第04話 死んで花実を咲かせましょう
不意の襲撃に、一瞬、イクの身体は硬直した。
殺られる!
脳裏に浮かぶ、父、母、そして友人たちの面影。その映像を走馬灯と認識した瞬間、彼女の命の灯はこの世から儚くも消え去るのだ。
ああ、お父さん、お母さん、そしてみんな! どうかわたしが死んでも、わたしのことを忘れないで! 命日には必ず墓参りに。出来ればお供え物はキルフェギンのフルーツタルトを。それと出来ればしろたえのレアチーズケーキも。天国へ逝けば、もう体重のことは気にする必要がないから。みんな、お願いよ!
イクは0・3秒後の己の運命を悟った。の、はずなのだが、ピコッという音と共に目を見開けば、そこには見事に両断された自身の机の無残な姿が。
「あ~、わたしの机がぁぁぁぁぁ~!」
絶叫するイク。
早い!
呻る左馬之丞。
また学校の備品を壊しよって。
嘆息する坂田。
彼女、最高ぉぉぉぉぉ~。
喝采する岡田。
各人見方は様々だが、共通して感じたことは、格闘戦では明らかにイクより嵐子の方が上手だということだ。
左馬之丞が立ち上がった。
イクの肩に手をかけると「どけ! ここは俺がやる」
直後、イクの後ろ蹴りが左馬之丞の股間を直撃した。
カッキ~ン☆と音がして、左馬之丞の目から火花がとんだ。
股間を抑えて前屈みに倒れた左馬之丞を、仁王立ちで見下すイク。
「余計な手出しは無用! 引っ込んでなさい!」
そう一喝するや、村正の切っ先を嵐子に突き付けた。
「ようやく、わたしの相手が決まった訳ね?」
嵐子も相対してピコピコハンマーをイクに突き付けた。
坂田が両者の間を仕切る。
では、(モゴモゴモゴ……、い、入れ歯の噛み合わせが……)いざ、尋常に……、
「勝負!」
「勝負!」
言い様、嵐子の一撃が床を叩いた。
埃が濃霧のごとく立ち昇り、砕かれた木端が飛散する中、一瞬、彼女は目標を見失った。
さすがはAクラス二十八位のイク。同じ手は二度とは食わぬとばかりに、咄嗟に後方へ五メートルほど飛び退いたのだ。その鬼気迫る表情は、天然ボケを売りにする普段の彼女からは伺い知れないものだ。
着地するや、村正を脇に構えて嵐子に向かって突進した。そのまま横に薙いだ刃筋は嵐子ではなく、背後の黒板を真っ二つにした。
避けられた!
直後、嵐子の影が得物を狙う鷹のごとくイクに覆いかぶさる。
その軽やかな舞は、決闘者であるはずのイクですら魅了した。
そこに心の隙、逡巡が生まれたのだ。
避けるべきか、受けるべきか。
そのときにはもう、イクは背後に跳躍するための腰溜めを作る機会を失っていた。
咄嗟に刃身を横一文字にしてピコピコハンマーの一撃を食い止める。が、その衝撃に耐えかねて思わず一メートルほども後退りした。
膝と肘に掛かる圧力が激痛となってイクの表情を歪ませる。それはかつて受けたことのない衝撃であり、同時に彼女の誇りをも歪ませた。
ク、クッソォ~!
押し返そうにも、ピコピコハンマーはビクともしない。
イクが冷静であれば、そのまま右左に受け流すことを思いつくはずだが、そこは女の意地が邪魔をして、彼女にその方法を取らせなかった。
嵐子の瞳に微かに歓喜の光が宿る。
さすがは妖刀村正、あたしの一撃を受け止めるとは……。でもね、その使い手が未熟では銘刀も宝の持ち腐れ。
スッと圧力が消えた。
嵐子はバックステップを踏むと、そのまま背後に跳躍して三角跳びの要領で教室の壁を蹴った。
上段の構えから、再びイクの頭上にピコピコハンマーを打ち下ろした。
弾き返す!
イクに逡巡はなかった。
その思いだけで、彼女は嵐子の打撃を再び横一文字に受け止めた。
が、そこは嵐子も計算済み。相手が避けることを想定しない一撃は、躊躇のない分、確実に一点に力を集中できる。
受け止めた瞬間、ピコッと空気圧の音がして、妖刀村正がカッキ~ンと鋭い金属音と共に真っ二つにへし折れた。
勢いのままにピコピコハンマーはイクの頭頂を直撃した。
嵐子が鮮やかな着地を決めたとき、イクは頭頂から噴水のように鮮血を撒き散らして前のめりに倒れた。
彼女の横顔が、床に広がる血溜まりの中へ沈んでいく。
教室が騒然とする中、坂田が駆け寄ってペンライトでイクの瞳孔を確認する。
「ああ、保健委員。柴崎先生に連絡を。決闘でランクAの重傷患者が発生じゃ。急ぐように」
そしてハンカチで止血を試みつつ「いきなり、教室で決闘をおっ始めるとは、今時の若いもんはどうかしておる」と口の中でモゴモゴ呟いた。
倒れたイクの周囲にできた人垣から離れて一人、何が楽しいのか、勝利への充足感か、それとも敗者への蔑みか? 口元にニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、嵐子はクラスの惨状を見つめていた。
そんな彼女を憎しみの目で見つめる美少女がいた。
イクの親友、図書委員の五月雨五月だ。
私の親友を傷つけるなんて絶対に許せない!
熱り立つ五月の腕を掴んだ者がいた。
左馬之丞だ。
「待て、決闘規則第3条第2項を忘れたか?」
「それが何よ!」
「決闘規則第3条第2項、ーー決闘終了直後の相手に、新たに決闘を申し込んではならない」
「……クッ」
五月は拳を握りしめた。その手に握られた薙刀がワナワナと震えている。
「復讐は後だ。それよりも」
左馬之丞は床に横たわるイクを見た。
「今は友の安否を気遣うのが先決のはず」
五月はその言葉に押されるように、坂田の傍らに駆け寄った。
「先生! わたしも病院に付き添います!」