表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
交換日記の相手は聖女でした。  作者: 緑のノート
5/20

聖女1

「なんで!?」


 私は思わず部屋で叫んだ。

 ある特殊な事情で交換日記友達になったデクスさんが、急に交換日記をやめようと言い始めたからだ。何度日記を見返しても、返事の最後に、「私達はお互いに関わり合うと立場が悪くなるから交換日記はやめましょう」と意味の分からないことが書いてあるだけだ。

 デクスさんは、たぶん貴族か何かで、(たぶん)屋敷からあまり出られず、とても退屈していそうだった。愚痴を言う人がいないという私の事情にも共感してくれて、親身になって愚痴を聞いてくれた優しい人だったはずだ。


「…はっ!」


 ということは。私は閃いた。私がいるこの国と仲が悪い国の人なのかもしれない。


「この国は……ホントにロクなことしやがらねえな!私の友達作りすら邪魔すんのか!」


 歯ぎしりの隙間から怨嗟が漏れる。ハゲだぬき(国王)を始めとして、この国は碌なことをしない。

 まず私をこの国に召喚魔法で召喚した。召喚、つまり拉致だ。

 私が不要な情報を得ないよう交友関係も制限している。表立ってはしてこないが、お茶会はハゲだぬき(国王)の息が掛かった奴らだけ。外出する時は、いつも部下という名の監視を付ける。部屋すら人を使って探らせているのだ。私が鉛筆で印を付けて物を置いているとも知らずに。

 そして人から手柄を奪い取り、ほぼ休みなく戦場へ派遣し、魔族と戦わせて。ほとんど賃金も支払わない。恨まない方がどうかしている。

 鉛筆を折ったその時、ノックが聞こえた。


「どうぞ」


 表情を外向きに整えて、鉛筆とノートをウエストバッグの中に放り込む。

 部屋に侍女が入って来た。


「失礼致します。聖女様。王太子殿下がお呼びです」

「すぐに参ります」


 鎧姿を身綺麗な衣裳に改めて、私は部屋を後にした。




「ツムギ!おかえり!!会いたかった!僕に一番にあいさつに来ないなんてひどいじゃないか」

「殿下ったら。まずは遠征の埃を落としませんと。そのまま殿下にお会いするなんて失礼でございますもの」

「そんなこと気にしなくても、僕はどんな君でも受け入れるよ。ツムギ、お・か・え・り」


 王太子は両手で私の手を包み込んで、手の甲にキスをしてきた。汗ばんで冷たい手の、両生類的な感触と、トイレのスッポンのようなキス音に表情を動かさないよう耐えながら、そっと手を抜き取った。

 ぱんぱんに太った手足に風船のような胴体。(ハゲだぬき)の遺伝子を受け継いで、頭髪は早くも少し後退している。きめ細かい白い肌、さらさらの金髪に青い眼というアドバンテージをこれでもかと台無しにしているのが、このレトナークの王太子だ。贅肉の付いた手足がそれにしか見えないので、私は陰で豚足と呼んでいる。


「お茶の用意をしてあるよ。さあさあ、ここに座って。ね?」

「お気遣い痛み入りますわ」


 王太子は私の肩を抱き寄せてお茶が用意されたテーブルに誘う。背が同じぐらいなので、鼻息が肩に掛かっている。卒のない微笑みを浮かべる陰で、私は背筋を這い上ってくる寒気と戦っていたが、テーブルに着かされた時に、頬に口づけされた上、尻も撫でられて一瞬笑顔まで凍りついた。

 お茶目っぽくウインクした王太子は優雅に向かいに座る。


 侍女が、王太子に分からない程度に刺々しい態度でお茶と菓子を置いていった。私は微笑みを絶やさないようにしながら、正面から潤んだ目で見つめてくる王太子を静かに見据えた。

 王太子は、自分の我儘で私がますます危ない立場に立たされているのを自覚しているのだろうか。


 こいつは聖女召喚の時に私を見かけて一目惚れしたらしい。国の上層部の制止を振り切って私にアプローチし始めた。

 曰く、好みの異性で、聖女という特殊な地位を持ちながらも、貴族の娘と違って「守ってあげたい」存在なのだそうだ。

 もちろん王太子の寵愛を狙っていた女達は黙っていなかった。寵愛を横からかっ攫っていった庶民風情(私)に嫉妬を向け、嫌がらせを始めたのだ。流石に表立ったことはしてこないが、あることないこと陰で噂されている。


