第四章 【2】
それは。
本当に、突然のことだった。
そのニュースは、村どころか、日本中を震撼させた。
沈め池から、大量の白骨遺体が発見されたのだ。
沈め池に浮かんでいた死体の身元特定のため、沈め池の底を大規模捜索していた警察の捜索隊が発見したという。
平和な村で突如発見された、大量の白骨遺体。そのほとんどがまだ子どもの白骨であったことからも、メディアはそのニュースをこぞって取り上げ、ひっそりとした山間集落だった山城ヶ原村を、一躍有名にさせた。
驚いたのは私も同様だ。
あの仄暗い池の底に、まさか、大量の白骨が沈んでいたなんて。
しかし、驚いている暇なんか私にはない。
そんな、ある種の猟奇的ともいえるニュースを脚色して報道するメディアらの対応。孤立した集落に中高一貫校を作った市への反発。悪魔信仰などとデマを伝え、村自体を悪者扱いするメディアもいた。
突然のことだった。
学校は一時休校のかたちをとったが、明後日からゴールデンウィークを、最悪なかたちを迎えることになりそうだ。
「この村には、何かあるのかなぁ」
休校になった生徒不在の学校で、切磋琢磨業務に勤しむ教師たち。朝から手を休めることなく、昼過ぎまで仕事をこなしていた一同は、集中力が途切れ始めていた。
そんななか、ぽつりと呟いたのは南野先生だ。
「なんか、怪しいなって思ってたんだよ」
「なんかって、具体的にはどこにです?」
じと、と睨んだのは、早良先生だ。持ち前の鋭い言葉に、南野先生は「なんかは、なんか。理由なんかないよ」と真面目に返事を返していた。
沈め池から、大量の白骨遺体発見。
そのニュースは、突然村全体に広がったけれど、夢物語過ぎて信じる人のほうが少ないほどだ。村人が現実を受け入れる前にメディアが騒ぎ出し、現在、村人たちも混乱のなかにいる。
「メディアって、あることないこと騒ぎ立てるのよねぇ。こんな平和な村なのに、集団で悪魔信仰をしているとか、村ぐるみで子どもを生贄にしていたとか」
早良先生が、頬に手を当ててため息をつく。
今朝方、情報番組のコメンテイターが述べていた「この村の過去」の考察だった。ニュース番組での深読みした発言は、ただの想像でしかないのに、それを信じる人々も大勢いる。
休校にはなかったが、心配した保護者からの連絡もひっきりなしだし、知らない人から『悪魔はお前たちだ!』などという悪戯電話もかかってきた。
「昨日までの平和を、返してほしいなぁ」
南野先生の言葉に、私を含めて皆が頷く。
本当に、昨日までは平和だったのだ。
女子生徒が家出したり、深夜の校舎裏での怪奇現象だったり、ちょっとした事件はあったけれど、どれも解決した。
沈め池で水死体が発見されたときも、自殺の線が強いのではという話だったのに。
何がどうして、こうなったのか。
姫島屋先生も、今頃仕事の対応に追われてるのかな。
特に気にしていなかったけれど、先日姫島屋先生がもっていた郷土資料がやけに気になる。白骨が見つかってから、この村の成り立ちや人口についても報道されているけれど、姫島屋先生は白骨が発見される前から、村の歴史を気にしていた。
なんだか怖くなってきて、ティーパックの紅茶を煎れた。
さっきの南野先生の言葉が、やけに信憑性をおびてくる。
なんか怪しい、なんて言われると、ただ平和で長閑だと思っていた村が、孤立した牢獄のように思えてくるのだ。
単純な私は、仕事が終える前に姫島屋先生に連絡をした。
向こうもそろそろ仕事が終えるみたいなので、一緒に帰る約束を取り付ける。さすがに今日は、ふたりきりだと喜ぶ余裕はなかった。
心身ともに、疲れ果てていたからだ。
こういう事件のとき、決まって空閑くんがやってくる。
今回も例外ではなかった。
「先生、お疲れ様でござる」
眼鏡を二本指でくいっとあげながら、空閑くんが言った。隣には、真理亜ちゃんもいる。
校門から出て、私が暮らしている自宅のほうへ歩き始めて、少しの場所。崩れたブロック塀が、個人所有の畑の手前に並ぶ一角に、ふたりはいた。
今日は休校だから、ふたりは学校に束縛されない。とはいえ、自由に出歩いてもいいよ、という意味で休校になったわけではないのだ。
そのことを窘めようとした私を制して、姫島屋先生が一歩あゆみでた。
「あまり関心できん行動だが、ちょうどいい」
「え、姫島屋先生?」
ちょうどいいって、なにが?
