introduction
ーーーーーintroduction
あたしの夢は、お父さんのお嫁さんだった。
小さい頃からずっとそう言ってたって、お母さんから聞いた。
今でもあたしのお父さんはとってもかっこよくて、優しくて、理想の男の人。
そんなあたしの初恋は、やっぱりお父さんに似た男の人だったんだ。
あれは、13歳の秋の終わりだったと思う。
広島でお母さんが友達と会う約束してて、
あたしはどうしても行きたいお店があって、無理やり一緒について行ったあの日。
ちょうど、ショッピングモールのオープニングセールで、人がすっごいいっぱいいたのを覚えてる。
お母さんが、トイレ行ってくるから待っててーって言って、じゃあ。あたしは上のカフェでジュース飲んで待ってるねって、階段登ってた時だった。
『うわっ!』
上から降りてくるおばさんの、肩からかかったたくさんのショッパーに、あたしのショルダーバッグの紐が引っかかって、足を踏み外してしまった…
そのまま数段の階段を落ちた私は、誰かに包まれてるような感覚に気づいて目を開けると、男の人に抱き抱えられてた。
『大丈夫?怪我ない?』
って、そう、あたしの顔を覗き込んだその人は、
『えっ…!みや…!』
そう言って目を丸くしてた。
『すみません、助けていただいてありがとうございました。おじさん、あたしのこと、知ってるんですか?』
『ごめんごめん、知らないおじさんに抱き抱えられてるのも怖いよね。
えっと、自己紹介しようとしてたんだ。たかみや、俺、たかみやと言います。間に合って本当によかったよ。』
そう、あたしの手を取り、一緒に立ち上がったおじさんの笑顔はお父さんによく似てて、すごく素敵だった。
その後、おばさんが、あなたが転ぶんじゃないかってくらい慌てて駆け下りてきて、凄い勢いで謝り倒して、あたしに異常がないとわかると、たくさんのショッパーの中から一つを無理やり押しつけて去って行った。
『嵐のようなおばさんだったね…』
『そうですね。あ、かわいい。』
おばさんが無理やりくれたのは、ガラスでできたクリスマスツリーだった。
そういえばもうすぐクリスマスシーズンだ。変な経緯でもらった物だけど、キラキラのツリーに罪はない。部屋に飾ろう。
それにしてもおばさんが階段から落ちて、この綺麗なツリーが割れなくて良かったなって思った。
『あっ、膝、怪我してる。』
ベンチに座ったあたしの膝。確かに少し擦りむいて血が滲んでる。
おじさんはポケットから深いブルーのハンカチを取り出し、惜しげもなく、あたしの膝に当てた。
『大丈夫です、あたしも気づかなかったから。…それよりきれいなハンカチなのにもったいないよ。あ、、でも、おじさんもほっぺた、血が出てる。』
『僕は大丈夫。それより、傷口、洗ってちゃんと手当てしてね。』
『おじさん、いえ、たかみやさん、ありがとうございました。これ、使って。』
あたしは自分のハンカチをたかみやさんに渡した。
チューリップの刺繍のある、赤と白のハンカチ。
みやびって名前が書いてあるけど許してね。
『いいよ。使えないよ。』
返そうとしてたハンカチをそのまま、たかみやさんの頬に押し当てる。
『これでおあいこです。』
『まいったな。そっくりで…』
『?』
『じゃあお母さんと待ち合わせしてるから、行きます。助けてくれて…ハンカチも、手当ても、本当にありがとう。』
『気をつけて、素敵なクリスマスを。』
そういって、私は転げ落ちた階段を再び登り始めた。
途中で振り返ると、たかみやさんの姿はもう見えなくなってた。
お母さん、あたし、初恋かもしれない。
ドキドキするの。
お父さんとそっくりに笑う人だったの。
ーーーーーside Masaki
〝みやび寝たからそっち行くね〟
そう、メッセージが届いてから数分、扉が小さくノックされて、俺は扉を開ける。
『なぎ』
『雅季さん…!』
扉を開け入ってきた彼女と抱き合う。
一年ぶりの再会だ。
『悪い母親だなー。
子供置いて部屋抜け出して、旦那以外の男と会ってるなんて。』
会えたことが嬉しいくせに、つい意地悪を言ってしまう。いい歳なのに彼女の前では昔のままだ。
『ひどいー!そんなこと言わないでよ。今更でしょ?
