしたので、いよいよ決行と相成って…

 

 ここまで来て車を壊し、後はゆっくり死ぬだけ。

 そんな段になって色々と考えてました。


 今までの人生とかまぁ色々です。走馬灯みたいなもの…

 そんな時、ふとこんな考えが頭をよぎったんです」


「私の命、誰かを助けるために使えば良かったかも?」


「レスキューの隊員なんて、そもそも自分の命を使って

 他人を助けているようなものじゃないか?

 普通の人はそう考えてくれますが、実際は違います」


「隊員の生命優先で、こちらの安全が確保出来なければ

 言い方は悪いですが、要救助者を見殺しにします」


「それは当然だろう」


「ですよね。

 でも私はその時こう思いました。

 こちらの安全なんて度外視して、普通なら諦めて

 見捨てる事になるであろう人を助けるために、

 この命を使えないか?と」


「このまま無為に死ぬよりは、

 誰かを助けるためのコストかリソースになりたい」


「そう思うとこんな所で死ぬのは駄目だと思いなおし、

 車を直そうと思いましたが無理で…

 後はジグさんが見てきた通りです」


「その気持ち、分からんでもないが…それでは生贄だ」


「はい、その通りです。

 だから先程の状況、私にとっては千載一遇のチャンスでした。

 ジグさんを巻き込むでもなく、私の命で二人も助かる訳ですから」


「でも実際に行動したのはあなたでした。

 私みたいに死ぬつもりでいる訳でもないのに…

 正直言って胸がキュンキュンしました」


神妙な顔で話していたテテだったが、

最後の所ではニコリと微笑みを見せた。


「そりゃどうも。

 だが夢を壊して悪いが、俺がああしたのは生き延びる算段があったからだ。

 結果的にああなってしまったが、自分を生贄にする気なんてさらさら無かった」


「でも私が囮になれば、ほぼ確実にジグさんは生き延びる事が出来ますよね?

 なら普通はそうするはずです。

 私が死にたがっているのを解っているのならなおさらです。

 違いますか?」


「む…

 守るべき市井を囮にするとか、そんなみっともない真似が出来るか。

 レイダライダの恥さらしだ」


「いえいえ、殆どの人はいざ自分の命が危うくなると、

 恥も外聞も捨てて、自分の命を最優先にするものですよ。

 それが普通です。 

 

 ジグさんは案外私と同類で、相性が良いのかもしれませんね。

 結婚しますか?」


「夫婦揃って神風特攻か?笑えない冗談だ」


ジグは大げさに被りを振った。


「まぁこの話はもういい、で、これからどうする?

 死ぬのは止めたんだろう?

 エデンに戻るのか?」


「そうですね…それに関しては思うところが出来たというか、

 お願いしたい事があるというか…」


「結婚はしないぞ?」


「あら残念。

 …いえ冗談ですから、そんな顔しないで下さい」


ジグは「そんな顔」のまま、続きを促した。


「エデンに帰るのはまだ止めておきます。

 また死にたくなるかもしれないので。

 でもノアに滞在したくても、もうお金がありません。

 なので…」


「ジグさんの所で私を雇ってくれませんか?

 開拓作業に関しては素人ですが、とりあえずレイダーを

 操縦できるので、何かしらのお役には立てると思うのですが、

 どうでしょうか?」


「なるほどそう来たか…

 資金が溜まれば帰るのか?」


「…分かりません」


「そうか…

 正直言うとこちらとしても悪くない話ではある。

 レイダーが不足しているのと同様、そのパイロットも

 不足してるからな。あんたの経歴と腕前ならまず一発採用だろう」


「本当ですか?お世辞でもうれしいです!」


「世辞でも何でもない。

 実際に見事な動きだったし、流石は元レスキュー、

 エリートの集まりなだけはある」


「あ、ありがとうございます…」


「ただな…今はレイダーが余ってないんだ。

 要するに乗る機体が無い」


「あら」


「パイロット以外でも色々仕事はあるが、折角の凄腕パイロットを

 遊ばせておくのも勿体ない…

 まぁ新人の採用とかそういうのは俺の担当でも何でないから、

 どうするのか決めるのは本部だがな」


「では…具体的に私はどうすればいいでしょうか?」


「そうだな…取りあえずは救助隊に同行して…

 彼らはここから一番近いモベという街から来てそこへ戻るだろうから、

 そのモベから俺の街、ルグレイに飛んでもらって、

 そこにある特殊重機課本部って所に行ってくれ。

 

 街の人間なら誰でも知ってる建物だから、

 タクシーでも捕まえればすぐだ」

 

「先に俺の方から話を通しておくから、そこで俺からの紹介だと言えば

 上に話を通してくれるさ」


「分かりました。ですが…

 私、ガチでお金持ってませんので…

 まずルグレイに行くことが出来ません」


「っと、そうかそうだったな。

 参ったな、俺も現金の持ち合わせなんて殆ど無い」


「どうしましょう?ツケとか効きますか?」


「顔なじみや常連でもない限り無理かな…

 よし、じゃあこうしよう。

 

俺は予定通りヴィクスへ向かうが、あんたも連れて行こう。

 向こうへ着いたら俺が現金を用意するから、

 それでルグレイまで行ってくれ。その後は話した通りだ」


「いいんですか?そんなにお世話になってしまって…?」


「命の恩人だからな。気にするな」


「それは私も同じ事ですよ」


「なら、優秀な仲間が増えればその分俺も仕事で楽が出来る、

 これでいいだろ?お世話する理由としては十分だ」


「…分かりました、ではお世話になります」


テテは深々と頭を下げた。


___________________________


話が終わった後は、二人でフォールディングハウスの点検を行った。


窓ガラスが一か所全損、外装に無数の傷と凹みがついていたものの、

特に大きな損害が無い事を確かめた。


ジグが素早く判断し囮になったことで、致命的なダメージを負う前に

ダイノアを引き離せたのが幸いした形だった。

これなら使用に差支えはなさそうである。風通しは良すぎるが。


その後救助隊がやってきたので保護した女児を引き渡し、

ダイノアにスクラップにされたテテの車と、

女児の乗っていた車の回収を依頼した。


救助隊はテテも乗せて送りましょうと言ってくれたが、

事情を説明して辞退、二人で救助隊を見送った。


まだまだショックが抜けきらないのか、殆ど口を開かなかった

女の子だったが、最後の別れ際に二人に見せてくれた

目一杯の笑顔が印象的だった。


「さて、俺達も行くか。

 まずは道路へ出て、そこから一気にヴィクスへ向かう。

 今日中には無理っぽいが、明日には着けるだろう」

 

「はい!」


フォールディングハウスを畳み背負い、

道路の方向へ陽炎は歩く。


暫くは取り留めのない雑談をしていた二人だったが、

やがて二人とも睡魔に襲われる。


考えてみればいろいろなことがありすぎて、

身も心も疲れ切っていたのだ。


そんな折ジグは大きな水溜まり、いわゆる溜池を発見した。

例の竜巻に伴う降雨によって出来たのだろう。


「丁度いい。

 水があるから今日はここらでいいだろう」


水源が確保できるのならシャワーが使える。

まだ道路にも出ていないが、もう今日は早めに休もうという事になり、

フォールディングハウスを展開した。


___________________________


ハウス内で寛いで人心地ついた頃、まだ日没までには多少時間があったからか、

ジグがこんな事を言い出した。


「ここで夕飯の食材を探そうと思う」


そう言うと椅子から立ち上がり、外へ出る準備を始めるジグ。

声を掛けられ、ベッドで寝転んでいたテテはむくりと起き上がった。


「夕飯の食材…ですか?

