第19話 発動! 恐怖の大切斬
ヒャハハハハハハハハハハ|………………………、
てな感じで、嵐子の一言を境に哄笑はピタリと止んだ。
五月は感激した。
まさか敵であるはずの嵐子が自分を救ってくれるなんて。しかも他の生徒は誰一人知らないであろう、アイヌ文化の知識をひけらかして。
思わず嵐子の下に駆け寄って力一杯抱きしめたい衝動に駆られたが、そこは冥王の女子生徒。さすがに勝負に水を差すような真似はしなかった。
「一番合戦さん、どうやらあなたには借りを作ってしまったようね。でも勝負は勝負。全力でいくわよ!」
そう言って大薙刀を頭上でぐるんぐるんとブン回し、周囲に風速三メートルの心地良い風を巻き起こした五月だが、嵐子の方は何やら物思いに沈んだ感じで、グズグズと未だバッターボックスに入ろうとしない。
老齢で何かに付けて間延びする坂田(主審)でさえ「さあ、早く打席に入りなさい」と嵐子を促す始末。
嵐子がようやく面を上げた。
それを見た男子生徒の心臓を稲妻が直撃した。空は青く晴れ渡っているにも拘わらず、である。
彼女は泣いていた。その麗しい瞳に大粒の涙を浮かべながら。
それを見て女子生徒は思った。ーー一体、何があったの?
彼女はぐしゅんぐしゅんと鼻水を啜りながら声にならない声を上げた。
「熊ちゃん、食べちゃったんですかぁ?」
「……はい?」
「熊ちゃん、食べちゃったんですかぁぁぁ~?」
「……はい?」
「熊ちゃん、食べちゃったんですかぁぁぁぁぁ~!」
「……」
五月はようやく理解した。
嵐子が涙ながらに尋ねているのは、纏っている毛皮の中身のことなのだ。
何を今更。
その惰弱な精神性を鼻で笑いつつ、--そうだ、この状況を利用して、彼女に揺さぶりをかけてやれ!
「ええ、そうよ。熊鍋にして美味しく頂きました」
刹那、嵐子が跳んだ。
ピコハンを振り被って空高く、高く、たか~~~~~く!
その瑠璃色に染まった瞳から涙を迸らせながら。
「熊ちゃんの仇ぃぃぃぃぃ~~~~~!」
血を吐くような絶叫に、ーー! 五月は思わず後退った。それが彼女に幸運をもたらした。
わずか〇・三秒の差で嵐子の直撃を躱すことに成功したのだ。
ピコハンが大地を撃った直後、地面が微かに揺れた。それが本物の地震によるものか、あるいは嵐子の一撃によるものかは誰にも判別が付かなかった。
濛々と土煙が渦を巻いて舞い上り、高さ一〇〇メートルのキノコ雲と化した。
石礫がパラパラと観客の頭上に降り注ぐ。
やがてキノコ雲は根元の部分から押し潰されるように倒壊した。
粉塵が八方へ津波のように押し寄せ、逃げ遅れた大勢の生徒を飲み込んだ。
各所でゴホゴホと咳き込む音がして、粉塵が薄れゆくにつれ、全身真っ黒の生徒が徐々に姿を現し始めた。
遠方で観戦していたため難を逃れた伊集院靖は、爆心地の中央付近から土煙を左右に割って現れた一人の美少女に目を奪われた。
「……美しい」
その独白に傍らの玲花が反応した。
「彼女、御存知の方?」
靖が口端を歪めた。
「君の目は節穴かい? 彼女、一番合戦君だよ」
「ーー!」
玲花が驚くのも無理はなかった。
眼光鋭い切れ長の眼、腰までもある長い髪は、嵐子の丸い大きな眼、肩に垂れる短い髪とは余りにも対照的だ。
身体の均整も雰囲気の違いのせいか、全体的に大人びて見える。
玲花に限らず、誰が見ても別人に見えるのだが、唯一つ、靖の言葉を裏付ける証拠があった。
彼女の右手には嵐子の得物、モグラたたきが握られていた。
外野が「あれ、誰?」とか「さあ、知らない顔ねぇ」などと囁く中、嵐子は何食わぬ顔で打席に立った。
五月が目を白黒させて叫んだ。
「あ、あなた、本当に一番合戦さん!?」
「ええ、正真正銘、どこから見ても一番合戦嵐子。でも同一人物とは思わないでね。私は彼女ほど甘くはないから」
「……」
その彼女というのが、あの天然ボケの入った嵐子を指していることに、五月はようやく気が付いた。
「あ、あなた、まさか同姓同名の別人……」
その時、主審の坂田が片手を挙げて試合開始を宣告した。
嵐子がスタンスを広く取ってピコハンを構える。
割り切れぬ思いを抱いたまま、五月は集中力を高めるべく大薙刀を正眼に構えると、上手投げの要領でゆっくりと振り被った。
その切っ先が垂直に立った時、地上からの高さは優に四メートルを超えていた。正に"大切斬゛の名に相応しい雄大な構えだった。
刀身は尚も背後へ弧を描くように反れてゆく。それこそ切っ先が地面に着きそうなくらいに。
傍目から見ても、彼女の身体に"気゛が集約されてゆくのが感じられる。それが長い柄を伝って刀身部分で放電現象と化した。
その凄まじい刃動が解放された時、一体何が起きるのか?
二度目の大爆発を予感して、観衆の中から逃げ出す者が現れた。
靖と玲花、そしてSクラス生の総員が不測の事態に備えて、ほぼ同時に抜刀した。
彼らは何れも、その巨大な質量を弾き返すだけの技量を備えている。が、正直、受けてみなければ分からない。と言うのが本音だった。彼らが自らの身体を盾としたのは、偏に他生徒を保護する義務感からである。
佐馬之丞は自問した。
俺は生き延びることができるのか、と。
そして気軽に捕手を引き受けたことを激しく後悔した。が、生涯一捕手を貫こうとする彼の気概が、崩壊しかけた精神を瞬時に立ち直らせた。
彼は惰弱な己の精神を恥じ入りつつ、ーーよし、こうなった以上、生涯最期の刃動、確とこの身体で受け止めてくれる! と構えた両腕を左右に広げて、全身で捕球する気構えを見せた。
そんな他人の思惑を他所に、大薙刀の切っ先は滔々と刃動を湛え、今や直径三メートルほどの巨大な光球と化した。
不意に溢れ出た刃動が雷となって、最前列に蟠踞した龍虎の竹刀を直撃した。
ドボチョ~~~~~ン!
感電した瞬間、意味不明な雄叫びを上げて失神した龍虎。
なぜ数多ある貴金属の得物に落雷せず、木製の竹刀を直撃したかは謎だが、唯一確信をもって言えることは、今週の龍虎はまったくツイていなかった。
玲花が打ち刀片手に観衆の最前列に躍り出た。
「危険です! 直ちに決闘を中止しなさい!」
「それはいけないよ。神崎君」
背後から靖が呼び止めた。
「二人とも、今日という日のために血の滲む特訓をしてきたんだ。それを蔑ろにする権利は僕らにはないんだ。たとえ生徒会副会長でも」
「人が死んでもいいと仰るの?」
「坂田先生がいるんだ。それに万一の場合は、この僕が身を挺して二人を助けるよ」
「……」
そんな会話を交わしつつも、二人の視線は尚も膨張を続ける光球に釘付けとなった。




