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交換日記の相手は聖女でした。  作者: 緑のノート
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出会い

書きなぐりです

 魔王が始めた、人間界の覇権を握った者を次代の魔王とするという馬鹿げた遊びのせいで、人間界は魔族の侵略に晒されていた。そのせいで同族は、我こそはと人間界へ繰り出し、今もそこかしこで戦争が起こっている。幾人か飛び抜けた実力の人間がいるようだが、膂力魔力共に優れた魔族を前に、侵略を食い止めるのが精一杯といったところだ。


 どこもかしこも戦争、戦争。代わり映えのしない情景にうんざりしながら、人間界を覗いていた目を閉じた。開きなおした目に映ったのは自分の書斎だ。青を基調にした内装に、深い茶系統の家具を取り揃えた、魔界にある自分の屋敷でもお気に入りの部屋の一つだ。

 従者が控えていたので日課を終わらせてしまおうと声を掛ける。


「新聞は来ているか?いや、読むには及ばん。掻い摘んで要点だけ話してくれ」


 新聞の内容は、序列一位がさる国の王都を陥落させただとか、序列三位が新たな国に侵略戦争を開始しただとか、予想通り同族の士気を上げるものが大半だった。そのまま朝食を運んでもらい、食べ終えると席を立った。


「下に行くぞ。何かあったら呼べ」


 地下に降りると、重厚な両開きの扉が見えてきた。押し開けると、現れたのは、建物の作りを無視した天井の高い空間と、その壁面一面に聳え立つ書架だった。書架には本が余すところなく収められている。ここは本が収まらなくなるたびに魔法で増改築を繰り返した自慢の図書室だ。

 ロッキングチェアに腰掛けてから、その中から今はまっている小説を一冊喚び出して読むことにした。



「面白かったが……百回も読むと、さすがに飽きてくるな」


 最近身動きし辛くなっており、人間界へ降りることができないのだ。せめて新聞が娯楽になればいいのだが、魔王に買収されてプロパガンダばかり書いているので、その望みは薄い。従者に、次回人間界へ行く時に本を買って来させようと決めた。

 本を放って魔法で書棚に戻し、椅子に深く沈み込み、息を吐いた。

 閉塞感に息が詰まる。


 序列十位、オク・デクス。


 それが私を表す肩書だ。序列一位が最も魔王に近いとされる中、二十数人いる王族の中では、中庸の位置に着けてある。

 私は中でも叡智を司るとされている。また扱う魔法も強力だが、滅多に表舞台に出ることはなく、何を考えているか分からない。この辺りが私に対する他の魔族の共通の評価である。

 中には置物だと言う者もいるようだが、この侵略戦争に意味を見出せない以上、動く意味はない。

 というのも、魔族は過去にも人間に戦争を仕掛けたことがあったが、どれも人間を滅ぼす寸前まで追い詰めて、手痛い反撃を食らい、撤退させられているのだ。直近の戦争が、ちょうど先代の魔王が討ち取られた戦いであり、今代の魔王も従軍してそれを知っているはずなのに、再び戦争を起こしているのだ。理解に苦しむという他ない。

 そうであれば興味深い文物を創り出す人間は滅ぼさずにおいた方が有意義だ。しかし、兄弟達は、侵略を至上とし、空っぽの頭で戦争に明け暮れている。贔屓にしていた本屋や家具店はいくつ破壊されたか分からない。

