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第四節 封じられた怪物

大変遅くなりました。

 マグナ王国立魔法学園は、王都の中心より少し左の、大きな川のそばに立っている。三つの川が合わさったその川は、国境を越えて海へ流れ出る。王城に並ぶ巨大な建物であるこの学園は、この国の将来を担う、優秀な人材を育成する為に活動していた。

「……ですので、この場合『炎矢』を標的に命中させるためには、発射より0.5秒後に射角を30度矯正するよう、術式を組み立てねばなりません」

 ここは一年生の教室。初々しさが残る女性の教師が、熱心に教鞭をとっている。その講義を聞いて、やっぱりわからない、と呟く少年が居た。……もちろん、ノーヴァである。眠気に耐えながらノートを取るが、書くことは出来ても理解することはできない。仕方がないので、色々な人に言われた通りに暗記をすることにする。サラサラとペンが走り、カリカリとチョークが鳴る。本のページをめくる音と、教師の声が聞こえる。

その様子を、後ろの席からイデアが覗いていた。彼女はノートを取る必要がないらしく、授業を軽く聞き流しながら、ノーヴァの様子を見つめていた。クラスメートは授業に集中していて、その様子には気づいていない。教師だけはイデアの視線に気づいていて、ときおり質問を投げかける。そうするとイデアは、質問の糸に遭った的確で模範的な答えを返す。彼女の姿は男女問わず多くのあこがれを寄せたが、そう言った有象無象からの憧憬は、イデアからすれば邪魔でしかないものだった。授業が終わり、休憩時間に入ると、生徒は教室で雑談をしたり、復習をしたりする。教室の外へ出ていく者もいて、そう言う人は大体、学園中央の広場に行く。彼らはまだ一年生なので、研究室に籠るようなことはない。まだまだ気楽に、学園生活を楽しむことができる。

「ねぇ、ノーヴァ君。……この後、時間あるかしら」イデアが教室でノートを見返しているノーヴァに向けて尋ねる。「昨日の続きで、課題を用意したわ」

「わかった」とノーヴァは答え、ノートを閉じて立ち上がった。その様子を、近くにいた生徒が興味津々な様子で見ている。

「どこか別の教室に行くのか?」

「そうね。教室を借りてはいないから、図書館へ行きましょう」イデアは言い終わるとすぐに、すたすたと歩いていく。ノーヴァはカバンにノートと本を詰め込み、彼女の後へついて行った。

 二人で廊下を歩いて、図書室へ。立ち並ぶ無数の本棚と、所々に点在する机。その一つ、向かい合った席のあるテーブルに、二人は辿り着いた。

「さっきの授業、貴方は理解できたかしら」

「いや、できなかった。だから、暗記した」

「そう。では、さっきの授業を最初から最後まで再現しなさい。先生もノートを見ていたから、今回はノートを見ても良いわ」イデアは今日も、無茶振りをする。

「いきなりだな」とノーヴァはぼやいた。「黒板は書かなくていいのか」

「書きたいならば、場所を変えるわ」

「いや、いい。……では、最初から」

 ノーヴァの講義が始まった。集中力の無い彼にとっては精度の高い記憶を必要とする再現は苦手なのだが、板書を移したノートを見ながら、教師が何を言っていたのかを必死に思い出す。ところどころ細かい箇所が抜けたり、話す順序を間違えて言い直したりすることもあったが、おおむね順調に再現は進んでいった。そして数十分の再現が終わり、イデアが総評を述べる。

「驚いた。貴方、ちゃんと授業を聞いていたのね」

「……あぁ、まぁな」ノーヴァはあいまいな答えを零す。「今日はなぜか、集中できた」

「あの様子じゃ板書に夢中で、授業なんて聞いていないと思っていたのだけれど。見直したわ、ノーヴァ君。これならば、まだまだ伸びしろがありそうね」

 偉そうな女だな――という声が、ノーヴァの耳にだけ届く。彼は苦笑し、「でも正直きつい。これが毎日続くとなると、気が滅入るな」と言った。

「頑張りなさい。――そろそろ時間ね。教室へ戻りましょう」イデアはそう言って、席を立つ。ノーヴァもノートを仕舞って、早歩きをする彼女に並んだ。二人はギリギリ授業に間に合った。

 この授業も、やはりノーヴァには理解できないものだった。板書を書き写して内容を暗記し、教師の話す内容を聞き取って覚える――のは集中力のない彼には無理な話なので、教師の話は専ら、カイリの担当だ。「助かる」とノーヴァが小声で言うと、「どういたしまして」と幻聴が返ってきた。

 授業が終わり、ホームルームが終わると、放課後になる。ノーヴァはほとほと疲れ切っているが、本当の地獄はここからだと言う事を知っている。正直言って、気が滅入る思いだった。

