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08 絶望のサンドイッチ



『人々は食事を楽しむ時間を犠牲にして、この国を大きく美しいものに成長させてくれた…。』




そのことには心から感謝している、とセレス様は苦しそうに続けた。その真摯な表情から、この国の人たちをほんとに大切に想っていることがうかがえる。




『国が豊かに育てば、私自身の力も増幅する。最初にこの地に降り立った時とは比べものにならにほど力をつけさせてもらったよ。この国の者たちは信仰心が篤く、私のことも心から想ってくれているようでね…。』



「…それはきっとセレス様のお力があってこそだと、皆さんどこかで感じ取っているんですよ。」



『そうだな…本当にありがたいことなんだ。だが…だが…いまだにこの国を美しく保とうと労働を重ねる彼らをもう見ていられない…!己の幸福を削ってまで…!』



「セレス様……。」




美しい顔を歪めて想いを吐き出すその姿に、胸を打たれる。


初めてご尊顔を拝見した時にはなんて美しすぎるイケメンなんだ、次元が違いすぎる、と思ったりしたがこんなにも自分の国の人間を想っている神様だとは…こんな言葉は失礼かもしれないけど人間味があってちょっと親近感がわきましたよセレス様。


じーんと涙ぐむ私を前に、セレス様は続ける。




『それに…それに… これはあんまりだと思わないかッ!?』



「…はい?」




セレス様が指をパチンと一度弾くと、テーブルには高級そうな一枚の皿が現れる。金の縁取りがとってもきれいな乳白色の丸皿。シンプルだけどさりげない装飾が美しい。セレス様の格好や容姿にリンクしたようなお似合いのお皿だなぁと思いながら、何も乗っていないその皿を見つめる。


すぐにセレス様の手がその皿の中央にかざされた。大きくてしなやかな右手が皿の上を2度往復する。すると、何も無かったはずの皿には見覚えのある食べ物が現れていた。


うん、これは間違いなくアレ…だよね?




「これは…サンドイッチ…?」




えーっと…これは?と目で訴える私に、セレス様はげんなりとした顔で答える。


神様そのお顔はちょっといくらなんでもいただけないかと…。美しいお顔がとんでもないことに…。




『…これは、私への今日の供物だ…。』



「供物!?お供え物!?え、こ、これが…!?」



『そうだ、これがだ…。もうここ数十年続いているよ…。毎日ね…。』



「数十年!?毎日このサンドイッチ一切れ…。」




サンドイッチの何が悪いんだ!とお思いの方もいるだろうが、このサンドイッチはそんじょそこらのサンドイッチではない…。かなり薄くスライスされたトマトのような野菜と、元気のない萎びたレタスのような葉が一枚ずつ……ただそれだけが挟まれたとんでもなくテンションの上がらない代物だ。よく見るとパン自体もパサついていているような…。見事なまでに質素オブ質素…。質素という言葉が正しいかさえわからなくなるようなシンプルさだ。これは…なかなかにひどい…。


イメージでは神様のお供え物って豪華なフルーツ盛りがドーン!とか新鮮な高級魚がドーン!とかお酒がドーン!みたいな煌びやかで豪勢なイメージがあるけど…セレスではこういう手作り系(?)の庶民的なものをお供えするものなのかな…?手作りって言っていいのかわからないレベルですけども…。




「なぜこんなサンドイッチが供物に…?あっ、いやこんなって作ってる方にめちゃくちゃ失礼だとは思うんですが…これが毎日って…あまりにも…。」



『いや、構わないよ…。私もさずがにこれが毎日続くことは想定していなかったんだ…。ヘレスでは“神に捧げるものは自分たちと同じ飲食物であるように”と古くより伝えられている。…まあ、それは私が古くに王に命じたことではあるんだが…。』




まさかここまで何の進化も進歩もなく同じ物を食べ続けるとはな…とセレス様は大きな溜息とともにうな垂れてしまった。いやあ…これはそうなってしまうよね…。




『そう命じたのには訳がある。人を集めやすくさせたり、異世界から人を招いたりと、私の持つ力は“人”に依存する力だ。そのためか、ただ収穫しただけの食物では私はうまく力を得られない。“人”が関わり手を加えて“何か”に変えてくれた物の方が力を得やすいんだ。』



「な、なるほど……?う〜ん、でも確かに人が何か手を加えてるって、そこにその人の想いなんかも一緒にのっているような気がしますし、目に見えないものがあるんでしょうかね?」



『そうだな、作り手の想いはどんな物でも感じられるし、それはきっちりと私の力の一部になっている。……こんなサンドイッチ一つでもね…。』




そう言って、セレス様はテンションの上がらないシンプルサンドイッチにそっと目を移す。その目は愛おしそうにも、どこか悲しそうにも見える。


一国を想う神様ってこんなに温かいものなんだろうか。

その温かくも悲しく、慈しみであふれた横顔はわが子を想う親のようにも見えた。


セレス様は、サンドイッチの乗った皿を不思議な力でふわりと宙に浮かせてこちらに寄越す。そして私をまっすぐに見つめて言った。




『お願いだ、君の力で、この絶望のサンドイッチを希望のサンドイッチに変えてくれ。』



「希望のサンドイッチに…って。そりゃまあ材料があればいくらでもお作りしますけど…」



『…!! い、言ったね?今いくらでも作るって!言質取ったよ!?』




セレス様さっきからキャラがとっ散らかってませんか…。

あまりにも必死過ぎるその形相に思わずたじろぐ。何よりもさっきから美しいそのお顔を崩し過ぎですって…。少しずつセレス様の本性というか素の部分が見えてきた気がして、最初よりかは緊張の糸が解れてきたのを感じる。




『じゃあ早速…!早速作りに行ってもらわなくてはね…!!』



「は、」



『もう待ちきれないんだ…!すまない!来てもらった時よりも楽に帰すからね…!』



「いや、ちょ、まだまだ聞きたいことあるんですけど…!?」




そんな私の言葉など聞こえていないセレス様が何かを唱えはじめる。

すぐに私の周囲はまばゆいほどの光に包まれていった。

いや待ってよ!?まだ聞きたいことの半分も聞けてないって…!


この世界のことも、自分のことも、力のことも、地味にこの机と椅子だって…

なぜだか一目見たときから懐かしさを覚えていた一対の机と椅子。そして敷かれているこのテーブルクロスも。どこで見たのか……。それは遥か遠い子供の頃の記憶のような…。




『…準備は整った…!さあ頼む…!葉山みことさん…いや、みこと…!』




“どうか、この国に希望を見せてくれ…!!”




光に包まれ、その光が強くなるほどに遠のいていく意識とセレス様の声。

帰されるって言うからこちらに呼ばれたときのようにまた目に激痛が走るのかと思ったが、どうやらそうではなかったようだ。楽に帰す、という言葉は嘘ではなかったらしい。温かささえ感じる光の中で、きらりとネックレスも一瞬光り、微かにレモンティーの香りが鼻をくすぐった気がした。そういえばこれもなんでレモンティーがこんなふうになったのかよく分からないままだし…あの事故の瞬間を切り取った証とか言われたけどなんかただのアクセサリーじゃなさそうな気がするんだよね…。


いやほんと…セレス様まだまだ説明足りてないんですけど…

まどろみのように心地の良い空間転移のなか、ふつふつと沸きだす神様への不満と疑問の数々。


ハア、と大きくついた溜息。

誰も聞こえていない盛大な溜息かと思われたそれに応えるように響く音が一つ。



“ぐうううう~~~”




「どんな時もお腹は空くもんだよね……。」




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