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そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


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第29話 本居 取材に奔走す

 昼休みの廊下で伊集院靖に遭遇すれば、擦れ違う女子生徒の多くが振り返り、己の幸運を少しばかり神に感謝するものだが、今日ばかりはその表情に吃驚(きっきょう)が浮かび上がるという、前代未聞の事態が勃発した。

 靖が玲花をお姫様だっこして廊下を闊歩するなど、恋愛ドラマ顔負けの出来過ぎの場面であり、誰もが己が目を疑う場面でもあった。

 早速、ーー何事?! と興味津々の女子数名が靖の追跡を開始、その結果、行く先が保健室であることを突き止めた。

 更に室内から聞こえてくる校医柴崎紀子と靖の会話から、玲花がなんとあの一番合戦嵐子の卑劣極まりない手段により失神敗北したことを知るにつけ、誰もが玲花に対する同情と嵐子に対する非難を露にした。

 特に神崎玲花親衛隊の構成員である一年三組大村優香と橋本さくらは、互いの顔を見合わせるなり、ーー緊急事態勃発! とばかりに、この事実を他の構成員にメールで緊急連絡した。

 納まらないのが親衛隊長の三年三組音羽冬華だ。


「なんですって!」

 

 スマホを持つ指がワナワナと震えている。

 そこには信じられない事実が、いや、あってはならない事実が表記されていた。


 神崎玲花敗れる!

 

 古武道の習得を学課とする高校だけに、いささか男尊女卑の風潮が残されているのも事実だが、男子生徒を片っ端から薙ぎ倒し、未だ不敗の女王の名を欲しいままにする彼女の存在は、男女平等(というか女尊男卑)の象徴であり、それ故に彼女の敗北を己の屈辱と捉える女子生徒は少なからず存在した。


 御姉様(玲花)の恥辱は必ず私たちの手でそそいで見せる。たとえどのような手段を講じようとも。

 

 以前、彼女はSクラスに昇格した折、玲花の推薦で生徒会役員に登用されたことがあった。が、結局、一か月の試用期間の後、実力不足を理由に不採用となった。

 だから嵐子が庶務として即採用されたことを知ったとき、彼女は激しい嫉妬を覚えずにはいられなかった。


 御姉様に蔑まれるのは覚悟の上! それでも私は……。  

 

 放課後、彼女は構成員を呼集すると、一番合戦嵐子に対して闇討ちを示唆した。


 ■■■

 

 新聞部部長本居真一が、ーー神崎玲花敗れる! の第一報に接したのは、午後の授業が、社会科教師幸田三郎(26、体重98キロ)がジャージ姿の出で立ちで、暑い暑いと喚きながら、首に巻いたタオルで汗を拭き拭き、突然、何の前触れもなく黒板に、ーー織田信奈ちゃん♡ と大書して、教室を騒然とさせた矢先だった。

 始業の鐘が鳴っても、未だ教室に姿を見せない玲花に、一抹の疑念を抱いていたところへ、幸田教諭の意味不明の落書きに、生徒全員が呆然自失の状態に陥った正にそのとき、現場に居合わせた後輩部員よりメールが届いたのだ。


 やったぞ! 久々の大スクープだ!

 

 思いも寄らぬ特ダネに小躍りして立ち上がると、


「先生、熱中症に罹ったようなので、保健室行っても良いですか?」と発言。

「ああ、いいよ。お互い、熱中症には気を付けないとな」と引き続き黒板に、ーー柳生十兵衛ちゃん♡ と大書して、そのまま教壇に凭れ掛かるように倒れた幸田教諭から言質を取り付けると、人気のない廊下を、ーー廊下を歩くときは静かに、落ち着いて、品よく、お喋りは慎み、歩幅は凡そ男子で50センチ、女子で45センチくらいに。と書かれた張り紙を素っ飛ばすほどの勢いで保健室へ急行した。

 で、保健室の前で急停車。そ~っとドアを開けて中の様子を伺うと、幸運は重なるもので校医柴崎紀子の姿はなく(彼女は幸田教諭倒れるの一報を受けて、本居と入れ違いに三年一組へ急行した)、ベッドを仕切る白いカーテンの向こうから、密かにこちらの様子を伺う気配がした。


 副会長、どうやら起きているようだ。

 

 意識不明の重体というデマを信じた訳ではないが、やはり同級生の怪我の具合は気にかかるもの。

 これなら取材を受けてくれそうだ。と期待に胸を躍らせつつ、本居は「失礼しま~す」と一言断りを入れて、隣のベッドの上に腰を据えた。


「副会長、副会長」とカーテン越しに小声で囁いてみる。

「……」

 