「さて、今日は最初から理論のほうをやるわ」イデアは廊下を歩きながら言った。

「実技はどうするんだ」ノーヴァは並んで歩きながら質問した。昨日は実技から特訓を行ったから、なぜ変わるのかがわからなかったからだ。

「理論の後よ。貴方が早く暗記してくれれば、実技の時間もたっぷりとれるわ」

「わかった」とノーヴァは頷く。「早く終わらせよう。実技の方がより苦手なんだ」

「把握してるわ」とイデアが答えた。そして歩く速度を速める。ほとんど走っているようなレベルだ。そうして目的地の教室へたどり着く。弾んだ息を深呼吸で整えて、彼女は教室の扉を開いた。

 昨日と同じ教室。そこには昨日と同じく、向かい合った椅子と、その間に机があった。

「さて。貴方にはまず、魔法とはどういったものなのか、から教えなくてはならないわね」席に着いたイデアが、話の口火を切る。「分かってないでしょう、貴方」

「確かにわからない」とノーヴァが答えた。そもそも、彼には自分が使える力の正体がわかっていなかった。

「散々、先生からも言われたとは思うけれど。魔法というのは幻想で現実に干渉する、一種の技能よ」

「技能?」

「そう。魔法使いは自分の中にある魔力というエネルギーを使って、現実を書き換える。そこには等価交換の法則が働くわ。1の魔力を持って干渉すれば、1の現実しか書き換えられないの」

「なるほど、それは確かに等価交換だな」

「……ちょっと待って。貴方、本当に初耳なの?」

「聞いたことはある、気もする」

 ノーヴァが返した曖昧な返答に、イデアは困惑した。流石に、ここまでとは想像していない。

「どうなってるの、貴方。仮にもあの、リンドバーグ教授の弟子でしょう」

「師匠の教えは、かなり適当だった。理論に至っては全く教えてくれなかったな」

「彼女のゼミに呼ばれた者は皆、優秀な魔法使いになっているわ。彼女の腕はホンモノよ、なのに貴方へのリンドバーグ教授の教え方は、お世辞にも良いとは言えない。私には、教授があなたに『育ってほしくなかった』ようにしか思えない」

「師匠が?」ノーヴァはイデアの言葉に驚いて目を見開いた。「俺に育ってほしくなかった、と」

「貴方は特異魔法持ちよ。貴方の全力を見たことがないからわからないけど、彼女はきっと、何か恐ろしいものを貴方の中に見たのではないかしら」

「そんなに強い力が、俺に眠っているとは思えないがな」ノーヴァはそう言った。「生まれてからずっと、こんな状態だ。師匠の教えが無かったら、魔力の練り上げすら怪しかっただろう」

「教授があなたを拾ったのは、貴方が生まれてすぐだったそうね。……貴方、もしかしたら教授に何かされたのかもしれないわ」

「何かされた、か。されたことといえば、特異魔法の封印くらいか」

「封印?」イデアが身を乗り出してノーヴァに尋ねた。「なに、それ」

「特異魔法の封印だ」ノーヴァは答える。「俺は魔法技能に乏しく、特異魔法の制御が出来そうにないと師匠は判断した。だから師匠は、解けにくい封印を俺に施した」

「封印の形式は?」

「自己封印、と師匠は言っていた。自分で自分を封印する方法で、他の誰かに干渉されても絶対に解けないように作ったらしい」

「自己封印、ね」イデアはふむ、と何か考え始めた。「……何となくわかったわ。あくまで予想だけど、貴方が魔法を上手く使えないの、恐らくその封印の所為よ」

「え、そうなのか」ノーヴァは心の底から驚いたような表情を見せる。「師匠の封印のせいで、俺が魔法を使えないというのか」

「確証はないわ。でも、その可能性は高いと思う」イデアは答えた。「教授が失踪したのは、貴方が学園に入学したのと同時期。何か関連があるかもしれない」

「……」ノーヴァは黙り込んでしまった。

「彼女がいない今、真相はわからないわ」イデアはそう言って、この話を締めくくろうとした。「これ以上話していても意味はないわね。今日はもう帰っていいわ」

「もういいのか」とノーヴァは聞き返す。「昨日よりずいぶんと早い」

「少しやり方を考えるわ」イデアはあまりいい表情とは言えなかった。「予想以上にダメだったから、半ばお手上げ状態なのだけれど」

「いろいろと申し訳ない」

「良いのよ。……少し集中して考えたいから、部屋を出て行ってもらえるかしら」

「わかった」ノーヴァは荷物を畳むと、そそくさと部屋を出てゆく。「では、また明日」そう言って、彼は学校から去って行った。

「……間違いないわ。ノーヴァ君は教授――アレクシア・トーラ・リンドバーグに、弄られている」ノーヴァが部屋を去った後、イデアは確信と共にそう呟いた。「国内最強とまで言われた魔法使いが、自己封印で弱体化させた上、まともに育てようとしなかった存在。ノーヴァ君の『本当の力』は、いったいどれほどのものなのかしら」

 勿論、イデアの思い違いで、ノーヴァにそんな力は眠っていない可能性もある。

 しかし仮に、自分の考えが正しかったら。彼は一体、どれほどの怪物なのだろうか――。そう考えてしまったイデアの体は、無自覚に震えていた。






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