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【コメダンジョン】四

「新聞と塩持ってきましたよー。」

「はいどうも。」


翌日。

ソウジはヨネの言われた通り新聞と塩を持って来た。


「少し待っててなさい。」


そう言ってヨネは新聞と塩を手に民家の奥へと引っ込んで行った。

1人残されたソウジは白湯を飲みながら民家の外に目線を向ける。


「…やっぱりここ凄いな。」


やる事が無い為ヨネが来るまでの間ぼんやりと陽光に照らされる田んぼ眺め続けた。


「はいお待たせ。」


おぼんを持ってやって来たヨネはお盆の上に乗せていた物を皿ごとソウジの前に置く。


「食べなさい。」


ソウジの前に差し出されたのは小さめに握られた二つの塩むすび。


「これは?」

「何っておむすびよ。食べて素直な感想を言いなさい。」


そう言いながら空になったソウジの湯呑みに白湯を注いでいく。

塩むすびを一つ手に取り、恐る恐る口にしたソウジ。数回咀嚼した後、目を見開いて大きく二口目いく。

美味い。

塩むすびを口にして真っ先に思った事だ。

まだ温かみがあり硬すぎず程よく握られており米の甘さを塩が引き立てる。

あまりの美味さにあっという間に二つの塩むすびを完食したソウジ。

その食べっぷりに一瞬目を見開くヨネだったが、すぐに表情を取り繕う。


「…味はどう?」

「すんごい美味かった!」

「そ、そう。それならいいの。」


ソウジの食べっぷりを見て満足げに笑うヨネ。


「それなら売れるかも。」

「えっ。でもダンジョンで取れたものを勝手に売れないぞ。」

「許可そのものは取れる?」 

「ダンジョン協会に申請すれば。」


ダンジョン協会というのは国中にあるダンジョン攻略の為に設立された組織。

主な仕事はダンジョンに関する情報収集に探索者の管理に探索者がダンジョンで手に入れた物を買い取りそれを適切な価格で流通させるなど、様々だ。


「でも売り上げの一部は取られるぞ。」

「構わないわそのくらい。じゃあその許可取ってきなさい。」

「…え。俺が取るの?」

「当たり前でしょ。あんた以外誰がいるのよ。ほら今日も稲穂刈り取って許可を取る為の手続きをして来なさい。許可が取れるまでここに来るな。」

「え、えぇ。」


こうしてソウジは【コメダンジョン】から出た後、そのままダンジョン協会の支部まで行き必要な書類を手に入れた後に家に帰り、黙々と必要項目を記入していく。ソウジは筆記が苦手なのだが、【ツカイマ】であるソウジはヨネの命令には逆らえない。憂鬱な気分になりながらも書類を書くしかない。


「あー。なんだってこんな事に。」


文句を言いながらもソウジはひたすら記入をし続けた。



◆◇◆◇◆



許可証は問題無く発行され、以下の条件でおむすびを販売する事になった。


在庫は十。

価格設定は通常価格よりも高め。

販売する場所は【コメダンジョン】の検問所のすぐ近く。


その条件で一週間塩むすびを売る事になった。店番は当然ソウジだ。


販売初日。

ソウジは売れるのかと不安だった。

ヨネが作った塩むすびは確かに美味い。しかし【コメダンジョン】で手に入れた米を使った商売はすでに行われている。


「らっしゃいらっしゃい! ダンジョンのお供に握り飯はいかが!」

「ポン菓子〜ポン菓子あるよ〜。見てって〜。」

「焼き団子はいかがっすかー。」


現にソウジの他にも【コメダンジョン】前で探索者や通行人向けに【コメダンジョン】で採取した米を使った料理を売っている出店が多数並んでいる。ソウジと同じように塩むすびを売っている出店が多い。


