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「グゥウオおおおおお!!」
ボディービルダーみたいな体つきになった隊長が吠えた。
バッキバキに仕上がった筋肉は体つきが変わるほど隆起する。
こめかみの青筋がミミズみたいにハッキリ浮き出てる。
「おおおおおおお!!」
吠えるだけの隊長を眺めてたら、一瞬で距離を詰められた。
マズい。
反応できない。
ガキンッと鈍い音がした。
間一髪クルスのシールドが間に合ったみたいだ。
それにしても、隊長は素手で殴ったのに金属がぶつかったみたいな音がしたぞ。
「マズイですね」
グレイの言葉に頷く。
確かにこの状況はまずい。
筋肉モリモリマッチョマンの割に俊敏な隊長の攻撃に対して、クルスは防戦一方になっている。
ただ、マズイのはそっちじゃない。
「クルス! 殺すなっ!」
「イエス、マスター」
力が強く動きも速いがクルスで防ぐことができる。
しかし、隊長を殺さずに捉えないといけない。
手足の一、二本なら潰してもいいが、今の隊長の状態を考えるとそれくらいでは止まらないだろう。
つまり、止めるためには殺さないといけない。
しかし、殺してしまうと今回の騒動の落とし所を失ってしまう危険がある。
この暴れ牛みたいなおっさんをどうにかして止める方法。
そんな都合のいいものが果たしてあるだろうか?
★★★
一か八か、アレに賭けてみるか。
「グレイ! 合図したら耳ふさげ!」
「何をする気ですか!?」
東の森で採取したアレを使う。
一応保険もかけておこう。
オレは風の精霊を召喚する。
濃い緑色した狐が現れる。
水の精霊のアルパカといい、脈略がなさすぎるが今はどうでもいい。
可愛いは正義なんだろう。
風の音で打ち消せないか?
存在感の薄いおぼろげな狐が力強く頷いた。
オレは腰に下げてる革のバッグからマンドラゴラの根を取りだす。
根には黒い布をぐるぐる巻きにしてる。
これは光を遮ることで土の中にいると勘違いさせるためだ。
こうすることで、あの迷惑極まりない叫びを封じることができる。
頼む効いてくれよ。
★★★
「グレイ!」
オレが叫ぶと、グレイは両耳を塞ぐ。
それを確認して布を取り払い隊長めがけて、マンドラゴラの根を投げつけた。
「ギィヤァァあああああ」
耳がキーンとなる。
おい! 緑のキツネ! 全然大丈夫じゃないやんけ。
ちなみに頭がおかしくなって死ぬというのは迷信のようなものだ。
実際はデカい音にショック状態になる。
スタングレネードみたいなもんだな。
それでも至近距離で食らえば結構な衝撃になる。
「おおおおおおお!!」
隊長は頭を抱えるように苦しみ出し、耳からは血が流れてる。
あれは鼓膜をやったかもな。
隊長はそのまま仰向けに倒れた。
「もういいぞ! おいキツネ、なんとかしてくれ!」
狐が尻尾をふると、見えない刃がマンドラゴラを切り刻んだ。
もうあの根は売れないな。
まったく、散々な目にあったわ。
まだこれから後片付けが待ってると思うと、頭が痛い。
それでも今は。
「終わった」
その場にオレは座り込んだ。
★★★
オレ達が詰所の外に出ると大勢の衛兵が待ち構えていた。
「年貢の納めどきか?」
「ネングとはなんですか?」
グレイのツッコミも最後かもな。
整列する衛兵が二つに別れると、隊長風の男と、見知った緑髮の女性がこちらに歩いてきた。
「ライザさん!?」
「何があっただよ」
そりゃこっちのセリフだ。
森から出ないんじゃなかったのこの人?
「こ、これは森の番人殿。この度はどのような件で、こちらに?」
「カレンナの件でこられたそうだ」
横に立つ、隊長風の男がグレイに答える。
「そうそう、カレンナ。あれは本当に危険な花だで」
花なのか。
「草じゃなくて?」
「草や茎は乾燥させて粉にすることで幻覚作用のある薬にすることができるが、危険なのは花の方だ。こちらは人に限らず獣なども凶暴にかえ死ぬまで暴れまわることになる」
「それでは、サイガス隊長がああなったのは……」
「何!? サイガスがどうした?」
クルスに外まで引きずられてきた隊長を見せる。
「これはひどいな」
「間違いないだで、カレンナの症状が出てるだ」
「症状?」
「胸のところにまだらに斑点模様が出ているのがそうだ」
「それでは、サイガス隊長はカレンナの花を摂取したと…… 間違いないですか?」
「この状況ではそう考えるのが自然だな」
サイガスはカレンナの花の危険性を知っていたはずだ。
自分で飲んだ?
自殺ってことか?
誰かに飲まされた?
口封じか?
今回の件まだ終わりそうにないな。