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42話 『KIKYOU』

 



「あ、あ、あったー!」


 莉奈の歓喜の叫び声に、真人が勢いよく振り返った。


「本当か!」


「うん! 真人のお父さんって全部のファイルにわかりやすいように名前をつけてあるんだけど、一つだけ名前のついてないのが隠れてる!」


「さすが、莉奈。お手柄だな」


「うん! でもこれ、パスワードが何重にもつけてあって……。途中までは、なんとか突破出来たんだけど、最後だけはあたしじゃ無理そうなんだよね」


「あたしじゃって……。どういうタイプなんだ?」


 莉奈が難しい顔で、お手上げだというように両手を上げて首を横に振った。


「フリーワード。だから規則性なんてないし、何にしたのかもお父さんしかわからない……」


「好きに決められる、パスワードか……」


 そんなもの、何文字なのかもわからないし、最悪の場合は好きな国TOP10とか、好きな食べ物とか、本人にしかわからないものになっているだろう。


「あいつの好きな言葉、好きなもの……」


 ぶつぶつと候補になりそうな言葉を唱えながら、部屋の中をうろうろと動き回っていた真人は、莉奈の小さな呟きに足を止めた。


「好きな、人……?」


 ガタン。

 真人は咄嗟に、机に伏せられたままの母親の自画像を手に取った。


「母さんの名前かもしれない。もしかしたら、どこかに……」


 カチャ、と音を立てて、自画像が額から外れた。

 額をそっと外すと、自画像の裏側には『桜、ごめん。忘れないから』と小さく震えた文字で書かれていた。


「桜……。それが母さんの名前か。……ん? なんだ、もう一枚くっついて……」


 偶然か必然か、自画像の裏には、一枚の写真が隠れるように張り付いていた。


「なんで、父さんが写真なんて高価なものを……」


 破かないように慎重に(めく)ってみるが、古い写真のようで、どうしても半分側が離れない。


「流石に、破くわけにはいかないもんな」


 真人はため息をついてそう言うと、莉奈にパスワードに母親の名前を入れてみるように促した。


「入った!」


 ジジ……と音がして、パソコンの画面が暗くなると、音声が流れはじめた。


真司(しんじ)さん……ごめんなさい。貴方にばかり……背負わせてしまって……本当にごめんなさい」


 途切れ途切れの聴き取りづらい音声データのようだったが、どうやら大人の女性の声のようだった。


「桜ちゃんを死なせてしまったのは、私のせいだわ……貴方は巻き込まれただけ……だから、どうか私を恨んで……」


 どうやら、声の女性は真人の母親が死んだ理由を知っているようだった。


「……それでもまだ、貴方に頼み事をする私を……桜ちゃんは許してはくれないわよね……」


 その声は憔悴しており、その女性が酷く後悔していることが伺えた。


「この音声データと一緒に、プログラムを送ったわ……。プログラムの名前は『KIKYOU』。この世界を歪めている法則の名前よ」


『KIKYOU』


 世界を歪めるプログラム。

 突然のスケールの大きな話に、真人と莉奈は混乱しながら顔を見合せた。


「このプログラムを止める為に、こっそりと私が手を加えていたものを(のこ)すわ。この仕組みが人間にとって幸せなのか、そうでないのかは、まだわからない。私も、最期まで迷っていたの……。桜ちゃんが死ぬまでは」


 何が正解なのか自分でもわかっていないのだろう。音声の女性は短い沈黙を挟み、それから、芯の通った声で言った。


「たとえ、始まりがどうだったとしても、人間が幸せになる手段の為に少数の人を傷つけるなんて、それはもう手段が目的に変わってしまっているわ……」


 一瞬だけ、映像に研究者風の女性が映りこんだ。


「この世界は、間違ってる」


 その女性の顔は、真人もよく知っている顔だった。

 長い白衣を着たその女性は、恭哉の家に飾られていた写真で見た、恭哉の母親と同じ顔をしていたのだから。


「真司さん。貴方にも貴方の考えや、立場があるから無理には頼めない。だけど、この『KIKYOU』だけは守っていて……。この世界がおかしいと気づいた誰かが……世界を変える、その日まで」


 音声データは、ぶつりと途切れて、そこで終わってしまった。


 最後に見た映像の女性が涙するその姿が、まるで自分達の行く末を見せられているような、そんな気がして、真人と莉奈の脳裏に深く刻みつけられた。




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― 新着の感想 ―
世界がおかしいと気づいた誰かに託すために……!(* ゜Д゜) 恭哉さん達は気づいていて、真人さんにこれを見せたお父さんはきっと恭哉さんや真人さん達に「誰か」になって欲しいと思っているんじゃないかな………
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