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第09話 本宮龍虎の凋落

 一番合戦との果し合いに敗れて以来、本宮龍虎は凋落の一途を辿っていた。

 まず帰宅するや親父にボコボコに殴られた。頭に巻いた包帯の理由を問われ、バカ正直に果し合いで敗北した事実を喋ってしまったのが原因だった。


「果し合いに敗れるとは。それも女子(おなご)に」

 熱血スポ根親父は慚愧の涙を滔々と流した挙句、顔を真っ赤に腫らした息子の目の前に先祖伝来の肥後守を投げ出し「このままでは御先祖様に顔向けが出来ぬ。それで腹を斬れ」と宣った。


「ああ、分かったよ。俺も生き恥晒したまま生きていたくはねえからよ」

 

 彼は慣れた手つきで肥後守の刃を開くと、長ランの胸を開き、(さらし)を巻いた腹部にキラリと光る刃先を突き立てようとした。


「待てえぃ、バカ者めがぁぁぁぁぁ~~~~~!」

 

 絶叫するや親父は万感の想いを込めて、ーー息子と共に歩んだ修業の日々を走馬灯のごとく顧みながら、息子の頬を張り飛ばした。肥後守が壁に突き刺さり、後には茫然自失の息子とゼイゼイと肩で息をする親父が残された。


「バカ者めが。わしはな、おまえの覚悟を確かめただけだ。死なす気なんぞ毛頭ないわ!」

「お、親父」

「人はなあ、死ぬ気になれば何でも出来るのだ。その気さえあれば越えられぬ壁など存在しないのだ!」

「……」

「その覚悟を以てすれば、おまえはその女子に必ず勝利する。その時恥辱は(そそ)がれ、おまえは再び勝利の栄光を手にするのだ」

「そ、そうなのか? ほんとに俺は蘇るのか?」

「ああ、無論だ! おまえが己自身の力を、わしと共に歩んだ修業の日々を信じておればな!」

 

 親父の厳つい大きな手のひらが息子の両肩を掴んで揺さぶった。

 刹那、息子の目に涙が滲んだ。


「俺、信じるよ。俺自身の力を、そして親父の熱い言葉を!」

「よく言ったぁぁぁぁぁ~! 我が息子よ! それでこそこのわしの、本宮一騎の息子じゃぁぁぁぁぁ~~~~~!」

「親父ぃぃぃぃぃ~~~~~!」

 

 その後二人は滂沱の涙を流しながら、一時間ほど熱い抱擁を交わしたという。

 だが災難(?)はそれだけでは終わらなかった。

 翌日、気分一新、意気揚々と登校してみると、黒板にデカデカと自身の名前と一番合戦嵐子の名前がハートマークに囲まれて描かれていたのだ。


 なんじゃ、こりゃ? と一瞬、狐に摘ままれた表情を浮かべたものの、持ち前の鈍さで二〇秒後に漸くバカにされた事実を悟り、


 く、くっそぉぉぉぉぉ~、赦せねぇぇぇぇぇ~。

 

 ギリギリギリと歯ぎしりして怒りを露にすると、ジャンプ一閃、手にした竹刀(しない)で黒板を真っ二つに叩き割った。


「どいつじゃぁぁぁぁぁ~! こんな落書きしたのは! 出さらせやぁぁぁぁぁ~!」

 

 と廊下の端まで伝わる怒声を噛ましたまでは良かったが、誰かが背後から肩を叩くので、ふと振り返ってみれば、そこには担任の社会科教師大井祐一(30)が笑顔で佇んでいた。


「君、果し合いや決闘以外で学校の備品を壊したら弁償してもらうのが決まりだから。確か君の家庭は父子家庭だよね? お父さんは何時頃帰宅するのかな? 放課後連絡させてもらうから」 

「ぐおおおおおぉぉぉぉぉ~~~~~!」

 

 龍虎が頭を抱えて絶叫した。


 やべぇ、また親父に殴られる!

 

 己の自制心のなさを恨みつつ、悄然と席についた龍虎だが、悲劇はそれだけでは終わらなかった。

 孤高の蛮カラ番長の彼が竹刀を肩に廊下を歩けば、大抵の生徒は関わり合いを避けて無言で道を譲るものだが、いつの間にやら友人が増えたのか、やたら声をかけてくる生徒が増えたのだ。


 よう! ファザコン番長!

