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第03話 鎧袖一触! 嵐子対佐馬之丞

「さてと、左馬之丞君も随分動揺してきたようだし、そろそろ止めを差してあげましょう。それに読者も三国志ネタには飽きてるようだし」

 

 その傲慢ともいえる発言に、学級はしばし騒めいた。

 嵐子は傍らに佇む坂田の頭を、ーー静粛に! 静粛に! とピコピコハンマーでトントン叩いた。


「さて、次の質問です。樊城の戦いで関羽と対戦した呉の武将は?」

 

 グググググッ、

 

 その瞬間、左馬之丞の口端から大量の白い泡が、まるで滝のように吹き零れた。

 両目はカッと見開かれ、鼻孔からは火砕流のごとき鼻息が溢れ出た。

 冷艶鋸を握り締めた右手がプルプルと震えている。

 彼は全身の毛孔から噴き出さんばかりのマグマのような怒りを、必死に耐え忍んでいるのだ。


「さあさあさあ、お答えは? まさか関羽の子孫ともあろうお方が、知らない訳ないですよね?」

「ぐおおおおお~、呂蒙だああああああああああ~~~~~~~~~~!」

 

 教室を震度5の激震が見舞った。

 余程叫ぶのが苦しかったのだろう。全身から汗を噴き出し、憔悴しきった表情で、冷艶鋸を杖に両肩でゼイゼイ息をついている。

 呂蒙(178ー219)優れた戦術で関羽の軍を破った呉の名将である。

 左馬之丞にとっては御先祖様の仇であり不倶戴天の敵なのだ。

 まっ、今も生きていればの話だが。


「う~ん、関君。君、大丈夫かね?」

 

 坂田が左馬之丞の容態を気遣った。


「ええ、先生。左馬之丞は死にませんよ。だから決闘を続けさせてください。お願いします」

 

 左馬之丞の目はまだ死んではいなかった。

 嵐子は満面の笑みで頷くと、ーーよしよし、と傍らに佇む泉田の薄い頭をナデナデした。


「さあ、いよいよ最後の質問よ~! 同じく樊城の戦いで、間抜けな関羽を捕え、その首をスッパ~ンと斬り落とした武将の名は?」

 

 予想された質問とはいえ、そこまで身も蓋もなく言われたのでは、御先祖様の面子が丸潰れというもの。

 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか。あからさまに関羽を侮辱したその物言いは、左馬之丞をブチ切れさすには十分過ぎた。


「おのれぇ~、よくも御先祖様を! 赦さぬ! そこへ直れ! 成敗してくれる!」

 

 言い様、左馬之丞は宙高く舞い上がった。その巨体に似合わぬ身軽な動きは、彼の身体能力の高さを伺わせる。


「馬忠、覚悟!」

 

 その名こそ先程の質問の正解なのだが、怒り心頭の沸騰しきった頭では、馬忠と嵐子を混同したとしても何の不思議もない。

 左馬之丞は頭上に振り翳した冷艶鋸を、教壇に佇む嵐子目がけて打ち下ろした。

 一撃必殺の風車斬りだ。

 頭頂に当たれば人間を縦に両断することができる(と一部で囁かれている)。

 が、しかし嵐子は軽いステップで左に跳び退いて躱すと、好きな男子に告られた女子のごとく、嬉しそうに微笑んでみせたのだ。

 なんという輝かしい微笑み!

 この時、学級の男子の九割が萌えた。

 出席番号三番、岡田礼次郎などは「だって~、関の冷艶鋸を躱して微笑むなんて、そんな芸当出来る奴、一人もいないっしょ。あんあ可愛い娘がそんなことしたら、もう、惚れるしかないっしょぉぉぉぉぉ~!」と後日談で語っている。

 岡田は態度も軽いが頭も軽い。と日頃から批判的な目で見ていた左馬之丞だが、もし彼が傍観者として今の身の熟しを観ていたら、あるいは嵐子に惚れたかもしれない。体操競技なら文句なしに10点満点の美しい演技なのだ。

 左馬之丞は目を剥いて、必殺の一撃を躱した美少女を睨みつけた。

 後には真っ二つに両断された教壇机が残るのみ。


「おのれ、おのれ、おのれぇ~~~~~」

 

