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そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


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第39話 激突! 嵐子VS靖

 嵐子の目が険しく吊り上がった。

 坂田が促されるように背後を見た。

 二人がそこに見たものは、口辺に冷笑を浮かべながら真剣を打ち下ろそうとする玲花の姿だった。

 坂田が、嵐子が、素早く左右に跳び退いた。

 最上段のロープが斬れたことで、飛龍が真剣と化したことは誰の目にも明らかだった。

 尚も嵐子を追いかけようとする玲花を、坂田が必死に食い止めた。


「止めたまえ! 高分子素材(ハイパーシールド)を未使用状態で真剣を使えば、それは本校生徒の資格を失うに止まらず、傷害、殺人未遂等の罪に問われかねない。無論、試合も反則負けじゃ。それは君の本意ではなかろう?」

 

 玲花の坂田を睨む目が狂気に浮かれていた。


「罪人となるのは覚悟の上! 蹴りなどという野蛮極まりない行為に対しては、断固とした処置を以て臨むべきです!」

「それはそうじゃが、真剣で試合するというのはいくら何でも」

「ええい、そこをお退き! 先ほどの恥辱を注がねば、わたくし、腹の虫が治まりません!」

 

 坂田を押し退けようとして、不意に玲花が前のめりに倒れた。その背後には流氷を握り締めて敢然と佇立する靖の姿があった。玲花の頭頂に打刀の一撃を加えたのだ。


「担架を、早く!」

 

 坂田が失神した玲花を保健室へ搬送するよう指示を出す。

 流氷の剣尖が嵐子の眼前に突き付けられた。


「残念な結果ではあるが、まあ、これで一対一(サシ)勝負が実現した訳だ。君もそれを望んでいたのだろう?」

 

 その言葉を待っていたかのように、嵐子は左手に握ったピコハンを投げ捨てた。


「二対一の勝負だと思ってピコハンを二本用意したのですが、会長さん一人が相手なら一本で十分ですぅ。さあ、勝負、勝負!」

 

 その言い様に呆れたのか、和んだのか、靖は゛フフッ"と笑みを漏らすと、


「まあ、そういうことです。ですから父上、下心丸出しの侠気心など無用に願います」

「ああ、分かった。特等席でじっくり拝見させてもらうよ。私の息子と彼女の娘、代理戦争とはいえ、こんな形で再戦が叶うとは。二十年来の遺恨に決着がつく訳だ。負けるなよ、靖!」

 

 言うなり、理事長はライダーマンのお面をかなぐり捨てた。その意外な正体に場内からどよめきが起こる。

 放送席の朽木アナが「お~~~~~っと、ライダーマンの正体は、なんとなんと、清流院擾理事長その人だぁ~~~~~!」と絶叫。傍らの本居部長に「まさかXの正体が理事長だったとは。一番合戦選手、とんでもない大物を味方に引き入れていた訳ですが。ですが部長、本校の生徒でない者を、それも理事長という立場にある者を、試合に参加させてもいいのでしょうか?」

 

 その疑問は会場にいる大勢の観客の心中を代弁していた。

 本居は少し考えこむと、


「これはあくまでわたし個人の考えですが。理事長は眼前の現状を現出させるために、つまり武道の本来あるべき姿、一対一の試合形式に引き戻すためにわざと乱入、いえ、介入したのではないかと」

「と言うことはですよ、本居さん。理事長は初めから一番合戦VS息子さんの対決を望んで試合を誘導したと?」

「まあ、根拠はありませんが、何となくそう思えるんです。でなければ理事長という立場にある方が、生徒同士の試合に介入する理由が見当たりません」

「まあ、我々もタッグマッチという試合形式には違和感を感じてはいたのですが……」

「新聞部としては、その辺の事情を試合後に取材してみようかと思います。もしかしたら大変な醜聞(スキャンダル)が出てくるかもしれません。まあ、これも新聞部部長としての勘ですが」

 