今回は、みやびもどうしても行くって聞かなかったの。
一応、見守りカメラと書き置きは残してきたけど…
大丈夫、あの子一回寝たら朝まで起きないから。』
そういってサイドテーブルに薄暗い部屋が映ってる携帯をセットし、ベッドに座る。
『ペットじゃないんだから…
でも忙しい中、ありがとう。今年も会えて嬉しいよ。』
『わたしも。
雅季さんも、部長だって?大変だろうに、来てくれてありがとね。』
『むしろ出張が多くて会いやすいかもな。』
『ところで…みやび、何歳になったんだっけ?』
『今中学生。13歳になったよ。』
『13歳かー。早いなー。俺らも歳とるはずだよね。
今年、下の子がハタチになったよ。』
『次男くん、医大生だっけ?すごいね。
雅季さんの遺伝子じゃないよねー。』
『こら。
まあ、否定はできないけど。でも、見た目はどっちかと言ったら長男は嫁に似てて、次男は俺に似てるかな?
高校までヤンチャしてて、将来ヒモになるのかと心配してたら、さくっと国立大の医学部で決めてくるんだからね。
男の子、よく分からんわ。』
携帯を取り出し、最近撮った次男の写真をなぎに見せる。
あ、かっこいー。好きかも。
と言ったなぎに、惚れんなよと言ってこめかみにキスをする。
『女の子はね、成長が早いわ。
今日ね、1人でカフェで待ってたあのコ、一人前の女の顔だったもの。ドキッとしちゃった。』
『あー。ごめん、俺、会った。みやびに。』
『えっ?よく分かったね。
あ…もしかして新しいショッピングモールだった?』
『そう、
前になぎから写真見せてもらってたし、お前にそっくりなのな。わかるよ。
みやび、膝に怪我してたでしょ。それ、助けたの俺。
なにも言ってなかった??』
昼に会った、あいかわらずなぎにそっくりな顔の女の子を思い浮かべる。
長い黒髪の、なぎよりも少し大人びた雰囲気の子。
でも、ちょっと気を抜いた顔や笑った顔が、やっぱりなぎに似てて、
相手を気遣うとことか、ハンカチを無理やりくれるちょっと強引なところとか、きっとなぎでもそうするんだろうなと、血のつながりを感じて思い出し笑いする。
『言ってたのは言ってたんだけど…
わたし、もう会えない人のこと、好きになっちゃったって。』
『えっ?』
『それしか言わないし、何があったのかと心配してたんだけど、
そっか、みやびの初恋は雅季さんだったのね。
さすがわたしの子だわ。』
まさかあんなに短い時間で、俺のことを気にかけてくれてたなんて、正直びっくりしたが、
大切に思ってる人の娘だ。
そして…俺と彼女が再会し、愛し合ったその翌年に生を受けた子で、血は繋がってないけど、心の中では俺と彼女の娘のように思ってる、とてもとても大切な子でもある。嬉しくないわけがない。
しかし実ることのない、悲しい初恋にしてしまったのは確かだ。
『さすがって、こんなおじさんに初恋だぞ。それでいいのか…なぎ。』
『そうね…でも、初恋なんて、そんなものよ。恋する気持ちを知るだけでも幸せなの。
雅季さんのこと、そんな一瞬で見つけたみやびにちょっと嫉妬しちゃうけど、わたしの大切な人、みやびにも好きになってもらえて本当に嬉しい。
でも、わたしよりみやびがいいなんて言わないでよね。親の目から見てもみやび、かわいいし、若いし…
昼間はみやびに雅季さんあげたけど、今夜はめいっぱい、わたしを甘やかしてね。』
そういって抱きついてくる彼女は相変わらずかわいい。
『俺にはお前で手一杯だよ。
さて、どうやって甘やかしてやろうかな?』
隣に座る彼女を膝の上に抱き上げて口付ける。
毎年この季節限定で思い出すことのできる、俺の大事な人だ。
来年も、そのまた次の季節も、また会えるように。
俺たちの季節が巡り巡った、ここからまた、
もう一つの新しい季節が始まっていく…