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そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


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第15話 敵前逃亡? 五月の山籠もり

 野球対決という前代未聞の対戦形式と相まって、学院内はその噂で持ち切りとなった。

 一年二組田代洋介などは「勿論、嵐子ちゃんさ。Aクラスの天使が、Bクラスの底辺に負ける訳ないだろ?」と挑発して「いや、野球対決という以上、何か秘策があるはず」と言う級友の保田正志や「そんなことないよ。五月雨だって潜在能力はAクラスに匹敵する可能性が」と密かな恋心を観察力に転嫁した級友の岡部武雄に対して、負けた方が商店街のラーメン屋‘珍来軒‘のギョーザを奢るという賭けの約束を取り付けることに成功した。

 

 また一年四組の佐倉初美などは「あの一番合戦って女、なんか気に障るのよねぇ~」と級友の敷島里美に振ったところ「あの美少女ポーズとかいうやつでしょ? 男子に媚売ったりして、ほんと、頭に来ちゃう! Aクラス三位にくせに、か弱い女でも演じたいのかしら?」等と陰口が昂じたところへ、更に級友の角野早苗が加わって「あいつ、ぶっ殺す!」と大和撫子養成高校の在校生に有るまじき問題発言を呈したから、二人とも吃驚仰天!

 訊けば密かに想いを寄せる男子生徒のスマホの待ち受け画面に、あの女のアップ画像が貼り付けてあったとのこと。

「いっそのこと、三人で闇討ちにしちゃおうか」等と物騒な発言も飛び出したが、そこで自分たちがCクラスの生徒であることに気付き、返り討ちを恐れた三人はあっさりとその詭計を放棄した。

 

 またオカマキャラで皆に親しまれている三年一組の工藤剣三は「や~ねぇ、最近の若い子は。仇討ちよ、仇討ち! 神聖な決闘に私怨を持ち込むなんて、そんなの流行らないでしょ?」と三年二組のオカマ仲間、羽柴正宗に振ったところ「そんなことないわよ。そもそも決闘なんて、ライバル心の昂じた末の私闘のようなものなんだから、仇討ちと大して変わりがないんじゃなくて?」と反論された挙句「あなた、この間、三年三組の橋田京子と決闘したでしょ? なぜ三十位も下の娘に果し状を突き付けたのよ?」と詰問され「それは……、清流院様に(よこしま)な心を持ったからよ」と恥じらいつつも、生徒会長への秘められた思慕に身悶えしていると「嫉妬心を満足させるための決闘だなんて。そっちの方がよっぽど醜いわよ」と痛烈な批判を受けてしまった。


「あ~ら、相手は恋敵よ。蹴落とすのは当然でしょ?」

「だって相手は女性でしょ? だったら恋の道を譲ってあげるのが真のオカマ道と言うものじゃなくて?」

「なによ! あなた、私の恋心が浮ついたものとでも言いたい訳?」

「所詮、私たちは男よ。どこまでいっても想い人と添い遂げることはできないわ。諦めなさい」

「そんな」

「それがオカマの宿命なのよ」

 

 二人はお互いの肩を抱くと,さめざめと涙を流し続けた。

 そんなコントを昼下がりの廊下で見せつけられたら、大抵の者は爆笑するのだが、オカマの純情を踏みにじると後が怖いので、笑う者は唯の一人もいなかった。

 

 まっ、論議百出。見解の相違はあれど、嵐子VS五月の野球対決は大勢の生徒の興味を惹きつけた。

 が当事者の一人、嵐子はどこ吹く風のマイペース。

 休み時間は読書に耽溺し、何を読んでいるのかと級友の一人が表紙をチラ見したところ、やはりというか、それは本校一の人気漫画"バカボンド゛であり、それ自体は何の不思議もないのだが、その宮本武蔵の求道精神を見事なまでに描いた名作を、なぜ、ーーキャハハ! と爆笑しながら読むのか? という疑問は尽きず、それを不可解な行動、若しくは苦々しい行為と見做す生徒は多かった。

 それだけなら然したる問題ではないのだが、授業中に居眠りはするわ、教師に指名されれば「私、分かりませ~ん~☆」と回答する努力を放棄するわ「少しは誠意を見せなさい」と教師に嗜められれば「私、誠意なら中間考査でお見せしましたので、ここで見せる必要ありませ~ん~☆」と中間考査で学年二位の成績だったことを暗に自慢したりもした。

 なぜ、あんな不可解な態度を取るのか誰もが疑念を抱き、そして袋小路に迷い込んでしまう。

 級友の一人、和田真一などは「要は人の居眠りの邪魔はするな。そういうことだろ?」と他者に同調を求めて「うーん、なるほど。いたよな、小学生時代、家で夜中まで勉強して、学校で余裕をみせるガリ勉タイプが」とか「いたいた、中学生時代、相撲部で力士志願のくせに、無駄に勉強の出来るデブの男子が。あいつも授業中に良く居眠りしてたっけ」等と思い出話に一役買う者もいた。

 