「…売れるのかぁ?」


出店を構えてから数時間経過したが、また一つしか売れていない。理由は簡単。他と比べて値段が高いのだ。そしてソウジの愛想が悪い。


「まぁ、いいか。」


あくまで自分はヨネの代理。塩むすびを使ったのも売ると決めたのもヨネだ。

ソウジは深く考えず屋台の店番を徹した。


結局初日は一つしか売れず、残った塩むすびは事前にヨネから「売れ残ったのはあんたが全部食べなさい。」と言われた為残った九つの塩むすびは全てソウジの胃袋に収まった。



◆◇◆◇◆



塩むすびを販売してから五日目。


「…へー。」


【コメダンジョン】の奥深くにある民家に住むヨネはソウジが持ってきた今日の分の新聞を隅々まで読んでいる。そんな時、騒々しい足音がヨネの耳に入ってきた。


「ヨネ!」

「呼び捨てやめて。ヨネさんとお呼び。」

「ヨネさん! 追加のやつある?!」

「は? 追加って何を?」

「おにぎりだよおにぎり!」

「今日の分はさっき渡したでしょ。」

「売り切れたんだよ!」

「…え?」


ヨネが売り物の塩むすびをソウジに渡してからまだ三十分も経っていない。


「え、は? なんで?」


この数日間、ヨネの作った塩むすびは徐々に売れていった。昨日に至っては数時間後に完売し、その事実とソウジから渡された売上金を見てヨネは充足感を味わっていた。


「なんでこんなにすぐ無くなるのよ。」

「知らないよ! なんかもう俺が屋台の準備をしている間に並んでたんだ。」


ソウジとヨネは知らないが、ヨネが作った塩むすびは購入者全員から大好評であり、客が知り合いにヨネが作った塩むすびの話をし、それを又聞きや聞き耳をしていた者もおり、そんなに美味しいなら自分も買おうと考えた者達が今日一気にやって来たのだ。

そうとは知らないソウジはいつものように塩むすびを並べ、先に並んでいた者達が買い、買えなかった後続の者達が在庫は無いのかとソウジに詰め寄ったのだ。自分では塩むすびは用意できない為、誰にもつけられないよう一瞬でその場から離れ、こうしてヨネの元にやって来たのだ。


「客がおにぎり寄越せってうるさいんだよ。なんとかしてくれ。」

「そうは言っても米はもう無いのよ。」

「あるじゃんいっぱい!」


そう言って田んぼの稲穂に指差すソウジにヨネはため息を吐いた。


「米を炊くのは時間が掛かるの。それに、来なさい。」


そう言いながらヨネは立ち上がり奥の方へと手招きする。

言われるがままにヨネについて行くソウジ。案内された先は台所だ。


「米を炊けるのはこれしか無いの。」


と言ってヨネが見せてくれたのは飯盒一つと戦闘飯盒が2つ。


「これから作るのも数を増やすのも無理。それでも買いたければ大きな釜を寄越しなさいと言って断りなさいな。」

「えっと。分かった。」


こうしてソウジは屋台に戻った後、まだ残っていた客達から塩むすびは無いのかと何度も聞かれたが、ヨネの助言通りに断れば客達は残念そうではあるが帰ってくれた。



◆◇◆◇◆



翌日。


「…ふーん。」


いつも通りソウジに塩むすびを渡し、受け取った新聞を隅々まで読むヨネ。そんな時に昨日と同じ騒々しい足音が聞こえてきた為鬱陶しそうに新聞を下げて縁側の方へ視線を向ける。


「何? おむすびなら無いっ、て。」


足音の元はやはりソウジなのだが、昨日とは違って両手で大きな釜を抱えていた。


「それ、何?」


目を見開いて釜から視線を逸らさないヨネにお構いなしにソウジは大きな釜をちゃぶ台の上に乗せる。


「今日もおにぎりがすぐ売り切れて、昨日よりもたくさん客が来てさ。そしたら協会の人まで来てさ。なんかくれた。」

「なんかくれたって何?! もっと詳しく言いなさいよ。なんか言われたでしょ絶対!」

「あんたが作ったおにぎりかなり噂になってるみたいで協会に問い合わせが殺到してるんだって。もっと売れないのかって。だからもっと作ってくれって。大きな釜があれば作れるって断ってたの聞かれてたみたいでさ。」

「え。へ、へー。そうなんだ。」


ソウジの話を聞きながらじっくりと釜を見るヨネ。


「…私のおむすび、そんなに人気なんだ。」

「うん。」

「へ、へぇー。そうなんだ。」


ヨネの口角が上がっている。嬉しそうだ。


「よし分かった。明日はもっとたくさん作ってあげる。協会の人まだいるんでしょ。伝えてきて。」

「分かった。」


ソウジが去った後、ヨネは釜を大切そうに撫でた。


「…そっか。そっかぁ。私のおむすび、美味しいんだぁ。」


心底嬉しそうに笑うヨネは早速明日の分の米を用意しようと立ち上がった。

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