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交換日記の相手は聖女でした。  作者: 緑のノート
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聖女2

「ふざけんな!あんのクソッタレ!なんで私が縁も所縁もないこんな国のために命張らないといけないんだ!」


 謁見が終わった後、私は監視を撒いて、王宮の屋根に上がっていた。ここは人通りがほとんどないので、声を張り上げても問題ない。見晴らしがいいお気に入りスポットのひとつだ。


「デクスさんも持ち上げてから落とすようなことしないでよ!交換日記くらいいいじゃん!ヘタレ!」


 一通り文句を言ったところで、気を取り直して座り込む。それから、ウエストバッグの中から紙を一巻き取り出した。この国の人間には秘密で、空間魔法でマジックバッグに改造してあるので、容量を無視して色々なものを入れている。

 私が取り出したのはこの国の周辺地図だ。


「……レトナーク北部は壊滅状態で監視の目はほとんどないはず。でも、新しい魔族軍が隣の国を襲ってるはず」


 ずっと機会をうかがってきたのだ。もう逃亡するのは今を置いて他にない気がする……が、徐々に眉間に皺が寄っていくのが分かる。


「私が倒した奴はその隣の国をめちゃくちゃにしちゃったし。……西、も交戦中。東は……………と、砂漠なんだ。これは生身の人間が抜けるのはナシでしょ?南は……。これ、確かレトナークの属国って聞いた気がする。属国だったら、国を抜けたとは言えない。

…………………逃げるところないじゃん」


 この世界で出会った人間は信用できない者ばかりだ。人間の皮をかぶった自分とは違う異世界生物とさえ思っている。私がいじけて呟いた時だった。


「……いっそ魔族に味方した方がいいのかな」

「それはおすすめしませんよ。魔族は人間を見下している上、聖女は今話題の獲物ですから。のこのこ出て行くと、どんな目に遭うか分かったものではありません。よくて八つ裂きでしょう」


跳び上がらなかった私を褒めてほしい。慎重に声がした方を振り返る。


「ん?」


何もいない。


「ここはいささか窮屈ですね」

「ぎゃっ!」


至近距離で声がして、今度こそ私は跳び上がった。何とか屋根に踏みとどまって、声がした――ウエストバッグを素早く外し、恐る恐る中を見た。


「あなたのカバンの中の、ノートです」

「ノートがしゃべった!!」


取り落したバッグからノートが飛び出て、独りでにページが開いた。ノートからは薄らと黒い靄が立ち昇り、像を結んでいく。

靄は人型になり、現れたのは亜麻色の髪をした少年だった。整った顔立ちに、シンプルだが貴族の子どもでも着ていそうな高そうな黒い服。少年が顔を上げた瞬間、思わず見惚れてしまった。


(睫毛長ーい!お人形みたい!)

「じゃなくて!あなた、どうやってここまで来たの!?――魔族じゃない!!」


少年の持つ魔力は、魔族のそれだった。戦場で嫌というほど接してきたのだ。間違いない。私が立ち直って指摘すると、少年は完璧な所作で優雅にお辞儀した。


「お初にお目にかかります。あなたがやりとりしていたデクス様の従者です」

「デクスさん?」


思わぬ名前に一瞬フリーズしてしまった。デクスさんの従者。魔族。


「…………ちょっと待って、ということはデクスさんも魔族なんですか?」

「左様です」


私は魔族を思い浮かべてみた。筋肉を見せびらかしていたり、特攻しか頭になかったり、とりあえず大火力の魔法を打つのが正義と思ってるような脳筋の力自慢。強い者が好きとかで、私が戦場に出ると、首を取ろうと殺到してくるような奴ら。それとデクスさん像が結びつかず、本音が漏れてしまった。


「魔族って脳筋だけだと思ってました。理知的な人もいるんですね」

「……その節は同族に代わり、お詫びいたします」

「……で、そんなデクスさんの従者さんが何しに来たんですか?この前左腕をぶっ飛ばした魔族の将軍のお礼参りだったら受けて立ちますよ」


従者さんは呆気にとられたように目を瞠った後、参ったように笑った。


「あの顛末は主にとって好ましいものでしたので、それはあり得ません。……やはり姿を現してよかった。聖女さん。今、とてもお困りですよね。私と取り引きをしませんか?」

「…………取り引き?」


 物語では、悪魔や魔族との取り引きは、騙されたり何か大きな代償が必要なものと相場が決まっている。

 あまりの胡散臭さに眉を寄せると、そんなに警戒なさらなくてもと呆れられた。


「私は、こちらで協力しましょう」


 従者さんは、魔法で、両手で持っても収まらない大きさの鉱石の塊を呼び出した。澄んだ深い青の綺麗な石だ。


「それ、魔石!?そんな大きいの初めて見た!……もしかして」


 魔石は魔力を内包した石だ。魔力量は、透明度と大きさに比例する。私は並の魔術師五十人分はありそうな魔石の魔力を見ながら、唾を飲んだ。従者さんはそれを見て艷やかに微笑んだ。


「先程の会話は聞かせていただきました。あなたはこの国を覆う結界を構築しなければいけないのでしょう。これだけの魔力を含んだ魔石であれば、問題ないはずです」

「十分です!ありがとうございます!……はっ!」


 思わず受け取り我に返る私。従者さんは微笑みを深くした。


「交渉成立ですね」

「やっちまった!」

「私の方からは、主の」

「ちょっちょっと待って!!」

「私からは、持ち上げてから落とす甲斐性なしのヘタレである我が主の」

「それも聞いてっ?!絶対デクスさんには言わないでくださいね!てか甲斐性なしは言ってませんから!」

「本当におっしゃる通りですよね」

「全部私が言ったみたいになってる!」


 魔石をウエストバッグに押し込んでいる私を余所に、従者さんはそれは黒い顔をして、鼻で笑った。


「実際ヘタレなんですよ。魔界の事情や自身の立場を言い訳にして、ただただ引き籠っておいでなんですから。……私が、主と見定めた当時は、もっと活力に溢れていたのに、今や見る影もありません」


 黒さに慄いている間も従者さんの話は止まらない。


「それが、ここ数日は、生き生きしてらっしゃいました。何か楽しみを見つけられたのだと嬉しく思っていました。しかし、聖女さん、あなたの名前を聞いた瞬間から挙動不審になり、翌日からは元の通りの退屈そうなご様子に戻りました」

「はあ」

「私は買うのを頼まれた小説が突然二巻から五巻に飛んだことを不審に思っていたので、五巻に魔法で細工して、あの方の図書室に忍び込みました」

(二巻から五巻、三巻と四巻……あ)

「その図書室に私が贈った小説の三巻と四巻があったんですね?」


 やっと話が飲み込めた私に、従者さんは大きく肯いた。


「それから手紙も。大体の事情を察した私は、そのノートを扉にして、偵察もしくは接触しようとここまで来た訳です。大方、あの方はあなたの名前を私から聞いて、やりとりしていた相手が聖女だと察し、後々のことを考えると面倒くさくなって投げ出すことにしたのですよ」

「め、面倒くさいって!ひどっ!」

「ここ最近はいつものことです。先程の愚痴を聞く限り、あなたも我が主の挙動に不満を持っているご様子です。

私の頼みは他でもありません。ひとつ、主の重い尻を上げさせるのに協力してくれませんか?」


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