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交換日記の相手は聖女でした。  作者: 緑のノート
2/20

序列

「我が君、本日は弟君シニス様のご訪問がございます。午後からの訪問予定ですので、お昼は早めにお召し上がりください」


 人間界の観測を終えた私は、従者の言葉にげんなりした。


 礼を尽くして訪問してくれると言えば聞こえはいいが、シニスは恐らく私の領域を探りに来ただけだろう。今のあいつの頭にあるのは、私があいつの派閥に付くのか否か、もしくは他の派閥に付くか否かだけだ。シニスを始め、序列上位の者達は未だ人間界で行動を起こしていない私の一挙手一投足に目を光らせている。

 今こそ中立を保っているので表立って手を出してくる輩はいないが、もし不用意に人間界へ降りると一転、魔王継承争いに参加すると見なされてしまうだろう。そうなると力の誇示と戦いにしか目がない馬鹿共が戦いを挑んでくるだろうし、権力に阿る愚か者共もすり寄ってくるはずだ。だから人間界へ行けないのだ。自分の時間を削ってその対処をすることを考えると現状維持の方がマシに思えてしまう。


 朝食を食べてから、客間に魔法で十分遮蔽をして情報が漏れないようにするよう言いつけて、私は図書室へ降りた。

 扉を開けると広がる静寂。整然と並んだ本達。いつもなら落ち着ける空間のはずなのに、空気が死んでいるようだ。微かな苛立ちを感じながら、ロッキングチェアに身を沈めた。乱暴に髪をかき上げる。


 ふと、裂け目があった場所が目に入った。昨日の騒々しさが思い出され、何気なく裂け目があった辺りに指を滑らせてみる。するとどうだろう、しっかり閉じたはずの裂け目が、指の動きに合わせて開き始めたのだ。


「なっ、……ん?何だ」


 完全に閉じていなかった裂け目に驚きながらも、その指の先に引っ掛かる物を感じ、摘まみ出してみる。現れたのは手紙と、包装紙に包まれた四角い物だった。

 手紙を開封すると、花柄の便箋に几帳面な字でこう書かれていた。


  話を聞いてくださった親切な方へ


  空間を繋げてしまいご不快な思いをさせてしまったにも関わらず、

  私の話を聞いてくださってありがとうございました。

  お礼とお詫びの品を受け取ってください!

  お話できて本当に楽しかったです。

  貴方に届いていることを祈っています。


  つむぎ


 そして包装紙を破った私は絶句した。

 なんと『ひとりぼっちの王女と紫陽花の約束』の三巻と四巻が出てきたのだ!

 一階に上がった私は従者へ呼び掛けた。


「リベル!いるか?」


 瞬時に転移で従者のリベルが現れた。


「我が君、いかがされましたか?」

「昼の予定はやめにするぞ!シニスに使者を出せ。後日こちらから伺うと」


 リベルが目を瞠る。


「よろしいのですか?」


 様々な意味が籠もった問いかけに、一瞬考えてから肯いた。


「――構わん。それより私は図書室に籠もる。その間誰も入れるな」


 その後は急いで図書室に戻り、『ひとりぼっちの王女と紫陽花の約束』の三巻と四巻を貪るように読んだ。内容は面白かったとだけ言っておこう。勢い余って二周してしまったほどだ。

 彼女――つむぎと感想を共有したい。

 思い立った私は、いても立ってもいられず筆を執った。できるだけ普通の便箋を選び、ペンも人間界の街で買える量産品を使って、本のお礼と感想を書き上げた。わざわざ魔族だと暴露する必要はない。便箋を封筒へ入れて糊をする。

 続けて右目を閉じて、人間界を視た。そして届いた手紙を触媒にして魔法を発動する。

手紙の魔力の残滓と記された名前から、その人物の居場所を特定するのだ。ひと昔前に魔族の間でこの魔法を使って、名前を握った人間を暗殺するのが流行った時代があった。人間達が魔族に名前を知られてはいけないというのはこれが理由だ。