 食料はまだ充分ありますよね?

 そもそもこんな所で何か食べれそうな物なんてあるのでしょうか?」


動物はもとより植物でさえまばらにしかない荒野、

その植物すらとても食べれそうな物には見えないのだ。


「保存食はどうにも味気ないだろう?

 せっかくの自然の恵みだ、享受しようって訳さ」


「恵みと言っても…この辺り何もないですよね?」


「あるさ、あの溜池だ。

 ウマい魚が獲れるかもしれん」


ジグは現在このハウスの水源として利用している、

外の溜池を指した。


「出来たばかりの溜池ですよ?

 魚なんていないのでは?」


「いるかもしれないんだな、これが。

 百聞は一見に如かずだ、来るか?」


「は、はぁ…解りました」


そして溜池の傍まで来た二人。

池の広さはかなりあるが深さはそんなにないようで、

うっすらと底が見えている。


そこには平面的な水底が広がるばかりで、

水面には波一つ立っておらず、生命の気配はまるで感じられない。


テテはそんな水面を見ながら言った。


「あの…本当に魚が?」


「ああ、今回狙うのはエピタムという名の魚で、

 普段は地面の下に自ら分泌した粘液に包まれ、

 さなぎの様な仮死状態で潜んでいる。


 で、雨が降ると目を覚まして活動を開始し、

 同じ様な生態をしている他の生物を食べ、

 水が無くなるとまた仮死状態に戻る」

 

「へぇ…凄いですね!どうやって獲るんです?」


「人の手でも出来るが、ここは陽炎を使う。

 興味があるならやってみるか?結構簡単だぞ」


「いいんですか?じゃあお言葉に甘えて…

 実はちょっとワクワクしてたんですよね!」


そんな訳でテテは胸部コックピットに乗り込み、

ジグは頭部コックピットで指示を出すことにした。


「では獲り方を説明する」


ジグはテテに陽炎のコントロールを任せて、説明に入った。


「とにかく水面をじっとよく見るんだ。どこかで大き目の

 泡が立てば、そこにいる可能性が高い」


「後はそこ目掛けて陽炎の両手を突っ込んで、底の泥ごと

 纏めて掬い、地面に泥の塊を降ろしてから中を探り、

 いたらおめでとう、というわけだ」


「それだけですか?」


「それだけだ。陽炎で素早く、潜んでいる泥ごと一気に掬い上げる。

 人の手でやるとピンポイントで狙わないといけないが、

 陽炎なら泥ごとゴッソリと掬えるから簡単だ。

 やれるよな?」


「はい、やってみます!」


元気よく返事をしたテテだったが、ふと思った事を聞いてみた。


「陽炎の電気でビリっとやったらどうでしょうか?」


「駄目だ、関係ない他の生物達を根こそぎ殺してしまう。

 食う分だけでいいんだ」


「なるほど確かに。

 解りました、いきます!」


陽炎に乗り込んだことで視点が高くなり、

かなりの範囲を見渡せる。

程なくして泡が立った。


「あ!今のですか?!あそこを攫えばいいんです?」


テテが色めき立って興奮気味に聞いてきた。


「いや、違う。もっと大きい泡で、上がってくるリズムが

 バラバラなのがそうだ。今のは単に、泥の中の空気が

 上がってきただけだろう」


「そうですか、残念…」


「そう焦るな、釣りと一緒だ。じっくり待とう」


そうしてしばらくは無言で水面を見つめる二人。


どれ位そうしていたか、やがて先ほどの物と比べると明らかに大きく、

上がってくるリズムもバラけている泡が発生した。

ジグの教えてくれた状況にドンピシャだ。


「来た!」


今か今かとじりじりしていたテテは、ジグに確認を取らずすぐ動き、

陽炎の両手を突っ込んだ。


「ま、待て!この泡は大きすぎる!?」


ジグがそう言ってももう遅かった。

陽炎は泥に突っ込んだ両手で何か大きな塊を持ち上げ、

テテの「ねりゃあ!!」という気合?の入った掛け声と共に、

地面に放り投げた。


それは泥の塊…ではなかった。


「で、でかい!?」


ジグは思わず叫んだ。捕れたのは確かにエピタムだった。

が、ジグの知っているエピタムは大きくてもせいぜい50cmなのに対し、

こいつは3mはありそうだった。


「や、やりましたーーーッ!!」


テテは大物が獲れて嬉しいようで、大はしゃぎしていた。


エピタムは少しその場で暴れていたが、

すぐに体勢を整えてため池に戻ろうと動き出した。

図体の割には動きが早い。


それに気付いたジグは、すぐにテテに指示を出す。


「逃げるぞ!頭をガツンといけ!」


「あわわわ、えっと、ご、ごめんなさい!!」


陽炎はすぐさま拳をエピタムの頭部目掛けて

振り下ろした。


エピタムはその場でのた打ち回り始め、やがて動きを止めた。

気絶したのか死んだのか、ともかくこれで完了である。


「美味しくいただきますから、成仏して下さい…」


テテは胸の前で十字を切ってから、手を合わせて合掌した。


___________________________


「それにしてもでかいな、こいつ…

 こんなにも大きくなるのか?

 或いは俺の知ってるのとは別種なのかもしれん」


ジグは陽炎で、エピタムの泥と体表のぬめりを溜池の水で洗いながら呟いた。

完全に絶命していて、だらんと大きな口を開けている。


「大きい口ですね…人間位なら一呑みにされそうです」


「生身でこの池に入っていたら、食われたのはこっちの方だったな。

 レイダー様々だ」


ジグは考えていた。

雨の後に出来た溜池なんかに、こんなデカイのがいるとは誰が想像出来よう。

恐らくは水を求めてやって来た動物を待ち伏せ、一呑みにするのだろう。


やはり安全地帯とされている場所でも、何があるか解らないのだ。

あのダイノアといい、本当に油断ならない。


そんなジグの思考を遮ったのは、機嫌の良いテテの声だった。


「この大きさなら、二人で食べてもお腹いっぱいになれますね!」


「ああ、だがこれだけ大きいと解体が大変だな」


ジグは洗ったエピタムの口を陽炎で持って目の前にかざしてみた。

プロの料理人ならともかく、素人にこのサイズの魚を解体出来るだろうか?