「例の、沈め池から少し離れた場所にある廃病院のことだが、何か知っているか」
「ざっくりでござるなぁ」
「答えろ」
「しかし、まだメディアも嗅ぎつけておらぬ件。さすが、姫島屋先生でござる」
空閑くんはうんうんと頷くと、誇らしげに顔をあげた。
「拙者が調べたところ、ネット上に情報はほぼ乗っていなかったでござる。ネット仲間に手伝ってもらい、僅かな手がかりから探ってみたところ、あの廃病院はもともと隔離病棟として多くの患者が生活していた、ということしかわからなかったでござる。所有者も不明。ここに村が出来たのが、明治初期頃で、その頃に交通手段が確保されたという情報があったゆえ、病院が出来たのも同じ頃だと推測できるかと」
「現在の廃病院の様子ですけど。今回の事件で村への規制が敷かれるまでは、若者たちのたまり場になってたみたいです。サバゲやってたのとは別の若者たちで、サバゲ班とたまり場班は交流があったとか。廃病院は、二つの建物に分かれているらしくて、サバゲ班は小さいほうをメイン基地として。たまり場班は、大きいほうを根城に遊んでるみたいで……あ、違法電波については、処分済みだって」
すらすらと答えた二人に、私は唖然としてしまう。
なぜそんなにすぐ答えられるのか。
空閑くんは、過去の情報。
真理亜ちゃんは、現在の情報。
どちらも簡単には入手できないだろうに。
何度目かわからないけれど、この二人は何者か気になってしまう。
「妹よ、ナントカ班というのは、さすがに失礼ではないか」
「サバゲ班と、たまり場班。わかりやすいじゃない」
「むぅ、わかりかやすいといえば、わかりやすいでござるが」
「ふたりは、なぜ廃病院について調べたの?」
聞くと、ふたりはきょとんと目を見張った。見た目は似ていないと思っていたけれど、驚き方はよく似ている。
「そのほうが、効率よいでござろう?」
「効率?」
「はい! 先生に言われてから調べるんじゃ、待たせちゃいますから」
「姫島屋先生に、聞かれることがわかってたの⁉」
姫島屋先生が村の郷土資料を読み込んでいたことといい、この三人は何かを知っているんだろう。示し合わせたとかではなく、行きついた先が村の過去――それも、廃病院だった、ってこと?
よくわからなくて首をひねる私に、姫島屋先生が苦笑した。
「きみから、頼られるのを待っていたんだろう」
「え?」
「きみは好奇心が旺盛だ。だが、考えが足りない。突っ走りすぎる」
「え、それって褒められてるんですか?」
「いや」
「……ですよね」
「つまり、誰かを頼ることを覚えろと言っている。何もかもひとりで考えて行動するな。私はいつでも話を聞くし、彼らはきみに頼ってほしいらしい」
とても優しい声だった。顔をあげると、微かに口元を緩めた姫島屋先生が見下ろしている。
次に、空閑くんと、真理亜ちゃんを見る。やたらきらきらとした目で、私をみていた。
前から気になっていたんだけれど、どうしてこのふたりは私を慕ってくれるんだろう。私は前向きだけしか取り柄がない女なのに、その前向きさだって、歳を取るごとに慎重に変わりつつある。
ふたりに、こうして特別な存在のように扱ってもらう理由がない。
思春期の子どもによくある、一時期のブームだろうか。
「そんなに見つめられると照れるでござるなぁ」
「お兄ちゃんが気持ち悪い、いつもだけど」
理由を聞こうとかと思ったけれど、今は辞めておくことにした。
今日は心身ともに疲れている。さらに悩みごとを抱え込むことはない。
「皆は、その廃病院が気になってるんだね」
空閑くん、真理亜ちゃん、そして姫島屋先生が、それぞれ振り返って頷いた。
姫島屋先生の言うように、私は好奇心旺盛だ。
三人が興味を持っているってことは、廃病院には何か重大な事実が眠っているのかもしれない。何より、大量に見つかった白骨遺体。
あれらも廃病院と関連があるのなら、調べるしかない。もし真実が明らかになれば、メディアからのいわれのないバッシングも、和らぐかもしれないのだ。
「じゃあ、明日行こう。四人で!」
途端に、空閑くんと真理亜ちゃんが、微笑んだ。行くなと言われると思ったのか、非常に嬉しそうだ。
てきぱきと待ち合わせ時間と場所を決めて、その場は解散とした。
少しずつでも動き出せている気がする。
私にはどうしようもできない嫌な事件が起きて、村人が皆困惑している状況で。
新事実を、少しでも早く突き止めることが出来れば、よい方向へ風向きが変わるだろう。
ただ悶々と嫌な感情を引きずって、待つだけではないのだ。
「……送っていく」
先に姫島屋先生の自宅前についたとき、初めてそう声をかけられた。
「え、大丈夫です。すぐそこですから」
姫島屋先生は、何かを言いかけて、口を閉じてから。
そうか、とつぶやくように言った。
「はい。それじゃ、おやすみなさい!」
姫島屋先生だって、疲れているんだから、私なんぞの送りをさせるわけにはいかない。私は姫君でもないし、この辺りは、あんな事件があったとはいえ、変質者も出ない独り暮らしの女には非常にありがたい村だ。
帰宅したあと、よし、と気合を入れた。
今日は早く寝て、明日の仕事に備えよう。
学校が休校とはいえ、教師には仕事がある。とはいえ、明日は心身を考えて、可能な教師は半休を使うことになっていた。
きっと。
行動を起こせば、いい方向へ転がる。
このときの私は、そう信じて、疑いさえしなかった。




