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そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


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第25話 大食漢 二人の嵐子?

 それから二人して近間のファミレスに立ち寄ったのだが、メニューを広げた嵐子に「俺が奢るから」と余裕をみせた礼次郎。

 バイト代が入ったばかりの暖かい懐具合に、つい気持ちが寛大になってしまったのだが「じぁあ、遠慮なく」とウエイトレスに注文を乱発する嵐子を見て、ーーし、しまったぁ~! こっちの嵐子ちゃんも大喰いだぁ~! と気付いたが後の祭。

 で、運ばれてきた料理が、"大盛牛ステーキ゛゛ビーフシチュウ""トマトクリーム煮込みハンバーグ゛゛サンドイッチ"゛生ハムとえびのパスタ"゛かにとベーコンのサラダ" そしてデザートに大盛ストロベリークリームパフェ。締めて5800円。

 皿がテーブルからはみ出しそうなほどの何とも壮観な眺めだが、予想外の出費であることには違いなく、ーーまっ、嵐子ちゃんの笑顔が見れたから良いか。と顔で笑って心で泣いた礼次郎であった。

 自身は"ほっけの塩焼き定食゛と゛水"で昼食を済ませると、皿を豪快に平らげる嵐子を眺めつつ、"小熊物語゛の内容を語って聞かせたのだが、そこでふと、ーー嵐子ちゃんはなぜ熊に拘るのか? という疑問がムクムクと頭をもたげてきた。

 そのことを話の終わりに何気に尋ねると、嵐子は食事の手を休めて「う~ん、それがまあ、いろいろあって」と言葉を濁し、しばしの黙考の後「まあ、岡田なら話しても良いか」と踏ん切りを付けると、手にしたフォークを礼次郎の顔に突き付けて、怖い顔して「いいか、誰にも言うんじゃねえぞ!」と念を押した。

 その迫力に気圧されて、思わずうんうんと頷いてしまった礼次郎。

 一体、どんな話が飛び出るのかと思いきや、彼女の口から語られた真実とは、ーー大雪山で遭難、母親は死亡するも、当人は熊の背に跨って生還という、何とも信じがたいおとぎ話のような真実だった。


「それ、本当の話?」と思わず訊いてしまった礼次郎。

「本当も本当、だって、そんとき生まれたのがあたしなんだから」

「……」

 

 狐に摘ままれっぱなしの礼次郎を他所に、嵐子の語ったところによると、自分はあっちの嵐子が母親の死という心的障害(トラウマ)を背負わせるために生み出した、もう一人の自分なんだそうだ。


「お蔭で追体験現象(フラッシュバック)に悩まされて。これでも結構辛い青春送ってるんだぜ。あっ、やべぇ、また思い出しちゃった」


 ハァ~、と肩を落としてため息をつく嵐子。

 それでも大盛ストロベリークリームパフェを食べる手は休めずに、ただひたすらスプーンを口に運ぶその姿は、礼次郎には"過酷な運命に抗う勇者゛のように見えた。それに彼女の悲劇的な事故には同情頻りなので、ーー嵐子ちゃんが明るい笑顔を見せてくれるのならと、大盛チョコレートマンゴーパフェを追加注文するという太っ腹なところを見せた。


「はぁ~、喰った、喰った」と料理を全て平らげ、満足気にお腹を擦る嵐子。

 その満ち足りた表情を眺めているうちに、ーーこれって、やっぱ過酷な運命に打ち勝った勇者……じゃないよね。単なるストレス解消だよね。と思い直した礼次郎。意識を強引に二枚目様式に引き戻すと、


「どう、満足した?」

「ああ、満足したよ。娑婆で外食したの、久し振りだから。まっ、たまにはこんな役得でもねえと、あいつの影なんてやってられねえから」

 

 そして不意にピコハンを手にすると「どうやら料理の匂いに釣られて、あいつが目を覚ましたらしいや。岡田、後はよろしくな」とウインクしてみせた。


「お、おい、ちょっと」

 

 思わず腰を浮かせかけた礼次郎。

 その静止を無視して、自身の頭をピコンとピコハンで引っ叩いた嵐子。

 カクンと首を垂れると、大凡一分ほど寝入ったように動かなかったが、やがて寝ぼけ眼で辺りを見回すと、


「あれぇ~、ここ、どこぉ~?」と可愛い嵐子と入れ替わった。


 グッバイ、美しい嵐子ちゃん。

 礼次郎は心の片隅で、美しい嵐子に別れを告げると「ずいぶん食べたようだけど、どう、お腹の具合は?」と優しい視線を投げかけた。


「えっ、お腹ぁ?」

 

 嵐子は目の前に並んだ六枚の皿と二つのグラスを眺めると、頭に人差し指を当てて、ーーう~ん、と天井を見つめていたが、やがて、ーーうん! と頷くと「大丈夫、大丈夫ぅ。それより岡田君。財布の中身、大丈夫ぅ?」と相手の財布を気遣った。

「えっ、ああ、大丈夫だよ。多分」とは言ったものの、内心冷や汗もんの礼次郎。

 万札一枚を財布に放り込んで家を出て来たので、ここの支払いを済ませると、映画館の入場料、ポップコーン、ジュース代と合わせてほぼ予算を使い果たしたことになる。


 やべ! もう遊ぶ金ねえじゃん。会ったばかりで、いきなり可愛い嵐子ちゃんとお別れかよ!

 

 思わず天を仰いだ礼次郎。

 最早これまで、とデートの終了を覚悟したが、嵐子の次の一言が彼の窮地を救った。


「あのぉ~、私、ちょっと食べ過ぎたのでぇ、食事代、自分の分は自分で払いますぅ」

 

 その言葉こそ礼次郎にとって天使のお告げ、天からの救いの一言なのだが、そこは冥王のナンパ師を名乗る男。


「いや、奢ると言った以上は必ず奢るから」と男気のあるところを見せたが、強張った表情と震えを帯びた声では、いくら天然嵐子でも彼の窮状を察しようというもの。

 礼次郎の手から伝票を掠め取ると「さっき映画を奢ってもらったからぁ、今度は私が奢りますね」と言って、さっさとレジで二人分の支払いを済ませてしまったのだ。

 感謝感激の礼次郎。が、彼も男気溢れるナンパ師を目指す男。このままでは捨て置けぬとばかりに、財布の残金六千二百円を全て彼女に捧げることを誓ったのだ。


 ■■■


「一寸、付き合ってほしいんだけど」と彼女を連れ出した先はゲームセンター。

 お目当てはUFOキャッチャーの景品"金太郎と足柄山の仲間たち゛シリーズの熊のぬいぐるみ。


 熊好きの彼女には格好のプレゼント。

 

 そう考えた礼次郎の思惑は図星のようで、案の定、嵐子は顔をべったりとケースに押し付けて、物欲しげに景品のぬいぐるみを見詰めている。


「どう、取ってあげようか?」

「お願いしますぅ~」

 

 ここが男の見せ所とばかりに、礼次郎は気合を込めてボタンに指をかけた。

 が、二人は気付かなかった。その傍らにあって、彼女以上に熱心にケースの中を見つめている一人と一匹の存在を。

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