「陽炎でやればいいのでは?」


テテが簡単な事ですよね?とばかりに言う。


「確かにブツ切位には出来るが、その後は結局

 人の手でやる必要があるから、そう簡単にはいかんよ」


レイダーの指は基本はコンピューター任せで、

予めセットアップされている動きならともかく、

魚を捌く動きなど当然用意されてはいないのだ。


マニュアル操作で指を個別に動かすことは可能だが、

その場合はグローブ状のインターフェースがほぼ必須で、

ジグは持っていなかった。


となると、備え付けの10本の小さなレバーで指を動かすしかないのだが、

これの操作性がすこぶる悪く、細かい動きなど出来よう筈もない。


「私…出来ると思います。捌き方を教えてもらえれば」


「マジか?」


「レスキューの際に、セイバーで人を掴んで救出する関係上、

 あらゆる状況を想定した訓練を受けています」


「成程、ではお手並み拝見だ」


ジグは陽炎の左脛に装備されてる、電磁短剣ブリッツダガー

を陽炎に持たせてからテテと入れ替わり、

自分は指示する為にエピタムの側に立った。


テテの陽炎はそのダガーを使って、ジグの指示に従い大物を解体していく。

巨大ロボが魚を捌くという、何気にシュールな画だった。


「うえぇぇ、気持ち悪いですぅ…」


先程から指示通りに頭を落としたり内臓を出したりする度に、

紫色の粘液がドバドバ出て来た。


テテは陽炎で行っているからこそ、何とか気を保っていられたが、

もし自分が手に刃物を持ってやるとしたら、出来る自信が無かった。


「我慢しろ。

 このネバネバのおかげで、こんな所で新鮮な魚が獲れるんだからな」


「た、確かにそうですが…

 やっぱり気持ち悪いですよぅ…これ食べられるかな私…」


「それにしても見事だな、よくマニュアル操作で

 こんな真似ができるもんだ。流石だな」


テテの操る陽炎は、まるで人間の様にスイスイと指示通りに

エピタムを解体していた。

大きな鍋かフライパンでもあればこのまま料理出来そうだったが、

さすがにそんな物は無いので無理だ。


「…何か、こうして切り身にしたらほぼ魚ですね。

 これならおいしそう?」


「だろう?何なら内臓と頭も食ってみるか?」


「さすがにそれはハードルが高いですね…

 捨てるのが勿体無いのは解るのですが」


「安心しろ、ここで捨てる分には付近の生物達のいい栄養になるから、

 こいつの命は無駄にはならない」


少し離れた所に置いていた落とした頭と内臓には

早速何種かの動物達が群がっていた。


身の切り出し作業を終えた後は、これから食べる分以外を

何とか冷蔵庫に押し込み、保存食とした。


こうして夕食として調理して食べたエピタムは、

見た目はグロテスクだったが新鮮な事もあり、

多少の泥臭さはあるものの美味といってよかった。


___________________________


「上がりましたよー!」


「おう」


テテはシャワールームから出ると、陽炎の点検をしていた

ジグに声をかけた。


辺りは既に真っ暗だった。

そんな中、陽炎の胸部大型ライトが煌々とハウスとその付近を照らしている。


ダイノアに破られた窓には、カーテンを直接枠に打ち付けて対処した。


「あー、さっぱりしました。

 今回は水源があって本当に良かったです」


先にシャワーを使ったテテが、しんみりと言う。


「そうだな、トイレは最悪水が無くても使えるが、

 シャワーはそうもいかんからな」


「こんな人里離れた場所なのに、

 エアコンはおろかシャワーまで使えて髪も乾かせて、

 歯まで磨けるなんて、ありがたい話ですよね」


レイダーは機材から武器から日用品等、様々な物を持ち運び、

それらを使う電力を供給した上に危険からも身を守ってくれる。


レイダーの無かったエデンの開拓時に比べると、

かなりのペースでノアの開拓は進んでいる。

しかもそれに伴う死者はエデンの時の100分の1以下で、

これらの事実は、いかにレイダーが有用な機械なのかを示していた。


「あの竜巻も悪い事ばかりじゃなかったという訳だ。

 俺も後で頂く」


「ところでつかぬことを伺いますが」


「何だ?」


「見た所ベッドは一つしかありませんが、

 どうします?」


「ああ、本来なら二段ベッドを使ったりして

 最大四人まで寝れる仕様なんだが、

 今回は俺一人だったからな」


「私、床でも平気で寝れますよ?そういう訓練もしてましたし」


「そんな事させるわけないだろう。

 俺はコックピットで寝る。

 ダイノアの件もあるし、いざという時の為にもな」


「あー、確かにそれはそうですね。

 じゃあお言葉に甘えます」


その後陽炎の点検を済ませたジグもシャワーを浴びたが、

まだ大人が寝るには少々時間が早かったので、

二人でダラダラと酒を飲んで過ごしていた。


「そういやジグさん、私がかわいい動物を見てそれを車で追ったと

 嘘をついたと言ってましたケド…」


ワインで既に顔が赤くなってるテテが、やや怪しい呂律で切り出した。


「言ったな。それがどうした?」


対してジグは、ロックのウィスキーを舐めながらナッツをつまんでいる。


「車で追ったのは確かに嘘なんですが、かわいい動物を見たのは

 本当なんですよね。

 で、その動物の事を知っていたら教えてほしいんです」


「ほう。それは興味深いな。

 この辺りに可愛いと言える動物なんて、例のトカゲ位の筈だが。

 もしかして新種かもな、それなら名前を付けれるぞ?」


ジグはそう言いながら、テテが端末で撮ったという

その動物の動画を確認した。


「…知ってます?」


「これは…ば、バカな!?嘘だろ!?」


ジグはダイノアを見た時と同じくらい驚いた。

今日という日は本当にどうかしている、

こうも立て続けに色々あるとオカルトじみた物を感じる。


「同感です。犬や猫に匹敵する可愛さですよね!

 私も超驚きました!

 で、知ってるんですか?なんていう名前なんデス?」


「………」


暫く考え込んでいたジグだったが、やがて口を開いた。


「…ウサギだ」


「うさぎ?それがこの子の名前なんですか?」


「ああ…」


ジグは先ほどからずっと険しい表情で、

端末に映し出されている小動物の動画を見ていた。


「何やら様子が変ですが、どうしました?

 可愛い物を見る顔してませんネ?」


ジグは相変わらず渋い顔で何やら考え込んでいる。


「まさかこの子、こんなに可愛いのに実は

 恐ろしい危険動物なんでしょうか?」


「…いや、こいつ自体は危険でも何でもない。

 ただの小型草食動物だ。

 しかし問題は…」


「問題は?」


「…こいつが地球の動物だってことだ」


「地球?地球ってあの、人類発祥の星ですよね?

 今は誰も住んでないらしいですが…」


思ってもみなかった単語を聞いて、テテは酔いが冷めていくような感覚に陥った。


「そう。

 このウサギって動物は、地球末期の環境破壊に

 適応出来ず、野生では絶滅した筈だ」


「え?じゃあどういう事なんです?

