表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/44

第44話 さよなら嵐子ちゃん また逢う日まで

 狙い澄ました一発が見事、彼女の頭部へ命中した。

 クラクラと眩暈を覚えた嵐子、カクンと首を垂れて数十秒後、母親の意識と入れ替わった。

 握り締めた右手をマジマジと見つめる蘭子。


「なるほどねえ、娘の手を離さなかった訳がようやく分かったぜ」

「一言、あなたに別れを告げたくて」

 

 礼次郎の目は真剣だった。

 蘭子が呆れて肩を竦めた。


「あたしゃ高校生の娘を持つオバサンだよ? おまけに霊体ときてる。イケメン高校生に惚れられる理由は何もないね」

「いいえ、あなたは十分美しいです」

「まあ、死んだのは三十路(みそじ)の頃だから。自分でも若いとは思っていたけど。どうやら人は死んだ年齢で化けて出るらしいや」

「あなたが霊体なのが残念でなりません。でなければ俺は……」

「ハハッ、笑わせるなよ。嵐子が聞いたら嫉妬するぞ」

「えっ、嵐子ちゃんが?」

「あいつ、あんたのことを憎からず思っているからよ。別れを残念がってたぜ」

「……」

 

 意外な言葉だった。礼次郎自身は漠然と脈なしと諦めかけていたのだが。

 礼次郎を見つめる蘭子の瞳は完全に母親の、娘の彼氏を謝意と慰労で見守る瞳だった。


「まっ、あんたのお陰で娘も楽しい想いが出来たし。あいつ、呆気らかんとした性格だから愛情表現が下手でよぅ。なんか素っ気ない素振りが多かったと思うけど、心の中ではとても感謝してたから。その辺、勘違いしないでほしいんだ」

「……」

 

 嵐子の本心に触れて、礼次郎の顔に笑顔が戻った。

 蘭子の唇が怪しく歪む。

 突然、礼次郎の上体が泳いだ。蘭子に思い切り引っ張られたのだ。

 そのまま彼の顔面は蘭子の豊胸の谷間へとのめり込んだ。

 膨よかな感触を楽しむ間もあらばこそ、すぐに息が詰まって顔を上げた礼次郎。そこに美しき蘭子の顔を仰ぎ見たとき、彼の心臓は破裂するのでは思えるほどに高鳴った。

 蘭子が年下をからかう様な意地の悪い笑みを浮かべた。


「おまえ、デートの最中、公園で娘に接吻しようとしたろ? ええ、どうなんだ!」

 

 不意打ちともいえる発言に、礼次郎、大いに慌てふためいた。


「誤解しないでください! あれは未遂です!」

「誤解してんのはおまえの方だ。あたしゃなぁ、あの続きをしてやろうってんだ。娘に優しくしてくれたお礼によ」

「……」

 

 一瞬、言葉の意味を計りかねて押し黙った礼次郎。彼女の顔が接近するや、ようやくその言葉の意味を理解して、石仏のごとく固まってしまった。


「間近で見ると一段と可愛いじゃねえか。ほんと、娘の彼氏じゃなかったら、あたしが頂いちゃいたいくらいだぜ。まあ、そういう訳だ。悪く思うなよ。では頂きます」

「ちょ、一寸、蘭子さん!」

 

 冥王のナンパ師も形無しというべきか。タメ年以下には機先を制する礼次郎だが、年上の魔力というべきか、今度ばかりは呆気なく蘭子に唇を許した。


「いいか、稽古を怠るんじゃねえぞ。娘の婿は剣術の強い奴、そう決めてるからな。普通のサラリーマンにその資格はねえ、そう心得ておけ!」

「……は、はい、わかりました」

 

 この時、礼次郎の心は決まった。

 冥王一、いや、日本一の剣豪となって嵐子ちゃんを迎えに行くと。


「じゃあな、あばよ、礼次郎。今のこと、娘には内緒にしとくんだぞ」

「今のことって?」

「バカ、接吻だよ、接吻」

 

 言いざま、蘭子は自身の頭をピコハンで叩いた。

 数十秒後、母親と娘の意識は再び入れ替わった。


「あれぇ、どしたのかなぁ? また髪の毛伸びてる」

 

 しばらくの間、嵐子は自身の髪の毛を弄んでいたが、やがて違和感を感じたのか、微かに濡れた唇に、そっと人差し指を押し当てた。


 まずい、まずいぞぉ~~~~~!

