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第07話 佐馬之丞という男

 関佐馬之丞が佐藤郁恵の病室を訪れたのは、決闘から三日目、面会が可能となった翌日だった。

 彼は手にした見舞いの花束を差し出すと「みんな、おまえの復学を待ち望んでいる。五月や相田は特に寂しそうだった。そして俺も」

 

 一瞬、イクが不思議そうな顔をした。

 佐馬之丞は照れ臭そうに、ーーガハハッ、と豪快に笑うと「俺は不器用だから、一人では学級委員の仕事は熟し切れん。だから早く帰ってきてほしい」

「うん、わかった」


 五月や洋子の激励にも笑顔を見せなかったイクだが、その時だけは素直に微笑んだ。

 娘の傍らに控えたイクの母親、佐藤雪江が気を利かせて「関さん、飲み物は?」と尋ねると、佐馬之丞は暫し瞑目して「では、お言葉に甘えて、爽健美茶を」と応えた。

 雪江が退室すると、佐馬之丞は朴念仁の様な顔でイクに向き直った。


「今日は学級委員長としてではなく、一人の男として来た」

「--?」

 

 イクが怪訝な顔をした。

 佐馬之丞はしばし瞑目すると、決意を秘めた目でイクを見た。


「もし五月が敗れたら、今度は俺がおまえの仇討ちをしようと思う」

 

 イクの瞳が丸く見開かれた。

 プイとソッポを向いたのは頬が赤らむのを見られたくなかったから。


「今日はそれだけを告げに来た。では御免」

 

 佐馬之丞は椅子から立ち上がると、縋る様なイクの眼差しを無視してドアノブに手をかけた。


ーー!

 

 開いたドアの向こうに、爽健美茶を手に立ち尽くす雪江の姿があった。

 佐馬之丞が目礼して脇を通り過ぎようとすると、


「関君、ちょっと、いいかしら?」

 

 雪江は佐馬之丞を廊下まで手招きした。


「五月ちゃんに伝えてほしいんだけど。近いうちに道場の方へお伺いするから、と」

「道場ですか? 学院の?」

「ええ、私も冥王のOGだから、決闘に備えて、五月ちゃんに伝授したいことがあるのよ」


 一体、何を?

 そう言いかけて佐馬之丞は思い直した。


「分かりました。確と承りました」

「お願いよ」

 

 佐馬之丞は黙礼すると、雪江に「これ持ってって」と爽健美茶を押し付けられて、そのお茶缶を無意識に握り潰す己のバカ力に呆れつつ病院を後にした。


 ■■■


 佐馬之丞はその巨躯ゆえに常に目立つ生徒だった。

 小学校入学当時、既に身長は150センチを超え、中学校入学時には180センチ、そして高校入学時、遂に200センチに達するに至った。

 冥王は武闘派高校なので、長身の生徒は多いのだが、それでも頭一つ抜けている佐馬之丞は当初、揶揄、中傷等の対象となった。

 身長160センチの園田英二などは、その低身長のコンプレックス故に、よく佐馬之丞を「よう、無口だな、スカイツリー」とか「そのうち退治してやるからな、進撃の巨人!」等と入学当初から誹謗中傷の限りを尽くし、それでも佐馬之丞が無視していると、相手にされないのが腹立たしいのか、ついには背後から忍び寄り、彼の後頭部をひっぱたくという暴挙に出たのだ。

 日頃から精神修養を怠らない佐馬之丞。暴言などでは微動だにしない精神性を有しているのだが、暴力となると話は別だ。

 背後を振り返り、犯人が園田であることを確認すると、目にも止らぬ早業で(敏捷性で鳴る園田でさえ、避けることのできなかった)、水面蹴りを繰り出したのだ。

 ひっくり返ったまま茫然と佐馬之丞を見つめる園田。その吃驚は学級のほぼ全員が共有する吃驚でもあった。


 膂力は強いが敏捷性に欠ける。

 

 そんな級友たちの誤った認識を、彼は水面蹴りの一撃で覆したのだ。

 が、その後の一言がいけなかった。


「貴様、死ぬぞ」

 

 武士の髷を叩けば、それは相手の名誉を著しく傷つける愚弄となる。

 武士道精神を今に受け継ぐ彼からすれば、後頭部に結った髷は正に武士の誇りの象徴なのだ。園田の行為が万死に値すると考えても、何の不思議もないのだが、いくら武闘派高校とはいえ、その考えを理解できる生徒は少ない。と言うか、正直二人くらいしかいない。

 その後、入学試験総合一位の学力と相まって、彼への誹謗中傷はピタリと止んだが、それら一連の事件が却って近寄りがたい雰囲気を醸成したのも確かだ。

 その日を境に級友たちは彼を遠巻きに眺めるようになり、次第に孤立を深めるようになった。

 数日後、その立場を象徴する問題が発生した。

 お昼のボッチ弁当のことではない。そんなことは修行を積んだ彼からすれば造作もないこと。問題は各種委員を選抜するホームルームの時間に発生した。


「ではまず学級委員長から」

 

 担任教師の泉田の求めに応じて、すかさず挙手したのは関佐馬之丞ただ一人。

 文武両道、学問と武道で共に学年一位を目指す彼にとって、学級の長たる学級委員長は自明の地位であり、また小学一年生よりこの方、常に歴任した地位でもある。

 他に為り手がなかったことも幸いして、彼は今回も容易に学級委員長の地位を手にしたのだが、問題はその後、学級副委員長、つまり女子生徒の役職を決める際に発生した。

 七面倒臭い役職には付き物の、誰も為り手がいないという事態が生じたのだが、その主たる原因が厳格、謹厳、実直な佐馬之丞の相方は御免こうむるという、主に彼の性格に因るものであった。

 それから一〇分ほど、女子生徒の間で推薦という名の擦り合いが行われたが、どれも決め手を欠き「ならばくじ引きで」と泉田がベテラン教師の用意周到さで、ーー教師生活五〇年のわしは、こうなることはお見通しじゃよ。とばかりに、人数分のくじをポケットから取り出した。と、その時、佐藤郁恵がスッと手を挙げたのだ。


「誰もいないのなら、私、やってみます!」

 

 瞑目していた佐馬之丞がカッと目を見開いた。

 学級全員の耳目がイクに蝟集した。

 既にこの時期、ーーもしかして、この子、天然? などとボケキャラが定着しつつあった彼女だけに、その挙動は意外性を以て受け止められた。

 だが他に為り手がいない以上、彼女に学級副委員長の役職が割り振られるのは自然の理。


「関君、よろしく!」


 不意に右手を差し出されて、その手を軽く握り返しつつ、彼女の持つ天然ボケ故の明るさに、少々戸惑う佐馬之丞であった。

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