 なぜここに?」


「収斂進化の結果、たまたまそっくりな姿になった

 ノアの動物、という線も考えられるが多分違う」


「しゅうれんしんか?」


「全く違う種の動物同士でも、同じ環境で適応・進化をしていくうちに

 姿が似てくるんだ。サメとシャチとかが解り易い」


この二種は未だに地球の海でしぶとく生き残っており、

誰もが知っているメジャーな地球の動物だ。


ウサギもかつては誰もが知る人気動物だったが、

現在では図鑑にしか載っていない程度のマイナーな動物になってしまっていた。

バニーガールは今でも人気のコスプレだが、元ネタを知らない人も多い。


「なるほど、確かにサメとシャチって似てますね。

 でもなぜ違うと?

 地球の、しかも絶滅種がここにいたって事よりは、

 まだ可能性高くないですか?」


「ウサギに関してはそこそこ信憑性の高い噂があってな。

 どこかで家畜として飼われていて、闇で取引されてるって噂だ」


「闇取引って…まぁこんなに可愛いなら、

ペットとして人気は出そうですね」


「確かにウサギはペットとしても人気があったらしいな。

 だが、それはないと思う。」


「これまたなぜ?」


「ペットとして出回ると、どうしても足が付きやすくなる。

 誰かに見られたり自慢してしまったり、逃がしてしまったりとかな」


「なら一体…ペット以外でどうすると?」


これに対してジグは、答えていいものかどうか迷ったが、結局答えた。


「食うんだよ、旨いらしい」


骨付きの肉にかぶりついて、肉を噛みちぎるような

ゼスチャーを交えてテテに言う。


それを聞いたテテの顔は一瞬で引きつった。


「ジ、ジグさん…何てことを!!」


「食うのは勿論、触った事もないわ!」


かつて人類は地球を脱出する際に、可能な限りの動物を連れて行った。

だが、食肉用や実験用に飼育・養殖していた動物群の一部と、

ペットの犬・猫・鳥類以外は、既に絶滅、ないしは絶滅寸前で、

今ではウサギ同様、エデンの特別保護区域で厳重に保護されるのみとなっている。


「まぁ食ってみたい気持ちは解る。絶滅した動物、

 どんな肉でどんな味がしたのか?恐竜を食べてみたい、

 ってのと同じ感覚なんだろうな。

 実際、かつての地球では普通に食べてた国もあったらしい」


「解りません!こんな可愛いのを食べるだなんて!

 愛でましょうよ?」


「その気持ちも十分解るが、食文化ってやつだな。

 食うも愛でるも、どちらもありだと思う」


「そ、それはそうかもしれませんが…

 で、でもいっぱいいるなら兎も角、そんな貴重?な動物を

 なぜ食べたりするんです?」

 

「貴重だからこそ高く売れるんだろうよ。

 数が増えると価値が下がるから、個体数を制御して繁殖、 

 増やさず減らさずにその肉を、金と暇を持て余した金持ちとかに売る」


「ひどい!?」


「確かに行為そのものは卑劣な違法行為だが、食う事に関しては

 俺達も食用の動物を飼育し、その肉を食っている訳だから、

 そこに関しては違いなんて無いさ。

 

 可愛い動物を食うのは酷い事で、

 可愛くない動物なら食ってもいいのか?」


「…それは…」


「すまん、ちょっと意地悪な物言いだったな。

 

 さておき、もしもこの動画の動物が地球産のウサギだとしたら、

 噂が真実だった可能性が高く、本格的に捜査が開始されるだろう。

 その結果悪党共を壊滅出来ればそれは喜ばしい事なんだが…」


「そういえばさっきからジグさん、浮かない感じですね?

