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2 スキル!

戦闘員が肉体改造と精神改造を受けるとき、もちろん記憶も消去、あるいは操作される。


拉致された者が借金で売り飛ばされたと己に罪があるように改変されたり、知性以外の全てを消去されたりとその範囲は様々だがその思考は単純な物となり、記憶力も著しく低下する。


その産物のためか、あるいは善の組織に鹵獲されたときのためか湊の記憶も曖昧な物が多く、組織の基地と思われる場所は一つしか記憶の中に存在しなかった。


湊のスキルは本人も認識したばかりであるためこれからの成長は期待できるものではあるが未熟なスキルは記憶の完全再生までは不可能だったのか心当たりが一つしか無い湊はその場所に移動するしかない。


波手奈市尾山町の山々の一つ。


ネットでもそこがフェンリルガードの基地として知られるほど有名なため、波手奈市には大きな善の組織の駐屯地もあれば大きな悪の組織を隠れ蓑に暗躍する弱小の悪の組織も複数存在する危険地帯だ。


しかしながら人というのは集まれば商売が動くので金儲けのために多くの人が集まるし、何より悪の組織といえど金儲けは必要なのでその技術の一部を世間に流すこともある。


それ故に大きな悪の組織ほど大きな街の近くに居を構えることが多かった。


「人がいるせいで大通りは歩けないけれどその分建物が多いから裏通りなら移動しやすいな」


時刻は夕方頃であり、湊は波手奈市の尾山目指して移動の最中であった。


山にある基地なので昼に全身真っ黒の人間が移動していたら目立つことこの上ないが夜ならば人目は避けられる。


なので昼間は障害物の多い建物や地下を進みながら派手奈市まで来た湊であったが昼頃に出発したと言っても人目を避けて移動していたのでパワードスーツの恩恵があっても時刻は夕方になってしまっていた。


「まずいな……。夜は街中は治安維持組織が見回りに出るから逆に危険なんだよな」


夜の街は犯罪率が上がるために夜専門の善の組織が存在するし、警察自体も見回りに人を出しているのだ。


それに見つからずに町中を移動するのは困難を極める。


特にスキルが発現した人類の探査能力という物はオカルトや空想科学が現実になったようなものであるため、夜に裏通りを一人で移動しているだけで捕捉されかねないのだ。


恐ろしい世間だ、速く移動しなければと思う湊の前にふと人影が見えたため、湊は付近のゴミの山に身を隠した。


背は女性にしては低めで、髪は肩ほどまであり、制服っぽい白いシャツと紺のスカートを着ており、おぼろげな足取りで裏通りを進んでいる。


「中学生の女の子かな。こんな裏通りで何を……」


湊がぼそっと言い終わらないうちに少女の右手が薄暗くなり始めた裏路地で発光する。


すると頼りない揺らめき方をする炎が少女の右手の数センチ離れた位置に生まれていた。


熱くないのかとふと疑問に思った湊であったがスキルには自身に直接作用しない物もあることを知っていたので彼女のスキルもまたそんな能力の内の一つだろうと思い直した。


少女はそのままふらふらと少し歩くと目の前にあった湊が隠れているのとは違うゴミ袋の山の前に止まりゴミの山を見つめた。


「まさか」


そこで湊は記憶が少し戻ったのか脳裏に思い出したように閃いた。


人類がスキルに目覚めてからというもの何故人類がスキルを使うことができるようになったのか、その疑問を解決する一つの論文が発表された。


人はスキルに目覚めると思わず使ってみたくなるのだと。


それは人が思わず呼吸をしてしまうように、疲れたら眠ってしまうように、ごくごく自然なことでスキルを使うことが当たり前であるということ。


それゆえに人はスキルに目覚めた時、まず使ってしまうのだと。


そしてスキルを使って何かをしたくなる欲求にスキルに目覚めた時逆らえない人がほとんどであると。


ふらふらとした足取りの少女の右手にはまるで目覚めたばかりのようなおぼろげな炎。


目の前には燃えやすそうなゴミの山があり、少女の右手がゴミの山に伸びる。


「あ」


思わず声が漏れたのはどちらの声であったか。


声に呼応するように炎は直ぐに燃え移って広がり始めた。


論文には続けてこう書いてあった。


体外に放ち、操るスキル持つ者は特にその欲求に抗うことは難しく、無意識で使ってしまうことが多々あり、器物を損壊したり人体に傷を負わせてしまってしまいスキルの初回発動時に犯罪者となってしまう者が多く、それ故に悪の組織にそのまま所属してしまう者が多いのだと。


「あ、ああ……」


朦朧とした意識から目覚めたのか少女の顔が青ざめ、絶望に歪んでいく。


湊が思い出した論文は世界的に有名であり、多くの人が知っている。


少女もまた、自身が取り返しの付かないことをしてしまった事実に気が付いてしまったのだろう、腰が抜けて座り込むと右手から火が消えてしまっていた。


広がる炎、絶望する少女を見た湊は既に体が動いてしまっていた。




少女の体が炎から離されるようにして後方に投げ出される。


「痛っ……!え……戦闘員!?」


投げられ尻もちを付いた少女が見たのは戦闘員の姿であった。


その戦闘員は近くまで炎に近づいて一瞥した後、周囲を見渡して雨水の溜まった薄汚れたバケツを見つけるとゴミにかけて消火する。


火は消えたが水の量が少なかったためか煙がくすぶっており、建物を超えるようにして昇ってしまっている。


それよりも少女、坂上日向(さかうえひなた)が驚いたのは戦闘員が消火活動をしたことだった。


戦闘員がテロで火を付けることはあっても消火することなど有り得ない。


ましてや自分を遠ざけるかのように炎から離すことなど日向の常識では絶対に有り得ないことであった。


「どうして?」


その声が聞こえたのか戦闘員は僅かに後ろを振り返り、日向に振り返るとまるでどこかに行けと言っているかのように腕を横に薙いだ。


何故火を消し、自分を遠ざけ、自分を庇うのか。


その疑問がぐるぐると頭の中に巡り、動くことができずにいると戦闘員は観念したかのように上空を見て全身に力を入れた。


「イイイイイイイイイイイイッッ!!」


上空に向かって周囲に聞こえるかのように戦闘員が叫んだ。


よく戦闘の起きた街中やテレビで戦闘員が暴れている時に聞く、理性の無い叫び声。


しかし何故か日向には理性のある叫び声にしか聞こえなかった。

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