07 過去の旅人
そして、神様ことセレスティアード様は語り始めた。
このへレス王国が抱えている問題を。
『今……いや、もうはるか昔からだね。我が国へレス王国は、豊かな水と多くの緑に恵まれた代わりに、人間が生きる上で重要な人としての文化を発展させることを忘れてしまった…。』
「人としての重要な文化…?」
『そう、それが食だ。人が後世に遺していくものの中でも、食という文化はとても重要だと私は考えている。人々を心身共に豊かにし幸福に導けるもの、それが食、そして料理だ。』
セレス様の言うことに深く頷く私。
本当に心からそう思う。食は、料理は、おいしいと思うことは、人を幸せにする。
ただ食物を食べるだけでも人々は生きていける。
栄養価のあるものを摂ってさえいれば活動できるのだから。
その食事という行為をより豊かにし、さらに娯楽としての要素を取り入れたのが料理という技術だ。多くの時間や手間、それにお金をかけて行われるその加工技術は昔の人からしたら贅沢なものだろう。しかし、現代では間違いなく人々を幸福にする有意義な文化の一つである。
豊かな自然があり、大きな争いのない今だからこそ楽しめるものではあるが…願わくはこれからも永劫途切れることのない文化として後世の人々には発展させていってほしいものだよね……ってなんだか深く考えてしまったけど!簡単にまとめるとおいしいもの食べるって幸せ!ってこと…!ざっくりだけどほんとに心から思います…!
私が生きるうえでも食というのはかなり重要な位置づけにある。
どんな時だっておいしいものを食べれば大抵のことは何とかなってしまうように思う。
死ぬほど疲れて帰ってきた日も、あったかいご飯さえあればほっこりと幸福になれてしまうものだ。
まあ死ぬ間際にも空腹を感じてしまうような女ですからね…おいしいもの大好きですよ言わずもがな…。(食い意地張ってる自覚はありますよ…)
『おいしい、と思う感情は最低限生きるうえでは贅沢な感情かもしれない。だが、“幸福に”生きるには必要な感情だ。私はもっと多くの人間に幸福に生きてほしいんだ。』
切に願うような、悲しげな表情を浮かべるセレス様。
憂いを帯びた表情も素敵ですね…とは言い辛い雰囲気だが、あまりの美しさに見惚れてしまいそうになる。
だめだめ、集中を欠くから今はその美しさは置いといて…!
えーっと…つまりはへレス王国は食文化があまり発展していないってこと…?
一体なにが原因なんだろう?まだほんの短い時間しか滞在していないけど、自然も豊かで食べるものには困ってなさそうな環境に思えたけれど…。
「あの…食文化が発展していないのには何か理由があるんですか?あんなに美しい国なのに…。」
『原因はその美しさにある。へレスは私がこの地に来るまでは、それはそれは荒れた土地だった…。まともな水源もなく、土も栄養などほとんどない。そんな荒れた土地では植物も育たたず荒野が広がっていたよ。今のへレスを見ると信じられないかもしれないがね。』
「そうだったんですか…。すごい、じゃあセレス様が来てくれたおかげで国はどんどん発展していったんですね。」
『ああ、それは違うんだ。私は豊穣の神ではないから土地を豊かにすることは難しい。それに直接神が手を出すのはあまり人に良い影響を与えない。成長を妨げてしまうからね。』
「じゃあどうやってへレスはあそこまで美しい国に…?」
『神はそれぞれ特化した能力を有していることが多い。私の場合は“人を喚ぶこと”に特化したものだ。それはこの地に人を集めやすくさせる能力でもあり、またどんな場所からも自由に人を招くことが出来る能力とも言える。』
「え……じゃあまさか…。」
『そう、お察しの通り私は異世界から人を喚んだ。今の君のように、穂司の旅人としてね。』
子供のようにいたずらっぽく笑い、人差し指をその唇へと持っていく。
ナイショだよ?とでも言いたげにこちらを見てウィンクをする神様、セレスティアード様。
セレス様が続けてくれた話はこうだ。
歴史に残る3人の穂司の旅人は、3人とも大きな魔力を有しており、望んでいた以上の力を発揮してくれた。
一人目は広大な海を創造し枯れた土地を潤した。
二人目は草花を愛し国をたくさんの緑で囲んだ。
三人目は隣国との戦争を勝利に導き平和をもたらした。
一人目、二人目がこの地を潤し、この美しい国の原型を作った。
そして三人目が国を守り、より発展しやすい平和な環境を作った…と。
いや、過去の穂司の旅人さんたちすごすぎません…!?
魔法使いじゃん…チートじゃん…。
神様か手を出すのは~とか言ってたけど魔法使いも大概では!?
海を創造ってなんなの…恐ろしすぎるんだけど…。
私がそんな人たちと肩を並べていい存在とはとてもじゃないど思えないんですが…!?
「な、なるほど…その3人の助力のおかげで発展していったんですね。とんでもない先輩方に立ちくらみしかけましたがまあいいでしょう…もう何も言うまい…。」
『はは、そうか、君の国にはもう魔法の力は残っていないんだったな。はるか昔には日本にもまじないの力を有していたものが居たと思うがな。それも数百年も前の話か。』
「…ん?でも、美しさが原因ってどういうことでかすか?美しいことが食文化の発展を妨げている…?」
『そうだなぁ、このへレスが美しく育ったのは先ほどの3人の旅人のおかげだ。それは間違いない。だが、いくら魔法を使えてもたった3人の力では国を作り育てていくことは難しい。それには多くの人間の尽力があった。』
「なるほど…労働力は数、ですもんね。」
『そう、国を作るにはたくさんの労働力が必要だった。幸い、へレスの国の民はまじめで勤勉な者が多く、国はみるみると発展していったよ。水と草花の美しい国がどんどんと育っていった。…だが、労働の時間が増えることで犠牲になるものがあった。』
「それが食事…ですか?」
『その通り。人々は働くこと、ひいては美しい国を作り守ることに必死で、食を楽しむことを忘れてしまったんだ。』