 言ってみれば手柄を立てるチャンスなのに?」


「……ウサギは非常にまずい」


「はい?やっぱり食べた事あるんですか!?」


「いや、そういう意味じゃない、まずい違いだ。


 ウサギはかなり繁殖力の高い動物だったらしく、

 もしこの星のあちこちで野生化でもしたら、何が起こるか解らん。

 普通になじめばいいが、この辺りを不毛の地に変えるかもしれん」


「現にこうして、逃げたか逃がしたかした個体が住み着いて、

 恐らく繁殖もしているだろうからな」


かつての地球では頻繁に起こっていた話。


自分達の益になるからと、本来その場にいないはずの

外来種を持ち込んだあげく、それらが野生化してしまい

生態系のバランスを崩し、環境を破壊する。


家畜を襲う害獣として肉食獣を駆除したせいで、

草食獣が増えすぎて植物が全滅し森が砂漠化、


海獣の毛皮が高値で売れると乱獲した結果、

その海獣が餌としていた生物が辺り一帯の海藻を食い尽くし、

一帯が死の海に。


こういった話は枚挙に暇がなく、それらの積み重ねは

地球を死の星にした遠因の一つとなったのだ。


「あ、そういう事ですか…確かにまずいですね。

 じゃあ早く報告して対策を取らないと!」


「その通り、これは悪党共が酷いとかウサギが可愛そうとか、

 手柄を立てるチャンスだとか、そんな事以前に由々しき問題だ。

 すぐにでも本部に報告しよう。


 ここはかつて無法がまかり通っていた地球やエデンとは違う。

 必ずブローカー共を見つけ出し、しかるべき対処をしないとな」


――――――――――――――――――――――――


翌朝


昨晩ジグはすぐに本部と連絡を取り、ウサギの件を報告した。

近いうちに目撃者の話を聴く事になりそうだが、

現状はそのまま今の任務を続行せよ、追って連絡するとの事だった。


そんな訳で、連絡あるまでは立てた予定通り事を進めるという事で、

二人は朝食を済ませるとすぐに移動を開始して、まずは道路を目指した。


そして陽炎を早足に歩かせること約5時間、

途中で何度かトイレ休憩を挟みつつ、目的地の道路に到着。


「よし、ここまでくればヴィクスへはすぐだ」


「え、でも地図ではここからでも相当な距離あるみたいですけど…」


「道路という事は整地されてるということだ。

 それならこいつが使える」


「?」


ジグが何かを操作すると、陽炎の足元から

鈍い作動音が聞こえてきたかと思うと、

機体が少し浮いたような動きを見せる。


「ん?今のは何ですか?」


「フットローラーだ。セイバーには付いてないのか?」


「何ですそれ?」


「要するにローラーシューズみたいなモンだ。

 足裏から車輪が出て、これで高速移動出来る。

 整地でしか使えないがな。

 こんな感じだ、それ!」


ジグの掛け声と共に、陽炎が道路の上を車両の様に滑り出した。


「わっ!へぇー、こんな物が…

 これは早いですね!」


「これなら脚で走るよりもずっと早い、さらに!」


ジグがもう一度何かを操作すると、

今度は機体各所のスラスターが火を噴き、

さらに加速した。


「おおーー!早い早い!これはいいですね!」


「しかしこの状態は推進剤がすぐ切れるから、

 ずっとは使えないのが残念だ」


ジグがスラスターを止めると速度が落ちた。

とはいえフットローラーだけでも十分早く、

歩きや走りとは雲泥の差がある。


「街中では専用トレーラーに載せて移動するんだが、

 作業の現場では少し移動する位で一々載せてられないからな。


 かといってドカドカ歩くと道路が痛むし、振動や騒音もすごいから、

 このローラーはほぼ必須と言っていい装備なんだ」


「私たちは現場には専用の輸送ヘリで向かってましたからね。

 基本的に救助現場から動きませんし、そもそも歩いても

 道路は壊れませんでしたよ」


「そうなのか?」


「セイバーは装甲なんていらないですから、軽いんです。

 大事なのは耐熱・耐寒・防水性なので。

 勿論ある程度の機体剛性は必要ですから、

 全く装甲が無いわけではありませんが」


「手足もこの陽炎みたいに末端肥大ではなく、逆に末端萎縮ですね。

 機動性を重視していますから」


「ほう、レイダーをカスタムしたものと聞いていたから

 そんなに違わないと思っていたが、結構違いがあるんだな」 


レイダーは機動性を犠牲にしてあえて手足を大きく重くすることで、

歩いた後の深い草むらやジャングル等に、獣道ならぬ人間道?を作ったり、

腕の方は銃器の反動を抑える、パンチの威力を増す、防御の為、等である。


他にも、人と一緒に作業することが多いので少しでも転倒事故を

防ぐ為に重心を下げている、流れの早い河川で安定して立つ為、

単にアンカーボルト、フットローラー、各種工具や変圧機といった

様々な物を収納する為に大きい、といった理由がある。


「昔はそうだったみたいですけど、今は最初からセイバーとして

 設計された物が殆どですよ」


「そうなのか。機会があれば一度乗ってみたいな」


「居住性は考慮されてないので、狭い上に乗り心地は最悪ですけどね!」


「ははっ、それは勘弁だな」


そんな雑談を交わしつつ、二人はドライブ感覚で一路ヴィクスへ向かった。


___________________________


ヴィクス。

この街は基本的なインフラや商業施設などの建設は済んでおり、

後は順次住宅や娯楽施設の充実を図る段階となっている。


都会という程ではないが田舎でもない位の規模で、

ジグも以前ここで働いていた。


人間と自然を隔離し住み分ける為に、中世の城塞都市のような

スタイルをとっており、街の外周には動物除けの

電気フェンスが設置されていて、

そのフェンスに沿って幾つか設置されているゲートをくぐって中へ入る。


街といってもその規模は、かつての地球においてなら

小さな国と言ってもいい程の広さを誇る。

ノアは地球の約二倍の直径があり、土地なら唸るほど余っているのだ。


ただ広いといっても、実際には農地や牧場、大きな工場の類が

大半の場所を占めており、都会と呼べるような建物群は

何か所かに点在するのみである。


これは何もヴィクスだけの特徴ではなく、

現在ノアにある建設中も含めた6つの街は、

すべてこの方式で建設されていた。


その中でもここは大きな公園が沢山あるのが売りで、

無害な小動物も多く放たれており、

自然と人工物が理想的な関係で共存する街、というのが売り文句だ。


ヴィクスへ到着した二人は現在、開拓従事者なら格安で使える宿泊施設にいた。

部屋は内装こそ平々凡々だが広く、周辺の娯楽施設も充実している。


ちなみに陽炎とフォールディングハウスは近くの専用施設で整備・修理中だ。


「あ~おいしかった…」


先ほど遅い夕食(おかわり自由)を平らげたテテは、

部屋のベッドにつっぷして、ネコのように溶けていた。


ジグは明日からの話をするためにテテの部屋にきていて、

近くのソファに座り酒を嗜んでいる。


「そんなに旨かったか?

 こっちの食材はエデンの物と比べると数段落ちると聞くが、

 そうでもないのか?」


エデンには地球から持ち込んだ野菜や穀物、家畜の肉や卵が流通しているが、

ノアでは環境保全の観点から、他星(地球とエデン)の生物の持ち込みが

厳しく規制されており、出回っている食材はほぼ全てがノアの原生生物だ。


なので、長い年月をかけて品種改良してきた元地球産の動植物に比べると、

ノアの物はやはり一段も二段も味が落ちる物が多い。


加工済み食品の類(酒・バター・解体した肉など)であっても

エデンからの輸入品のみになるので高級品になる。

ノアの原料で作った安価な物もあるが、やはり味はかなり落ちる。


「いやまぁ単に私は食のストライクゾーンが広くて、

 大抵の物はウマウマ言って食べます」


「そりゃ感心だな、俺も見習いたい。


 さて、明日からの事なんだが…

 さっき渡した現金を使って、好きなタイミングで

 ルグレイへ飛んでくれ。ここの支払いは俺がやっておく。

 金を返すのも好きなタイミングでいい、利子はいらん」


「ははー、あんなに沢山ありがとうございます!」


テテは大仰にお辞儀した。


「あんたの事はウサギの件から就職希望の事、元レスキューとか

 諸々報告しておいたから、何かあればもう直接そちらに連絡が行くと思う」


「はい!

 ジグさんはこれからどうするんです?」


「言ってた通り、数日間ここで休暇を取ったら

 その後は任務の後半戦だ。

 ハウスを使いながら今度はルグレイに帰る」


「じゃあ戻ってくるのは少し先の事になりますね」


「そうだな、その頃にはお前さんも何かしらの仕事に

 就けてるかもな。頑張れよ」


「はい、がんばります!

 いつか一緒に仕事ができたらいいですね」


「そうだな」


ジグが持っていた酒のグラスを掲げ、乾杯のジェスチャーをすると、

テテも何も持っていなかったが、合わせて乾杯のジェスチャーを返した。


ブッブッブッー


「ん?何だこんな時間に…」


まるで誰かが乾杯のタイミングに合わせたかのように、

ジグの端末に通話着信が届いた。送信主の名前を確認してジグは驚いた。


「市長?!ちょっと失礼」


そう言ってジグは一度部屋を出て、廊下で電話に出た。


やがて通話を終えたジグが何とも言えない表情で戻ってきた。

どうやらあまり嬉しい話ではなさそうである。

当然テテは問う。


「どうしたんですか?

 あ、言えない事ならすいません」


「いや大丈夫だ。そちらにも関係ある話だからな」


「私が?あ、早速例のウサギの件ですか?!」


「違う」


「では何なんです?」


「色々あるんだが、結果だけを言うと…

 うちの街の市長がな…

 市長と言っても権力規模を考えると大統領みたいなもんなんだが」


「大統領!?」


「俺達二人、ヘリを出すからすぐに雁首揃えて顔を見せに来いだとさ」


「……え?ヘリ?すぐにって…?」


「一応抗議したら、ここで取るつもりだった休暇が終わってからでもいい、

 だそうだ」


「ええええーーーー!!!」


___________________________


「ちょっと待って下さい、そもそも何でそんな偉い人が名指しで私達を?!」


当然の疑問だ。

ジグはまだしも、テテは単なる就職希望者に過ぎない。


「…まぁ簡単に言うとコネだな」


「コネ?」


「ルグレイの現市長、リゲル・シュルツは俺の義父の親友で

 俺自身の師匠でもあり、家族同然の付き合いをしていてな」


「え?え?何か色々な肩書が一遍に…

 でも、そういうコネがあって市長が直々に、というのは解りましたが、

 今回の指令の内容と何の関係が?」


「それはだな…つまり…」


バツが悪そうに言い淀むジグ。


「家族同然というよりも、向こうは俺の事を完全に息子扱いしていてな。

 その事は別にいいんだ、問題は…」


さらに言いにくそうにして言葉を途切れさせる。

その様子は照れ臭がっている様にも見えた。


「息子…問題…?あ!!