 それらしい魔力が見つかったのでこちらと繋げ、空間の裂け目に手紙を投げ込む。これで、彼女が次に空間に穴を開けた時に手紙が届くはずだ。

 その日は晩餐の時間になったが一向に出てこないので、リベルが呼びに来た。私は達成感に浸りつつ図書室を後にした。




 翌日。

 シニスの訪問を蹴り、こちらから訪問することを伝えたら、一晩のうちに、兄が弟に膝を屈したという噂が魔界に広がった。一部では序列一位の訪問に恐れを生したのだろうと嘲りの声も上がっている。他派閥にはシニスの派閥に私が加入するのではないかという憶測が飛び交っているらしい。予想していたが、煩わしい限りだ。しかし、今朝の私の関心は新聞の記事に移ってしまった。


「二位がやられた?」


 リベルから新聞を受け取り自分でも確かめる。

 すると序列二位がレトナークという王国へ侵攻しようとして聖女にやられたことが書かれていた。

 新聞によると、左の肩付近を光線で打ち抜かれたらしい。

 あれは耳がよく、狡猾な男だった。そして、強かった。

 奴を負かす人間がいることに驚きだが、聖女であればさもありなん。

 聖女の魔法は魔族には毒だ。どこか欠損しても聖女の魔法にやられたら元に戻らない。奴は死んではいないが、左腕と一緒に左耳まで失ったというから、序列復帰は絶望的だろう。そしてレトナーク王国は序列二位を返り討ちにした国として今後魔族達の人気を博すことになりそうだ。

 私個人としては、最近贔屓にしていた本屋を壊された恨みがあるので、快哉を叫びたい気分である。


「よくやった聖女」

「声が漏れておりますよ」


 しかし、二位の脱落は負の側面もある。

 食事を終えた時にリベルが呟いた。


「これで序列は九位でございますね。……魅力的な光にたかる羽虫は多いものです」

「ああ…………一桁になってしまうのか」

「御前を退出――」

「よい。気分が乗っているようだ。私が出よう」


 長年仕えてくれた従者は一瞬目を丸くしたが、久々に見る陰りのない笑みを湛えて優雅に腰を折った。

 外は朝の清々しさに満ちていた。魔界には人間界のような「朝」はない。空は深藍であり、魔族の固有領域が、星のように白く浮かんでいる。庭の方に、今朝の愉快な気分に水を差す気配が、二つ、三つ。私の屋敷を覆う結界を探るように動いている。

 転移で背後を取ると、若い魔族はぎょっとして振り返った。一瞬合った目が驚愕、そして恐怖に歪む。それを無造作に捻り潰してから、派閥の所属を示す紋章に気付いてしまい、思い切り顔を顰めてしまった。それを見た残りの二人がひっ、と息を飲んだ。そちらをよく見るとその内の一人は末の弟のようだ。


「カウダか。そういえば序列十一位、いや今は十位だったか。そんなに一桁になりたいのか?」


 弟は今や震えていやいやをしているばかりだ。与しやすい相手だと思ってこちらの領域を侵したのか知らないが、覚悟のお粗末さに呆れかえる他ない。最もだからといって逃がす気はない。

 私は魔法を展開した。魔法陣から黒い靄が発生し、二人を包み込む。必死に逃げようともがく獲物は徐々に靄に絡め取られていき、魔法陣に飲み込まれて姿を消した。


「ああ、面倒くさい」


 後片付けをして屋敷に帰ると、リベルが紅茶を用意して待ってくれていた。珍しく一緒にお茶をしてもいいかと聞いてくるので了承してお茶をすることにした。

 茶請けはリベルが人間界へ降りた時に買ってくるお気に入りの菓子だった。人気店のものなので、いつも買えるものではないのだと言って、滅多に出てくるものではなかったはずだ。


「これはお前が好きな菓子ではないか?よいのか?」


 そう言うと、リベルは、私が人間界へ降りた時のような楽しそうな顔をしているのでいいのだと言って笑ったのだった。

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