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そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


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第32話 神崎玲花の思惑

 翌朝、新聞部が徹夜で刷り上げた号外を手にした清流院靖は、六色刷りでデカデカと描かれたその見出しに驚きを隠せなかった。


「なんだ、これは?!」

 

 そう言うなり、新聞部の部室へ直行。徹夜明けでウトウトと机で微睡んでいた部長の本居真一を叩き起こすと、握り締めた号外を突き付けた。


「なんだ、これは?」

「え、なんだって? ああ、なんだ、これか」

 

 靖の抗議を予期していたのか、本居は別段慌てる様子もなく、ずれた眼鏡の焦点をその見出しに合わせた。


 世紀の一戦、清流院靖、神崎玲花組VS一番合戦嵐子、X組。


「これがどうかしたか?」

「どうかした、だと? 貴様はよほど茶番が好きらしいな? これじゃあ、まるでプロレスのタッグマッチだ。記事の出所はどこだ? 誰がこんなガセネタを」

「俺だよ」

「……」

「俺が記事の情報源さ」

 

 涼しい顔して、とんでもないことを言ってのけた本居。

 靖が呆れ顔で呟いた。


「狙いは何だ? 貴様のことだ。特ダネ欲しさに記事をでっち上げたなんて、そんな単純な理由ではあるまい?」

「お察しの通りだ、生徒会長。俺は冥王開闢(かいびゃく)以来のタッグマッチという試合形式に興味を持ってな。その実現を後押しすべく、些か健筆を振るったのさ」

「誰がその茶番劇の提案をした?」

「それは俺さ。だがな、あの二人もあっさりと乗ってきてな。それなら記事にしてもよかろうと」

「あの二人? ……まさか!」

「そうさ、神崎君と一番合戦君さ」

 

 靖が激しく首を振った。


「信じられない。一番合戦君はともかく、あの品行方正な副会長が、そんな下品な……」

「事実は事実さ。それだけ一番合戦嵐子は魅力的な相手なんだろうよ。何と言っても、その正体は冥王最強と(うた)われた……」

 

 本居が不意に口を噤んで押し黙った。

 靖が訝し気に睨み付けた。


「どうした? 貴様、何を隠してる?」

「いや、何でもない。何でもないんだ」


 ハハハッ、と笑顔で胡麻化した本居だが、その眼は笑ってはいなかった。


 ■■■


 早朝、新聞部部員が校門脇で号外を配布していると、その眼前に高級自家用車が停車した。

 号外に目を通していた生徒たちが一斉に顔を上げた。

 校庭全体に緊張感が走る。

 時の人、神崎玲花の登場だ。

 大勢の生徒が注目する中、その視線すらも己の愉悦とするような自信に満ち溢れたほほ笑みで「おはよう」と顔見知りの生徒に声をかける。

 後輩の生徒会役員二年三組大橋恵梨香が「おはようございます」と丁重に頭を下げると満足そうに微笑みを返す。

 恵梨香の顔に喜色が浮かんだのは、大仕事を果たし終えた安堵感からだ。

 そんな玲花のほほ笑みが不意に玄関先で途切れた。

 そこに不快な集団、神崎玲花親衛隊の面々を見出したからだ。


「お、おはようございます。お姉様」

 

 音羽冬華が怖々と声をかける。

 が、玲花はそれを無視して彼女の前を通り過ぎた。


「お姉様、鞄をお持ちします」

 

 行く手に回って尚も食い下がる冬華を、玲花は冷たい目で睨み付けた。


「結構よ! 言ったはずです。わたくしの前に二度と姿を見せないでって」

「で、でも」

「さあ、そこをお退きなさい! わたくしは忙しいのよ」

「お願いです、どうかお赦しを! あのような不埒な真似は二度といたしませんので。以前のように、わたくし共を是非お側に」

 

 冬華はそれが虚しい願いであることを知った。

 玲花の双眼に怒気が浮かび上がった。


「もし、わたくしがあのような恥ずべき行為をしたなら、懐剣で咽喉を突いて自刃したはずです。音羽さん、あなたにそれが出来て?」

「……」

 

 真っ青な顔でその場にしゃがみ込んだ冬華。

 いきなり床に伏せると、ワーッと周囲に大量の涙を散水させた。

 親衛隊の面々はただ黙って見守るのみ。気の毒過ぎて誰も声をかけられない。

 玲花は背中で彼女の号泣を聴いた。


 少し薬が効き過ぎたかしら?

 

 能面のような冷たい表情とは裏腹に、心中でフフフッと含み笑いを漏らした玲花。

 振り返ると、いつもの澄んだ明るい声で「音羽さん。このバッグ、教室までお願いできないかしら?」


 えっ、と涙でぐしょぐしょの顔を上げた冬華。

 玲花が赦しの微笑みを振り向けた。


「わたくし、これから校長室に参りますので、このバッグを教室まで届けてくださらない?」

「は、はい、喜んで!」

 

 冬華は自身が赦されたことを知ると、喜び勇んで玲花の許へ駆け寄った。

 その時、玲花は気付いた。

 スクールバッグを受け取った冬華の右手に握られた一片の紙片。そこに大書された"世紀の一戦゛の文字を。


「それ、頂けないかしら?」

「あっ、はい。どうぞ」

 

 新聞部の号外に目を走らせる玲花。

 冬華が遠慮がちに尋ねた。


「あの、その記事の内容、事実なんでしょうか?」

「ええ、事実よ。いえ、正確には事実にすべく、これから校長先生に掛け合いに行くところなの」

「……」

 

 玲花の瞳に決意の炎が舞い上がるのを、冬華は畏れを抱きながら見つめていた。


 お姉様、()る気だわ。一番合戦嵐子を……。


「音羽さん」

「……は、はい」

「放課後、剣闘部の部室へお邪魔するわ。稽古の相手をしていただけるかしら?」

「はい、お待ちしております!」

「ではよろしくね」

 

 去り行く玲花の背中を見つめつつ、冬華は心中でほくそ笑んだ。


 いくらでも協力しますとも。一番合戦嵐子を殺るためなら……。

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