 もしかして嫁候補ですか!私!?」


「すまん、そんなんじゃないと言ったんだが聞く耳持ってくれなくてな…

 いいからとにかく顔見せに来い、の一点張りで」


「あー、解ります。私もチクチク言われますもん。

 そういえばジグさん奥さんと別れたって言ってましたよね。

 そりゃ猶更心配でしょうね」


「ったく、どこから話を聞きつけたんだか…」


「ウサギの件じゃないですかね?」


「………ああクソッ、そういう事か!」


ウサギの件はかなりの大事なので、当然市長の耳にも入った訳である。


「じゃあ私はどうすれば…?一緒に来いってことは…」


「後日ルグレイで合流しても良いが、ヘリを回してくれるのなら

 それに乗った方が早いし金もかからんな。

 どうしたいかはあんたが好きに決めてくれ」

 

「ううん…じゃあ私もヘリに同乗します。

 その方がシンプルですしね」


「了解した。

 渡した金はもう返さなくて良いから、

 それでもっと良い宿でも取って好きに過ごしててくれ。

 当日連絡して迎えに行く」


「ええ!?そんな悪いです!」


「迷惑をかける慰謝料だと思ってくれたらいい」


「迷惑だなんて思ってませんよ。言い方は悪いですが

 市長が私をそんな目で見ているのなら、それは強力なコネになります。

 別に結婚を強要されてる訳じゃないですし、私にとって悪い話じゃありません」


「な、なるほど。そういう見方もあるか。

 ……意外としたたかなんだな」


「したたかついでに聞きますが…

 休暇は何日程?どう過ごすおつもりでしたか?」


「二日の予定だが特に趣味も無いから、適当に街をぶらついて

 公園で動物でも観察して、後は知り合いの所に顔をみせて…」


「おじいちゃんですか!?

 …いえ、失礼しました。

 確かに休暇だからといって遊び回っていたら体は休まりませんよね。

 そういう意味では良いと思います。ところで…」


「ところで?」


「私もそれに同行してよろしいでしょうか?」


「は?」


「同行ついでに街の説明や仕事の話も聞きたいですし、

 買い物もしたいので商業施設なんかの案内もして貰えれば、

 大っ変助かるのですが、どうですかね?」


テテはジグを拝むように両手を合わせてウインクした。

あざとい。


「まぁ…別に決まった予定でも無いし、

 俺としては特に断る理由もないが…

 そっちはそれでいいのか?一人のほうが気楽でいいと思うんだが」


「ノアに来てからこっち、ずっと一人で動いてましたからね、

 もう嫌という程一人旅は堪能しました。

 助けると思ってぼっち女に付き合って下さいな」


「…分かった、もやは俺の同行ではなく俺が同行する様なモンだが、

 別にどっちだっていいさ」


「ありがとうございます!ではそういう事で。

 まだ寝るには少し早いですが、明日のために

 今日はもう寝ますね、おやすみなさい」


「ああ。明日な」


ジグは手を上げ自分の部屋へと戻った。


___________________________


次の日


時間を決めていなかったのでお互い適当な時間に

起きて身支度と朝食を済ませ、内線を使って合流し施設を出た。


ジグがまずやったことは、宿泊施設で貸してくれる車を借りることだった。

一人でその辺をブラブラするつもりだったとは言っても、

なにせ広い街なので車がないと話にならない。


「さて、まずはどうする?」


エンジンをアイドリングにしたままで、

ハンドルを握っていたジグが助手席のテテに問う。


「先にジグさんの目的をこなしましょう」


「いや、昨日も言ったが俺の目的なんて有って無いようなもんだ。 

 明日にしてもいいし、何なら全スルーしても構わない」


「本当にいいんですか?

 …じゃあまずは服を買いたいのですが…」

 

「了解した」


エンジンが立てる子気味良い音を響かせながら、車は動き出した。


「どれ位かかります?」


「んー、30分位かな」


「ならゆっくり話が出来ますね」


「そんなに話す事なんてあるか?」


「そりゃもう!

 私こっちに来てからは驚きの連続で!

 誰かにこの感動を話したくて!」


「感動?そんなモンあるか?」


「ありますよ!例えば今乗ってるこの車!

 私も乗ってましたが、ガソリンで走る車なんてエデンじゃ

 博物館にしかありません。それが現役でそこら中を走ってる!

 うるさい音も臭いガスも堪らないですね!!」


「そ、そうか…?

 まぁこっちのインフラは、

 エデンに比べて数世紀単位で遅れてるって聞くが…」


「あとお金!現金!硬貨と紙幣ってやつ、

 あれ滅茶苦茶綺麗でかっこよくないですか?最初見た時感動しました!」


「あれねぇ…確かによく見ると綺麗っちゃ綺麗だが…

 エデンにはもう存在しないのか?」


「無いです。

 電子マネーを使ってバーチャル空間で買い物できるので、

 リアルな店員さんとのやり取りなんかもほぼ無いです。

 店員と言えば、リアル店舗であっても無人なのが殆どですね。

 

 なのでこの星じゃあ、何もかもが古い映画の中に入り込んだ気分になれて、

 もうたまんないです!」


「そうか…良かったな。

 で、その綺麗な金使って何を買ったんだ?」


「あのエロ本ですッ!!」


「ブッッ!!」


ジグは盛大に吹いた。


「あ、あれか?あれなのか?!よりにもよって!?」


「いやまぁ確かに買う時滅茶苦茶恥ずかしかったですけど、

 元々死ぬつもりでここに来てましたから、経験したことのない事を

 しようと思ってまして、ま、言うなればヤケクソですね」


「怖いもん無しだな…」


「自分の足で歩いて、直にこの目で商品を見て、

 店員さんとお金のやりとりをして品物を受け取る…

 お金の有難味が感じられます」


「だからあの本は思い出の品でして…後部座席から消えていた時には

 ショックでした。拾ってくれてありがとうございます」


「そ、そうか…

 アレがな…」


テテはその後もこちらで感じたエデンとの差異を語るが、

ノア生まれのジグにはイマイチピンと来ず、曖昧な返事に終始した。


結局この後の二日間は、テテの買い物とジグの散歩と食べ歩きに終始した。

その間二人は一緒に行動し、それは傍から見ればどう見ても只のデートだったが、

ジグは市長の思惑通りになっているのが悔しかったので考えないようにした。


___________________________


休暇が明けると、二人は予定通りルグレイから来たヘリに乗り込んだ。

レイダーも輸送出来るヘリで、当然陽炎も積み込んである。


やがてヘリはヴィクスを飛び立ち、順調に飛行して

何事もなくルグレイ上空に差し掛かる。


現在二人はヘリのコックピット裏、機体の両側に沿ってに設けられた

簡易座席に並んで座っていたのだが、テテは盛大に船を漕いでいて、

さっきから何度もジグの腕に頭をぶつけては慌てて謝って姿勢を正すものの、

またすぐに船を漕ぎ始めるという事を繰り返していた。


ジグはそんなテテの肩を、ポンと軽く叩いて起こす。


「う…?」


結構長い間寄り掛かられていて、左腕によだれを垂らされていた。

テテがこれを見つけたら、多分凄い勢いで謝り倒すんだろうなと思ったジグは、

テテの意識がハッキリするまでの間に、サッと拭いて手で隠した。


「ふえ?あ、すいません!寝ちゃいました…

 どれ位寝てました、私?」


「ほんの少しだ気にするな。

 それよりほら、見えるだろう?

