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54話 白いブラウス

 



「…………ここは?」


 部屋の明るさに目が眩む。さっきまでの古い石造りの階段とは打って変わって、近未来的とでもいうような、辺り一面が白で統一された広い地下空間が拡がっていた。


 長く真っ直ぐ遠くまで伸びている廊下には、いくつもの通路が枝分かれしてくっついている。

 並んでいるガラス張りの部屋は、薬品のある部屋、書類で溢れている部屋、見たこともない大きな機械や、パソコンの上位版とでも主張しそうな近未来的な部屋など、まるで未来に迷い込んでしまったかのような錯覚に陥ってしまう。


「もしかして……。美樹ちゃんのメモに書いてあった教授って人も、ここを見ちゃった……のかな」


 額には冷や汗を滲ませて、確認するように告げる優斗の声からは、明らかに動揺が伝わってくる。


「……そうですね。そして、その教授は……もうこの世界のどこにも存在しないんですよね……」


 美樹と優斗が顔を見合せたその瞬間だった。


「……誰だ!? お前達、どこから入ったんだ!」


 突然、通路の角から現れた黒服の男が大きな声を上げて叫ぶと、一目散に二人の元へと走って向かって来た。


「監視中に飛び降りやがった教授の後処理も終わっていないっていうのに……なんでこんなタイミングで次から次へと……!」


 どうやら、この黒服の男が教授を見張っていた男だったようで、何やら自身の失態に焦っているのか、もの凄い剣幕でこちらへと走ってくる。


「さては、お前達は教授とグルなんだな!?」


「……違います! ボク達はただの迷子で……!」


 こんな所へ迷子だなんて有り得ない。それは重々承知しているものの、少しでも可能性を広げようと美樹の手を取り走り出そうとしながらも、苦し紛れに優斗は叫んだ。


「くそっ、立て続けに失敗なんてしたら……。ここで逃がす訳にはいかないんだよ……! 逃げられるくらいならっ……!」


 美樹を庇うようにして、逃げようと後退りをした優斗の視界の端に、蛍光灯の光を反射して鈍色に揺らめく金属が勢いよく迫るのが見えた。


「……美樹ちゃん、危ないっ……!」


 ズブリ。


 実際に、そんな音が聞こえた訳ではなかった。


 両手を広げて庇うように美樹の前へと躍り出た優斗の腹部には、鈍色に輝く鋭利なナイフが深く突き刺さっていた。


「……っあ、ぅああああ゛!!」


 耳を(つんざ)く、腹の底から痛みを逃がす為に吐き出しているかのような優斗の絶叫が、地下空間を揺らした。


「……優斗くんっ!?」


 優斗に庇われて目の前が見えずにいた美樹は、悲鳴を上げる暇もなかった。優斗の絶叫に、何が起こっているのかもわからずに優斗の服の腰部分を掴むと、ぬるりとした生暖かい感触が指先へと伝わってきた。


 ぞわりと背筋が凍るようなその感触に驚いて、掴んだ手をぱっと離して掌を広げてみると、どろどろとした血液が美樹の掌を赤く濡らしていた。


「あ゛っ……!」


 ぜぇはぁと、なんとか呼吸を整えようと荒く肩を上下させる優斗が、がくりと膝から崩れ落ちた。


「……優斗くんっ! 嫌っ……!」


 崩れ落ちる優斗を抱き留めようとして、支えきれずに優斗を抱えたまま座り込んだ美樹は、溢れる涙もそのままに、自身のブラウスを噛み切ると、それで必死に傷口を抑えつけた。


「痛っ……」


「ご、めんなさ……。で、でも血を止めないと……」


 みるみるうちに、当てた白いブラウスが真っ赤に染まっていく。


(こんなものじゃ、優斗くんの血は止められない……)


 血の気が引いていく優斗の顔を見て、何が最善なのかもわからずに、美樹はただただ流れる血を止めようと傷口に手を当てた。


「……お願い、止まって……っ」


 美樹の手をつたって溢れる血を(すく)うと、そのまま美樹の手に自身の手を重ねて、優斗は力なく微笑んでみせた。


「美樹ちゃん、ごめんね……。逃げてくれる?」


 痛みで人を気遣う余裕なんてある訳もないのに、優しく笑いかけてくる優斗に、美樹は言葉に出来ない痛みを感じた。


「ちょっと……ボク、もう足に力入んないんだぁ……。だから、ね? もう、ボクはここでおしまい。だから……美樹ちゃんだけでも逃げてよ……」


 話している間にもだくだくと溢れてくる血液が、優斗の言葉が真実なのだと実感させられる。


(……優斗くんの言ってることはわかります……。もう、優斗くんは……。でも……)


「わたしは、無理……です……。優斗くんを、置いては……いけません……っ」


 ぼろぼろと大粒の涙を流して、縋るように抱き締める美樹の背中を、子供をあやす様にぽんぽんと優しく叩く。


「……お願い。最後のお願いだから……」


「……嫌、です。そんなの、嫌……」


「……ボクはもう、放っておいても駄目そうだから。置いていって。このままじゃ、美樹ちゃんまで捕まっちゃう。……大丈夫。この人はもう、美樹ちゃんに危害はくわえられないよ……」


 優斗の言葉に顔を上げて黒服の男を見ると、男は青ざめた表情で血のついたナイフを握りしめていた。


「さっき、教授は飛び降りたって、言ったよね……。あんた、人を刺したの……ボクが初めてなんでしょ……?」


 びくり、と男が肩を揺らした。


「……そんな顔するなら、最初から……こんなことしないで……! 貴方達は、なんなんですか……!」


 キッ、と男を睨みつけて、美樹が大きな声で怒鳴りつけた。この男がナイフで刺したりしなければ。男の後悔したような表情に、美樹は怒りが抑えられなかった。


「……お、俺は間違っていない……。ここから、逃がす訳には行かなかったんだ……。だから、お前も……」


 自身を肯定するようにぶつぶつと呟きながら、黒服の男は美樹を掴もうとその手を伸ばす。


「……こ、来ないで……っ」


 それでも優斗を離さないように抱きしめたまま、美樹がぎゅっと目をつぶると、どこからか聞こえた場違いなほど穏やかな声にその場にいる全員が静止した。


「君達、そこで何をやっているの? どうかしたのかい?」


 新たな人物の登場に、美樹がつぶった目を恐る恐る開くと、そこに立っていたのはよく見た事のある姿だった。


「…………恭哉、くん?」


 小さな声で囁くような美樹の問いかけに、恭哉と瓜二つのその顔は緊迫した状況をものともせず、穏やかににっこりと微笑んでみせた。




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