02 目は覚めているはずなのに
最初に目にしたのは、木製ベッドのつややかな手すり。
アレ、うちって布団だったはずなんだけど…。
そもそも私さっきとんでもない交通事故で…。
え、私、まさかあの事故で死んでない…?あの勢いの大型トラックとぶつかっておいてまさか死んでない…?そんなことある?どう考えても即死なはずだよね?…私ってば意外と強運の持ち主だったりするのか?いやそんなこたないよな…
自分の今の状況を必死に整理しようとするが、どうにも考えがまとまらない。あれだけの事故だ。あちこちが痛いはずなのに、手も足も自由に動かせる。それがとても怖かった。
「おかしい、おかしい、おかしい… そもそも助かったんだとしてもここって病院じゃない、よね…?」
最初に目に入ったベッドの手すり。それにそっと手を掛けながら体を起こす。びっくりするほどどこも痛くない。それどころかむしろよく寝た休日の目覚めのように気分爽快で…
「アハ、ハ…これって良く出来た夢だったり?そもそも事故自体夢だったとかじゃ…ないよね?」
事故なんて起きてなくて、むしろ月曜日すらはじまってなくて、今いるこの状況も夢かもしれない、なんて思えてくる。体中をくまなくチェックしても、どこも怪我もなく傷もなく血の一滴すら出ていない。縫合した跡や点滴の跡もないように見えるし、治療済みということもなさそうだ。
「私まじで頭おかしくなっ「あら!!!!!アンタ起きたの!?!?」
その声に思わずビクッと跳ねてしまった体と心臓に、私の体なのに私自身が一番びっくりしてしまった。だが、そのおかげでブワッと血が巡った感覚がして、よかった、私ちゃんと生きてるんだって思えた。痛いくらい心臓ドグゥン!ってなったけども。
そんな私よりもびっくりしてるんじゃないかって顔で、私を見下ろすガタイの良いお姉さん(?)がそこには立っていた。紅色の長い髪をゆるく巻き、それを片側にまとめて流している。美しい顔立ちをしており、派手なメイクがよく似合っている。例えるならそう、宝塚の男役の人みたいな派手さとゴージャスさ。……いや、美しいんだけどこのガタイの良さはやっぱり男性だよな。
「あ、あの私、「ヤダーーーー!!良かったわぁアンタ!!ちょっとマルク来てよぉ!あの子目覚ましたわよぉ!」
またもや遮られた私のセリフ。
良かったわぁ!と私の肩をバシバシと叩くこの人は一体…。ちょっ、力強っ!やっぱどんだけ美しくても男性だこの人!
あらやだごめんなさいちょっと強かったかしら、と叩くのをやめて優しく肩を撫でてくるお姉さん改めお兄さんは、しょぼんとした顔をして私の様子を伺ってくる。
「い、いや、大丈夫です。あの、それよりここって一体どこなんでしょう?そしてあなたはどちら様で…?」
「あらやだ、私ってばなんの自己紹介もなくごめんなさいね!私はルーベライト・ベーカー。この下でパン屋をやってるの。」
「ルーベライトさん… パン屋さん…。」
んっ?いやまず最初に違和感を持つべきだったと思うんだけど、この人外国人さんだよね?いやこんな綺麗な髪色で彫りの深い顔立ちで日本人なわけないんだけど。すごい日本語うまいなぁ…ってかもはや母国語のように喋っている気がするんだけど。
ほらほら、良い香りしてくるでしょ〜!自慢のパンがもうすぐ焼き上がるのよ〜!と、はしゃぐルーベライトさん。どうやらここは経営しているパン屋の2階で、ルーベライトさん自身の寝室らしい。嘘でしょ…仮にも男性のベッドに… いや、ルーベライトさんだからまぁ嫌な気はしないですけど、申し訳なさと恥ずかしさがすごい…。
「ルーさん、はしゃいでないでもっと色々説明してやりなよ。その人かなり混乱してる。」
まだ飲み込めないこの状況と、見知らぬ男性の寝室を借りてしまった衝撃で頭がパンクしそうな私に助け船を出してくれたのは、これまた知らない男性だった。グレーがかった綺麗な白髪に、澄んだ翡翠色の瞳が印象的な少年。年齢は高校生くらいだろうか。少し冷たい印象を受けるが、先ほどのセリフからそこまでつっけんどんな性格ではなさそうだ。…にしてもこれまた綺麗な顔の外人さん…。こんなイケメンの外人さんたちが集まるパン屋さんなんて会社近くにあっただろうか?
「あらやだ私ったら!うれしくってついね!だってアンタここに連れてきてから5日も目を覚さないから、私ホンッット心配してたのよ…それでどう?どこか痛いところはない?」
「5日!?わ、私5日も寝てたんですか!?うそ!どうしよう会社に連絡…!いやまずあの事故の後私どうやって…」
「だめだよ、ルーさん…。たぶんこの人何も知らない。自分がなんでここにいるのか、何のために呼ばれたのか。」
ふぅ、と息をついた少年はまったく、といった様子でベッドサイドの椅子に腰掛けた。まっすぐ私を見つめる瞳がきらきらと眩しい。が、顔面が整いすぎているからあまり凝視はしないでほしい…!
「いい?お姉さん、落ち着いて聞いてほしい。お姉さんはここ"へレス"に召喚された"穂司の旅人"だ。ここはお姉さんがいた世界とは全く違う場所なんだ。」
「そう、アンタは選ばれちゃったの、ウチの国を救う旅人様に。だから、どうか力を貸してほしいのよ。」
ほしのたびびと?旅人様?
はて、どっからつっこんだらいいのか…。
選ばれたってなにに?誰が?力を貸すって何事?
昔読んだファンタジー小説に、現代からトリップして過去の世界に飛んだり、わけのわからない異世界に飛ばされちゃったりする主人公とかいたけど…まさかそれと同じっていうわけ?このド平凡の私が?
「は、はははは!や、やだなーなんの冗談ですかこれ!まさか事故で頭打った私にショック療法的なことしてます?一応気は確かなんですけど…。」
「……信じてもらえないのも無理ないな。まぁ、とりあえず立って。へレスの街並みを見せよう。きっと一瞬で理解できるはずだよ。」
は、はぁ。もうなにがなにやら。
ただただ言われるがままにベッドから出て立ち上がる。そういえばこの着させていただいているシルクのネグリジェ…めちゃくちゃかわいいんだけど、かわいすぎて25歳OLにはキツすぎる。
高校生くらいの美少年に手を引かれ、ベランダへと連れ出された。格好も相まってなかなかに恥ずかしい…。
「お姉さん、落ち着いてご覧。ここが花と水の国、ヘレス王国だーーー…」
連れ出されたベランダ。その一歩を踏み出して、空を仰いで、風を受け、私は一瞬で全てを理解した。
「私、とんでもないところに来ちゃった……。」