 あれが俺の仕事場、開拓最前線の街、ルグレイだ」


テテは寝ぼけ眼を擦りながら、ジグの指す方に窓から視線を向けた。


「え?あれですか?」


「そうだ」


「殆ど更地や畑で、建物はあまり無いんですね…」


「ヴィクスと違ってまだ開拓が始まって数年だからな。規模もまだ全然小さい。

 住民の殆どが開拓従事者とその家族だ。

 だがこれから色々な店や施設が増え、大きくなっていくだろう」


ルグレイは、役所と思われる建造物を中心にして

まばらに小さな建物が建っており、

外周が動物避けのフェンスでぐるりと覆われていた。


テテの言った通り、敷地だけは随分広いがその割りに建物の数が少ない。

殆どが建設中の建物や施設、畑や牧草地である。


「あそこが私の新しい生活圏になるんですかね…?」


テテはそう言うと、ふっと遠い目になった。


「不安か?」


「それはまぁ…不安が無いと言えば嘘になります」


テテは改めて街に視線をやりながら言う。


「少し前にはエデンにいたのに、それがこんなところまで来て、

 開拓作業に従事するかもしれないんですから…」


そしてクスリと笑い、ジグの方を見てしみじみと言った。


「人生、何があるか解らないもんですね」


日の光を浴びてうっすらと光る銀髪、愁いを帯びた大人っぽい表情も加味されて、

ジグは単純に綺麗だと思った。

さっきまで自分の腕によだれを垂らしていた女と同一人物とは思えぬ程に。


「だから面白いんだろ?」


「私は…まだその問いに「はい」と答えられるほどの

 人生経験を積んでいません…でも、頑張ります」


___________________________


ヘリから降りた二人は、陽炎のドッグ入りを周りのスタッフに任せ、

ジグの運転する車で町の中央にある建物を目指していた。


「これから市長に会いに行く。

 元レイダライダで、ここの最高責任者だ」


「は、はい!」


テテはヴィクスで買った新しいパンツルックのスーツに着替えていて、

助手席で誰が見ても解る位にカチカチに緊張している。

髪は後ろでまとめてあって、如何にもキャリアウーマンっぽくなっていた。


「そんなに緊張するな。

 市長は俺から見ても酷いと思う程フランクな人だ。

 およそ偉い人とは思えない」


「は、はい!」


さっきと全く同じ表情と調子で返事するテテを見て、

ジグは溜息をついた。


「だめだなこりゃ…」


広い道(レイダーが通ったり作業したりする事を前提にしている為)

には殆ど他の車や信号機もなく、あっという間に目的の建物に到着した。


ガラス張りの大きな入り口には警備員が一人立っているだけで、

ジグは顔パスでそこを通り抜ける。


玄関ロビーは広いが物が少なく人も見当たらない、

いかにも田舎の市庁といった感じで、二人の足音だけがやけに響く。


そんな人のいないロビーを抜けて、廊下を暫く進んでエレベーターに乗り、

程なくして目的の部屋の前に着いた。


ジグは扉をノックする前に、目線でテテに合図する。いいか?と。

テテは無言で頷く。


コンコン


「ジグです。失礼しま…」


ガチャ


ジグが言い終わる前に扉が開いた。


「よおー、待ってたぞ!遅かったじゃねぇか!

 待ちくたびれたぞ!」


2人を出迎えた人物は金髪を短く切り揃えていて、

肌には年相応な皺があるが健康的な色艶、

服装はリゾート地のビーチを歩いている方がしっくり来そうな位のラフな物で、

耳にはピアスが付いていた。顔は強面といってよく歳は70前後に見えた。


それを見て呆然とするテテと、こめかみを押さえてうなだれるジグ。


「ジ、ジグさん、ちんぴらが出てきました!」


テテはさっとジグの後ろに隠れ、顔だけを出して言った。


「チンピラか!そいつはいいな!あんたが報告にあった、

 ジグがスカウトしたという逸材か?」


チンピラ?は屈んでテテと目線を合わせて来る。


「どこでどう情報が歪んだのか知りませんが、

 自分がスカウトした訳ではありません。

 彼女が志願してきたんです」


「こまけぇこと気にすんな!どっちだっていいじゃねぇか」


「え?まさかジグさん、この人が…?」


「ああ、市長のリゲル・シュルツさんだ」


「えええーーーー!ご、ごめんなさい!ごめんなさい!!」


テテはすぐにジグの後ろから出て来て、

壊れたおもちゃの如く、ばたばたと頭を下げて必死に謝った。


「はっはっはっ、よく言われる。さ、入った入った!」


市長はテテにチンピラ扱いされた事など意に介さず、

2人の間に入って肩を持ち、部屋に押し込んだ。


2人が通された部屋はシンプルに机と応接セット、

書類の入った棚が幾つか置いてある程度の、簡素な部屋だった。


「さ、座ってくれ」


リゲルは応接セットのソファを二人に薦めた。


ジグが一礼し、テテも慌てて真似をする。


「失礼します」


「し、失礼します…」


2人は同時に座った。


「ジグぅ~いつも言ってるだろう?お前堅いんだよ。

 俺とお前の仲じゃねぇか、もっと気楽にしろよ」


これ位やれ、とばかりにリゲルは脚を組んで、上の脚をテーブルに乗せ、

ソファにふんぞり返った。とても市長の取る態度とは思えない。


「いえ、最低限のけじめは必要です」


「はぁ~、どうしてあいつの方に似ちまったんだか。

 俺の方が付き合いは長いだろうに」


「ダンさんは関係ありません」


「ああ解った解った、もう言わねぇよ」


リゲルは諦めたとばかりに手を振って、組んだ脚を戻して普通に座り、

改めてテテに向き直る。


「じゃあ本題に入るか!君がテティス…えっとテテちゃんだな?