 がんばれよ! 剣術の星!

 あれ? 今日は鉄下駄履いてないのぉ~?

 ネエヤ~ン、好きやぁぁぁぁぁ~!

 

 瞬殺もんの侮辱の数々を歯を食いしばって耐えたのは、今朝のH・Rにおける失態の反省を踏まえたものだが、やはり我慢は身体に悪いのか、過度の精神的、肉体的消耗は彼をして昼飯も咽喉を通らないほどに著しく憔悴させた。

 そんな弱り切った彼に楽勝とばかりに試合を挑む輩、武士の情けを知らぬ輩はこの学院にも少なからず存在する。

 彼も彼で不調にも拘わらず一対一(タイマン)が大好きな蛮カラ番長の気性が災いして、二つ返事で挑戦を快託してしまい、その結果昼休みに試合で三連敗を喫するという不名誉を味わったのだ。

 Aクラス筆頭格の彼が一転してAクラス陥落の危機に陥ったのだ。あと一敗すれば間違いなくBクラスに陥落する。そうなればあの名誉を重んじるサムライ親父の事だ。本気で切腹を強要されるかもしれない。


 ヤバい、ヤバすぎる。

 

 普段なら放課後、他校の不良との喧嘩を控えて気分は高揚しているはずなのだが、事後の難題に思いを巡らすと、どうにも意気消沈してしまう龍虎であった。


 今日の喧嘩、とても勝てる気がしねえ。仕方ねえ、バックれるかぁ。

 

 既に陽は傾きかけ、校舎に人影は疎らだった。

 ともすれば敵前逃亡を企てようとする己の怯懦を叱咤しつつ、龍虎は決闘場所へ急ぐべく下駄箱を開けた。


 おんや?

 

 龍虎は首を斜めに下駄箱の中を覗き込んだ。

 そこには見覚えのない桐の高級下駄と、ハートマークで封をした一通の封書が自身のスニーカーの上に重なるように置かれていた。

 まず下駄を手に取ってみる。桐台に龍と虎の鎌倉彫。鼻緒は黒地の正絹地に印伝技法で細やかな模様が入れてある。一目見て高級品と分かる代物だが、何よりもまずその軽さに彼は心打たれた。

 そして差出人不明の怪しげな封書。

 香水の匂いといい、ハートマークの封といい、その体裁からラブレターと察しはつくのだが、そんなものにはとんと無縁の硬派番長の彼は、ーーさては女番長(スケバン)からの果し状か? と身構えたりするのだが、ーーやっぱラブレターだよな。と思い直し、そんなものを頬を赤らめて読む自分の姿を想像して怖気を振るい、ーーそんな姿を人に見られたら硬派番長の名が廃る。とばかりに左右を見回して、人気がないことを確認すると、ようやく安堵して封を切ったのだった。

 

 頂いた鉄下駄の代わりに、会津産の高級下駄を贈呈いたしますので、どうぞ御納め下さい。

                                 嵐子                                        

 龍虎は考え込んだ。


 嵐子、嵐子、嵐子……。

 

 そして三十秒後、ようやく彼は一番合戦嵐子の容貌を思い浮かべた。


「そうか、あの女!」

 

 言い様、怒りに我を忘れて下駄を投げ捨てようとした龍虎だが、その下駄が余りにも軽い作り故に手放すのが惜しくなり、


 まっ、くれるってんなら貰っておいてやるか。と思い直し、取り敢えず履いてみることにした。


 おっ、これは……。

 

 常時鉄下駄を使用している龍虎からすれば、それは素足の時の感触と何ら違いはなかった。

 思わずその場でカタカタとタップを踏んでみる。以前観た時代劇映画で、出演者が下駄でタップダンスを踊っているシーンを思い出したのだ。


 なんちゅう軽さじゃ、まったく重力っちゅうもんを感じさせねぇ。もしかして、ここは月面かぁ?

 

 試しに垂直跳びを試みると、指先が天井に着いたから、彼の歓喜は頂点に達した。


 よっしゃあ! これなら誰と喧嘩しても勝てるぜぇ、もう、怖いもんなしじゃぁぁぁぁぁ~!

 

 心浮き浮き気分晴れ晴れ、先程の鬱はどこへやら。

 カランコロンと下駄の音も高らかに、龍虎は決闘場所へ向かって走り出した。

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