04
「くそっ! なんでオレが怒られなきゃなんねぇんだ」
なんか知らんがギルマスにめっちゃ怒られた。
たかだか二十六体のゴブリンくらいで大げさな。
ゲームだったら桁があと二つくらい増えてもおかしくない敵だ。
まあ、今まで草しか納品してなかった奴が急にゴブリン倒しましたって言われたらビックリするか。
それより、キャラバンだ。
なんか知らんがキャラバンの護衛をしなきゃいけないらしい。
それも王都までとか、遠いわ。
しかも出発は三日後。
なんか急な出張を言われたサラリーマンの気分だ。
★★★
ゴブリン討伐の報酬で今までより多少、金に余裕が生まれた。
これであの独房みたいな宿屋とサヨナラだ。
ギルドの拠点になってる街には二軒の宿がある。
今まで使っていた安宿ともう少しマシな宿だ。
安宿は酒場の二階を宿として提供していたが、本業は酒場の方だ。
もう一軒は宿が本業だ。
宿泊施設の設備が整ってる。
しかし、飯は出ない。
宿泊費の他に、飯代が余計にかかるわけだ。
だから今まで寝られればいいやと安宿にしていた。
これからはクルスがいる分、働きは二人分になる。
でもクルスに食事は必要ないから、食費は一人分だ。
睡眠も同様に必要ないから、別々に部屋を借りる必要もない。
収入は倍になるが出費はほぼ一人分のままというわけだ。
今後、装備やなんかでクルスの出費もあるかもしれないが、それだってオレ一人の稼ぎでなんとかしなきゃいけないという話でもない。
これからは貯金する余裕もあるだろう。
★★★
「いらっしゃい」
愛想のないおばさんだな。
「部屋をとりたい」
「一泊銀貨二枚と半分だよ」
「これで」
銀貨二枚と半銀貨一枚をカウンターに置く。
「一部屋かい?」
おばさんがクルスをチラッと見た。
「ああ」
「あんまり夜中までするんじゃないよ」
「ああ、気をつける」
「ひっひっひっ」
なんて笑い方だよ。
まあ、とりあえずこれでクルスが怪しまれることもないだろう。
案内された部屋は、よく言えば清潔、ありていに言えば質素な感じか。この辺の宿はとにかく部屋に物を置かないらしい。
当たり前か、盗まれるのをわかっていて置く奴はいないな。
ベッドと丸いテーブル、それとイス。
イスとテーブルがあるだけで、だいぶ違うな。
ベッドもシーツがかけられてる。
中はワラを敷き詰めた簡単な物だが、硬い床に直接寝なくていい。
オレはベッドに腰掛け一息つく。
考えるのは三日後の王都行きだ。
正直、行きたくない。
「まあ、しょうがない」
オレの独り言に、クルスが直立不動でこちらに微笑みかけてくる。
ちょっと怖い。
この辺、もう少し人間らしく振る舞えるようにしないとな。
王都まで三泊四日の行程。
キャラバンには行商人だけじゃなく、他のパーティーもいる。
クルスの振る舞いには気をつけておかないとな。
★★★
三日があっと言う間にすぎた。
この三日間、やることは今までと同じだ。
森に入って草を刈る。
それだけだ。
ゴブリン退治なんてやらない。
クルスが強いからといって、オレは戦闘がしたいわけじゃない。
今まで通り、草を集めるだけだ。
二人で集めれば単純に収入は二倍だ。
それでいい。
贅沢したいと思わないわけじゃないが、贅沢しようにもこの世界じゃたかが知れてる。テレビもインターネットもない。遊園地も動物園も水族館もない。海にいっても海水浴なんてできない。海にも魔物がいるからな。サメなんて目じゃないヤバいのがウヨウヨいる。
そう、金を稼いでも使い道がない。
あらためて現代人がいかに贅沢な暮らしをしてるか思い知らされる。
ああ、そうかだからダンジョンに行くのか。
みんなスリルを求めてるんだ。
まあ、オレはスリルなんて興味ない。
平穏が一番だ。
★★★
「どうしてこうなるんだ!?」
キャラバンは今、山賊と呼ばれるアウトローに囲まれてる。
なんなんだよ。
街を出発して半日たらず。
日が沈む前に野営に入ったら、これだ。
呪われてるのか? オレか? オレが悪いのか?
いや、これは、そう、イベントだ。
山賊を退治して、それで、えぇっと、キャラバンの隊長に気に入られる。きっとそう。そうに違いない。
もしくは夢。そうオレはまだあの宿屋で夢の中。
「マスター、どうされますか?」
「くそっ! 決まってる。殲滅だよ、殲滅!」
「イエス、マスター」
★★★
くそっ、とんだ貧乏くじだ。
カシムの野郎、もしかして俺をハメやがったのか。
何がペーペーが護衛してるキャラバンだ。
とんでもねぇのがいやがる。
なんだあの女戦士は、オーガかよ。
見た目は娼婦みてぇな格好だが、一撃が重くて早い。
しかもこっちの攻撃をしっかりシールドで弾きやがる。
まさか死角からの弓矢を弾くとは思わなかった。
後ろに目ん玉でもあんのかよ。
くそっ! せっかく集めた賊だったのに半分以上がやられた。
立て直すのに半年はかかるぞ。
だが、俺さえ生き残ればまだチャンスはある。
そうだ、生き残れば……
★★★
「ぐあッ!!」
うえっ、やなもの見ちゃった。
山賊の親玉みたいなのが逃げたんで、追いかけたんだが、クルスの投擲が親玉の頭にクリティカルしちまった。
人の頭から斧が生えてる。
クルスは表情を変えずに、親玉の頭から生えてる斧を無造作に引き抜いた。
吐いていいかな?
「おぅうぇえぇ……」
くそっ、せっかく奮発して朝から干し肉かじってきたのに、もったいない。
「お手柄だな」
キャラバンの隊長だ。
名前は…… グレイ? だったかな。
「ボーナス出ますか?」
「ボーナス? それが何かはわからないが、懸賞金が出るよ。その男は王都で指名手配されてたはずだ」
「そうなんですか」
「ああ、確か誘拐とか放火とか色々やってたはずだ。こんなところまで逃げてきてたんだね」
懸賞金はいいんだが、もしかして王都までこの可哀想な男の亡骸を運ばないといけないのか。
だったら懸賞金もいらんぞ。
そんなことを考えていたら、グレイが親玉の死体からメダルを取りだした。
「それは?」
「討伐の証、かな?」
「かな?」
「魔物じゃないからね。でも死体を担いでいくわけにもいかないし」
「確かに」
よかった。
お前が倒したんだから、お前が運べとか言われたらここで王都行きをやめるところだ。
それにしても前途多難だ。
大丈夫か、この旅。