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そこの彼女、君は天使ですか? それとも悪魔ですか?  作者: 風まかせ三十郎


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第12話 五月雨五月 開眼する

「おっ、居やがったな。おい、ババア! てめえか、俺のダチを殺ったのは!」

 

 龍虎だ。本宮龍虎が道場の玄関先で竹刀片手に大声を張り上げた。


 なんだ、こいつは?

 

 雪江が瞠目するのも無理はなかった。

 龍虎の破れた学帽に長ランという懐古主義的な出で立ちは、彼女が女子高生の頃、既に漫画の中にのみ存在した代物だった。


 まだ、いたのだな。こういう奴が。

 

 雪江は令和の蛮カラ番長に好感を持った。

 が、龍虎の方はそんな事とは露知らず、玄関先で下駄を脱ぎ捨てると、律儀にも神棚の前で手を合わせ(試合前、彼はいつも戦神の毘沙門天に必勝を祈願する)、それから雪江と相対して、風を切り裂くがごとく竹刀を鋭く突き付けたのだ。


「ダチの仇討ちだ! 俺と勝負しろ!」

「ダチだと?」

 

 雪江はふと考え込んで、ーーああ、あの連中か。と、ここへ来る途中、喫煙を注意してボコボコにした不良たちのことを思い浮かべた。


「未成年に喫煙を注意したまでだ。ついでに目上に対する礼儀もな」

 

 龍虎がいきり立った。


「なんだと? ふざけたこと言ってんじゃねえぞ! コラッ! 連中からヤニ取り上げたら、いってえ、何が残るんだ? アアン?」

「ーー?」

 

 龍虎の主張が意味不明なのは、なにも雪江だけではなかった。


 一体、彼は何を言っているのか?

 

 その場にいた全員の目が点になった。

 が、KYな龍虎はお構いなし。怒りのままに竹刀の剣先で雪江の豊満な胸をグイグイ押すという、思春期の青年なら一度はやってみたい暴挙に出たのだ。


「この不埒者めが!」と怒鳴ったのは雪江ではなく、部長の太田由美だった。

 

 そんな熱り立つ彼女を雪江は片手で制すると、


「おまえに問う。なぜ、喫煙を止めさせるのがいけないのだ?」

 

 不意の問いかけに龍虎が鼻白んだ。


「そ、そりゃあよう、あいつらからヤニを取り上げたら、ただの一般人になっちまうからさ」

「どういう意味だ?」

「あいつら、単車は転がさねえ。カツアゲやナンパもしねえ。学校へだってちゃんと行ってるしよ。そんな連中がヤニまで止めちまったら、ただの格闘技好きの高校生になっちまう。それじゃあ、不良としての面子が立たねえだろ?」

 

 雪江が更年期障害特有の片頭痛に襲われたのは、この時が初めてだった。


「どうやら、訊いた私がバカだったようだ」

「おば様、ここは私が」

 

 すかさず五月が進み出た。


「ああ、任せた」

「お、おい! 待て、逃げるんじゃねえ!」

 

 背中を見せた雪江を追いかけようとして、龍虎は五月の突き付けた薙刀に阻まれた。


「さあ、私が相手よ。さっさとかかってきなさい!」

「てめぇ~!」

 

 ギリギリと歯ぎしりする龍虎。それでも相手に対する礼を忘れないのは、古武道を心から愛する冥王学院の生徒ならでは。相互に礼を交わすと、五月は先程と同じく薙刀を振り上げに、そして龍虎は、なんと竹刀を握った腕をだらりと下げて、まるで自然体のごとくまったく闘う構えをみせなかった。

 前代未聞の珍事に、ーー何事? と、その場にいる全員が息を飲んだ。


 あやつ、やはりアホだな。

 

 雪江だけは龍虎の意図を察したのだろう。口元を手で押さえて必死に苦笑を堪えていた。

 誰がそう名付けたかは知らないが(たぶん本人自身)。その名も”ノーガード剣法”

 自ら隙を生み出すことで相手に打ち込ませ、体勢が崩れたところで逆撃を喰らわすという、某ボクシング漫画からヒントを得た龍虎自慢の必殺技だった。

 対峙すること一分。先に動いたのは五月の方だった。

 送り足で間合いを詰めると、次の瞬間彼女は跳んだ。


「でやぁぁぁぁぁ!」

 

 気合一閃、その跳躍の頂点から繰り出された薙刀の刃動は、垂直の衝撃波となって龍虎の頭上へ打ち下ろされた。


「負けるかよ!」

 

 龍虎が吠えた。

 その一撃さえ躱せば五月の構えは中空で崩れたまま。着地するまでにいかようにも仕留められる。

 思惑通りの展開に龍虎はほくそ笑みつつ、竹刀を横一文字に払った。そこから打ち放たれた刃動が五月の刃動を打ち砕いたとき、彼の勝利は確定する。 


 しょせんはBクラスの女子。

 

 その差別的、男尊女卑的な思い込みが彼の敗北を決定づけた。

 五月の刃動が龍虎の刃動を中空で打ち砕いたとき、彼は目の前の現実を受容できずに、迫り来る巨大な刃光に飲み込まれた。


「バ、バカな! 俺の必殺技がぁぁぁぁぁ~!」

 

 龍虎の絶叫は直後、床を破砕する大音響に掻き消された。

 誰もが腕を翳して顔を背けた瞬間。爆風と共に木っ端が飛び散り、道場は濛々たる爆煙に包まれた。それらが収まったとき、薙刀部部員の見たものは床に空いた大穴と、その中で伸びた龍虎のズタボロな姿だった。

 五月が片膝を着いた姿勢から立ち上がり様、達成感に満ちた表情で雪江の方を振り返った。


「……おば様」

「五月、やったな。だが」

 

 雪江の表情が曇った。


「もし最初の一撃を躱されたら、一体どうするつもりだ?」

「あっ!」

 

 絶句した五月。彼女は己の業が未だ道半ばであることを知った。


 ■■■


 気絶したまま保健室へ運び込まれた龍虎だが、幸いなことに怪我は大したことなく、意識を回復すると、上半身裸に絆創膏だらけという痛々しい姿で、


「ちくしょうぉぉぉぉぉ~! 油断したぜぇ! 再戦だぁ! 今度はぜってぃ負けねえぞ!」と吠えまくった。

 

 呆れた校医の柴崎紀子(28)が、「あんたは少し黙ってなさい!」と龍虎の口に絆創膏を貼って、ようやく黙らせることができた。

 そこへ龍虎の担任大井祐一が現れて、穏やかな笑顔で淡々と述べたところによると「君、先程の稽古だけど、あれ、正式の試合に認定されたから。いや、確かに本校の教諭は立ち会っていないけど、校則第一二条八項によると、立会人は本校の関係者に準じる者という規定がある。佐藤雪江さんは本校の卒業生であり、その規定に相当する者と認定された。よって君は20ポイントを喪失。残念ながらBクラスへ陥落……。おい、龍虎君、大丈夫か? おい、しっかりしろ!」

 受難続きの龍虎の唯一の幸運は、ベッドの上で気絶したということだ。と思ったら、そのままベッドから転げ落ちて、床にしこたま頭をぶつけたから、いや~、今週の彼はまったくツイていなかった。

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