 玲花特有の気配、ーー静寂の中で微かに伝わる縦ロールのぽよんぽよんとバネのように弾む動き。

 彼女は確かに目覚めているはずなのだが、返事のないところをみると、やはり敗戦の衝撃が尾を引いているようだ。


「神崎さん、神崎さん」

 

 今度は名前で呼んでみる。


「……」

 

 玲花特有の気配、ーー静寂の中で、微かに伝わる豊かな金髪を束ねるピンク色の大きなリボンのひらひらと蝶のように舞う動き。

 彼女は間違いなく目覚めているはずなのだが、またも返事のないところをみると、やはり敗戦の衝撃に口を利く気力もないようだ。

 だがここで引き下がっては、ーー取材の為なら彼女も泣かす鬼編集長の異名が廃るというもの(桜蘭高校のA子さん(17)の激怒(げきおこ)プンプン証言。それはそれは酷いもので。デートをドタキャンする言い訳も取材なら、デートに遅刻する言い訳も取材。そしてデートを途中ですっぽかす言い訳も取材。結局、彼とは別れましたが、そのとき心に誓いました。金輪際、新聞記者の方とはお付き合いしないと)。

 

 彼は最後の手段に訴えることにした。


「蝶々婦人……」

 

 その禁断のあだ名を口にするや、カーテンがサッと開いて、大きな瞳を更に大きく見開いた神崎玲花の吃驚した顔が現れた。


「そ、そのあだ名をどこで?」


 しめた!

 

 本居の口端がニヤリと歪んだ。


「守秘義務でね、情報源を明かすことはできません。しかし……」

「……」

「取材に協力してくれるというのであれば、公衆の面前で敢えてその名を口にすることはありませんが」

 

 蝶々夫人、いや、神崎玲花がキッときつい表情で本居を睨んだ。


「わたくしを脅迫する気?」

「そう受け取ってもらっても構いません。同級生と取り引きするのは気が引けるのですが」

 

 玲花は俯き加減にため息をついた。


「鬼編集長の噂は本当だったのね」

 

 神崎玲花の黒歴史。

 それは中学校入学式の折、教室内における自己紹介の場で、ーー自分のことを"蝶々夫人゛と呼んでほしいと懇願して、同級生にドン引きされたことだった。

 偶々読んだテニス漫画に似た名前の人物を見つけ、ーーこの方こそわたくしの理想の方。そう勘違いした故に引き起こされた悲劇なのだが、やはりというか、そのあだ名で呼んでくれる同級生は一人もなく、陰では、ーーなに、それ? 漫画の人物(キャラ)? 彼女、もしかして中二病? とか、ーー中学生で夫人はないわよねえ、夫人は。等と噂が噂を呼んで学校中に流布する始末。

 その後、彼女は持ち前の学力と運動神経と絶対音感と色彩感で、学校内において揺るぎない不動の地位を築いた為に、その噂は立ち消えとなったが、彼女の気高い精神は痛く傷ついた。


「……という訳で、わたくしは心ならずも、高校生活における唯一の、いえ、人生における唯一の敗北を喫してしまったのです」

 

 その美しい碧眼に一杯の涙を溜めて、玲花は嵐子との闘いの様子を語り終えた。

 話の内容に大幅な改竄(かいざん)(嵐子を庶務ではなく、お茶汲みとして採用)(嵐子がそれに腹を立てて狼藉に及んだ)(ゴキブリではなく、ピコハンの不意の一撃で昏倒した)(意識を回復した自分を、靖が強引に保健室へ運んだ)(自分は頬が赤らむほど恥ずかしかったのだが、靖の、「君の命は僕が守る」の一言に押し切られて、仕方なくお姫様抱っこで運ばれてあげた)を加えてはいるが、彼女が敗北した事実に違いはなく、本居をして、ーー一番合戦嵐子、恐るべし! と感嘆せずにはいられなかった。

 そのとき同輩部員の三年二組吉本孝明よりメールが届いた。


 生徒会長、一番合戦嵐子に決闘の申し込みを表明Σ(゜Д゜)

 

 更なる大スクープに、本居は歓喜雀躍(かんきじゃくやく)して立ち上がると「取材協力、ありがとうございます!」と取材の礼もほどほどに保健室を飛び出した。

 スマホを握り絞める指が忙しく動く。送信されたメールには、ーー吉本、放課後、生徒会長に取材を申し込め! という厳命が表記されていた。

 ほどなく吉本より、ーー了解との返事

 更に後輩部員の一年一組浜野正に、同様に一番合戦嵐子に対して取材申し込みの指示を出すと、


 明朝までに号外を刷り上げなきゃな。

 

 口元にニンマリと笑みを浮かべ、引き続き新聞部全員に非常呼集を呼びかけた。

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