 他方、上層部は元々聖女を使い潰してお役御免にするつもりだった上、王家に異世界の人間の得体の知れない血を入れる訳にはいかないしで、大騒ぎ。

 その余波で、私は王太子に迷惑を掛けられるどころか、継続的に命の危険に晒されることになった。上層部が私を自然に葬ろうと過酷な戦場に送り込み始めたのだ。


 もちろん外見も中身も好みではないので、こんな豚足こちらから願い下げだ。

 私はウエストバッグの中身を思い浮かべた。今回の遠征で、戦争のどさくさに紛れて、やっとレトナークと周辺国が載った地図を手に入れたのだ。


「最近魔族の攻撃が激しさを増しているようだね。陛下も気を揉んでいるようだ。ツムギは大丈夫かい?ツムギが魔族を倒せる聖女の力を持っているのは分かっているんだけど、役目が辛いときは僕に言ってね。陛下に相談してみるから」

「心遣いありがとうございます。でも私は大丈夫ですわ」

(私がお前に何か相談してお前が動いたら、王太子を誑かした女っていう噂を流されて、ますます立場がヤバくなるんだよ!煮豚にしてやろうか!)

「……本当にツムギは強いんだね。僕を照らす太陽のようだ」

(鳥肌が!)


 私は黙ってにっこりと微笑みかけた。

 もう猶予はない。この国に恩もない。

 逃亡を果たしてやるのだ。


 しかし、相手の方が一枚上手だったことを、私は思い知ることになる。




 翌日、私は朝議の場に呼び出された。

 私が来たときには重鎮や貴族が軒並み揃っていた。

正面には、息子とは違って、痩せぎすでおでこから頭頂部まで禿げ上がったハゲだぬき――国王が座っている。


「ツムギ・フジワラ、只今参りました」

「ふむ。直れ」

「ありがとうございます」


 ハゲだぬき(国王)の発言に次いで一歩前に出た魚顔(宰相)がしゃべりはじめた。


「聖女様、このたびは、レトナーク王国北部での魔族の掃討、お疲れ様でございました。……性急で申し訳ないのですが、次の仕事をお願いしたいのです」


 申し訳ないなんて思ってないくせに、と思っていると魚顔(宰相)がそこで、もったいぶるように息を継いだ。


「聖女様には、我が国を覆う結界を展開していただきたい」


 ざわ、と周りの気配が揺れた。本来その規模の結界は数十人の術士が作り上げるものだからだ。いくら私が魔力を人より持っていると言っても、一国を覆う結界を張るのは無理だ。


 それこそ命を削りでもしなければ。


 沸き上がった感情を押し殺す。

 無言でそちらを見つめる私に、国王が言った。


「先の戦いで、聖女は確かに魔族の将軍を破った。しかし、魔族の猛攻は日一日と激しさを増している。この原因は何か。……聖女が魔族の将軍を討ち漏らしたからに他ならないのではないか。であるからして、……聖女にはこのたびの責任を取ってもらうことにした。国を危険に晒したのだ。通常であれば打ち首にするところだが、結界を張り、それでもなお命があれば、恩赦とする」


 ざわめきが一層大きくなる。

 ハゲだぬき(国王)の顔が一瞬愉悦で醜く歪んだのを私は見逃さなかった。このクズは、私が戦功を立てて、自分より優れた評価を得るのが気に入らないのだ。自分の権力を笠に着て私を貶めようとしているのは明らかだった。

 ざわめきに交じって背後で金属のこすれ合う音がした。兵士が剣に手をかけているのだろう。逃げようにも、ここには魔法を封じる魔道具が置いてあるのだ。

 是以外の答えはない。


(……ふざけるな)

「……陛下の恩情に心からの感謝を。謹んでお受け致します」


 しおらしく腰を折ってみせた私に、王は追って沙汰すると言い置いて、謁見は終わった。

検索除外していても、どうやらご覧になっている方がいらっしゃるようでしたので、どうせならと公開設定にしました。

趣味で書き始めた習作ですのでお手柔らかにお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