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「お二人にギルドから依頼があります」
嫌な予感しかしない。
できれば内容を聞いてから返事したいところだ。
「なんでしょうかグレイさん」
オレから奪った水飴がたっぷり入った紅茶を一口飲んでから、グレイシアが答えた。
正直紅茶に水飴は合わないと思うんだが、甘いのが大事なんだろう。
どうでもいいがコイツ金持ってそうなのに、意外と金銭感覚は庶民とそう変わらないらしい。まあ、甘味は金持ちでも贅沢品なんだろうが。
「最近、西門で出回っているあるモノを調査していただきたいのです」
「違う! オレじゃない! コイツがやれって、オレは嫌だったんだ。でも金をチラつかせて……」
「な、何をいうのですか!? あなたの方こそ嬉々として売り歩いていたでしょう」
「何を急に自白したのかは後で詳しくお聞きします。いま調べていただきたいのはカレンナです」
「何? 可憐な?」
「知らないとは意外ですね。カレンナは多幸感を与える薬草の一種です。しかし、多量に摂取すると幻覚を見るなど副次的な効果が危険視されて、一般には出回らないよう厳重に管理されています」
早い話が麻薬ね。
しかし、カレンナなんて草は知らんな。なんちゃって。
「意外とは心外な。そんなものに頼らなくても、オレはいつでもハッピーハッピーセットなの」
「おっしゃっている意味はわかりませんが、あなたが薬に手を出していないのが信じられません」
なんでだ。
そんなものとは無縁で生きてきたぞ。
酒もタバコもやらないから、何が楽しくて生きてるの? と聞かれたもんだ。
「泣けてきた。どうせオレはつまらない男だよ!」
「急に大きな声を出さないでください。薬とどういう関係があるのか分かりませんが、つまるつまらないではなく、そういう挙動不審なところですよ」
「おほん。とにかく西門で調査してください」
「調査だけか?」
「調査だけです」
まあ、調査だけなら。
★★★
「しかし、調査といっても何すりゃいいんだ? そのへん歩いてる奴に片っ端からカレンナ持ってないか聞いて回るのか?」
「それは調査とは言わないでしょう」
「そうだよな」
どうすりゃいいんだ。
頭を捻る。
「おや、ミズアメの旦那じゃないスか。今日は早くから精が出ますね」
誰だっけ? 急に話しかけてきたから、多分知ってる奴なんだろうけどわからない。
「誰だっけ?」
「ははは、酷いっスね。ロドマスですよ。こないだミズアメの商売に噛ませてくれるって言ったじゃないスか」
「言ってない。言ってない」
「あれ、そうでしたっけ?」
口調は軽いが目は笑ってない。
おそらくオレが適当な返事をしたら、本当に一口乗るつもりだろう。
まあ、水飴は作るの自体は簡単だから、そのうち真似されるだろうけど、もち米は東の森に自生してるからギルドに採取依頼を出すことになる。
その内どこかの農家が米を栽培するだろうが、すぐにはいかないだろう。コイツに水飴売りを押し付けて、オレは草と一緒にもち米を納品するのでもいいかもな。
「水飴の作り方、教えてもいいぞ」
「なんでも言ってください。師匠」
こういう、商売人のノリってついていけない。
「ここだけの話、実はちょっと困ってるんだ」
「もったいぶりますね」
「カレンナって知ってるか?」
「そいつは…… ちょっと困りましたね」
「そうだろ。困ってんだよ」
★★★
「出所がわかりやしたぜ」
早くない?
「展開が早くてついていけない」
「貴方より有能ね」
「はいはい、オレは無能ですよ」
オレとグレイシア、それとロド、なんだっけ。
ロドリゲス、違う。
ペドロリ。
ローゼン。
ろ、ろ、ろ……
「それで、ロバート」
「ロドマスっスよ」
「ロしか合っていないじゃない」
「お茶目なジョークだよ。ちょっとシリアス成分強すぎて、疲れてきたから和まそうとしたの」
オレとグレイシアは、ゲオルグさん家でロドマスの報告を聞いている。ちなみにゲオルグさんは、仕込みがあるから厨房に引きこもっていてここにはいない。
オレが渡した水飴を使った料理を思いついたらしく、最近よく厨房から出てこない。
「出所って?」
「どうも北門の衛兵から流れてるらしいっス」
「衛兵!?」
「声がデカいっスよ」
「ご、ごめんなさい」
「北門だと、第三か?」
「そうっス、第三衛兵団っス」
つくづく縁があるね。
オレとクルスを誤認逮捕した件も含めて、お礼にいかなきゃいけないかな。
でもなぁ、国家権力と対立はよろしくないね。
めんどくさいし。
どうっすかなぁ。