3 グリーンスカイ!
思わず体が動いてしまった後にはどうすればいいか考えるしか無かったと湊はまだ立ち昇る煙を見ながら考える。
女の子は未だ逃げることもせず、ただ茫然とこちらを見ているし裏通りといえどもいつ人が来るか分からない状況だが、少女を庇うには人に見られるまではその場を動くことが湊には出来なかった。
せめて一般人であれば逃げやすくもあるし、その後も活動しやすいものだが万が一警察が来てしまったら確保されてしまう可能性だってある訳でそうすれば湊も犯罪者として捕まってしまうだろう。
そして億が一、ヒーローであり攻撃的なスキルを持つ存在がこちらに来てしまったら今の湊に太刀打ちできる術など無い。
「まじかよ」
誰にも聞こえない声量で呟いた湊の視線の先には一人の男が居た。
分かりやすいと言っても間違いでは無い、全身を緑色のバトルスーツに身を包み、薄暗い色のスカーフを首に巻いているまさにヒーローと言った出で立ちの男だ。
その男を湊は知っていた。
波手奈市に存在する善の組織の一つ、バトルヘキサグラム。
そのメンバーの一人でその実力は組織で六本の指に入る実力者でヒーローネーム、グリーンスカイその人である。
さらに言えば最近湊はこのグリーンスカイに遭遇していた。
それは自身の生命活動が停止する一歩前、戦闘員として波手奈市尾山町の基地まで自分と同じ姿をした最新鋭の戦闘員メンバー三十人が三トントラックで輸送されている最中のこと。
突如衝撃と共に乗っていた三トントラックが宙に舞い、戦闘員達を三トントラックごとぺしゃんこにしてしまう。
壊れたトラックの隙間から辛うじて見えた先にはこのグリーンスカイの姿があり、止めとばかりに追撃のスキルが放たれたところで湊の操られていた戦闘員として記憶は終わっており、グリーンスカイの姿を見て湊はそのときの記憶が蘇った。
「どこかで見た姿だと思えばあのトラックに生き残りがいたとはな。完全に破壊し、爆発するところまで見届けたというのに無傷で生き残っているとは……なるほど狼の戦闘員のレベルも上がっているらしい」
渋い声を発しながら湊に近づくグリーンスカイであるがその姿は余裕が感じられるほどゆったりとしたものだ。
実際湊とグリーンスカイでは実力は比べることもおこがましいほどに開いており、未だ湊が生きているのもグリーンスカイの気まぐれによるところが大きい。
実際グリーンスカイは湊を警戒しておらず、湊の周囲を警戒しており、その理由としては戦闘員は囮の役割をすることがほとんどで近くに悪の組織の実力者であるエビルが潜んでいたり別の場所で暴れていたりと誘導が目的だったりするため実力者ほど戦闘員を警戒する者などいない。
だがもちろん今回は周囲に湊しかおらず湊に対して救援など来るはずもない。
そしてグリーンスカイは戦闘力もさることながら移動に索敵と高レベルでこなすことのできるスキル【風】の持ち主であった。
「どうやら周囲にエビルは居ないらしい。まさしくあのトラックの生き残りか……はたまた別経路で輸送された戦闘員か。まあ、お前はここで消える」
グリーンスカイがちらりと近くにいた座り込んだままの女の子に視線を向けると直ぐに湊の方に向き直る。
「くっ……!」
グリーンスカイが手を上げると同時にスキルが発動されることを感じた湊は一か八か背を向けて逃走を図るが次の瞬間には手足の感覚が無くなり、自身の体が勢いのままゆっくりと倒れ落ちていくのが分かる。
四肢のみならず全身がバラバラと崩れ落ち、バンッ!と音が鳴ったかと思えば辺りに湊の物と思われる血飛沫が周囲に飛び散った。
幾重にも切込みが入る視界の中、湊が最後に見たのはこちらを未だに呆然と見つめる女の子の姿であった。
「ああ、こちらではぐれ戦闘員を見かけた。周囲にエビルもいないが巻き込まれたらしい一般人を見つけたから一度基地に連れて帰る」
日向は呆然としたままグリーンスカイに連れられて裏通りから出た。
あれは夢だったのだろうかと日向は自身が出て来た裏路地の方を見るが未だ現実感を得ることは難しい。
一度発動したスキル【炎】はすでに既知のものとして日向の中に存在しているし、すぐさままたスキルを使うことができるのが日向が先ほど起きたことが現実であると実感することのできる唯一の手掛かりであることは確かであった。
グリーンスカイがスマートフォンでどこかに連絡をとるとしばらくして迎えの車が来たためグリーンスカイに促されて日向は車に乗り込む。
「すまないが一度基地まで保護する。周囲に襲ってきそうなエビルの気配は無いから念のためのようなものだが」
「……はい。わかりました」
「出してくれ」
グリーンスカイは運転手にそう告げると未だ用事があるのか日向と一緒に車に乗ることなく波手奈市の市街の中に消えていく。
その後ろ姿を見届けていると車の運転手は日向を見てそう思ったが日向は実際にはグリーンスカイが通り過ぎていった自身が出てきた裏路地をぼんやりと眺めていた。
その後、日向はバトルヘキサグラムの基地でスキルの詳細が分かり放出系のヒーローで構成されるバトルヘキサグラムへとスカウトを受けた。
戦闘員に襲われ、グリーンスカイに寄って助け出され、バトルヘキサグラムによって見出された新たな才能として波手奈市で一躍有名人となった。
しかしながら心残りのあった日向はバトルヘキサグラムへの入隊を一旦保留にしており、その姿はいつぞやの裏路地への入り口にあった。
「ここだったよね」
ぽつりと呟いた日向はゆっくりと裏路地の奥へと進んで行く。
すると以前見た風景の中に一人動きだそうとして辺りを見回している影が見えた。
「あ」
どちらが呟いたのかは分からない。
二人同時だったのかもしれない。
二人は互いの姿を確認するとお互いの無事を確かめるようにして全身を見た。
生きているはずなど決してありえはしない。
その身はヒーローであるグリーンスカイによって粉々になるまで粉砕されたはずであった。
だけれどもその戦闘員らしくない不可思議な行動に日向は以前出会った戦闘員だと確信する。
そして戦闘員は日向に背を向けるとそのまま歩きだした。
「あ……!ま、待って。私を……一緒に……!」
日向の言葉はそこまでしか続かなかった。
戦闘員は以前と同じように振り返り、腕を横に薙いだ。
そして日向の後方を指で示すとその先には太陽の光が射す表通りが見えた。
戦闘員の行動が何を意味しているのか日向には言葉にされなくても分かった。
そして日向はそれ以上付いて行こうとはしなかった。
そんな日向を見て戦闘員は再び薄暗い裏路地の奥へと歩き出す。
「ありがとう」
見送るようにして呟かれた言葉に後押しされるように戦闘員の姿は消えていった。
後には決意の見られる炎を瞳に宿した一人の少女の姿のみ存在した。