 

 冷や汗もんの礼次郎、知らぬ間に唇を奪ったことがバレれば、今の別れが今生の別れになりかねない。

 が、嵐子ちゃんは納得したように"うん゛と力強く頷くと、「礼次郎君、それではお達者で」そう言って踵を返した。

 安堵に胸を撫で下ろした礼次郎、彼女の背中へ声の限りに叫んだ。


「嵐子ちゃん、千年は金魚じゃないから! 千年は鶴だから!」

「ええ、覚えときます!」

 

 嵐子が振り返って手を振った。

 礼次郎は我知らず涙を流して、去り行く彼女の背中を見送っていた。


 ■■■


「待っていたぞ、一番合戦(いちまかせ)

 

 校門を出たところで、嵐子を呼び止める者があった。

 振り向くと、そこには門柱に寄りかかり腕組みする関佐馬之丞がいた。

 傍らには彼の愛車が止めてあった。


「……」

 

 嵐子は押し黙ったままだった。

 殺気を感じたのだ。


「一番合戦、おまえは肝心なことを忘れているぞ。拙者との決着がまだついておらぬ」

 

 嵐子がホッとため息をついた

 警戒心を解いたのだ。


「関君、どうしてもわたしと闘いたいの?」

「明日、おまえは日本を立つのであろう? ならば機会は今しかない」

 

 佐馬之丞が傍らに立てかけた冷艶鋸を握り締めた。

 嵐子が呆れて肩を竦めた。


「まあ、冥王生らしいお見送りだとは思うけど。夏休みだからといって私闘が許されるとは。それも校門の前で。わたしはもう冥王生ではないので構いませんが、あなたは歴とした冥王生、しかも生徒会役員。夏休み明けに不祥事で退学、なんてことになっても知りませんよ」

「心配は無用。三分、いや、一分で片を付ける」

「仕方ありません。では」

 

 ピコハンを下げて自然体に構えた嵐子。


「ーー美しい」

 

 佐馬之丞は悟った。

 夕日に映えるその美しき立ち姿こそ、彼が求めて止まない完成された武闘家の姿なのだと。それを飽くことなく眺めていたいと願うのは、才に劣る者の我意なのだろうか?

 美しき野の百合を手折る愚かさを自身に認めつつ、佐馬之丞は冷艶鋸を下段に構えた。

 嵐子は自然体のまま。佐馬之丞の闘気を柳のように受け流す。


「御免!」

 

 前傾姿勢で急速に間合いを詰める佐馬之丞。二間ほどの距離まで接近したとき彼は気付いた。

 嵐子の左肩が不釣り合いに下がっているのを。

 

 クッ、拙者としたことが!

 

 嵐子が上段から打ち下ろしたピコハンを、佐馬之丞は悔悟の念を以て弾き飛ばした。

 ピコハンが地面に落下して、パフっという気の抜けた音を立てた。


「どうやらわたしの負けのようです」

 

 振り返った嵐子の表情はどことなく寂し気だった。

 佐馬之丞、ピコハンを拾い上げると、「おまえ、まだ傷が癒えてなかったのだな」と呟いた。


「でも負けは負けです」

「いや、負傷した女子を負かしても何の誉れにもならぬ。それにおまえの言う武士道に(もと)る行為でもあるしな」

 

 嵐子の顔に笑顔が戻った。


「では今回の勝負はなしということで?」

「うむ、決着はおまえが日本へ帰ってきたときだ。そのときを楽しみに待っているぞ」

「では関君、再戦の日までお達者で」

 

 嵐子の差し出した手を、佐馬之丞は力強く握り返した。そして冷艶鋸を背負うとバイクに跨り振り返った。


「さあ、乗れ、一番合戦。駅まで送っていこう。何時ぞや、暴走族に絡まれた折に救ってもらった礼だ」

 

 戸惑いの表情を浮かべた嵐子、「でも関君、確か二人乗りは交通法規に違反しているんですよねぇ?」

「いや、構わん。もし警察に捕まったら全責任は拙者が負う。だから安心して乗れ」

 

 嵐子が呆れて肩を竦めた。


「関君って、とても真面目な人かと思ってたけど、結構、平気で規則を破りますよねぇ。意外です」


 ハッハッハッハッハッ! 佐馬之丞が夕日に向かって大笑した。


「拙者をそのような不届き者にしたのは、何を隠そうおまえなのだ。だが一番合戦よ」

「……」

「感謝しておるぞ」

 

 佐馬之丞、礼を言うのが気恥しいのか、そこだけは蚊の鳴くような小さな声だった。


「えっ、なんですか? 今の、聴こえなかったのですが」

「いや、なんでもござらん」

 

 佐馬之丞が頬を赤らめるなど天地開闢(かいびゃく)以来なかったことだ。

 嵐子が自身の背に抱き付いたのを確認すると、佐馬之丞はアクセルを吹かしてバイクを発進させた。

                                         (了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