 まずは挨拶代わりに面接をするぞ!」


「挨拶?!あ、はい、宜しくお願いします!」


「よし、採用!」


「速っ!?って、すいませんすいません!」


思わずツッコんでしまったテテは、慌てて謝った。


「長い話は嫌いでな、コイツが推薦するなら

 間違いはねぇよ、頑張ってくれ!はっはっは!」


リゲルはジグを掌で指し、笑った。


「えっ、推薦してくれてたんですか?」


テテはジグを見たが、ジグは表情を崩さず「一応な」とだけ言った。


「ありがとうございます!頑張ります!」


「おう、良い返事だ!ハハハハハ!」


「市長、しかしあなたの一存だけで

 採用を決めるのはどうかと思いますが」


ジグが淡々と口を開く。


「俺の一存じゃねぇよ、LSMの元隊員ってことなら

 採用はほぼ決まり、って関係者間で既に決まっててな。

 後は俺が本人を見て決めるだけだった訳だ」


「そうですか、わかりました」


「さて、つまんねぇ仕事の話は置いといて、

 二人の馴れ初めを聞かせてもらおうじゃねぇか、ん?」


リゲルは顔をニヤつかせながら、

ジグが事前に予想していた通りの事を言いだした。


ここはテテの自殺云々のデリケートな部分は伏せて、

二人で事前にどう話すのかを決めていた。


車の故障で遭難していたテテをジグが偶然発見し、

竜巻から何とか逃れた後に女児を救出、

その後ダイノアに遭遇、ジグが陽炎を離れていたので

代わりにテテが乗り込んで撃退した、ウサギは遭難時に目撃した。


ジグと話し、彼の仕事ぶりを見てさらに手伝った事によって

この仕事にやりがいを感じ志願した、

とそんな感じでかいつまんで話す。


LSMを辞めたのは一身上の都合としておいて、

詳しく聞かれたらちゃんと話すつもりだったが、

幸いリゲルはそれ以上聞いてこなかった。


「なるほどな、そりゃ運命的な出会いをしたもんだな。

 まったく、若いってのはうらやましいぜ。

 それにしてもダイノア相手にステゴロとは、大したもんだ!」


一通り話を聞いたリゲルが感想を口にした所で、

ジグは先に釘を刺しにいった。


「ところで市長、先に言っておきますが…」


「あー、わーってるよ、自分達は俺が考えているような

 関係じゃないってんだろ?

 いくら俺でも無理やりくっつけようとはしねぇよ。

 ま、くっつきゃいいなとは思ってるがな」


「………」


「ならなぜこんなに急いで二人揃って顔を出させたんだ?

 って顔してるな?

 一応理由はあるんだぜ?」


「聞きましょうか」

 

「まず一つ、俺は多忙で忙しい。

 今はたまたま暇が出来ていたが、いつ何時急な要件が

 舞い込んでくるかわかったもんじゃねぇからな。

 会えるうちに会っときたかったんだ」


「要するに早く彼女の顔が見たかったと?」


「そりゃお前、離婚以降女っ気の全くない息子同然のお前が、

 知り合った女を推薦してきたんだ、嫌でも興味沸くだろうがよ?」


「そんな事でわざわざ公費でヘリを使ったと?」


「そんなに怖い顔すんなよ、

 まぁこれはどっちかっていうとついでだ。

 本命は別にある」


「本命?」


「テテちゃん」


「え、はい、なんでしょうか?」


急に自分に話を振られて焦ったテテは、

声が少し裏返った。


「ロイル・ブロックって男、知ってるだろ?」


その名を聞いた途端、テテの顔が大きな音を聞いて驚いた猫みたいになった。


「えっ…何で…?」


「そう、当然知ってるよな?現LSMの隊長、

 100人いる俺のダチの一人だ」


「ともだち…あっ…!!」


このテテの反応を見たジグは、当然の疑問を口にした。


「何か思い当たるのか?」


「私、ノアに来てから…その…

 じゃ、じゃあ市長は…知って…!」


テテは両の拳を胸の前で強く握りしめ、

声が少し震えていた。


「いやいやいや、上がってきた報告を聞いた時は俺も驚いたぜ。

 まさかジグがなぁ!ハハハ!」


テテとは対照的に、リゲルは井戸端会議でも

するかのようなノリで軽く笑い飛ばす。


うっすらと事情を察したジグだったが、

ハッキリさせたかったのでここで聞いた。


「あの…今一つ話が呑み込めないのですが?」


これにはテテが弱々しい声で答えた。


「私、その…決行日を決めた後に

 親と…隊長に…お世話になりましたって

 仄めかすような通信を送って…」


「遺書みたいなものか?

 なるほど…」


それでノアにいる友人であるリゲルに、ダメ元で

探して貰うために連絡していたと。


「ジグよぉ」


「はい」


「ダチとその子の両親に揃って「もし見つけたら宜しく頼みます」

 とか言われて「おぅ任せろ!」なんて言って返信しちまったがよ、

 いざ見つかったはいいが当然俺が構ってやれる暇なんてねぇし、

 となると誰かに任せる事になる訳だが…」

 

「はぁ…安請け合いするからですよ、全く…」


ジグはやれやれといった様子でかぶっていた帽子を

目深にかぶり直しながら、ソファにもたれかかり体を沈めた。


「この子の事頼む!お前にしか頼めねぇ!」


リゲルは土下座でもしそうな勢いで深々と頭を下げた。


「なに似合わない事してるんですか…やめてください」


体勢と帽子を元に戻したジグは淡々と答える。


「頼まれてくれるか?」


「それは部下、と言う事ですか?」


「部下でも秘書でも友人でも恋人でも妹でもなんでもいい、

 とにかく傍にいてやってくれ。

 その子がエデンに帰れるようになるまでな」


「…承知しました」


「あの…わたし、帰ります」


今まで黙って俯いて二人の会話を聞いていたテテが、

ボソリとつぶやいて顔を上げた。


「親にも隊長にもとんでもない迷惑をかけた上に、

 勝手に死のうとして…心配かけて…」


「帰って…ちゃんと謝って…ちゃんと話がしたいです…

 ここで働くのはそれからでいいですか?

 それならジグさんの迷惑にもなりませんし」


「誰も迷惑だなんて言ってないぞ?」


「え、でも…」


「時間がかかってもいいから必ず戻ってこい。

 それが上司としての最初の指示だ。

 この星の人々はお前の力を必要としている事を忘れるな。

 これは俺達レイダライダ全員に言える事だがな」


「……は、はい!」


「…戻ってきたらビシビシしごいてやるから覚悟しとけ」


ジグはテテの頭に手を置き、くしゃくしゃと

犬の頭を撫でるように動かした。


犬のように嬉しそうな顔で撫でられるがままのテテを見て、

リゲルはその強面を崩し陽気に締めた。


「よし、めでたしめでたし、だな!

 旅費は俺が出してやるからよ、

 明日ウサギの件の話が終わったら、早速帰ってやんな!

 向こうへは俺の方から連絡しといてやるからよ」


「何から何まで、ありがとうございます…」


こうしてテテはルグレイのレイダー隊に入隊してすぐ、

エデンへ帰った。


自分の身の回りの諸々を、物理的にも精神的にも

整理するのにどれ位かかるのかは分からない。

なのでいつノアに戻るかは決めなかった。


ジグはこの僅か数日の間に起こった、

なんとも濃い出来事を時々思い出しつつも、

いつもの日常に戻っていったのである。


___________________________

第二話 終










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