 勘とは言ったものの、実は本居は持ち前の取材力を駆使して、清流院擾と一番合戦蘭子の関係性をある程度掴んでいたのだ。その情報を元に憶測したリング上の三人の関係は、骨肉相食む悲劇的な結末を予感させる。本居の額から冷や汗が滴り落ちた。


 ■■■

 

 嵐子が左脇に構えを取ったのに対して、靖は正眼の構えを取って、両者一歩も譲らない体勢で相対した。

 と突然、嵐子が前傾姿勢で虎が獲物を狙うがごとく走り出した。

 だが靖は動かない。両者が斬間(きりま)に入った瞬間、嵐子が身を沈めて靖の膝を薙いだ。が、その一撃を身を左に捻りながら跳躍して躱すと、そのまま一回転して相手の左胴へ切り付けた。


 あっ、あれは副会長の……。

 

 本居は唸った。あれこそ玲花の必殺技"蝶の舞゛。回転することにより相手の目を幻惑しつつ、あらゆる角度から刃を叩き付ける。最初の一撃が相手に致命傷を与えれば、更に回転して二撃、三撃を繰り出す。その美名とは裏腹に情け容赦のない過酷な剣技だった

 脇腹を抱えてその場に蹲った嵐子。その双眼に母親に似た険しい光が浮かび上がった。

 残心の姿勢から嵐子を見下す靖の双眼には微かな憤怒が見て取れる。


「せめて一太刀、玲花君の技で屈辱を味合わせたかった。それが無念の想いを噛み締めて退場した彼女への手向け」

 

 握り締めた゛流氷"が微かに戦慄く。上段に構えた刀身が鈍い光を放った。

 刹那、靖は跳躍した。「だが君を倒すのは我が秘剣!」そう叫んで打刀を上段に構えた。

 対して嵐子は腰だめの低い態勢からピコハンを脇に構えた。

 彼女に直上の一撃を避ける気はなく、相手のがら空きの胴を下から狙い撃とうとしているのは明白だった。

 靖が笑った。それは常に冷静な彼が終ぞ見せたことのない嫌らしい笑みだった。それこそ玲花が見たら思わず顔を背けたくなるような……。

 嵐子が横一文字にピコハンを薙いだ。その刃筋は確かに靖の胸を切り裂いたはずなのだが、何故か手応えが伝わってこない。


 あらまぁ!?

 

 自信の一撃を躱されて、嵐子が口をあんぐりと開けた。

 気を取り直して振り向けば、靖は澄まし顔でコーナーポストに佇立していた。無論、斬撃を受けた形跡は何処にもない。

 放送席の本居が椅子をひっくり返して立ち上がった。


「あれは天鬼降斬剣!!!」

 

 直後、嵐子の左肩から血が迸った。

 場内から悲鳴が上がる。

 思わず左の肩口を抑えて蹲る嵐子。指間から溢れ出た血が浴衣の白い布地を染めてゆく。

 実況席の朽木アナが茫然自失の態で「本居さん、今の斬撃、見えました?」

 本居は険しい眼差しをリング上に向けた。


「いいえ、見えませんでした。でも見えないのが当然なのです。なぜならあの傷は刃で切り裂いたものではないからです」

「と、言うと?」

「あの傷は鎌鼬現象を応用したもの、即ち真空状態を生み出すことにより、刃動を先鋭化させ皮膚を切り裂いているのです。つまり刃はまったく相手に触れていないということなのです」

「なるほど! それでは刃筋が見えないのも当然ですね」

「彼の実力がまさかこれほどのものとは! 正直、驚きました」

「わたしも情容赦のないとでも言いましょうか。清流院選手のあんな姿、今まで見たことがありません」

「それだけ一番合戦選手は手強いということですよ。会長の実力を十全に引き出したのですから」

「つまり一番合戦選手の実力をして、初めて清流院選手は本気になったと?」

「まあ、そういうことです」

「女子には衝撃的な姿でしょうね?」

「まあ、女子人気の低落は免れ得ないでしょう。でも本人は気にしないと思います」

「どうやら冥王史上最高の決闘になりそうです」

「ええ、そうなることを期待しましょう」

 

 とは言ったものの、本居は嵐子の一方的な敗北を予感した。

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