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第08話 暁の暴走

 佐馬之丞がストリートファイター(バイクの一種)を愛用しているのは、そのシンプルで昔気質なデザインを気に入ってるからであり、また通学用としては、申し分のない性能を有しているからだ。

 彼にツーリングの趣味はないし、況してや徒党を組んで公道を独占しようという気は更々なく、バイクはほんの足代わり、趣味ですらないのだが……。

 彼のような巨躯で、白ランを着た青年がバイクに跨っていると、やはり何かと目立つようで。夜道に公道を走っていると、同年代の青年諸氏が何かと声をかけてくる。

 友には義の佐馬之丞。同輩の質疑には真摯に答えを返すのだが、何故か彼らバイク青年団には一言も返さない。それどころか一瞥すらしない。

 彼らは真偽を正すべく、尚も執拗に質疑を繰り返すのだが、その内容が、「よう、これからどこへ行くの?」とか「ダセぇバイク、今時流行んねえんだよ!」とか「その白ラン、冥王だろ? 相変わらずダサい制服だなぁ」等と一向に佐馬之丞の興味を引かない質問だったせいだろう。彼は並走するモヒカン頭の青年を睨みつけると一言「失せろ」と宣った。

 そのような不埒な態度を取られれば、ーー無礼者め! と斬りかかられるのは江戸時代でも現代でも世の常なのだが、手にした得物が打刀ではなく、鉄パイプやゴルフクラブや金属バットであるところが、如何にも現代青年の奥床しいところ。何が奥床しいかといえば、打刀よりは多少、人死の確立が低いというところだが、それも当たり所が良ければの話。

 佐馬之丞、打ち下ろされた鉄パイプを顔色一つ変えずにヒョイと躱すと、アクセルを吹かして、彼らバイク青年の一団を振り切りにかかった。

 免許を取ってまだ三か月の佐馬之丞だが、天性の運動神経がものを言い、ライディングテクニックにおいては、既にバイク命のバイク青年団を遥かに凌駕するものがあった。

 わずか一〇秒で時速八〇キロから一二〇キロへと加速する。

 見る見るうちに両者の車間距離は開いてゆく。

 背後を確認して思わずニヤリと笑みを漏らした佐馬之丞だが、そこに慢心があったことは否めない。向き直ったその先に、料金所の青い燈火を認めたとき、彼は己の不覚を悟った。

 減速して速度計を制限速度四〇キロに合わせると、案の定、一分もしないうちに、背後に怒声とクラクションの音が迫ってきた。


「こら、ボケぇ~! 待ちやがれぇ~! プポプポプポ!」てな調子で、鬼の形相で追っかけてくるから始末が悪い。

 佐馬之丞のライディングテクニックを以てすれば、彼らを振り切ることは容易なのだが、校則同様、交通法規も厳格に守るのが彼の信条。たとえ何が起ころうとも、決して制限速度をオーバーすることはない。

 冷艶鋸がなければ柔道五段、空手五段、剣道五段、その他、合わせて三〇段の彼も、鉄パイプ、金属バット、ゴルフクラブ等を携えた、総勢二〇名から成る彼らバイク青年団には勝てない。


 ならば路地に侵入して、奴らを巻くか。

 

 左右から繰り出される暴走族の得物による攻撃を、身軽にヒョイヒョイ躱しながら、そう決意した佐馬之丞。

 左手に路地を見つけるや、ブレーキをかけつつ、車体を斜めにスライディングさせて、火花を散らせつつ進路を急転換させた。と、その時、


 なにぃ!

 

 佐馬之丞が目を剥いた。

 幼少の頃より自身に日々一時間の瞑想を課し、精神修養を怠らなかった彼だが、やはり肝を潰す出来事はあったようで。

 それは対向車線から、文字通りセンターラインを飛び越えてやって来た。

 佐馬之丞の頭上で高々と舞い上がると、月影の淡い光の中で一つの黒い影と化して、両者の間に割って入ったのだ。

 不意に現れた影を避けようとして、数台のバイクが横転した。

 後続のバイクが急停車して、その影を注視する。

 身体を摩りながら起き上った者たちの中から「てめぇ、一体、何もんだぁ!」と誰何(すいか)する怒声が湧き上がった。

 影が叫んだ。


「問われて名乗るもおこがましいが!」


 その澄んだ美声を聴くまでもなく、佐馬之丞には分かっていた。

 厳しい受験競争を経たにも拘わらず、未だ左右2・0の視力を維持する彼の目には、街路灯が射す薄闇の中で、スクーターに跨り、ピコピコハンマーを背負った一番合戦嵐子の背中がハッキリと視認できたのだ。

 彼女は臆面もなく、ピコピコハンマーで夜空に輝く星を指し示すと「貴様らにはあの死兆星が目に入らぬか!」と宣い、更に、ーートゥ~! と空中で華麗に一回転。着地するや腕を十字に組んで人差し指を突き立てて「月に代わってお仕置きよ!」と華麗に美少女ポーズを決めてみせたのだ。

 その瞬間、辺りは真空状態と化し、族の誰もが口をあんぐり開けたまま、ただ茫然と彼女を見つめていた。


「さあ、どこからでも掛かってきなさい!」

 

 余りの手応えのなさに再び族を挑発した嵐子だが、彼らは一様に白けた表情を浮かべると「おい、帰ろうぜ」と言う一人の発言を切っ掛けに、各々バイクを立て直して来た方角へと走り去って行った。


「な~んだ、つまんない」


 そう言い残して、スクーターに跨った嵐子を佐馬之丞が呼び止めた。


「一番合戦、なぜ、俺を助けた?」

 

 嵐子も一瞬、戸惑いの表情で天を仰いだが、その答えを星々の瞬きの中に見出したのだろう。ーーウン、と納得顔で頷くと、


「そりゃ、同級友だから」と答えた。

「もし乱闘になったら、どうする気だ?」

 

 佐馬之丞の問いかけには、他校生徒との暴力沙汰を厳しく禁じる冥王の校則が念頭に置かれていた。

 そんなことは少しも気にかける様子もなく、嵐子は自慢げにピコピコハンマーを差し出すと、


「その時はこのモグラ叩きの餌食になってもらうまで」

「モグラ叩き? だと」

「これこそ地上最強の得物。どんなに鍛えられた刀槍でも、見事へし折ってご覧に入れますわよ。なんなら御自慢の冷艶鋸でも」

「……」

 

 佐馬之丞は押し黙った。

 イクの村正を事もなげにへし折った得物だ。彼女の言うことが虚勢とは思えない。

 嵐子は颯爽とスクーターのアクセルを吹かすと、


「あなたの挑戦待ってるわ。じゃ~ねぇ~!」


 無言の佐馬之丞を後に、ラッタッタ~と薄闇の中へ姿を消した。


 一番合戦に借りを作ってしまったな。

 

 佐馬之丞は後続車輌に迷惑をかけていることにも気づかずに、ただ茫然とその後ろ姿を見送っていた。

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