 そして、最近は派閥を作り、勧誘してくるような動きも活発になっている。明日予定されている弟の訪問もその一つだ。

 思わず嘆息したその時だった。

 屋敷の中ではありえない魔力反応を感じたのだ。

 はっとして振り返ると、中空に腕の長さくらいの亀裂が走っていた。亀裂の隙間から、得体の知れない空間が覗いている。


 舌打ちが出た。魔界では、他人の領域に空間の裂け目を作ることは、他人の恥ずかしい秘密を暴くのと同じくらい失礼なこととされる。しかし次の瞬間には思考が飛んだ。


「禿げェ!残業手当くらい出せよ!!お前ばっかりいいもん身に着けやがって!ふんぞり返って自分の椅子温めてるだけのくせに!!」


 力の限りの罵声が耳朶を打ったのだ。ドスの効いた女の声だ。思わず耳を押さえる。女はなおも叫び続けている。止まらない罵詈雑言の数々に、我慢できなくなって叫び返した。


「無作法者め!女、空間に裂け目を作ることがどれほど失礼なことか知らんのか」

「きゃっ!ごめんなさい!まさか空間が繋がっちゃってたなんて思いませんでした!!」


 慌てふためく気配がして、相手は素直に謝ってきた。自分の領域に穴を開けるほどの魔法を操っているのだから、相当の技量の持ち主だろうに、威厳がなくて拍子抜けした。声がおずおずと聞いてくる。


「ちなみにどこに繋がってるんでしょうか」

「私の屋敷だ」

「ほ、本当にすみません!ご迷惑お掛けしました。……私、誰にも愚痴を言えなくて、たまにこうやって空間の裂け目を作って、叫んで、鬱憤を晴らしてたんです。裂け目の中で叫べば声が漏れないので。今までは空間が繋がったことなんてなかったんですが、次から気を付けます。申し訳ありませんでした」


 どうもこちらが虐めているようになっている。それに、この女から感じられる理由の孤独さに自分に近いものを感じ、憎み切れないと感じる自分がいた。そうして気付けば口を開いていた。


「……いい。本を読むのにも飽きてきたところだ。その愚痴、私でよければ聞いてやろう。話してみろ」


 これは暇つぶしになると自分に言い聞かせつつ、迷惑をお掛けしているのに愚痴まで聞いてもらう訳にはいきませんと渋る彼女を説き伏せて話をさせることにした。

 彼女は最初は遠慮していたが、よほど耐えかねていたのだろう、話が乗り出すと立て板に水とばかりにハゲだぬきや魚顔、豚足という悪意に満ちたネーミングの人物の悪口が次から次に飛び出してきて、感心させられてしまった。

 話を聞くうちに女が人間だと気付いたが、目新しい暇つぶしを提供してくれたので、捨て置くことにした。彼女が愚痴を聞いてもらうだけでは悪いと言うので、こちらも馬鹿力しか能がない兄弟や同族のことを話せてすっきりしたというのもある。

 ひとしきり話した後には、私達は随分打ち解けていた。


「……そういえば、本を読まれてたと言ってましたが、何を読まれてたんですか?」

「『ひとりぼっちの王女と紫陽花の約束』という本なのだが、知っているか?部下が街で流行っているというから読んでみると、存外面白くてな」

「その本私も知ってます!騎士とお姫様の恋愛小説ですよね。話も面白いしギャグもあって、登場人物も魅力的で、私も大好きなんです!最新巻の十巻は読まれましたか?」

「まだ二巻なのだ。辺鄙なところに屋敷があるので、手に入りにくくてな」

「そうなんですね。もし最新巻まで追いついたら、是非十巻読んでくださいね!ラスト、本当に感動しますよ!」

「ああ、そうしよう。……そろそろ空間が安定しなくなってきたな。閉じるぞ」


 空間の裂け目が揺らいできているのに気付いて声を掛けると、彼女は名残惜しそうに言った。


「楽しかったです、こちらが失礼なことをしてご迷惑をお掛けしたのに、愚痴を聞いてくださってありがとうございました」

「私も悪くない時間を過ごせた。ではな」


 指先を動かして空間を閉じる。

 後には静寂が満ちるばかりだった。


 一階の階段の傍には従者が控えていた。いつもなら昼前には出てくるのに珍しいというので、時刻を確認すると、昼を大きく回っていた。存外あの珍事を楽しんでいた自分に気付き、ひそかに眉を顰めた。その日はそのまま執務に向かった。

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