 憶測が憶測を呼び、いつしか嵐子の周囲には目に見えない障壁が張り巡らされるようになった。

 そんな訳で転校して二か月が経つというのに、まだ彼女は友達が一人も出来なかった。

 昼食の時間も当然ボッチ状態で、一人机の上に弁当箱を広げるのだが、その脇を何気に通り過ぎようとした級友の木田幸代は思わぬ邂逅に足を止めた。

 なんと、嵐子の弁当箱は二段重ねの重箱だった。

 高校生の弁当箱にしては余りにも異質な物体ゆえに、ーーあら、懐かしい。学校で見かけるの、小学校の運動会以来だわ。等と一瞬意識を過去へ飛ばしてしまった木田だが、すぐに意識を引き戻すと「あの、一番合戦さん。それ、一人で食べるの?」と思わず訊いてしまった。


「ええ、そうだけど、それが何か?」

「いえ、何でもないの」

 

 そう言い残してそそくさと立ち去ろうとした木田の背中へ、嵐子が声をかけた。


「木田さ~ん! これ食べる?」

 

 振り向いた木田の目に入ったものは、嵐子が祝箸で摘まんだ玉子焼き。

 目にも鮮やかな黄色の上に点々と散っている物は,も、もしかして、松茸ぇ~! その香ばしい匂いが京風だし巻玉子の匂いと相俟って漂ってくるのだ。

 木田がゴクリと咽喉を鳴らしたからといって、誰がはしたない等と非難できよう。


「木田さ~ん、ハイ、ア~ンして、ア~~~~~ン」

 

 言われるままに条件反射的に口を開いた木田は、そこでようやく自身が大和撫子養成校に相応しからぬ、はしたない行為をしていることに気付き、慌てて迫り来る京風だし巻玉子を両手で押しとどめると「ありがと、その気持ちだけ頂くから」と京風だし巻玉子に未練を残しつつ、自身の席に戻って行った。


「あら、そうなの。残~念」

 

 そう言うなり嵐子は玉子焼きをポイと宙へ放り投げて、パクリと口で受け止める荒業を級友たちの前で事もなげに披露してみせたのだ。教師に見つかれば体面を非常に重んじる校風故に、三日間の停学は免れない。

 醸成されかけていた、ーーあの子、もしかして良い子じゃない? みたいな教室の空気は、まるで風船が割れるようにパチンと弾けて消えてしまった。

 その報告を病室で級友の倉田由美より受けたイクは「わ、私の天然キャラが、あ、あの女に」と頭を抱えて絶句したという(ついでに由美から、「あんた、もしかして狙ってたの?」という思わぬツッコミを受けたことも合わせて報告しておこう)。

 復学後の自身の立ち位置を考慮しての発言と思われるが、それにしても容貌、学力、武力等、どの素養を比較しても敗勢は明らかで、おまけに個性まで被るとあっては最早、五月が勝利する以外に嵐子という競合相手に溜飲の下がる場面はないように思われた。

 イクは窓辺に佇むと、天に輝く龍星座におわす聖闘士(セイント)に祈りを捧げた。

 

 紫龍様、どうか五月に勝利の栄光を。

 

 その願いが通じたのだろうか、背後で微かにドアの軋む音がして、ーーイク、という囁きと共に五月が姿を現したのだ。


「五月! どうしたの? こんな夜更けに」

「ごめんね、邪魔しちゃって」

 

 時刻は既に午後一〇時を回っていた。こんな時刻に院内に侵入すれば不法侵入を問われかねない。

 きっと何か大切なことを伝えに来たに違いない。それは五月の思い詰めた表情からも読み取れる。

 五月が重い口を開いた。


「実は伝えたいことがあって」

「伝えたいこと?」

「ええ、私、これから修業に出ようと思うの。大雪山へ」

「大雪山? て、まさか、北海道の?!」

 

 五月は無言で肯首すると、


「大自然の中でもう一度自分を見つめ直したい。そして大切斬を十全たる業にしたい」

 

 イクは驚きを隠せなかった。


「決闘は一週間後よ! 何も北海道まで行かなくても」

「大雪山でないと駄目なのよ」

「なぜ?」

(ひぐま)がいないから」

「……羆?」

「修業に熊は付き物でしょ?」

「……」

 

 そこで会話はプツンと途切れた。

 薄闇の中で五月が寂しげに微笑んだ。


「それだけを伝えに来たの。じゃあ……」

 

 刹那、イクの胸に不安が過った。会話が"熊゛で終わったのでは、その先に明るい未来を想起することは難しい。

 踵を返した五月の背中へ叫ばずにはいられなかった。


「五月ィ!」

 

 五月が振り返った。その目尻に一滴の涙を浮かべながら。

 イクの双眼から涙が溢れ出た。


「死なないで五月、お願いだから」

「うん、安心して。必ず無事に帰って来るから。そうだ、お土産は何がいい? 木彫りの熊なんてどう?」

「ううん、サネカズラがいい」

 

 その願いが我が儘であることはイクも十分理解していた。なぜならサネカズラなる植物は本州以西にしか生息していないのだから。

 でも頼まずにはいられなかった。お土産のサネカズラを携えて無事に帰って来る友の姿を信じたかったのだ(因みにサネカズラの花言葉は゛再会"である)。


「分かった。じゃあ、行ってくるね」

 

 そう言い残すと五月は音もなく病室から退出した。

 イクは朝方まで眠ることが出来なかった。

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