 冷艶鋸を振り翳して、尚も襲い掛かろうとする左馬之丞の喉首に、不意にコクヨの竹製50センチ定規が突き付けられた。それは数学担当の坂田が長年愛用している品だった。


「関君。どうしたのかね? 君ともあろう者が。ちゃんと校則は守らなきゃいけないよ」

「は、はあ……」

 

 教師には礼の左馬之丞。ようやく我に返ったものの、冷艶鋸は構えたまま。どうやら決闘を放棄する気はないようだ。

 その闘気を見て取った坂田は、ーー転校早々、仕方がないのう。と呟きながら、両者の生徒手帳の身分証明を確認。決闘の成立を宣言すべく片手を挙げた。そのとき、


「先生、お待ちください!」

 

 教室の後ろのドアが開いて、小桜模様の刀袋を握った女子生徒が一人、静々と前へ進み出た。

 学級副委員長の佐藤郁恵だ。

 作品冒頭では遅刻を気にしていたが、どうやら始業時間に間に合ったようだ。

 本来なら、よかった、授業に間に合って。と一安心の場面なのだが、そうはならないところが武闘派高校在校生の面目躍如たるところ。

 郁恵ことイクちゃんは、左馬之丞の前で立ち止まると「事情は大体飲み込めたから」と事の一部すら見ていないのに、大方想像で事情を理解したのだろう。


「お願い、この決闘、わたしと代わって!」と左馬之丞に懇願した。

「あんなふざけた女、何も左馬之丞君が闘う必要はないわ。Aクラス二十八位の、このわたしで十分!」

 

 言いざま、刀袋から村正を引き抜くと、双眼に闘志を漲らせて生徒手帳を提示した。


「関君、よろしいかな?」

 

 坂田の問いかけには応えず、左馬之丞は学級委員として共にクラスを支えてきた相方のイクを見た。


「おまえは見ていないから知らんだろうが、あやつ、出来るぞ」

 

 彼が顎で示した先には、真っ二つに両断された教壇机が無残な姿を晒していた。

 その切断面を確認したイクは驚愕に目を見開いた。


「左馬之丞君、まさか!」

「ああ、そのまさかだ。俺も己の目が信じられぬわ」

 

 腕組みして深く頷く左馬之丞を、突然イクは怒鳴りつけた。


「左馬之丞君!」

「うん、何だ?」

「あなた、仮にも学級委員でしょう? 校内の秩序を正すべき人が、なぜ校内暴力なんか」

「なんだと、校内暴力?」

「そりゃ、坂田先生は多少ボケの入った方だけど……。授業の進捗が遅くて、受験に不安を感じる生徒は多いけど、でもそれは校長先生や教育委員会に訴えれば済むこと。決して暴力沙汰で解決すべき問題ではないわ!」

 

 得々と説教を垂れるイク。その釈迦に説法を絵に描いたような光景は、級友ばかりか嵐子ですらも唖然とさせた。

 彼女の壮絶なボケッ振りは今に始まったことではないが、ーー銘刀童子切安綱の童子を、鬼ではなく、子供と勘違いしたり、戦国武将織田信雄(のぶかつ)を、のぶおと読んだり、大阪城は近代的なコンクリート製の堅牢な城と勘違いしたり、北斗百裂拳を真似して、ーーイタタタタッ、と突き指したり、ゴムゴムの実を食べたルフィのあそこは伸び放題なの? と思春期にありがちな意味深な疑問を呈したり、とまあ、枚挙に(いとま)がないのだが、この期に及んでそれはないだろうと、冗談の嫌いな左馬之丞でなければツッコミの一つも入れたくなる、そんな状況に学級を陥れたのだ。


「イクちゃん、それ、違うから」

 

 イクの暴走を押しとどめたのは、級友の相田洋子だ。

 彼女の説明にようやく自身の勘違いに気付いたイクは、申し訳なさそうに左馬之丞をチラ見すると、それでも嵐子の実力を悟ったのだろう。表情を引き締めて鞘から刀身を引き抜いた。


「さあ、勝負よ。ええと……」

 

 黒板に書かれた嵐子の名字を初見で読める者は少ない。


「いちまかせ」

 

 再び洋子の助言を得て、イクは叫んだ。


「さあ、勝負よ! 一番合戦嵐子!」

「待て」

 

 左馬之丞が口を開きかけた、そのとき、

 

 おりゃゃゃゃゃ~! 気合一閃、嵐子が跳んだ!

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