03 証はレモンの香りと共に
眼前に広がるのは、まるでRPGの世界のような景色だった。
たくさんの緑と鮮やかな色彩の花々、そのどれもが日本では見たことがない…いや、海外にだってきっと存在しないような造形と美しさだった。所狭しと様々な種類の花が咲き誇る様子は圧巻だ。
また、その植物たちを潤すようにはじける球体のような水の塊…。どんな仕組みなんだと目を凝らすけれど全くわからない。草のまわりをふわふわと浮かび、時折弾けて植物に降り注ぐ。
一目でわかってしまった。
ここは日本ではない。
それどころか、きっと元いた世界ですらない。
今までの常識なんて通じない『異世界』に来てしまったんだ。
花と水の国、へレス王国に----
「…ま、じですか…。」
ベランダの手すりを握る手に力が入る。
ドクドクと脈打つ鼓動、ぞわぞわと体中に緊張が走る。落ち着かない心に合わせて体も正直にその異変を受け止めていた。腰が抜けそうになるのを必死に堪える。
「…わかってもらえたかな?お姉さん。」
「きっとアンタが元いた所とは大分違うんだろうねぇ、その様子じゃ。」
マルクくんとルーベライトさんが私の顔を覗き込みながら尋ねる。心配そうな、申し訳なさそうなそんな表情を浮かべながら。
「か、かなり。まだ夢の中なんじゃないかと思うくらいには…びびってます正直…!」
「ごめん、本当の所、俺たちもお姉さんと同じくらい驚いてるんだ。何せこの目で穂司の旅人を見るのなんて初めてだから……」
マルクくんはそのクールな表情を顰めて言った。
眉を寄せて言葉を選ぶマルクくん、きっとすごく年下なんだろうけどもう将来のビジョンが見えてしまうほどに完成されている…。すごい、異世界のイケメンはまじで次元が違う。
って、ついついその美貌に見惚れてしまったけど今は自分のことだよみこと…!!
「えっ、そうなんですか!?私てっきりこっちの世界ではよくあることなのかと…」
「やーねぇ!そんな頻繁にぽんぽん人が送られてくるわけないじゃない!それはもうめっっっちゃくちゃ貴重な存在なのよ!?」
「ああ、俺が見たことある歴史書でも記録があるのは3人だけだ。それもかなりの大昔…。それこそ初めての旅人はこのヘレスがまだ王国として成立していなかった時代まで遡るよ。」
「たしかその1人目から数百年経った後にもう1人…それからさらに時が経ってもう1人…… それでもその3人目の旅人の記録ですら300年は前じゃなかったかしら?」
「そうだね…だからすぐにはお姉さんが穂司の旅人だなんて思わなかったよ。見慣れない服装と荷物…それに加えてその容姿… 確実にこの国の人間ではないとは思ったけれど。」
「まさかあの伝承通りの旅人だなんてねぇ…。」
マルクくんもルーベライトさんも私を凝視しながらその事実を飲み込んでいる最中…といった表情だ。そんなおとぎ話のような存在なのか穂司の旅人とやらは…。でもそんな貴重な存在って絶対的な能力とかパワーがあるような、いわゆる救世主様的なやつじゃないの?
自分で言うのもなんだが、ほんっとに平凡な私がそんな存在として召喚されるって…あり得る?何かの間違いじゃなく?
「えーっと… 私がその穂司の旅人?とかっていうのは間違いないんですか?私どう考えても何の能力もない平凡なOLなんですけど…。」
ほんとに自分で言うのもなんだけど、自分にはなんの能力もない。凡人ど真ん中の人間だ。あ、でもこういう異世界転生ものって転生をきっかけにとんでもない力を授かったりしそうなものだけど…まさかもう私何かを授かったりしてる!?
「アンタが穂司の旅人っていう証拠なら、ホラそれよ。アンタが付けてるそのネックレス!それが証とされているものよ。」
ルーベライトさんが自身の首元を指差しながら合図する。ネックレス…?私会社帰りだったしそんなものしてないはずだけど…と首元に手を伸ばすと確かにチャリッとアクセサリーのような質感が指に触れた。中央には雫のような形をした小さな琥珀色の石が飾られている。アクセサリーとしてはデザインがシンプルすぎるが、まぁかわいくなくはない…?
「って、いやいやなにこれ!私のじゃないんですが!?」
よく眺めようと石を指にかけて持ち上げる。
ふいにその石から何か嗅いだことのある香りがが香った気がした。思わず鼻を石に近づける。この香り……もしかして。
「まさか…… レモンティー…?」